僕はオイディプス王、母の憎しみから目を逸らした。

・ 一昨日は帰りの交通機関で突っ込まれる感じをすれ違う時感じた。それで、母の顔のイメージにペニスを被せたり、持たせたりとやってみた。
 昨日は、キューブリックの時計仕掛けのオレンジのペニスのオブジェで女性を攻撃するシーンをそっくりもらった、流用した。母の顔のイメージに対して、ペニスのオブジェでぶつけたりした。


 今日は、母の顔に対して男として向き合おうとした。昨日の作業はまったくダラケテいたので今日は引き締めようと思った。作業に男をぶつけようとした。成功したのかどうかわからなかったが、作業に真摯に向き合いたかった。ほかの人のように。昨日の作業を終えて帰る女性のお疲れさまでしたという声と、その日の姿勢に見習うべきものがあるのを思い出していた。

 今日は調子が悪かったのを、帰りの交通機関の周りの反応を見て思い知った。けれど、母の顔のイメージと直・じか に向き合っていて、突っ込まれなった。それだけ母の顔のイメージ、自分と向き合うのに必要なことらしい。
 




・ 今日、作業所で掃除機をかけていて、ふとひらいめた。僕は、マスターしょんべんを何千回としてきたが、それらは母に向けてではなかったのか。若い女性の映像や、週刊誌や、そういういかがわしいものを女性だと思って行ってきたが、オイディプス王みたいに自分の母親を抱こうとしてきたのではなかったか?! 僕は母を乗り越えていないのだから、母を抱こうとすることに、女性イメージは歪んでいて実は母だったのではないのか? 現実味を帯びるなあと思える。

 母の顔のイメージに、男をぶつけようとし、ペニスオブジェをぶつけようとし、やってみたが僕は母を超えていない。母の手の内にある。閉じている。負けている。これはどう見てもオイディプス王だと思える。僕は幼稚園の時、母に食って掛かっていた。そして母に人のせいにしないでと言われ、何かをやめた。それは母に対する攻撃で、ペニスをぶつけることかもしれない。母に男として受け止めてもらえなかったのは事実だ。おまけに母に憎まれていたのかもしれない。僕は母に愛されている、父母に愛されていると思い込もうとしてきたが、それは目を閉じた自分に都合の良い、偽りの父母像だった。父母は僕を愛していない。それは今も変わらない。憎んでいるかもしれない。いや、母は僕を憎んでいる、呪っているかもしれない。母と父をつなぐ道具が僕だから。僕がいなければ母はもっと自由だったかかもしれない。父に縛られずにいられるから。憎まれこそすれ、愛はこれっぽっちのかけらもなかった。





☆ その母に愛を求め、拒絶され、否定された。それが幼稚園の僕で、僕にとっての事件のシナリオだったろう。憎まれていたのだから。母は僕を憎んでいた。ここから目を逸らした。逃げの始まりだった。抑圧の原因だった。


☆☆ いま、もう一度母と向き合わなければならない。逃げてばかりだったから。きちんと母を見つめ、自分の気持ち、自分にとっての事実を捉えなければならない。僕のマスターしょんべんの相手はすべて母だったのだ。僕はオイディプス王。母の僕に対する憎しみをきちんと見つめなければならない。


 同じことを繰り返し書いたので飽きた。おわり。寝る。


☆☆☆

本郷新記念札幌彫刻美術館 / カウンセリング(鎧・甲冑を着る 男らしさ) 

・〇 はるばる本郷新記念札幌彫刻美術館に行った。

本郷新 哭 本郷新記念札幌彫刻美術館
哭 1978年頃 1958年のものを再制作

本郷新 哭 本郷新記念札幌彫刻美術館
哭 1978年頃 1958年のものを再制作

 正面は手ブレだった。横向きの写真のほうが良い。この作品、現代彫刻でも通じる気がした。手で顔を覆い、出口のない苦悩を手で顔を覆いうなだれる姿で表現されている。すごくポップで惹かれた。自分の苦悩も仮託できそうだった。哭。




本田明二像 本郷新 1974年
本田明二像 本郷新 1974年

 本田明二像は、一目見て好きだった。キャプションを読むと本郷新の友達だったとか。友達を愛する気持ちが入っていて、僕も惹かれたのか? 人を愛する気持ちの良い部分が表現されていると感じた。




奏でる乙女 本郷新 1954年
奏でる乙女 本郷新 1954年

 丘を登っていくところにある像。奏でる乙女。写真でアップの写真を見ると、女性の顔の表情が凛として清楚で素敵だ。ギターを弾く女性というのも清々しい。弾くという行為に魂を込めている姿は、音に心をのせていて聞いてもいる姿に気持ちのよさを感じた。


 本郷新の彫刻は、外に設置するため、巨大な女性像や男も展示されていたが、僕が惹かれたのは小さいものだった。人間の体を勉強し、独特のポーズをとらせる本郷新の彫刻は素晴らしいものなのだろうが、僕にはわずかしかわからない。立体を彫刻、作り出す人というのはすごいなあ。





・〇 カウンセリングに出かけた。地下室の男のパーツに会いに行くという、自分の部分とコミュニケーションを取ろうという趣旨と理解している。先生に診ていただき導いてもらった。

 地下室に降りていくと、鎧があり、暖炉もあった。暖炉はガスか何かでできているらしかった。先生は暖炉についてみていこうとされたが、僕は鎧に興味があったのでそちらについて取り上げていただいた。
 鎧は西洋の甲冑で鉄というか鋼というか、金属でできていて、身に着けることになった。それを身に着け、勝ってくるぞと勇ましく、と軍歌のように歌いポーズをとってみた。左手に盾を持ち右手に剣を握った。
 僕は普段から自分のイメージに弱弱しさしか感じず、小さいイメージを持っていたので、先生の導きで鎧を着て、守られ、武装し力強く戦うポーズは男のパーツというのにふさわしかった。それを着て感じて、身に着けることで男らしくなるらしかった。まだ照れと距離感を感じたが、自分に力強さに憧れたり、身に着ける部分があるとは思っていず、鎧と出会ったこと自体が不思議だった。心に出てくるイメージというのは不思議で、先生の導きでそれを身に着け、動いて、ポーズをとり、歌い、鎧という男の部分を自分の身体とみなす不思議な治療だった。

 こういう機会を先生に持たせていただいて有難かった。カウンセリングという行為は、治療でもあるのを実感させていただいた。治療の部分は先生がいないとできないだろうと感じた。イメージとの付き合い方を先生は心得ていて、治療にまで高めていただいた。今回のようなカウンセリングを繰り返すと回復するだろうという実感を感じた。ありがとうございました。

調子が悪いからプールに行かない、ではなく、プールに行くから調子がいい。(??森田療法?? 記憶が定かでない ゴメン)

 昨日の帰りの交通機関で、僕は生活不活発病ではないかと思った。森田療法で、調子が悪いからやらないではなく、やるから調子がいい、と言うのがあったような気がした。?
 僕は金曜日の昨日は、作業所で低調で沈んでいた。ギャラリー行脚もやめていた。この何もしないで、夜食って寝るという習慣が悪いのではないかと、木曜夜に布団に潜り込むときふと頭をよぎったが、木曜は調子が悪く寝てしまえと何もしないで寝た。

 大体ギャラリー行脚自体が、調子が良かったというより、「孤独な人が認知行動療法で素敵なパートナーを見つける方法」デビット・D・バーンズ 氏の、何もしない人に異性が興味を持つだろうか、何も魅力がないと思うのではないか、そういう人と付き合いたいか、みたいな箇所があって、行動先にありで始めた。

 生活不活発病と思った昨日、ギャラリーに寄り、図書館に寄った。図書館では、これだけの量の本があり、人間の興味、活動が蓄積されて人間活動は多岐にわたるのだから、そんなに狭い分野に固執する必要はないのではないかと思った。好きな本でも読めばいいのさ、とダラダラとそこらの本をめくっていた。(読んだわけではなく、読む体力はなかった) 図書館は、目的があって行っていたが、昨日はただダラダラした。

 そういえば精神障害者も、ここ札幌では交通機関が割引になる。ICカードでの割引でないところが、応能負担というところなのだろうか。不便をしなさいと言われている気がした。磁気カードでの改札通過になる。乗り継ぎは市電だけ可能で、バスは割引されない。


☆ 調子が良くないからプールに行かないではなく、プールに行くから調子がいい、という考え方に切り替えた。楽しかった。水中歩行に、ビート板によりかかり 50メートル2往復半。また水中歩行で帰ってきた。サウナは暑くて、入ってすぐ出た。僕はヨガの椅子のポーズをやるようになってから、冷え知らずになって、体の寒さを感じるのが和らいで、基礎体温が高くなった気がしている。思い込みか?

 コーヒーと持って行ったトマトジュースを飲んで帰ってきた。こんな生活続けたいな。

 汚すぎて掃除をしないではなく、どこからやるかわからないからやらないではなく、掃除をするからきれいだ、というバージョンがあってもいいと思う。同じパターンは増殖可能だと思う。

写真の追加:  /雑記:03/10 Sunday

待っている間、左足の下の雪の固まった氷の板を足で踏んづけて割って、右側のように並べた。
自分では創作しているつもりだった。写真で見ると、そんなに良い出来でもなかったなあと感じる。
自分の中では楽しいひと時だった。

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 3/8 Friは、ものすごく調子が悪かった。付け込まれそうで、自分が死んでも負けまいと自分の陣地にこだわった。

 昨日はカウンセリングにでかけ、診ていただいた。僕は前日の調子の悪いのを引きずり、先生の話の腰を折って、いろいろ喋った。




 先生によると、地下室の自分のパーツに会いに行くという趣旨の回は、地下室で花が生けられたり、絵が飾られたり、窓を作り日が差すのは前進していることらしかった。確かに最初は、ゴミ箱くらいしかない殺風景な部屋で、猫もリスも出てこなかった。もっと良くなると、自分のパーツと会話できるらしい。僕はまだ会話は成立していない。基本の段階らしい。

 公園で体操していて、大型トラックに鉄骨が積まれいて駐車しているのや、ゴミ車が走っているのは必要とされているからで、この世のすべては人間活動で他者が担っている。他者が世界を回している。
 また、作業所でごみ集め、皿洗い、トイレ掃除、掃除機かけをやらしていただいているが、職業に貴賤を見なくなったこと、どんな職でもよくて、必要とされていたりやりたければ職に上下を見ないでやればよいのだなと思うようになりつつある。
 このような話は、僕が開けている、開きかけていることなので、順調を読み取ってもよいようだった。ただ、僕は前日、付け込まれそうでグチャグチャになってしまい、先生の話を最後まで聞かず、腰を折り僕がしゃべることを一方的に行った。先生にフラストレーションを与えたかもしれない。



☆ また、最近感じて、昨日先生に向けてしゃべって感じたこと、個人の経験することは、その個人だけの体験で権威や価値を見なくてもいいのではないかという僕の感じ方、
 僕は、歌うことを通して、権威を取ろうとしていた。価値を得ようとしていた。だからプロになれればよいのにと思った。坂本龍一村上龍がまぶしかった。

 昨日家に戻って、リコーダーを吹いたり、ギターを弾けないけれど弾・はじ いて 、 はっぴーえんど、hosono house に合わせ、リズムを一緒に刻んだ。これらは、今まで自分の価値を示そうという、すごさを見せつけようとする、そのためのものだったけれど、昨日は全くの自分の経験として、個人的な、プライベートな演奏になった。吹き方、リズムの刻み方になった。個人の体験のためだけに行った。ほかの部分を捨てた。価値や権威を捨てた。

 体験のための経験。個人的な体験のためだけにある、自分の感じ方自分に帰すだけの経験に徹したかった。そういう方向性を試して昨日は成功した。



・ 4日前くらいに、モンローの7年目の浮気をのぞいた。少し見ただけだけれど、モンロー好きだなあ。映画でやっているのは男の純情で女が欲しいという素朴なものだった。モンローのたばこの吸い方を真似したりしてみた。エアースモーキング。
 僕はセックスシンボルとしてのモンローもいいけれど、素のモンローに興味がある。どういう人だったんだろう。役どころは楽しそうだけれど、実際の心はどうだったのだろう。

ダンボーのブレーカーがまた落ちたのだけれど、ダンボー屋さんによると、下に押し下げてエイっと一気に上げるらしかった。僕のようにそろそろ上げたら中間で止まってしまうらしくて、やってみたら成功した。それで金を散財せずに済んだ。

裂織終わった。織りあがった。あと裏側の伸びている生地を切ったら完成。やったー。調子が悪くて金曜日は空回りしたけれど、終わってくれた。失敗しないようにずっと織ってきたので、気を張ってやってきたので一段落。着物解体の作業になるのか、まだ織るのかわからないけれど。
 作業所の手話勉強もみな頑張っている。僕だけ落ちこぼれている。でも、勉強しようかなあと思っている。


☆☆  今日のすごかったところは、交通機関で皆、僕を攻め立てたいらしかってけれど、作業所にいるときからやっていた、自分の男に向き合おうというやり方を帰りの交通機関でも行った。そうすると、自分の男に向き合おうとすると、周りは付け入るスキがないようだった。これは画期的で、僕にとってはものすごいこと。周りと互角にやりあえたのだから、その所がすごかった。初めての経験だった。向き合おうとすると、今まで逃げきてずらしてきたのを少しだけ感じられた。このやり方、こういうのを伸ばしていきたいなあと思った。ありがたかった。感謝します。

本を読んで::::::  (引用あり)

A.アドラー 生きるために大切なこと 方丈社 桜田直美:訳


引用:
p16 ~生まれつき病気を持っている、過度に甘やかされる、愛されないという三つのケースは、子供にとって特によくないケースとされる環境であり、~

p17 ~先に述べた、問題を抱える三つのタイプの子供は、共同体感覚を身につけるのに苦労することになる。精神が適切に発達せず、人生で必要なことを達成したり、困難を解決したりといったことができない大人になる。最初から敗北感にうちひしがれ、人生の問題への対処を誤り、人生の無益な側面に向かってしまう。~

p20 ~父親か母親による厳しすぎるしつけ、または虐待によって、精神が抑圧されるというものだろう。これを経験した子供は、精神の解放を求めるようになり、それがときには心理的排除という形になって表れる。そのため、すぐに激昂する父親を持った女の子は、男性を拒絶するような性格の原型が作られる
P21 のだ。または、厳しい母親に抑圧されてきた男の子は、女性を拒絶するようになるだろう。もちろん、この「拒絶する」という態度は、さまざまな形で表に現れる。たとえば、極端に内気になるかもしれないし、異常な性行動を取るようになるかもしれない(これもまた、異性を拒絶するという態度の一形態だ)。このような倒錯は、生まれつきではなく、幼少期の環境から生まれたものだ。
 幼少期に間違った扱いを受けた子供は、その後の人生で大きな苦労をすることになる。それなのに、その子が何らかの治療や指導を受けられることはめったにない。~

(kurage01047130):引用者として:この辺までしか読んでいません。僕のことが書いてあります。内気になったこと。異性を拒絶、女が好きですが、付き合う具体的な行動を積極的に取ろうとしていない。けれど僕は、原型がずっと続くとは思っていない。解決できると思っている親によって、父母の厳しすぎる、父母に愛されない僕は、親に怨む手もあるのだろうけれど、それも取りたくない。ぼくは解決を望む。精神の解放の一形態を望むということだと思う。父母なんかに負けたくない。そんなもの蹴散らしてやる。お前らに曲げられても、そんなものに負けてたまるか。僕は自分の人生を掴んでみせる。


心のつぶやきがあなたを変える 認知療法自習マニュアル 井上和臣 星和書店

p160 まで読んできました。3分の2です。この本、デビッド・D・バーンズ先生の本と同じです。認知療法だからだと思います。自動思考をするメリットデメリットを考えたり、認知の歪みをみたりする。この認知の歪みですが、全か無か、一般化のし過ぎ、レッテル張りなど、歪みの全項目を僕は持っている。エキスパートであり、プロッフェショナルです。僕は歪み切っている。だから苦しいし、うまくいかない気がしている。

 この本の、p118: 不安=資源(resources)を分母で、分子が脅威(risc)
というのが出ている。これが新鮮だった。仕事ができなくなってしまった会社員の話で、仕事が巨大に見え、無力感があり、なかなか復帰できない。一度職場に行ってみたけれど、前は簡単にできたことが、今は難しく見えていたりする。無力ということにたいして、資源が個隠している、方法論が足りない状態で、それが分母。脅威はそれにたいしてひるんでいる状態だと思う、分子。

p118:引用:

治療者 分子の部分にある「脅威」が大きければ大きいほど、そして分母の部分の「資源が」少なくなればなるほど、不安が強くなり、反対に、「脅威」が小さければ小さいほど、そして「資源」が大きくなればなるほど、不安が弱まることを示しています。~

(kurage0147130):引用者:これは、先の会社員の例だと、巨大すぎる仕事は、こんな時、友達に何と言ってアドヴァイスしますかという例えに集約されている。

p149:引用: 健司 「あせらずに、できるところからやればいい」~

(kurage0147130): 本の内容だけれど、仕事を分解する。小さな山にして、できるとことから手を付ける。大きな山に仕事をしないで細分化して、手の付けられそうなところから取り掛かる。このような、友達にアドヴァイスするように、自分にもそのアドヴァイスするような方法論で取り掛かる。
 今読んでいる第六章 心のつぶやきを修正する は、もうちょっと、本のやり方が出てくると思われるが、まだそこまで読んでいない。バーンズ先生の本だけでも十分だったかもしれないが、バーンズ先生の本はそれだけ優秀なんだろう。修正には、アドラーの本も有効だと思う。そして、僕は認知の歪みがすごいので、ぜんぶがあてはまるので、自動思考を焼き直したほうがいい。自分はだめだとか、彼女はできないだろう、56歳で死ぬだろうとか。これらは認知の歪みだ。まだまだたくさんあるが、これをずっと信じなくてはならない理由はない。こんな貧乏をずっとしょい込み続けるのはごめんだ。何とか脱出したい。まあ、歪んでいるというのが分かっただけでも、第一関門は突破したが。僕は自分のしていることを過小評価する歪みもある。自分のできること、やっていることを小さく見積もる。作業所でも、他者の偉大なところは見えるが、自分にも偉大なところをはあるとよく見てやる必要はあると思う。過小評価。歪み。




:::雑記:::

・ 作業所では、また、続いて、裂織の青のバッグに取り掛かっている。黒地に青の下地・水色の模様。先週の金曜日から調子がいい。裂織もうまくいっている。僕にとっては有難い時期。このような状態がずっと続けばいいがそれはありえない。調子がよくなれば、悪い波は必ず来る。このワンセットで僕は動いている。だからよいのだけを取ろうとするのは間違っている。両方体験しなければならない。作業では、男としてぶつかっていこうとしている。寝る。

 そういえば、父母のところに行って、母には、洗剤とトイレットペーパーを買って持っていき、父には、青春歌年鑑50年代 を一緒に聞いた。イヤホンが刺さっていず、聞き直したので、1時間余計に父のところに居残った。思い出作りですよ。父はじきに死ぬ。高齢で寝たきりだから。人生は厳しいよ。父母を見て思う。でも、打ちひしがれてもいたくない。父母に負けたくない。

 ランニングキャップを買った。ナイキ。黒。普通の帽子をかぶるのは飽きた。形の違ったのが欲しくなった。普段で被る。最初の店でいいのを見つけその日買わないで次の日買おうと思ったらなかった。次の店にいき、結構歩いたが、そこでいろいろ見て選んだ。ランニングキャップを買ったの初めてだ。

 交通機関のレーンで百メートル走って、フォームをいじくるのを楽しみにしている。誰も歩いていない日がたまにあるから走ることができる。僕は膝が弱いので、マラソンは無理だと思う。水泳には行っていない。織り教室に復帰しようと思っている。Xデーを考えている。いつ復帰するか。スケジュールを詰め込み過ぎたくもないのでどうなるか。

女形を目指して 宴会芸

 木久蔵のいや~んばかーん のために振りを作ろうとしたけれどうまくいかなかった。
 それで坂東玉三郎のDVDを見ながら真似をした。 たおやか、しな、ため、内気さという女アイテムがてんこもりだった。これらを身に着け、振りに生かせればうまくいきそう。
 最初からやろうとしたけれど、何も浮かばなかった。おっぱい両手持ち上げとか、おかまポーズしかできなかった。だから玉三郎は勉強になった。

 モンローdVDも頼んでみた。これもお色気作戦の一つ。モンローの演技とか目つきとかさんこうにしたい、ナイアガラ、7年目の浮気、お熱いのがお好きにしてみた。


 歌は、歌詞が覚えられないけれど、声としてはやりやすくすぐできると思っている。 寝る。遅くなってしまった。

雑記 2019/03/01 Fri

心のつぶやきがあなたを変える 認知療法自習マニュアル 井上和臣 星和書店


 p29
引用:


 「どう思われるだろうか?」「上手に話せるだろうか?」「きちんとしなければならない」とばかり考えていたが、「自分に与えられた役割だけを果たすようにしよう」「今は正直に自分の気持ちをベック博士に話せばよい」と考えることも可能かもしれない。



~ややもすると、マイナス思考をプラス思考に変えることこそ認知療法の目的である、と考えてしまいそうですが、これは誤りです。~~などと考えるのが、プラス思考でしょう。しかし、この思考には何がしか嘘が混じってはいないでしょうか? 認知療法では、根拠もない事柄を呪文のように繰り返すことが求められているのではありません。




・ (kurage0147130:引用しました。一生彼女はできないのではないのか。から、笑顔を作ってみようから始めて、カーテンに挨拶、パソコン画面の動画女性に笑顔、猫と犬に笑顔、エレベーターガールに笑顔、受付嬢に笑顔、通行人に挨拶と笑顔とやっていこうとすることとか、ナンパの前段階を作ろうとすることがこの本に求められていることかもしれない、と思い始めた。

 前回書いたように、僕の自動思考は、自分を貶める・おとしめる呪文ばかりで、否定的な言葉が多く、自分をないがしろにしている。自分を大事にするためにも笑顔は大事かもしれない。


・ この間、作業所の新年会、創立8周年だったかが行われ参加した。カラオケ大会で酒を飲んだ。僕はカラオケをパスした。
 このカラオケ、一人の女性がちびまるこちゃんを地声・低い声で挑むように熱唱した。僕にも鮮烈に記憶に残った。次の日、作業所に集まった皆もこの女性の熱唱をあちこちで話題にしていた。一生懸命だったのが鮮烈に記憶に残る要因だった。

 僕は今の曲をうまく歌うことしか頭になかったが、この女性を見て、木久蔵のいや~んばか~んを歌いたいなあと思った。振付付きで。もちろんやったこともないので、練習しなければならない。簡単な見苦しい、助平な振付を自己流でやってみて、それに日本舞踊女形で磨いて振り付ければ宴会芸になるのではないかと目論んだ・もくろんだ。一生懸命やるけれど、馬鹿になり切りさらけだすという芸風。もちろん僕を嫌いな人はさらに嫌うかもしれないが、この路線は面白そう。

 僕はうまくプロのように歌うことを目標にしてきたが、馬鹿になり切り宴会芸を磨くという方法を思いついた。方向転換として面白いし、新境地だと思った。


・ 作業所は、1枚裂織バッグ用が終わった。そして色違いの裂織バッグをまた作ることになった。今日もう織り始めた。だんだん手早くなってきた。同じものを作るマンネリと、失敗しないものを作る負荷がかかり、あたりまえだが、だんだん大変になってきた。慣れてきつつもあるけれど。   


 この本と、アドラー 生きるために大切なこと 、そして 孤独な人が認知行動療法で 素敵なパートナーを見つける方法 の3冊で僕は自分を変えたい。というか、変化させたい。少しずつ修正していきたい。この3冊は強力だし、必須教科書だし、僕の心臓だと思う。

ぶちあげました。ラッパが頭の中で鳴っています。:→スタート地点にしたい。

孤独な人が認知行動療法
素敵なパートナーを見つける方法

を読んでいますが、

p154

引用:問題に抵抗するのではなく、降伏することで問題を克服することから、これは「逆説的技法」と呼ばれます。~


(kurage0147130:
きちんと説明すればよいけれど割愛。わからない場合は、悪いけれどわからなくてもいいや。自分の場合だと、このあいだの歩くスキーで女性と寝たいというのがありました。単なる男だと。この特別な男ではなく凡庸な男というのを受け入れる必要があると感じた。月並みな平凡な男だと。女を見れば欲情する単なる男の一人だと。

 作業所でもどこでも平凡な男として男や女にぶつかっていく必要がありそうだ。

 

p156

引用:(傍点):~しかし、人々を遠ざけている原因は、内気さではありません。原因は、あなたの自己嫌悪にあります。~ 
::p160(傍点)~そうした不快な感情を生む原因が、上記のような想像にある (傍点終わった) のを理解することです。それがあなた自身のつくりだしたものである以上、それを消し去ることもあなたには可能なのです!
:::p162:~自分の仕事や性格がありきたりで、誰の興味もひかないと考えているからです。そのような考えは、自己達成的な予言となって作用します。なぜなら、あなたが自分に良い感情をもてなければ、他人もあなたには興味を示さないかもしれないからです。職業が何であれ、どんな人の人生も(p163)等しく興味深いものです。


(kurege0147130:
ただの男だということや、自動思考にも問題がある。僕はすぐ、孤独のまま誰にも看取られずに死んでいくんだ、彼女のいないまま死ぬ、結婚もできずに養子も取れないで終わるのか、給料も安いままなのか、能力がない、才能がない、皆より劣っている、僕は痩せぽっちでひ弱だ、顔もパッとしないな、

などと、自分に否定的な言葉をバンバン言って呪っている。自分で自分を呪い殺している。自己破壊破滅的だ。これじゃあ浮かばれない。

さあ皆さん、良く御覧なさい、この商品が夢の本なのです、自動思考に効く特効薬、僕の推薦する本です。まだ読んでないけれど、

☆☆心のつぶやきがあなたを変える 井上和臣 星和書店 1900円+税  アマゾン中古なら今は安いよ、500円くらいで4冊くらいいいのがあるよ。 僕は回し者ではないけれど推薦するよ。

 自分の呪いをやめて自分に優しい言葉をかけてやりたい。自分に良い感情をもてなければ、他人も自分に興味をしめさない、という上記の本の引用部分にもあるように、僕も自分に良い感情を持っていきたい。ここまでやっとたどり着いた。ここからがスタート地点だ。父母の下で暮らすうちに、変な型と習慣を身に着け、この家の文化を受け継いでしまった。けれどもうそれも終わりにしたい。自分に良い言葉をかけ、いたわり、大事にし、自分にプラスになるようにしたい。まだ、父母の呪いがかかっている。今は自分で自分を呪っている。今度は、自分で呪いの言葉を捨て、いたわる番だ。ぼくにはできるさ。自分で自分を楽しませ、いたわることが。呪いを捨てよう。そのためには、呪いの言葉を列挙して、その言葉を変えた言葉を発することだ。新しい言葉をしゃべるんだ。

ここでラッパが高らかになる。王女様が出てきて、二人で白馬にまたがる。皆が祝福する。おーなんとチープで安っぽいんだ。ペンキで塗ったようだ。


まじめに、僕はこれらの2冊の本で、方向転換したい。ここまで来たからには何とかやろうと思う。下を向き続け、呪いの言葉をしゃべり、暗くなって、背を丸めるのはもう飽き飽きだ。大体僕は、糞、という言葉しか出てこない。これじゃあ誰も近寄らんぞ。まじめでない取り組みで、まじめな本題でした。

本:心のつぶやきがあなたを変える 井上和臣 amazon中古は安い 掘り出し物ならいいのだが

2/23 Sat

 カウンセリングに出かけました。

 先生と話していて、?孤独な人が素敵なパートナーを見つける方法? の中で、勉強できるのに、成績が悪くなる、人生ダメになったら大変だと悲観的に考え、そのネガティブで勉強する人のことが描かれていて、僕もこんな感じだと言ったら、自動思考の上書きというか、別の言葉で対抗させる、というか、マイナスの言葉が浮かんだらそれに対抗する言葉をかけて新たな思考の道筋をつけてやるのがいい、みたいなことを先生は言われた、と理解した。

 それで、星和書店に「くよくよ悩んでいるあなたにおくる幸せのストーリー」というチラシに出ていたのを見に行った。(ホームページの事)

 その本自体は興味を持たなかったが、ほかの本を探していて、認知療法で、5分くらいでいい本が見つかった。

☆☆「心のつぶやきがあなたを変えるー認知療法自習マニュアル」井上和臣 星和書店

 この本を見つけた。星和書店では内容を確認できなかったので、hontoに行き、そこの本の紹介の読者感想投稿でhonto自身の読後を書いてあったので読んで、これは使えそうだと踏んだ。
 アマゾン中古だと、500円以内で買える。これはラッキー、どんぴしゃりと注文した。


 この本使えるなら、まさに僕のニーズにかなっている。自動思考、例えば、勉強しないと皆に置いて行かれる、いい成績でないとダメなんだ、が浮かんだら、なぜそういう言葉が自分に浮かぶんだ、たぶん親がそういう育て方をしたからだろう、勉強は楽しみのためだからリラックスして楽しもう、というように心に言い聞かせる、みたいな内容だろうとhontoのレビューを読んで想像した。

 
素敵なパートナーを見つける方法は、バーンズ先生のナンパ指南も出ていて、楽しめる。僕もナンパしたい。本の中ではフラッパー?だったような英語の言葉が出ている。日本語だとナンパだ。軽薄という排除の思考ではなく、出会いの格好の方法としてまじめにやる価値のあることとして長々と書いてある。分厚い本にナンパという不釣り合いな内容になっている。バーンズ先生の本はどれも楽しい。バーンズ先生は、笑顔の練習として机や植木鉢に向かって笑顔を作ることからやり、犬にも向けて、そのうち鏡になり、やっと人間に笑顔を向けたそうだ。親近感の湧く内容だった。


この本の最初のほうは、恋人どうとかいう前に、自分で自分を楽しむことができることが、自分を楽しませることを自分でこなせることが、恋人を作る前の前提だとあった。だから、僕はギャラリー巡りをした。歩くスキーや美術館も行ってきた。


寝ます。End.

悪魔の貧乏ゆすり(2019/02/21 Thu 北海道での地震) / 歩くスキー

 
 昨日の地震は、悪魔の貧乏ゆすりだと感じた。気持ちが悪く嫌な感じがした。1度で収まった。それがありがたかった。僕に被害はなかった。その時間は寝ていた。





・ 昨日は学生の展示を見た。絵はいろいろな色を使って塗っていて立体的できれいだった、でもイマイチインパクトがなかった。パンフレット等のデザインはイラストレーターを使ったのか完成度が高く、就職してもすぐにチラシパンフレットを作れるのではないだろうかと思えた。頭部の塑像は、うまいなあと思った。僕は粘土で作ってみたことがあったがうまくいかなかったので、学生のレベルはすごいものだなあと思えた。顔の個性が表れていた。プロレベルではなかったけれど。



・ 今日は、歩くスキーに出かけた。3年くらい前に、近くの小川のヘリを遡上したことがあったけれど、もうだいぶ前の話だった。滑っても慣れなくて下手くそだった。おじいさん2人に抜かれた。現役の20年前はそんなことはなかったが、今は毎日滑っていないのと歳を取ったのもあって おじいさんに追いつけなかった。

 コース自体は最後まで滑り切り予想していたここまではとの思いは完遂された。まともに滑ったのは8年ぶりくらいだったろうか。歩くスキーを本格的にやろうと思い出かけたが、ひざへの負担が思いのほか大きく毎週やろうという気にはなれなかった。スキーも買うのをやめた。水泳をやりたい。
 スポーツをやるのはいいことだとは思った。月2くらいはやりたい。健康診断ではコレステロールLDLが少し高かった。体を活性化せさせたり使うことは大事だろうとは思う。



・ コース上で、女2人組の研究者が2人いた。女だと思った。僕は森の中で規制が少し外れていたので寝たいなあと思った。すれ違い、最後まで滑り切り引き返したが、外で男1んを加えた4人で乱れたいとという想像をしていたら、その女たちがいた。僕は外で奔放にやるイメージを浮かべていた。僕の頭の中は犬猫と同等だった。愛のない、絆のない、単なる動物としての排泄として女イメージを持った。

 これによって自分のことが少しわかった。そこらの馬鹿男と僕は大差ない。単なる馬鹿男で、女と寝たいだけのアホだった。この馬鹿の部分を否定するつもりはない。ただそれだけの正当性を持たない、欲望する動物という姿があった。自分は思ったより立派ではなく、大衆の中の単なる一員で差異のない、るのぽを見ているアホ男だとわかった。僕には特権性がない。差異もない。欲望を満たしたいと徘徊する男と同等だった。

 僕にはブレーキと規制が強く働くので行動には移さない。でも、それの特権性はない。ただそれだけの事。レベルは一緒。自分に幻想をもつのはやめたほうがいいのかもしれない。単なる男と思ったほうがいいのだろう。森の中で規制が外れると寝たいとしか考えていなかった。レベルの低い、犬猫レベルの僕だった。



・ 森は深かった。ものすごく深かった。あの雰囲気は行かないとわからないだろう。春雪のあたたかい森を滑ってきた。

20 Wed

 

 近美に行ってきた。近美コレクション きらめく都市のものがたり

 ヴラマンク ユトリロが もとから好きなのでよく見てきた。発掘したのもあって 田中忠雄 空の鳥を見よ 1959 というのは、宗教を題材にしているけれど、明るくて、ほがらかな信仰でハッピーな気分になった。

 昨日は調子が悪かったけれどギャラリーに寄った。そこを評価している。

 精神科のお医者様はアドラーからの助言をいただいた。ベストを尽くせば、調子が悪かろうが、周りが評価しなくても、自己ベストなので評価できて関係なくなる、というような内容だったと理解した。


近美では、紙コップの自販機:ドトールのカフェオレを飲んでリラックスした。疲れていた。

実験:2019/02/19 Tue


 孤独な人が認知行動療法で 素敵なパートナーを 見つける方法 / デビッド D. バーンズ


 引用:p73

 (kurage014130 のいい加減な とてもいい加減な 信用ならない 引用)

 以下
( 成績が良くないと 文句を言っていて、成績優秀な学生が周りにいただろう
 そうした人たちは、根拠もないのに次の試験では惨敗し、成績はがた落ちになると予測する 試験結果は良好だったりする

 ☆☆☆ いつも心配していないと、実際に結果がひどいものになると確信している。常にストレスのかかった不安な状態を、成功と引き換えに支払う対価と考えていて、前向きで楽観的な予想を立てたらダメになると、

以上、いい加減な引用終わり、



感想:以下kurage0147130

 これ僕にそっくり当てはまる。英語を勉強しても、作業をしていても、失敗しないようにと小さくなって、慌てて、プレッシャーを感じながら丸まりながら泡を食っている。

 英語の勉強をしないと大変なことになる、乗り遅れる、ネガティブな感想が土台にあって、それに火をつけながら動いている。崖っぷちを歩いている。

 作業では、遅いと皆に嫌われる、遅れて大変なことになる、ダメになると。英語も勉強しないと自分がダメになると。自分の場所はだめで、遅れてて、転落しそうだと。
 土台が腐っているので、砂上に楼閣を立てるようになっている。何も進まないし、自信はできないし、自信にならない。前進しない。

 デメリットは:自信ができない、進まない、何も自分のものにならない。

 ダメな場所が土台:他より遅れてて:転落していると、もっと転落すると:もたもたしているともっと転落すると:普通にしているとダメなんだ、頑張らないと。もともとダメだから。普通にしていると否定される場所なんだ。自分のそのままは否定される。否定が出発点になっている。



間奏::::: ::: :: : ギャラリーに寄った。作家でない、在野の作家になっていない人の絵がたくさんあった。面白くない絵と、絵心と世界観のある絵に分かれた。ネームバリュウがなくても惹きつけらる絵がたくさんあった。素晴らしいことだった。素人に位置する、何年も絵が描き続け、作家にはならなくても、僕に語り掛ける絵が、絵の中だけの世界が成立するものがゴロゴロ転がっていた。素晴らしい。 行く前は、成果は20%くらいだろうと踏んで出かけるが、いつも80%の満足を与えてくれる。3日連続でギャラリーに寄った。


☆☆☆
OS 上書き保存: 僕は価値があり、100%良くて、自信を持っていい と土台基本にできたらいいのに。そういわないとこのまま腐って終わりそうだ。
☆☆☆


勉強しなくても、英語をやらなくても、仕事で人の足を引っ張っても僕は価値があるといえればいいのに。この方法論、どっかの本にあった奴を踏襲している。

 バーンズ先生だったっけ。??? わからなくなっている。証明しなくても、他人に証明しなくても価値があると。マイナスもプラスも、そのままで価値があると。バーンズ先生のほかの本を調べたほうがよさそうだ。僕は普通にしてたら、仕事は遅い。のんびりやでボヤーっと夢の世界を歩いている。

End.

素敵なパートナーを見つける方法 ( 孤独な人が

孤独な人が認知行動療法
 素敵なパートナーを
  見つける方法

            デビッド D. バーンズ
    
      星和書店             2200+税


 


 【

   この本を読んでいる まださわりの段階 一人でいるときに 恋人がいないからこうなんだというのはしないで 

 一人でいるときも恋人がそばにいるかのように自分を大事に扱い 友人に話しかけるように自分に接する という方法を説かれている 


 そして、とりあえずやる というのも出ていて 僕は美術館に行こうと思ったがちょっと離れてしまったので 近くのギャラリーによった

 神楽の写真が展示されていて そこの人が飲んでいったりしないかと誘ってくれた うれしかったがやっとの思いで見ていたので話に乗れなかった 断った 絵葉書をくれた それに神楽をやっている神社の情報があった いつかいってみたい 今年の夏に行きたいなあと思った 見ず知らずの方が誘ってくれるなんてとうれしい気分といつもの作業所の人たち以外とのかかわりに不思議な感じを持った


 きょうは別のギャラリーに行ったら 学芸員の方のような人から絵の説明を受けた 版画だった 版画の印象は大変だったろうし 緻密ですごいものだがつまらないと思った 版画ですよね とそこの方に声を掛けたら 説明をいろいろしてくださった 冷たくされるのかと思ったら 親切にいろいろ教えていただいた 
 酪農に働きに入り 牛が好きで好きで 世話をしながら 絵や版画をしている女性だそうだ 不思議な人だと思った ものすごい情熱を版画に込め作品を作っておられる 好きなことのために自分を全部投入しているその人が不思議だった

 昨日の神楽でも 伝承する人たちがいて それを支える人がいて 写真を撮り伝える人がいて 不思議な人たちで成り立っている 現代でも 神のような見えないものを扱う 不思議な人たちと伝承するエネルギーの不思議さを感じた

 この2日間で僕はだいぶ行動が変わった 家に帰るだけの生活から世界が変わった いつも5割引きとかの服を買っていたけれど 昨日は恋人がいるかのように 定価の服を買ってみた 前の日に欲しいと思ったけれど高いと思い手が出なかったもの 高価ではないけれど僕から見たら高い お得感のない服 その紺色の質感に惹かれた 作りがよさそうだった こだわりは感じた

 行動パターンを変えると 気持ちが明るくなり 前向きになり 出会いもあり いろいろできることを感じた
 狭い世界から広くなった 家でも恋人がいるかのような生活ができるようにできたらなあと思うが 食っては寝てしまっている そこはまだ改善されていない

 バーンズ先生の本はすぐ使え信頼している ものすごいインパクト 
 一人で満足することを説かれている すぐ恋人を作ろうと思わないで いないからと生活をみじめにしないで 一人で恋人がいるかのように生活し 家でも部屋で暮らす 
 僕は食生活は良いが掃除が汚い そこが改善点 余地がある

 
 】


       本のインパクトに酔っている   ... ... ...

     

カウンセリング 2019/02/16 Sat

 暖房は熱が上がりすぎて切れたようだった。不凍液を足していただいた。寒い思いをしないでなおってよかった。


 カウンセリングをしていただきました。治療です。

 母とペニスという内容のものにしてもらった。母の50代の顔とペニスの、トランプのカードのようなイメージをかぶせてみたりして僕自身がどうかというのをやっていただいた。

 母は硬直化していて、それがそのまま僕にも当てはまるようだった。母が離婚せず父との生活をつづけたせいで、母自身が硬直化し女として生きることもなかった。その母の性を感じさせない母自身と、僕の男としての性を感じず中性のような宙ぶらりんは関係があると思う。この辺はまだ掘り下げられていないが、やっと本題の核に食いつきつつあると思う。

 母の離婚はいいことみたいに書いたけれど、母が父との生活を終わらせなかった恩恵もある。父が自分の身の回りのことをできない人なので、母がいなかったら悲惨だったと思う。
 そしてもちろん僕自身も、30代はものすごく調子が悪く、沈みに沈み込んでいたので、母が父と暮らしていなかったら僕はどうなっていたかわからない。路頭に迷うくらいの危なさはありえたと思う。大げさではなくて僕は不安定で、不利で、負けに負けていた。ものすごく調子は悪かった。


 それでも、母は父と離婚していたほうがすべては好転していたと思う。それが自然だったと思う。母は離婚しなかったので、今現在父を憎み嫌い、母が硬直化しすべてを拒んでいる。母は結婚に執着したので、母自身に執着し、柔軟という言葉を知らず、ガチガチに凝り固まってしまった。母は女性ではない。僕は男性ではない。父も男性ではない。こういう変な状態を作ったのは、結婚への執着だったと思う。もしくは自分の心と向き合わず世間へ合わせたか。自分をだましだまししているうちにミイラになってしまった。水も色気もなく朽ち枯れた。

 僕はこういうことになる父母の下で、幼稚園の時に、母に人のせいにしないでと言われたときに、母に食って掛かった時に自分を殺した。母の性と、父の性、僕の性、健全ではない。臭いものには蓋をしろ、とばかりに性はないがしろにされた。この家族の中核は執着だ。一番人生で遠ざけるべきもの、執着というべきもの、がんのような病気を崇(あが)める家庭だった。人生を知らない紙人形の集まりだった。僕らは、さも正しい顔をして、人生のその時その時の情熱を知らないで、偽の生活を人生と嘯(うそぶ)いた。



 ・最後のほうに書いたのは今日の僕の思い付きだけれど、この考えの流れをカウンセリングで作っていただいた。先生の洞察と流れを作っていただいたその力強さに支えられています。ありがとうございます。

坂本のneo geo カセットからのダビング音源のYouTubeを聞きながら打ち込みました。おせわになっています。

未障者 / インサイドストーリー(つまらないと思うが載っけた・仕事の)

・ いま、暖房機が壊れた。厳冬期でなくてよかった。今は緩んでいる。明日来てくれるといいけれど。

・ ラジオで、NHK第一で、車いすバスケの車いすを作る人が喋られていた。

 自分が精神障害のせいか、ラジオの普通の人がわれわれ健常者というのに反発してしまう。未障者ではないのかとおもう。いつ障害になるかわからないし、だれでも障碍者になる道は開かれているのだから、障害者という言葉を使うなら、それに合わせ、基準をシフトして未障者とすべきだと思う。ひねくれものに聞こえると思うが。





 仕事場なのですが(いつもの用語を使わないのは支障があるからです。仕事 と、今回は書きます)、今日までにテーラーSG氏に裂織を完成させて渡すようにとの指示が社長から前もって僕に言われていた。僕は、水曜休みを金曜日にずらして水曜を出ることが可能だった。それを仕事にしないで歌を歌った。休みにしてしまった。

 昨日出かけると仕事場の社長は、出来上がらないのを残念がっている風だった。僕は約束破りだった。それで、もう過去は変えられないので、昨日から考えていた、朝早くいくことを実行した。残業は禁じ手だと職員(支障があるから今日の用語は職員)から前に言われいた。

 いつもより一時間早く出かけ、現地の公園での体操をしないで交通機関(公用車を使わなかった。これも今日の特別用語)を使って乗り込んだ。職員は来ていた。予想通り仕事熱心なのは嫌われず、許容された。ほかの職員、社長(これも今日の用語)もまんざらではないようだった。僕はほかの同僚より、1時間早くついていたので、めいっぱい1時間半使ってテーラーSG氏にすぐ渡せるように織った。完成したのは10時半。でも、前回のが仕上がっていず、テーラー氏はそちらをこなしていた。僕は、早く上げるため5センチ短く織ったら、社長に5センチ必要だったといわれた。おまけに、今日は今日僕が完成させたのはやらないで、そのまま前回のにテーラーSG氏は取り組んでいた。今日のに取り換えなかった。今日織りあげたものが、反応が良かった裂織だった。

 僕は社長との約束は守った。今日にはテーラー氏に渡すという約束。朝早く完成させていたので守られた。



 そうすると僕は融通が利くとのことになったらしく、奇襲攻撃をかけた罰なのか、掃除を担当している女性の休みの日以外に休みを取れとの指示が来た。なぜゆえ、僕がその女性の休みの日にバッティングさせないように休みを取るのか、それは皿洗いを全日僕と女性で分担させようという作戦で、その女性に職員全部がかなりの負担を強いられているので僕も加われとのことかもしれないが、その女性が僕の休みの日以外を休みにすればよいだろうという、僕のエゴが通るわけもないのは、職員から打診されたことで明らかだった。

 それで、僕は折れることにして、その掃除女性の休み以外に休みをずらすことになった。ががーん。ジャジャジャジャーン。(諦めのバックミュージック。)
 まあ、新しい体制もやったことがないので試してみるさ。ちょっと、強がってみた。


 30分いつもより早く帰った。公用車で。


 なんかわからんが、疲れた。早く寝る。
 いつもより1時間多く労働(今日のための新用語)した。