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敗戦


5/26 Fri


 敗戦


 今日は調子が悪く、まず握力が不足していた。作業所でも小さくやっていたが、立場が悪く、父のペニスをリッパ―で刺すイメージから導入し始めた。


 そして波に乗れ出したので、手早く作業を進めた。その意味では最低の日ではなかった。何とか皆に食いついていった。ギリギリセーフという所。僕は、下降期に入ったと日報に書いておいた。でも、自分の中では諦めた。


 今日の、一瞬、一日、一時でいいからやれればいいやと思った。マインドフルネスです。


 ずっと作業所にいれなくなっても、やめても、早退してもいいやと思った。そういう時期に来たかと思った。刹那ではないけれど、一時に賭けようとして、皆のペースに追い付いていった。生きるとはずっと同じことが続くではなく、いまその瞬間に賭ける、この時この場所、なのかなと思った。テーラーSGはいつも通り飛ばして先頭を走って作業を行っていた。僕は頭が上がらない。いつもダラダラやっているので。

 生きるとは、今がずっと続くのではなく、刹那のように、その瞬間に全部賭ける、全力・瞬間・場所なのかもしれないと思った。




 僕はいつもだけれど、窮地に陥り、苦しくて、苦肉の策として思いつくことが核になったりする。今回も生きること、マインドフルネスを経験した。風化しないようにできれと思うが、怪しい。僕は甘ちゃんだ。



 帰りの交通機関では、攻め込まれそうだったので、肘を押されていたので、父のペニスを握り潰すイメージで怒りを盛り上がらせ、相手にぶつけた。最後には、相手は嫌がったようだった。あまり食いついてこないようだった。それでも、後ろから来られると困るので後ろを振り返りつつ歩を進めた。怖いわけです。





☆☆☆ そう、今日の作業所は、最初から皆が怖かった。攻め込まれるのではないかと。僕は臆病に、皆を怖がっていた。でも、立場が悪いので、逆転する意味で父のペニスをリッパ-で刺すイメージで作業を進め、ペースをつかむことができた。窮地を脱した。




 今日は何とかなった。明日はならないかもしれない。攻め込まれるかもしれない。でも、明日のことはいい。明日は死んでも諦めるしかない。その辺を割り切らないと乗り切れない気がする。今日も作業所で、皆に刺されても文句は言えないと思って割り切っていた。

25 /24ボランティア猫/捕捉


25 Thu

 昨日は調子が悪いみたいだったけれど(ボランティア以外何もしなかった)、朝から猫うんちの世話は強烈だった。休みという幻想も消えた。

 今日になって振り返ると、猫の下の世話ができると言うことは、猫が飼えると言うことだ。僕がそこに通って身に付ければ、猫を飼う資格が得られることになる。

ボランティアに行くことは、猫が飼えることができるという力を得ることになる。でも、それ以上でも以下でもない。ただそれだけ。

 今日は草取りをした。(昨日はしなかった) 草取りができる。庭の管理の草取りができる、と言える。


 こういう小さいことの積み重ねが自信になるのかなあ。 



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 最近、少しずつ森田正馬を読んでいる。なりきる、とかいうもの。


寒いときは寒いとかじかみ、病気になれば熱を出しうんうんうなる。寒さから逃げようとかそらそうではなく、寒いなあと、寒さになり切る。熱を出せば死ぬかではなく、苦しいなあと身悶えする。

そういうなりきりの大事さ、ずらすのではなく、そらすのでもなく、苦しいままにいる。そういうやり方を読んでいるところ。、


 僕のやり方と違う。僕はずらそうとしたり、すぐよくなろうとする。そうではなく、保持してそのものになり切って、そのままでいる。小細工を施そうとしない。心の持ち方の勉強か? 読んでいて、心の使い方が書いてあり、心地良いから読んでいるのだろうと思う。

 神経症(強迫症?)の人のためだけのものとは思っていない。僕にも有効だと思っているので。



24 Wed


 動物愛護団体のボランティアの初日に出かけました。



 朝9:00集合なので、5:35分に起きました。遠い所に現地はあります。



 猫の世話なのですが、任されて期待されていたのは、うんちなどの排泄の後始末です。

 ☆ 若い猫3匹くらいと、でっかい古株猫一匹・こいつは檻の中から出ないし動かなかった。これらが僕が担当した猫たちでした。若い猫は活発だった。




 最初からうんちを集めることから始まりました。猫が新入りの僕を気に入らないらしく、ぶつかってきます。コイツ縄張り主張かあ。とおもいました。


 猫のおしっこの砂の処理もやりました。猫はおしっこをするので砂を敷いてやる必要があるらしかった。それを捨てて、消毒スプレーをして、トイレットペーパーで拭き取って捨てるという作業です。

 床をモップみたいな、4隅を押して止める紙で拭くモップで拭いて、コロコロで敷物の喧嘩した猫の毛を取り除き、ゴミを捨てて終わりです。自動走行ロボット掃除機も使っていました。1時間くらいの作業でした。




 僕にとってはフローリングに膝をついて作業するのは結構きつかったです。結構大変だった。今日は触れ合いとかなんとかはなかった。期待していたわけではないので織り込み済みでした。その場で手を洗わせてくれなかったので、公衆トイレで洗いました。




 うんち処理班としてのボランティアを完了してきました。今度行くときは覚悟が要ります。本当のボランティア作業だったので、甘い夢の入り込む余地がなかったからです。





 猫を飼うということがどういうことかハッキリわかりました。排泄の世話を毎日してやるのがずっと続くと言うこと。本当に好きでないと務まらない。メダカより大変な作業です。まあ、猫一匹ならそれほどでもないのかな?
 
 続くかどうかわからないけれど初日は終わった。猫のチッコイうんちもよく見て、スコップで集めてきたし、猫くんたちが元気にしているのも見た。作業している間、近寄ってきて、僕の手を触ろうとしている猫もいた。帰るころには、僕など知ったことではないというように興味を失ったようだった。やつらは猫だし、一匹狼(猫)だし、どんな環境でもやっていくだろう。


 スタッフ同士の会話を小耳にはさんで聞いていたら、膀胱の調子が悪くて食事をしない猫とか、心無い飼い主の飼育放棄のことみたいだった。現実に動物愛護団体が活動するというのは、猫の世話と、飼い主と、殺処分の役所といろいろやりあっていく大変さがあるようだった。想像はついていたけれど、それを担ってやっている人たちが現実に活動していた。それのちょこっとを僕も齧らせてもらった。



・ 家に帰ってきてから、目立ったことは何もしなかった。明日から作業だ。母が餃子を作り、僕は手を切っているという理由で参加せずアシストだけした。家の餃子はうまかった。母の餃子というべきか。








5/23 Tue



 朝早起き(5:35分起床)して、草取りをして思ったことは、できるという思いは大事だというもの。


 今日で草取り連続3日目になった。身体も慣れてきた。僕は草取りをしていて、草取りしかできない、庭作りとかではないと考える。でも、今日感じた、草取りができるという思いは大事ではないのか。主治医にも、これしかできないと思うのと、これだけできると思うのでは違うみたいに言われた。カウンセラーの先生にもできると思うことの大事さを説かれたことがあった気がする(忘れてしまった)。自信を持ってよいようなことはよく言われていると思う。


 草取り技術は70%くらいだと思っているけれど(割れた爪を引っ張って血を出して、治りかけ、それで力が指に入らない左手)(草を両手で取ったとしても、改善の余地がまだたくさんありそうだと思っている)、草取りができるという気持ちは自信を持って主張していい内容だと思う。


このできるという思いを中核に据えて物を見ていいのではないのか。僕は、できない、これしかできない、を中核に据えて物を見ている。これ良くないよね。これこれのことができると、絞り込んでいいと思うけれど、その絞り込んだ内容は何%でできると主張していいし、自信を持っていい。






○13歳からの頭がよくなるコツ大全、 小野田博一、 php、 2014

 Ⅱ部 作文のコツ を図書館で読んできた。まだ途中。


 思ったのは、僕は自分でわかっていることを周りもわかっているという前提で書いていて、そして主題の主張を周りの部分で支えて主題を描ききることをしていない。

 説明が足りないのに、周りにわかっているはずだと、主張してないことを暗黙の理解として読む人に押しつけて1人満足している、ひどい書き手であるらしいということ。結論を書けば理解してくれると思い込んでいて、説明を怠っている。





それで2001年宇宙の旅 捕捉してみました。


○ 進化は、黒いドアが磁力を出して促すらしい(人間の祖先に対して、そして月へ飛んだ人たちに対して、最後には木星に向かった主人公に対して)。


 僕は、人間の進化を説明するのにドアに担わせたのはSF的で面白いと思った。はっきりしていて、即物的で、謎をドアに込めることができて、このドラマチックな進化という得体のしれない人間の理解を超えていることに、SF的に回答を与えて謎めいてぼやかすことができた。宇宙人もほのめかしているし。


 正直に言うとちょっと嘘くさくないか、とも思う。そんな単純か? 宇宙人? 黒いドアに謎的なものを担わせる無理がないか? そんなことも思う。


 人間の祖先の猿を、同じ仲間の違う部族・黒ドアの進化エネルギーを受けた道具を使い始めた進化猿が殺すという、ショッキングな暴力で進化を描き、道具を使うことで優位を得たとする説明も、おもしろいけれど嘘くささを感じる。


 ここには道具を使う部族猿に力・パワーを得たとして力関係の優越を与えている。確かに競争するから力の強いものが優位に立つというシンプルなものだ。権力を道具猿に与えている。でも新聞で読んだけれど、ゴリラは知的に劣ったゴリラの子どもの面倒を見ると書いてあったぞ。本当に力が強いことや、道具を使うことが勝利に結びついていいのか。もっと福祉の面がゴリラにもありそうだぞ。弱い者にも渡りをつける集団的な横のつながりはなかったのか? 映画では水を巡っての利権争いだった。仲よく譲り合う側面は人間の祖先の猿にもあってもよさそうだが。納得できないのは暴力を解決力に描いていることだ。暴力万歳には納得できない。





○ 命の循環は、猿の進化、最後の主人公の老化の場面。

 猿は道具を使う強い猿が生き残っていき、その種族の子どもたちが僕たちになるという命の循環がある。最後の主人公も黒いドアに向かって指を指して文字を書く?(そんな仕草なかったっけ?)、とにかく指を黒ドアに向けていた。あの主人公の子どもが胎児になって進化して次の人類になるという仄(ほの)めかしだと理解した。


 命が次の命にバトンタッチし続ける、命の循環がある。この不思議さも言葉で説明できることの枠に収まるものだとは思えない。その部分を映像で描くとああなったのかもしれない。命というエネルギーは、ことばでは描けないと思う。そこを神秘的に映像化したのだろうと思う。




 話は違うが、個人の命は関係者には大事でも、命の値段として見た場合、集団の中の部品としての値しかつかないと思っている。蟻を一匹殺してもたいして変化はないと思う考え方。でも、僕はそのアリの命と僕の命は等価だと思っている。僕は蟻を殺すが命の重みは優越を与えたくない。






○ 死は、宇宙船内のハルに殺された飛行士、そして主人公の死。


 人間がコンピューターに殺されるという、ショッキングさ。ここも暴力が描かれる。コンピューターが力を発揮する。権力を持っている。権力が強いものが弱いものをいたぶるという構図。弱点はあったけれど(マニュアルで主人公は宇宙船に戻ることができた)、コンピューターに対して力を持たせたあの描き方は古くないか? なぜ共存できない。男の論理ではないのか? すぐ権力と力を持ち出す。なぜハルは傲慢になるのだ。常に横につながりを持たせる描き方もあってもいいはずだ。マッチョ的でないのか。





☆ 宇宙船が、死と権力が渦巻く祭祀の場所に見えてきた。宗教のように思える。あの無機質で簡素化された内装。白で統一されていた。暴力が振るわれる船内。密閉された中での殺人。ひどく創造的ではないように見えてきた。エネルギーが満ちていない。死の臭い。

 キューブリックがマッチョな人だったのか。面白い映画だけれど、主題は古臭い気がしてくる。



○ 道近美のスビアウレ兄弟の絵の顔の模写ですが、僕は、外国の人の顔を描いてはいますが、この顔の模写に命の重さを感じています。人生の重さを感じる。生きてきた、60年とかの重みがあるように思う。辛いこと、苦しいこと、楽しいこと、悲しいこと、このような背負ってきたひとの人生を感じる。

 自分の歩んできた、平坦ではない重さ、をこの絵の主人公たちの顔にも感じる。僕は、自分を投影させて絵の主人公の顔に共感を重ねたのかもしれない。邪道かもしれないが、共感した気分になったことは確かだ。

 絵の中に見られる他者の人生を、他者の人生として見たのではなかったのかもしれない。そういう意味で、邪道かもしれない。

22 Mon /20雑記

22 Mon

 図書館へは最近寄っていない。調子がよくなく、余力もない。


 草取り2日目をした。





・ 今日の帰りは非常に調子が悪いようだったが、ピンチはチャンスという言葉があるように、父の映像とペニスの映像を頭に描いて対抗した。この2つがキーになる部分だと思った。実際使える気はした。他の人の圧力にこの2つの映像を思い描くことで対抗させ、拮抗させた。このイメージが僕の抑圧に関係していると踏んでいた。

 調子の悪い日は全くダメだとは思っていない。何かの部分が引っ掛かってくるチャンスだとは思っている。バタバタさせて、必要な部分を掬(すく)い取ったと思っているが、思い込みが多すぎるかもしれない。






・ 作業所の椅子の配置が変化した。僕は中枢に近い場所へ移動になった。たぶん今度は端に飛ばされる。研修生がいなくなったらすぐ移動かもしれない。僕に席決めの権利はないので、なすがままになっている。情けない立場であります。無力を感じさせられる。

 この席になったので、自分を磨くいい機会だと思って、揉まれて、人間に揉まれて、自分を練(ね)ろうと思う。苦しい席だという気がする。


 2連休をもらった。1日は有給を頂いた。ありがたいです。 



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 道近美で、スビアウレ兄弟の絵を見た。前は、ラモンの絵がよいと思ったけれど、バレンティンの聖アンヌの祭日もよかった。

 この兄弟の絵がとても好きだ。下のリンクは違う絵だけれど、ヴァレンティンの絵。


 顔に人生が現れている。その人の生が凝縮されて浮き出ているように感じられた。

 


www.museoreinasofia.es



 今日は、大原美術館展Ⅱはちょっと覗いただけで、(僕は障害者手帳を持っているのでパスできる・上の絵は大原美術館展Ⅱの作家の別物)、



近美コレクション 展を見てきた。

 三雲祥之助の、サンシール・ラ・ポピー風景が印象に残った。検索したけれど、載せたいのがなかった。

 ユトリロはすごかった。絵の中に家並みがあった。確かに建物が存在していた。今日は、シセイ・アン・モルヴァンという新しく見る絵も見た。もう一枚は前に見ていた。ヴラマンクも好きだ。黒のグリグリがトレードマークだと思っている。







雑誌の、ブランド undercoverのファッション、高橋盾(たかはしじゅん) は物凄いと思った。こういうのも発想し許されるのだと思った。人間の頭に描かれるのは何でもありなのだなと。すごく独創的。と思った。

www.youtube.com


 
stanley kubrick , 2001 a space odyssey を見終わった。2001宇宙の旅

 黒い板っ端(いたっぱ)が進化を起こし、命の循環に関わっているようだという、理解をした。モノリスというらしい。特典映像で覚えた言葉。大道具さんと小道具さんが頑張ってあのすごい無機質で機能美のバックができたのだと思う。

 ハルに人格を感じ、対話できる不思議さを感じる。ペッパーは人間的ではないけれど、ハルには人間味を見る。殺意まで起こして、自分の存在を維持しようとするところなど。

 言葉で言えない、進化、命の循環、死を映像で描いたというのでしょうか。

 僕にとって、宇宙人は今のところ興味がない。出て来なかったけれど。


 人間の祖先、ゴリラみたいのも、愛くるしかった。かわいい。叩いて殺害する場面はえげつないけれど、道具を使う最初としては、優越を示す場面としては、すごく印象に残る。動きがすごくいい。役者の人はかなり頑張ったんだろうな。


 主演俳優はもちろんよかった。特典映像では、御歳を召されていた。残酷ですね。僕も死のカウントダウンは入っているような気がする。80歳で人間はほとんど死ぬし。残酷だ。


 でも、死を終わりとか、切れる、後がない、あの世と、冷たく切り離されたものという捉え方は、千の風みたいに古いかもしれない。良いイメージを描く権利はありそうだ。そうしたいと望む。


 土の上のタンポポをスコップで掘って抜いて歩いた。それだけで、30分以上かかった。早起きして草取りできればいいが。週2では、維持は無理だ。毎日の継続が必要。と痛感した。実行できるか怪しい。9:30に寝て、5:30起床を目指したいところです。
 そうなると夜がコンパクトになる。ギュウギュウ詰め。できるかあ~??~??。

ペットボトル入れができた。

今、夜作っていたペットボトル入れができた。
ポケットティッシュケースはこの間作った。

布は全部ダイソーで手に入れた。
写真のバックはアイロン台。



○ちくちく和小物、松下順子、青春出版社、2011

 bookoffで中古入手。その前に図書館で借りていた。

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 今日は美術館に行きたいと思っていたけれど、風邪で行く気になれず部屋にいた。部屋の掃除をした。ドリンク剤を飲んだ。
生協へ行き、布と豚肉を買った。トン汁つくった。掃除機をかけ、夜、ペットボトル入れを作った。



生協への帰り、近所の凸凹斜面を、ママチャリでマウンテンバイクのように走った。久しぶりにダートの走りをした。こういうの好きで、たまにやる。気分は良かった。面白かった。

5/15 Mon

15 Mon

 昨日

○13歳からの頭がよくなるコツ大全


を昨日、図書館で読んでいて、『能動性』という言葉が浮かんだ。


 僕は後ろ向きで、受動的に何でも関わっているし、そうやってきた。けれど昨日の読書は、働きかけ、積極的に、理解しよう、覚えよう、と能動的にやる方法が書いてあり、自分にもそういう能力がありそうだと感じた。




 昨日の織りでは、上手くなろう、とするだけでどうしたらいいか思いつき、端の処理を丁寧にやった。すごく良くなったと自分では思った。最初の時の織りに向かう感覚、初心に戻った感じだった。最近はマンネリ化して雑だった。 



 このように、どうしようと能動的にちょっと思うだけで改善できた。勉強でもできるはずだと思い、家で英語をちょっとやって、中学生向きの辞書を読んだりして見た。覚えるところまでまだいかない。その辺はこの本と関わったり、工夫が必要だ。時間も僕はかかる。辞書を読むというだけでも変化だった。ちょっとずつできそうな気がする。





princeの愛のペガサス(prince), Controversy を聞いている。コントラバシィーは物凄いと感じた。今日は音に感応している。
 最近歩いていても、景色の色とか、フォルムに感じている。景色を追っかけて味わってをやる余裕のある時もある。


 今日は2014年に買って読んでいなかったファッション誌を見た。すごく面白かった。形、質感、バリエーション、これをめくっていたら一日かかるのではと思った。Quotation 2015 spring summer. 


 まだまだ受動的ではあるけれど、ちょっとずつ展開したらいいなあと思う。

14 Sun /13/12/11/ガンボ

14 Sun

 作業所では、昨日の織り教室の自分が嫌な奴だったので、他にいいやり方はないかを思った。カウンセリングで赤黒いものがあったので、これを感じることが、意識し続けることが脱出ではないかと思った。
 この赤黒い抑圧は、少しでも意識できたら、後は逃げを許さず、常に向き合い続けないとこちらが滅びる危険なパイだとわかっている。

 抑圧30年前、20歳の時、僕は出したけれど、あの時もずらすことは許されなかった。こうなった以上引き返すことも、横へ行くこともできずひたすら進むだけしかない、あの時を思って浮かんだ。




・弱さの思想

 最後の章は非常に面白い、読んでいて充実している。楽しい。少し賢くなったと錯覚する。バカな自分が見える。周りをバカに感じるのは、自分から逃げているからだ。僕は逃げ出すのが得意で、苦しくなると逃げようとする。

 統合失調の抑圧で負けているし、作業所へ作業に行くと言うことでも負けている。僕は何重にも負けを背負って、担って、まみれている。負けの重荷に打ちひしがれる。負ける以外にやりようがない。本を読んで出口があるというより、どんな負けをしているか、自分の負けの状態をわかるために読んでいるようなものだ。(他の本たちのことも入ってのこと)

 赤黒い抑圧。男・性の解離(?かいり?:正しい使い方か?僕はアホだ)。だから、赤黒いのは性と関係あると言えると思っている。単純に関係性をくっつけた。



・ この本、弱さの思想、負けについても書いてある。それを読んでの上の内容になっている。通貨についても、単一の通貨だから統制できる。地域の通貨とかを含め、多様性(負けている / 単一、中央集中が勝者)があると、おもしろい、ローカリゼーションの見方が必要だと。グローバリゼーションではなく。

 物語も、地方出身者が中央に出て出世する、という神話が成り立たなくなっている。若者は地方を志向し、山に自分の居場所を見つけようとしたりする方向になりつつある。本にあることをずっとここは書いてきたが、神話だと絶望するかない。勝者は3位くらいまでで、その他は皆敗者になるので。


 この最後の章は面白く、頭がよくなった気分に浸れる、絶好の優越と言いたいところだけれど、さっきも書いたように負けを意識させられる。絶対負けの自分を愛するしかない、寂しい自分が見えてくる。負けを抱きしめる、たそがれを抱きしめる、が本の言葉だったが。


 出口のない負けの自分をどうするか、突破できないまでも、負けながら中和するというか、乗り越える方法はないかと、本でも言いたくて対談しているのだと思う。(僕の理解は違っているか?)




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太極拳が教えてくれた人生の宝物 フランソワ・デュボワ

終章 これからの旅 p221~

 この本が、山にこもって、降りてから悟ったというか見えてきたという内容らしいので、その悟りから読もうとした。読み終わった。(終章だけ)

 非常に率直でオープンで明朗な文章だった。そして充実した時間だった。あっという間に読み切った。(終章だけ)



太極拳に学ぶ 身体操作の知恵 笠尾楊柳 

 こちらも読みだした。ちょっとずつ学びたい。まだ始まったばかりで何のことやら。





○新・作庭記 丸山健二


は、自分は文学をやっているが周りは違うという意見のように理解した。自分は皆とは違うと。その論の持って行き方には納得できない。

 自分の文章も大したことはないとは書けないらしい。作家だからか。そこを守って周りを否定するから変な意見に見えた。自分を守るなら周りは否定しない方がいいと、僕は感じた。作家先生なので僕の戯け(たわけ)は通らないだろうが。





引用:p24・25:モネについて語っている箇所:


~草木のひとつひとつが命を持って、様々な悪条件と闘いながら懸命に生きているということを~


~我々人間もまた、いつ踏みしだかれるかわかったものではない、逃げ場などどこにも見つけられない、ともあれ生きるしかない、極めて危うい存在であるという原点を忘れないことが、本物の美にめぐり合える基本中の基本なのだ。




引用者:kurage0147130:
「素晴らしい文章の箇所。ぜひとも引用したく載っけた。」




○弱さの思想
  第3章 弱さの思想を育てよう

に入ってから少しおもしろくなりだした。ゴリラは強いが闘わないらしい。戦わないために強くて、胸をバンバン叩くらしい。

13 Sat
 
 今日の織り教室は、嫌な奴として存在しているらしかった。自分でもそういう存在なのを感じた。周りの態度も冷たかったし、僕もあたたかい気持ちになれなかった。




 個として存在しているようになってきているのを、歩いている感覚で感じた。




 このブログの特徴が、ダラダラと冴えない、鬱写した日常を描くという性格なのでこれからどうなのだろうという不安をちょっと感じる。

 今までは良くなるという明確な目標があったが、実際によくなってきて、でも日常は鬱々としてスパッといかない煩悶を抱えるというダラダラした内容で、どこへ向かっていくのか明確ではない。モチベーションがはっきりしない。目標や到達点が定まらない。



不明朗なブログという特徴を持ちつつある。



僕自身がいやな奴として存在しているわけだし。好きで嫌な奴をやっているわけではないが、なぜかそういう役回りを今日の織り教室では担(にな)っていた。



・明日は母の日なので、ジャワカレー中辛で作った。










12 Fri

 今日の作業所は、相変わらずnuno-zoriの達人の無視は続くが、ちょっと昨日から感触違ってきた。

 テーラーSGも否定っぽい態度でいるが、彼らの無視は底意地の悪いものではない。悪意があるなら切り捨てればいいけれど、彼らは僕がどう出るか読んでいる。こちらの動向を窺いながらの無視なのだ。完全無視の否定とも違う。

 僕がどう出るか見られている。僕はこれらの無視をどう踏むか任されているともいえる。彼らを否定するのは回答としては誤りだ。
 いい機会、成長する試練だと捉えている。ちょっと苦しく、かなりしんどい時もある。がしかし、森田正馬の事実本位だと、僕が作業所に通えていることで、仕事をできていることで僕は報われている。友達づくりを志向しているわけではない。欲しいならこちらからコンタクトを取ればいい。今は無理だが。
 作業できているのだから、友達作りの部分はカットしてもいい。この辺は昨日も書いた。




☆ そして今日最大の収穫は、自分自身への執着もカットしていい。どういうことかと。
 
 僕は自分の動向とか、どうしたいとか、こう対応してほしいとか。友達が向こうからきてほしいとか。女ができればいいとか。自分への自分自身への執着、期待が多すぎる。この変なこだわりを、このnuno-zoriの達人の無視による機会をもってカットしていいい。いい機会ととらえる方法がある。自分への過大な期待は捨てた方がいい。もっと絞り込んでいい。事実本位の考え方はこれを実現してくれる。

 
 できれば作業も、もう少し上達を目指せればいいが。どうもダラダラと続く作業にしてしまっている。上達するためにどうしよう、こうしようと試行錯誤するように作戦を練られたらいいのだが。この、のんべんだらりんの状態はあまりよくない。作業に創意工夫をたくさん持ちこんでもいい。できると思うんだ。考えない、やらないが、ダラダラを生んでいる、と思う。


 僕のブログを読んでいて思うと思うのですが、自分への執着が核となってきたけれど、それを捨てて、自分をも捨てるような、変な執着を脱げられればいいとは思う。難しいが。





・めだか7匹追加した。ホームセンターで購入。これで腹を膨らませたメスの産卵が期待できると思うがどうか。病気のように腹を膨らませていたので改善してほしい。小さい水槽が、11匹のメダカで賑(にぎ)やかになった。



 森田療法は少しずつでいいから読んでいきたいな。僕にはすごくいいと思うんだ。





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追記:


○現代に生きる森田正馬のことば① 悩みには意味がある

p89  どうしなければならぬという主義がいけない

ここを読んで、僕のキーワードというやり方がそもそも間違っているという指摘を受けた。

ペニスがくっ付いた男という 頭の片隅に置いてもいいけれど、とらわれてはいけないらしい。僕は穴の中に落ちている状態みたいだ。こういうやり方は臨機応変に欠け、はからいという点から見ても、苦しいときは苦しくてよく、違うように感じようとするのは間違いらしい。

 このあたりを読んで、改善する方向にしていきたい。



2017年5月11日(木)


 アクセス・読んでいただきありがとうございます。


 今日も作業所は、nuno-zoriの達人は無視だった。ちょっとつらく感じた時もあったけれど、○自分で心を手当てする方法 の第3者のカメラで見る、祈る(こちらはあまり反応がよくなかった)で状況を捉え直し、乗り切った。


 本のやり方で思ったのは、nuno-zoriの達人が無視しているというのは小さいことだ。この作業所に皆が集い作業するという奇蹟に感謝しなけれならない。すごいことだと。このすごいことに僕は毎日来れているのだから、とてもいいことだ。



 そして森田療法の事実本位(⇔気分本位)の考え方。前にも書いたけれど、作業所に来れていると言うことだけで満足していい。目的を達した。友達はなくてもいい。それは諦めてもいい。皆に好かれなくてもいい。そこはカットしてもいい。
僕は作業を上達して、少しでも上手くなれば目的は達している。事実本位を満たしている。この考え方は、あれもこれもと欲張るのを防ぎ、自分を際限なく認められたいというのをカットできる利点があると思う。今日も作業所に行くことができた。事実本位で合格している。





・ペニスがくっ付いている男、

このキーワードが今日のお題だった。これで行った。ペニスをくっつけていると、世間の風当たりはだいぶ少なくなった気がする。まだいろいろ風は吹いてくるけれど、だいぶ楽に過ごした。自分の持ち物に凸がなれば、抑圧も終わるのかもしれない。自分の持ち物になるように、間を挟みながら意識を集中させる時期を持とうとした。




○13歳からの頭がよくなるコツ大全

 の暗記を図書館で読んでいます。試していませんが読んでいてすごくいいです。記憶力が悪いという言い訳はしないでいきたいです。





○弱さの思想

 は理想の学校の話とか出た。実際に日本にあるらしいが、今はあまり興味がなくなった。うらやましいが、普通学校でもいいな、もう終わったが(歳をとり過ぎた)。話題で出た、学校批判も面白くなかった。軍隊と学校が同じだ、みたいな話も新しいとは思えなかった。また面白い話題も出て来るでしょう。








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 アクセスを見ています。

 カウンセリングの先生にも言われましたが、女服を着ていると言ったら、ゲイなのですかと聞かれた。
 ゲイではありません。と答えた。何故こんなことを書くかというと、ゲイとというとアクセスが落ちるのかと思い、こんなことを書いている。僕にとって性別は、自分の心とリンクするものだ。心は女が欲しいを志向する。でも、男という確証はない。性を抑圧しているから。

 なんか面倒くさくなってきた。ゲイだと思ってアクセスが落ちたのならそれでもいい。誰も読まなくなっても僕は続ける。僕は僕を維持するために書く。

女服に興味はある。それが僕だ。女服も着る。着たいからだ。


嫌われようと自分以外ではありえない。以下でも以上でもない。

僕はアクセスを気にする。


でも、そのために僕は存在していない。一番優先するのは、性別うんぬんより、心に忠実かどうかだ。僕はやりたいようにやりたい。女服を着たいから買った。性別うんぬんではなく、気持ちの持ち方だ。俺は、縮こまっているけれど、いつまでも縮こまっていたいとは思わない。世間の尺度は大嫌いだ。できる範囲ではやりたいようにやりたい。それが望みだ。


スカートも履いたことがある。履きたかったからだ。スースーしたぞ。世間の風当たりは強かった。


今回もそれか。嫌われても俺は俺だ。誰も読まなくなったら、毎日マス野郎としてやっていくしかない。寂しいけれど。ここはトーンダウンしておこう。


2017年5月10日(水)



・メダカの水槽を掃除した。

・土を少し掘り起こして、アジサイの茎を切って(アジサイは株の外側の茎が倒れてそこで根を出す。だから外側の茎は切らないと株が大きくなっていく。と理解している)大きくならないように予防した。ミミズ一匹しか見なかった。楽しくないなと思いながら行った。


・カウンセリング:

 先生の咳から始まった。待合所で、先生の咳が聞こえてきた。挨拶して、カウンセリングが始まって、経過のワープロ用紙を見てもらった。おちんちんの話とか書いていた。身体の抑圧に治療で触れて行って、赤黒のソフトボールくらいのものがあるという確認になった。会話を試みたけれど反応せず。打ち切りへ。


 その後の先生とのフリートークで、僕のオチンチン話には、凸に対する乖離があるという話しになった。先生はそうは思っていなかったみたい。僕の凸は、自分のものという確証がなく、宙に浮いている、自分とも親和性がない。

先生はこのフリートークまで凸を自慢か何かと思っていたらしかった。ちょっと齟齬(そご)があった。


 父の話になって、僕から見て、父は僕に対して凸を見せびらかして優位を示したが、実際は僕と同じではないかと話した。父は助平なシーンになるとテレビを回す。興味はあるけれどオープンではない。そういう気持ちを認めていないらしい。それで僕から見て、凸に対して僕と同じではないかと話した。


 先生は、凸と会話する、どうだいみたいに大事に扱うのが必要ではないかと仰った。また、僕の良くしようとする姿勢はいいね、と話された。ここはリップサービスかなと思ったけれど、確かに長所として認めていい。


 そして先生自身が、両手が自分の手ではないように感じられる時間が訪れるらしい。頻繁なのかどうかわからないけれど、それで手と会話したりさすったりしているらしい。この話は自分の欠点ばかり話していたので親近感を持った。


 目立った展開はなかったけれど、凸とのつきあいはどうなるのだろうと思った。





・終わって食事に行った。前から行きたかった、



DIXIE ROUX アメリカ南部料理の店




に出かけけた。


ガンボ、サラダコーヒー付き


を頼んだ。


 昔の基礎英語でさんざんガンボを聞いたけれど、食べたことがないので想像できなかった。雪辱を果たした。スパイシーなカレーのようなものだと思った。魚介類がけっこうあって満足した。真ん中に白米があって、周りにスープ状のガンボが盛ってあった。味も好みだった。今度は、豆料理の、何とかを食べたい。

 店やでコーヒーを飲んだのは、25年ぶりくらいだ。(寂しい生活を送ってきました)

 おいしい食事、御馳走様でした。



 明日から過酷だったとしても、思い出があるから頑張れると言えるようでいたい。(食事体験のこと)
 食事後、凸の抑圧、過酷になりそうな予感がした。不安材料。カウンセリング、1か月後に予約を入れた。




・動物団体:

 メールでのやり取りで、僕の不作法からか、あまりウェルカムではなかった。
 登録していただきました。日にちも決まりました。24日スタートです。

 何も始まっていないので、何とも言えない。遠いのと、男で、50歳、障がい者、というのでからか、僕だからか、不審がられたように感じられた。実績作りをしないといけない。できるだけのことはしたい。過酷なのかなとは感じた。






○新・作庭記 丸山健二文藝春秋、2009(中古で時間をかけて、だいぶ前に購入、今日から読みだした)


 最初読んでいて、歯に衣着せぬ言い方に、笑って4ページ読んだ。そのうちずっと続く。これは違うなと思いだした。この人の本は、図書館で5冊くらい読んでいる。親和を持っている。p22まで読んでの感想は、喧嘩だと思った。殴り合いの素手の喧嘩を吹っかけている。そういう印象を持った。僕はこの人の書き方好きだから手放さないけれど、中古に売りとばした人は嫌いだったのかもしれない。


 かなり率直に、開けっぴろげに、言いたい放題、書いている。気持ちはいい。僕は内向しているから、嫌われるタイプかな。この人のすべてが好きだ、といまのところ思える。世間に阿(おもね)るところがなく、うらやましい。言いたいことも書いている。作家だから、ことば豊富に、正確に、細かく書いてある。このような文章うらやましい。もっと早く読めばよかったのか。今が時期だろう。

9 Tue /8/7/6/ターニングポイントからの実践へ。


9 Tue

○自分で心を手当てする方法 第6章 何もうまくいかないとき -失敗・挫折

p258 ステレオタイプを克服する

 で、前から気になっていた女性服を買おうと思い、買った。

 XXLという男だとLサイズに相当するのにした。

 最初着たら違和感があったけれど、今回鏡に映ったのを見たら、似合ってるじゃんと思った。

 化粧も前に試したけれど、それは性に合わなかった。女性服は結構いけるかもしれない。990円だった。僕の時は。

www.uniqlo.com




2017年5月9日(火)


 今日も、「オヤジ(お父さんから格下げ、オヤジだと対等か少し下に見られるから都合がいい)と同じオチンチンがついていて、格好よく、強く逞しい男だよ」を頭のなかで繰り返した。自己肯定感を無理やり、無から生じさせようという作戦を展開中。たぶん的を得ている。がしかし、

 盛り下がって恐縮ですが、僕の座席がありません。また移動になってしまいました。
作業所で苦労されている方の席が今日は空いていたので、そこが今日の居場所に割り振られた。自分の席がないという、移動が頻繁なのでそのことにボスを恨みたくなった。頭のなかでゴチャゴチャやっていた。

しばらくたって、



○自分で心を手当てする方法、


の本を思い出して、ボスの健康を祈った。その次に、この部屋の僕を含めた状況を第3者のカメラで見るという切り替えを行った。そしたらちっぽけに思え、たいしたことないなと思え、頭を完全に切り替えられた。


 そしたら、そしたら(餓鬼のように使っています)、作業に集中して、ここ最近では集中できた方の部類に入る没頭ができた。
帰りに、僕が間借りしている席の人の座席が壊れていたので、スタッフに報告して怪我がないようにした。そういうことまでできる余裕ができた。Thanks 作業所のみんな。


 いい話ではないので、続きがあって、交通機関でも否定の咳が待ち受けていた。咳は何の効果もないので、取り合わないで読書を開始した。ずっと続いていたけれど、当然のように反応しないことにした。女性は下りて行かれました。攻撃したら蹴飛ばそうとは思って警戒はしていた。しつこいやつもいるから。読書は完了しました。





○弱さの思想



 今日読んだところは、宅老所で、介護施設みたいなとこらしい。違うところは、老人、子ども、スタッフ、家族、集まってくる人達がゴッチャになって、分け隔てなくというか、一緒くたになって繰り広げる。死も誕生もあり、明るみになっていて、役割もあり、老人ファンと称する子ども(?本当にそう書いてあったか?)もいて、平等に扱われない。ばあちゃん・じいちゃんが好かれない人もいて、無理に平等にというふうにはしないらしい。あるがままというやつだろうと想像する。

金かけなくても人間の求め、行くべき、心が求める場所はあるんですね。僕は行ってみたい。


 明日は、カウンセリングと動物団体面接がある。出かけるぞい。











8Mon(key(board))

2017年5月8日(月)

 

・ 今日は交通機関、作業所どこでも出歩いていた間はエンドレスで、「お父さんと同じようにオチンチンがついていて、格好よく強い男だよ」(「僕は完全でパーフェクトだよ」・こちらはあまり使わなかった)と繰り返し続けた。一日ずっと使った。



 自分の肯定感のなさを穴埋めするように、繰り返し心の中、頭のなかで呪文を唱えるように繰り返した。これだけくり返せば、そのうち自分のものになるかもしれない。嘘から出た真になることだってあるだろう。






 ○弱さの思想


は、ホスピスの死んでいく子供の与えてくれるもの、残された家族の課題を、イギリスだったかの病院の対応で語られていた。残された家族への対応も手厚いんですね。
 もう一つ読んだのは、障がい者の病院を中心に作られる街。弱さを中心にすると暖かい町になるらしい。オランダでの話だったと思った。
日本では、ダウン症の子供に絵を教える先生の話。ダウン症の子供は例外がないくらい絵がうまいらしい。すごくポジティブな絵を描くそう。この子らを中心にした街を作る構想があるらしい。実際に進んでいるとか。


こういう話を読むのは、弱さを忌避するのではなく、積極的に見て行こうとするのに役立つ気がする。脳天気な気もするが。僕はいつだって脳天気でやってきた。




・ お父さんと同じように、というのが、味噌。父は僕を否定ないしは拒絶してきたけれど、僕の側は父を厄介払いにしたくない。僕の中の父をきちんと育てたい。自我の安定のためにも。だから、父と同じようにオチンチンがある男。というのが大事だ。










7 Sun

 自分が不利な気がしたり、暇があると心の中で、おちんちんあって男の子だね、すごいね とか、僕は完全だね、僕は宝物だね みたいに心の中で唱えていた。

本が届いて、

○男の子の育て方、諸富祥彦、

p22

引用:


 「マサオくんのこと、大好きよ」

 「ケンちゃんは、ママの宝物」

 「カズくんのこと、大切」

(p189)

 「さとる君、オチンチンがあっていいね。かっこいいよ」

 「それって、男の子のパワーのしるしなんだよ。お父さんにも同じのついてるでしょ?」

(引用者:kurage0147130:)


 出ていました。あまり、会話例題は出ていません。あまり使える気がしません。だからせっかくなので引用しました。
 これらのことばは大事だと思う。自分の心に言ってやりたい。



リコーダーを吹いた。自分の心に愛しているよと唱えながら吹いた。この方が上手く吹こうとするより良いような気がする。

ギターも、レディオヘッドに合わせて、楽器ごっこをして適当な音で合わせて弾いてみた。ごっこ遊びは何にもならないと思ってきたけれど、いまはそうでもない。何か大事な気がする。本物バンドに合わせて遊ぶのはちょっと大事におもう。




 
 ○弱さの思想

 これを続きを読みだした。宣伝しながら全部読めなかった。僕が人間として今より弱かったので、話についていけなかった。今回はついていける。

 原発予定地、祝島の話は面白かった。太陽に拝む方向に原発があるのは許せんとか、島の旅館では電気代を節約したり、食器を洗う・残飯処理を自分でやって豚の餌にしたりする、などの話もあった。老人は狭い田畑を守って働いて病気になりづらかったり、病気になっても隣の人が料理を作って助けてくれたり、金かけて介護しなくても、自分たちで立って歩いている、自立している。強者の論理ではない、自分たちのスタンスで、古いスタンスで周回遅れなのに、一歩先を行っている。





 ○英語を使いこなすための実践的学習法/田中茂範/大修館書店/2016

を図書館で読んでいて、もうすぐ1回目の読みが終わりそう。会話は完璧な文を作ってから話すのではなく、話を継いでいけばいいのだから肩ひじ張らないで、つなぎ語を入れたり、間違っても会話だから当然だとか、意思の疎通をきちんと図るとか・間違いをただし理解し合う、などの話すルールにのっとって会話を成立させようとする心得みたいなもののレクチャーがあった。刺激的です。覚えて使うまで行かないけれど、なんか、僕には向いていそうだなと思った。





 それから、暗記の話で、

 ○13歳からの頭がよくなるコツ大全

で、記憶力に自信がないという消極的なのはまったく意味がないと。それより自信を持っていた方がよほど得があると。だから、僕も自信がないというのをやめようと思う。14桁の数字の羅列を、本のやり方で覚えられたし。曲がりに曲がって時間をかけてできた。

 英語の勉強は、ちょこっとやっている。スクリーンプレイ、初級もやってみたい。中級のプラダを着た悪魔は、難しい表現が多くて挫折している。 

 

↑/7

↓/6


amazon佐藤優を検索していて
○ひらめき教室 「弱者」のための仕事論 (集英社新書)  自分の弱点を認めた人は強い(他の著者が書いている) が出ていて、

この手があったかと思った。僕は、核がない、ブレる。自己肯定感という強さがない。ならばこれを逆手にとり、自己肯定感がない、揺れを武器に使えないか? みたいな戦法はどうか。弱者関連の本はチェックしておいた方がよさそうだ。強さがないからだめではなく、ならば弱さを武器にしてしまえ。と思いつき。


5/6 Sat

 今日はお休みです。あまり活動的ではなく、ダラダラしました。

 土の掘り返し、30分くらいを2回。ポケットティッシュカバーの手縫いを作りました。掃除機がけ。が主です。2001宇宙の旅、少しずつ見ています。通しで見るのは2回目です。齧ったことはあった。


 図書館、メダカ増やすのは、やらなかった。歌もやらなかった。日ハムを結構見た。これがダラダラした。コンサドーレ勝ち点3。



 一番言いたかったのは、僕には心に支えとなる核がない。すぐ揺れてしまう。それを下に書いたようなやり方で克服できないかと思っているけれど、他にいい方法がないだろうか。佐藤優のブレないなんとか、というのはどんな本なのだろう。心理学で核の作り方の本はないのだろうか?





2017年5月4日(木)

○はじめてのカウンセリング入門 下巻 ほんものの傾聴を学ぶ、諸富祥彦、誠信書房、2010(僕のは2015)

パートⅡ カウンセリングの三つのアプローチと理論
 レッスン9 カウンセリングの主な理論を大まかに知ろう
  1 第一のアプローチ(精神力動論的立場)
   †精神分析
     創始者フロイトについて
     リビドー発達論
      ③男根期―三~五歳ころ
p21

引用


 この時期の子どもには、「ぼく、おちんちん、ついてて、すごいねー。男の子は強いんだぞー」と男であることを受け入れるような言葉がけが大切です。

 女の子が「どうして、私には、おちんちんがないの?」といぶかしがったときには、「でもねー、女の子は赤ちゃんが産めるんだよー。赤ちゃん、かわいいよね。すごいねー」と女であることを受け入れるように、かかわっていきましょう。





引用者:kurage0147130:

 言葉かけの話はここしか出ませんが、ぶち当たったという感じです。この言葉と情報が欲しかった。これが僕が男になるために必要な言葉だと思った。これが情報だった。それで、諸富さんの本を検索して、



男の子の育て方 「結婚力」「学力」「仕事力」。0~12歳児の親が最低限しておくべきこと。
を購入。



子供の「脳」は肌にある
こちらは動物との交流を想定してカートへ



この1冊ですべてわかる コーチングの基本
これはアマゾンで目次を見て、情報だし、使えるし、戦略的で目標、伸ばすために必要と先行投資。声掛けを自分でした場合、どうやって伸ばすかに使えると思った。


ブックオフ中古で揃えた。



 自分に、愛しているよ、僕は宝物だよ、おちんちんついていてすごいねー。などの子どもへの声掛けをしていこうと思う。自分の心を子供から成長させる作戦。僕の成長していない部分を伸ばしたい。





「疲れない身体」をいっきに手に入れる本、藤本靖、講談社+α文庫、2016


の第4章 自分の軸のつくり方 の頭、胸、腹の司令塔を感じるために、意識を持つために、での身体へのタッチで感覚をつかむレッスンがあるけれど、これを毎朝、公共機関でやっている。これが自分の体とのコミュニケーション、自分が存在している、肉体としてあるという自己確認になっている。これが果たした役割は大きかったと思っている。まだ続けるけれど。


 これのいい感触を、今度は、自分の部分の子どもの心への声かけで、自分の心を育てていこうと思う。


 この本にはおへそセンサーもあった。これは忘れていたけれどめくってみて、使えるなあと思った。明日から実践しようっと。自分のおへそと相手のおへそが紐でつながっているとイメージすると、安心感が生まれコミュニケーションがよくなるそう。やってみよう。

ターニングポイントにしたい(自己支持)

2017年5月3日(水)


「ターニングポイントにしたい(自己支持)。」
「雑記(感想)」


○英語を使いこなすための実践的学習法/田中茂範/大修館書店/2016

を読んでいるけれど、実際やるとなると暗記力が必要になると思う。極端に暗記力の悪い僕がどうすれば英語をできるようになるか。僕が暗記を出来ないのには、性の問題、体験の質の問題が絡んでくると思う。抑圧しているから、体験が中途半端になっていると思う。




☆話はかわって、今日の主要問題:


 今日、新・唯一無二の奥さんが作業所に見えられた。僕はその方に会っている。2度ほど。でも、僕がこの状態だから面識というほどにはならない関係だった。僕から声をかければいいのに、その方に親しいわけでもないので、声をかけられない。無視されているように感じ寂しい気持ちになった。実際は僕からの声掛けができなかったというだけの話。


 この時の無視されている、という感覚、僕が存在しないに直結している。僕は父に自分の気持ちを無視され続けてきたと思う。母にも半分くらいは汲んでもらえなかったと思う。


 僕は、相手に無視された時の状況を振り返ると、自分が存在しないと感じた。正常に人を想定すると、正常人は無視されても自分の気持ちが存在し、自分の気持ちを拠(よ)り所(どころ)としてそのままいられると思う。でも、自己の感覚が少ない僕は、無視されたと思うと(普段の擦れ違いの無視は関係しない・知人の無視が問題になっている)、自分自体が否定されたような存在しないと感じてしまう。




 この時、僕に起こっていることは、

1 自分の感覚がなくなる=自己感がゼロ、マイナスに振れる。疎外感へとつながる。

2 相手の存在を巨大化してみる。無視する相手は大きく、自分は存在ゼロに思う。

3 相手を自己を否定する脅威と感じ、自分は迫害される受け身の被害者の役になる。

4 同じ内容が続いているけれど、巨人と小人の感覚を持っている。




☆☆ 想定される克服は、相手が無視しても自分が無くならなければいい。自分の感じ方は残ればいい。相手は無視した。僕はそれに関係なく相手を大事に思っている、その自分の側の大事な感覚を拠り所とできればいい。僕は相手が無視して、自分が無くなってしまう。自分の感覚をずっと持ち続けることができればいいのに。


 ボスに裂き織りを否定されても、僕の側としてはやっていきたいし、上達したい、うまくなりたいという気持ちを拠り所として大きく持ち続けることができればいいのに。

 勉強が続かないのも、うまくいかなくても、自分としてはこうしたいという気持ちが大きく存在させ続けられれば感触は違ってくるように思うけれど。


☆☆☆


 他者や状況の違いのなかでも、自分の気持ちを大きく持ち続けられるようになりたい。相手の気持ちも大事だけれど、自分の気持ちを大事に、尊重して、大きく、自己による支持で宝物(たからもの)にできればいい。

僕は相手が否定すると、自己はなくなる。そうではなく、他者が否定しても、自分の気持ちを大事に宝物として自己による絶大な支持を与えればいいのではないのか。僕は相手が否定すると、自分の気持ちを小さく扱い、否定して扱い、否定を反芻(はんすう・繰り返し)している気がする。


これでは自信は生まれないよ。自分で自分を絶大に支持してやらないと。この辺、物凄い内容かもしれない(僕にとってだけの気がするが)。自分を自分で支持できたら、世界は180度、見え方が違っていると思うけれど、どうか。

02 Tue /01 Mon /30/29/労働者の余暇

追記:そういや、

○英語を使いこなすための実践的学習法/田中茂範/大修館書店/2016

を図書館で読んでいるよ。文法は、表現方法のバリエーションを作る骨格みたいなものと感じた。

 自分で文を作るとき、この表現のためにどの文法でいくか選択肢がたくさんあると言い替えができる、そのための文法。知識教養ではなく。実際に使うための本だから読んでいて楽しい。

 ちょっと硬い本なので、苦手な人はいると思うけれど、僕はこれを5回は読んで血肉にしたい。

 


・あと、

○カウンセリングとは何か 上巻 諸富祥彦、誠信書房、2010
 
を読んでいました。交通機関で。あまり内容のない本です。下巻からが本論らしい。

悪口ではなく、この上巻は下巻へ続くためのガイダンス。カウンセリングを受けていて、どういうことが展開されいるのかあらためて分かった。

 自己探索をし、心を観察し、カウンセラーのもと心を再解釈・新たな見方をし直して、心を統合して成長させていくプロセス。そのようなものらしい。(本の定義と違う・僕の理解)

 読んでいてとてもいい時間を過ごした。下巻にも期待している。




02 Tue

 seesaaaブログのほうがメインです。こちらはサブ。実際に本をやってみて、今回は成果が出た。

 なんか、鍛えるために毎日があり、鍛練を施し、練り上げ、いかなる状況下でも反応できるための合宿というか訓練というか、そのような気がする、というかそのようになってしまう。

 
 まえに、LEDルーペを着物ほどきのために買ったけれど、それを使っていたら、スタッフが金を出してくれた。お買い上げ頂いた。買ってもらう格好となった。

すごく節約している作業所なのに、僕は高価なものを解体のために出費させてしまった。僕の話題は盛り上がり、槍玉になり、格好の肴になっただろうと想像できる(スタッフの間で)


 毎日しんどい。愚痴をこぼしておきました。明日からまた何とか毎日を回していこうと思う。

 僕はなんだかんだ言って恵まれています。そこは感謝しています。ありがとうございます。

 神様にも頭を下げます。よろしくお願いします。

 では、また、懲りずに読んでくれることを期待しています。ありがとうございます。



L






こちらで活動しました。

kurage0147130-2.seesaa.net

 
5/1 Mon 

 作業所で、nuno-zoriの達人に無視されている。会ったときからそうだった。
 それを変えるつもりはない。でも、ずっと続くと嫌にもなる。

 最初のうちは、相手の責任でやっているのだからと相手に返していたけれど、ずっと一緒にいて、隣の人にだけ話しかけて、話がずっと続いていく。

 自分でどうしたらいいかわからない。嫌になっていく。ダメージを感じる。相手の態度を変えるつもりはない。僕は、どう反応したらいいのだ。

 好きでないから僕には話しかけないのだと思う。最初からそうだったし。それは相手の責任。自分で心を手当てする方法、5章 悩みが頭から離れないとき -とらわれ、抑うつ的反芻 で対処したらいいのか? 読んでみよう。





L




4/30 Sun

英語少し、ティッシュ入れ手縫い少し、リコーダー少しをした。リンパストレッチもやっておいた。

カウンセラーの先生向け文:

・ 交通機関や図書館で咳をされて否定されても、さほど気にならなくなりました。

 相手に返しています。相手が判断し感じ決めた行動を、否定したり拒絶するのではなく、相手の行動として相手側に責任を戻す、相手側の源(みなもと)の行為として帰着(きちゃく)させることにしました。成功していると思います。


k


29 Sat

・ 昨日の神社は、賽銭を投げるとき、他の人はいくらぐらい投げるかなと、ちゃんと見ていた。10円1円が多かった。小市民ぶりを発揮した。



・ 今日は、雑務をこなした。それは、昨日インターネットで Ramon De Zubiaurreというスペインの画家を検索して(写真を貼った人)、その人の本を中古でスペイン・アマゾンで買おうという所まで進んでしまった。

 自分でやっていて何やっているんだとなった。2時間以上使った。何にもしないで買うことばかり考えて。僕の本集めも、読まないで買ってきた。



・ 人間にとって重要なのは、その時々で精一杯やること。その時やらなければ、あとで、と言うことは成立しない。過去は変えられない。今やらなければ、やらなかったということだ。



・ そして、森田正馬の気分本位という考え方。気分が乗らないからやらないではなく、事実本位の考え方で、これこれをしたから目的を達して今日はいい日だったという判断をする考え方。

 僕は気分本位しかやってこなかった。交通機関でも、最低の日でもないのに、今日は気分が乗らないから本を読まないと、読まないことが多い。




・ それで今日は、土起こし、図書館読書、水槽掃除、カレー料理、掃除機、本棚の整理、掃除機、風呂(4日ぶりくらい・僕は汚い奴だよ~ん)と、雑務は皆やった。やれることは皆やった。家で読書はしなかった、できなかった。事実本位でやってみた。


・ 土起こしをしていて、セミのサナギを見つけた。グーグル写真でチェックして確認した。かわいい奴だった。埋め戻しておいた。茶色い、筒のようなねじれたカプセルみたいなもの。

 ミミズはたくさんいた。つくしは引っ張って取って歩いた。繁茂されたら困るが、キノコのように胞子(キノコ?シダ?)みたいなのを飛ばしてすごかった。




・ 女性に凸したから、男だとは思わない。
 
 昨日は、英語をやった。事実本位をおもいだしてやってみた。気分が乗らないという言い訳はしなかった。


k

・ 道立近代美術館で、大原美術館展Ⅱに行ってきた。

いちばんよかったのは、

https://auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/dr000/auc0301/users/9/3/4/7/sakatoko_1997-img463x600-1485256815xi7yyv21852.jpg

写真で見ると良さがわからないけれど、漁師の人の顔と佇(たたず)まいが僕には迫ってきた。奥さんも印象深かった。上のほうの家並みも実物は絵の世界の家並みとして存在していた。写真で見て、見えるところも多く、僕はなにを見てきたのかな? とも思った。

ラモン・デ・スビアウレ 作者 、オンダロアの港というタイトル。

 児島虎次郎という方も初めて知った。よかった。明るくて。乳を飲ませる日本人を描いた絵もよかった。

 ヴラマンクの黒い塗り方の絵は、今日も好きだったなあ。アンリ・ル・シダネルの夕暮の小卓は、夕方のちょっと暗い、背景とテーブルの余韻があって、人物がない分奥行きがあった。

 河井寛次郎の陶器は、手作りのこじんまりしているけれど引き締まり、そこにあるという存在感がよかった。かわいらしく小声で話しかけられる印象を持つ物だった。

 
・本郷新 札幌彫刻美術館は、アフリカの仮面と彫像展だった。独特の世界観がある、マイナーな展示だった。エネルギッシュが詰まった、前近代な、思いが込められた独特な造形が印象に残った。勉強していないので難しいことはわからない。

本郷新記念札幌彫刻美術館ホームページ
チラシの表面の写真があります。


・札幌宮の森美術館 森山大道 写真展

ブレ・ボケ 感性的な写真は古く感じられ、今は成立しない気がした。

 犬と網タイツ よりの写真は、光と陰、輪郭、質感、構図でできているのかなと思った。ディテールと質感が迫るような気がした。

 僕にとって写真は今はあまり感じない分野だなと思った。絵のほうがよかった。掛け軸も見たいな。

・ 北海道神宮へ行き、100円という巨額の金を投機して、頭を下げてきた。

 40年ぶりくらいの神社でのお参り。僕は自分としては一生懸命生きているつもりだけれど、あとは神頼み、神様に頭を下げてやっていくしかないので、頭(こうべ)を垂れてきた。特段祈ったわけではない。神様に頭を下げるのが目的だった。

 神様が僕の願いをかなえてくれるとは思っていない。人間の数はすごいから。それより、謙虚になりたかったかもしれない。人間、所詮、頭を下げる動物だ。最後はまかせるしかない。

 立派な社と、杉並木?の道を歩いてきた。境内も、広くて立派だった。独特の雰囲気だった。手も洗って参拝した。帽子は脱いだ。



・ 近代美で、労働者というタイトルの絵を見て、冴えない2人組の絵だった。僕自身の労働者という身分を見てしまった。一介の労働者、お針子さんですらない、解体業。50男。労働者の悲哀を思う。僕は一生懸命やっていきたい。

カウンセリング 心の父と野球で交流。

2017年4月26日(水)

カウンセリング


 1か月ぶりのカウンセリングでした。今度は2週間後にしてもらいました。感触があったので受けたいと思いました。


 カウンセリングの前の振り返りを僕のワープロレポートを読んでもらって行われました。

 何をしたいかと聞かれ、僕はダメだというのと取り組みたいと言ったら、2種類のどちらの方法を選ぶかで先生が迷われました。




 地下室のやり方が採られました。黒い木の古い階段を下りていくと正面にドアがあり、開けるとゴミ箱があって、父のもののようでした。そこに父がいて立っていました。
この父とコミュニケーションを取っていきます。先生の先導のもと、父が水が飲みたそうなのでグラスの水を2杯飲んでもらいました。その間、実際の父が食事している時、不機嫌な顔をして、おもしろくない顔をしているのを食事の時によく見ることが多いという僕の感想を先生に言ったりしました。


 父は水を飲み終わると少し満足そうでした。父の背中をさすったりもしました。どう行ったいきさつで言ったか忘れましたが、父と僕は似ていると。内向しているところとか、自分はダメだと思っているところとか。僕は良くなりたいと思っていて、父も自分のやりたかったことをやっていれば、僕から見てもう少し顔の見える父自身のための人生を歩めていたのではないかと言いました。


 父は中学校のピッチャーで、2年間くらいやっていた。そして北海道に来てしまいましたが、父は中学の野球部に入らず、高校大学でもやらず、社会人でもやらなかった。レールに乗っかり、レールに乗る小手先の気の回した先手必勝の人生を歩んだつもりだったようです。



 僕から見ると、レールに乗らず、高校でも大学でも補欠で、社会人でもパッとしない野球人の父のほうが、魅力があり顔の見える、僕の父だと言える存在になっていたように思います。父は自分の人生と向き合っていなかったと僕には思える。





 そしたら、先生が、野球をやろうと言ってくれました。9人人間か動物を集め(架空の)、それで野球をやろうと。相手は何でも良かった。父がピッチャー、僕がキャッチャー。

試合を始めると、空振りを取ったりしましたが、ヒットを打たれたり、2塁打を撃たれたりして、結構手痛い目に会ったりする。でも、父は生き生きしていました。

僕の中の、僕自身の父のパーツとやらに会い、交流し、変化がありました。カウンセラーの先生の治療というのを施して頂きました。ありがとうございました。僕は生き返った気がしました。(このワープロを打っていて思った)



 父と交流し直すことができたのは良かった。僕の中の死んだ父が、野球をやって笑い、自分の人生を生きているのが感じられた。僕の中の父は笑顔に柔らかく、前向きになれた。こういうのがあると、僕の中のダメだというのも軽減されていくのかもしれない。



 今回、カウンセラーの先生にいろいろやってもらって、治療というのはこういうものなんだ、自分の中の死んだ父が息を吹き返したり、野球を通して交流できたりする。自分中の父は加工変化可能だという、どうにもでもできる存在だと。ただ、僕の心の成長のためだというリミットの範囲のなかでのことではあるけれど。


自分の中のものは、変化不可能と思えることも、イメージの世界のことだから自由にやっていいことがわかった。この自由度があると言うことを先生に教えてもらって大収穫をさせてもらいました。ありがとうございました。




・ 勢いで、昔1人暮らしをしていた街に降りて、歩いてきた。様変わりしていたけれど、僕が思っていたより、奥行きと広さのある街があって新鮮だった。お菓子を買って帰ってきた。家族で食べた。年老いた僕たち家族が食べた。





追記:

 降りた街では、洋服屋で後ろの女が変な顔をして立っていた。他にもそういう女が多かった。と言うことはやはり性と関係あるか、と当たりがついた。首が潰れているからか、ペニスと僕が向き合っていない可能性は大だと思う。

 明日からの作業所も暗雲漂うな、と思う。真っ暗でも通うつもりではあるけれど、気分は萎えるかもなあ。ペニス関連のイメージ多用でどうにかならないかと目論むがどうか?

25 /24/22/20/ガイ・ウィンチ

25 Tue

 今日も交通機関を待っていて、ふと思った。

 生きていられるのはたまたまだ。カードが揃って存在しているだけだ。生きていることはありがたいことだろう。というようなことが浮かんだ。

 寒い日(暖かい日だったけれど、僕が薄着なだけ)だったので図書館に寄らなかった。歩いて帰った。

・ 作業所では、集団の中のペニスというか男性と思って作業した。周りとどう距離間を持てばいいかいまいちわからなかったので。集団の中の個人というのがテーマとしてなっている。でも、どうにもうまくいかなかった。周りとのスタンス、作業自体への取り組み。

 あまりいい作業員ではない、と思う。


24 Mon

 寝小便を垂れた。今日はダメだろうと予想した。

 帰りの道で車につけ狙われ、睨んだけれど、いつもはそんなことしないですんでいるのに、やってしまったのも今日の調子に屈(くっ)していた。

 今日はさっぱりダメだった。



・ ちょっと頭を使ったと言えば、いつまでも生きられるとは思わない方がいいな、今日に集中できるようになりたいな、と思ったことだった。


22 Sat

 織り教室に出かけました。落ち込んだままやっていました。

 織りで受けた負けは、織りで返そうと思った。少し前向きになった。

 僕が綜絖通しの時に引っ掛けたためと思わる糸切れがありました。(先生に対処してもらった)
 
 そのあと、先生に咲き織りの機械は売っていますかと尋ねた。答えはNOで、先生のお奨めはアシュフォードだった。部品が安いから安く仕上がるし、扱いも楽とのことだった。裂き織りは筬(おさ)が重い。お勧めのは軽いらしかった。(家に帰ってインターネットで見た)

 買うかどうかはわからないけれど、家でやるなら買ってもよいだろう。

 僕はまだ何も知らないのだから、負けるのは当然だ。やっても負けるなら手を引けばいい。100de名著 三木清 人世論ノート 1回目放送分を読み終わった。




○がんのセルフコントロール カール・サイモントン 創元社 を交通機関で読み終わった。長くかかってしまった。とてもおもしろい本だった。充実した時間を過ごした。

 内なる指導者という章は、心の自分の部分に会うため、指導者を設定して会話したりする。カウンセリングでの地下室の骸骨男と同じつくりだ。カウンセラーの先生は地下室を設定して、そこの住人という形で骸骨男が登場したけれど、この本では指導者だったり、動物的な自分の分身を投影した動物との会話という形を取ったりする。とてもおもしろい部分だった。

 家族の援助システム という章は2回目を読んだ。がんの患者の家族の心得というようなものだった。とても勉強になった。2回目のほうが得たところは大きかった。誠実に、感情を表明したり、受け止めたりして共に歩むような形だろうと思う(内容違ったか?カウンセリングを読みだしたのでゴチャゴチャだ)。

○はじめてのカウンセリング入門 上 カウンセリングとは何か 諸富祥彦 誠信書房

交通機関で読み始めた。おもしろい。カウンセラーになりたいのではなく、どんなものか知りたいし、母のカウンセラー担当という発想から買ってみた。 母とはうまくいかないだろうな。ガチガチに決めてかかっているから。心が硬い部分がある。


 なぜか心は泣いているよ。

 



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再開しました。主な活動場所:

kurage0147130-2.seesaa.net



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www.ted.com


 これは動画です。道新の1面、本の紹介のところに携帯でアクセスするようにQRコードがありました。

 本は、
○自分で心を手当てする方法 かんき出版 1500+税

らしいです。動画を見てすぐ買う気になりました。僕は昨日みたいに不利になるたびに自分はダメだと反芻していると思う。そう思うとき、楽しいことや違うことを思い浮かべるのが手当てらしい。(動画を見てそう思った)

 詳しくは本を読んでみないとわからない。

アマゾン本:
https://www.amazon.co.jp/NY%E3%81%AE%E4%BA%BA%E6%B0%97%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%94%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%8C%E6%95%99%E3%81%88%E3%82%8B-%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%A7%E5%BF%83%E3%82%92%E6%89%8B%E5%BD%93%E3%81%A6%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95-%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81/dp/4761272066/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1492590696&sr=1-1&keywords=%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%A7%E6%89%8B%E5%BD%93%E3%81%A6%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95

kindle試し読みダウンロード(目次つき)
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本:顔ニモマケズ  ・ 18 Tue

大人の自閉症スペクトラムのためのコミュニケーション・トレーニング・マニュアル

www.seiwa-pb.co.jp



「顔ニモマケズ」、水野敬也、文響社、2017、1566円

北海道新聞日曜日書評、日付3月26日 11面ほん

評:黒川祥子(ノンフィクションライター)

引用


 誰もがお決まりのようにいじめに遭い、自己を否定し殻に閉じこもりどん底まで落ちていく。そして、「顔=症状」は変えられないという厳然たる宿命からスタートするのだ。人生を自分の手に取り戻す”旅”に。

 「顔の傷は、エネルギーの源。同時に、他者とつながりやすくなるための『ネタ』」と、それぞれの語りは明るくユーモラスだ。

「『なんやかんやで、ロンバーグ病でよかったな』と思って死んでいければいい」、

「今の自分になるために、この顔の症状が必要とされるなら、それはあってよかった」と、
カメラの前でにこやかに笑う一人一人が何と魅力的なことだろう。~


kurage0147130 : この黒川祥子氏の書評の引用文を読んで購入を決めた。今日100円引きで買ってきた。いつ読むかわからんけれど、僕のマインドとも同じだ。僕は、常に皆より低く、仲間ではない外部としてやってきた。くじけてきたけれど、打ちのめされたりしたけれど、僕は前を向いていけると思っている。この人たちは乗り越えたけれど、僕もそれに続きたいと思っている。僕はまだ途上だ。


2017年4月18日(火)


 業所では、何度も裂き織りをやり直した。調子が悪いらしかった。

 出かけて机を見て、社長が直したのがわかった。端の処理が違っていた。迷惑をかけていた。でも、僕は初めての裂き織りなので下手なのはしょうがないと思っている。嫌がられているが。

 作業をしていて、殺してやるという感じの視線を感じた。何度か。もちろんやり過ごした。こういうのは慣れている。
 その前、午前中の作業では男として、集団の中の男として、ペニスを握る感じ、集団の中で自分の男性を持つという、自分だけの男から、集団の中の男というやり方へシフトしていた。
 皿洗いも、男性を持つというやり方で見えない圧力を撥ね返そうとしていた。
 
 そして、殺してやるという圧力を感じ、終始今日は作業能率がひどく悪く、ノロノロ歩いているらしかった。でもしょうがなかった。



本編:交通機関の中では、特に女がみな、くたばれ!と、僕を思っているらしかった。頭の気配が物語っていた。男も傘を振りまわしそうだった。

 いつもなら、まけてたまるかと、全部撥ね返そう、隙は見せないと、全身防御になる所だったけれど、今回違った。

 まず、食らうのはしょうがない。顔面破壊されたりして身体障害者になるのは止む終えない。怪我をしてもしょうがない。が、ベストを尽くそうと思った。男として出て行こうと思っていた。だから、男としてやられてもしょうがない。

 身体を動かして抵抗してやろうと、伸びをしたり、足首手首を動かして、闘う体制を作る余裕を持てた。いままでは、ガチガチに守ることばかり専心してきた。ちょっと違った。

 別の交通機関に乗り換えたときは、来たらボールペンでいくぞと思っていた。来たら、ドンと行こうと腹を決めていた。逮捕されても、守り抜こうとしていた。でも、最後まで相手との駆け引きを続け、最後の最後までやり取りをしようとしていた。

 降りたら、歩いたら、脚力の握力が落ちていた。足の力が抜け気味だったと言うことです。かなり不利だったらしい。

 今回、調子が悪いことを逆手にとり、男を主張し、不利な中、硬くならず柔らかく駆け引きの中で戦おうという気持ちを持てた。不利だった割にはかなり前向きだった。
Prince, Controversy のmindでやることができたと自負している。最低な一日だったけれど、心の深い所では最高の一日だった。Thanks. (たぶんみなさん、くたばれ!と思っているのでしょうね)




2017年4月17日(月)

 昨日は作業所で全くダメだった。

今日は走れるようになったと思ったら、失速していた。握力が落ちたのが後でわかった。
走ったとき、周りの中の一員と言う、周りの中の自分を3秒くらい感じた。これは大きい進歩だった。けれど、ノロノロになってしまったのは痛かった。またいつものように、うなだれて作業所を後にした。

 朝起きて、リコーダーを吹いたけれど、英語を勉強する気が起きず、2度寝した。調子が悪いかなと予感がした。





 昨日は英語を最小単位(1ページ、英文1行、単語8個(breadみたいなやつ)でOKとした)で行った。
目標が小さくなり、小さい一歩で目標達成としたことが新しく、前進になった。

ギターもリコーダーも行った。

リコーダーは今行っている第5課ができたら目標達成(本当は7課まで進んでしまっているので、後退しているわけだけれど)。
ギターは、Em関連のコード、人差し指1本、3弦までしか使わない、を4個覚えたら目標達成とした。2個やってみた。味わってやった。目標が低くなったので、先を急ぐ理由がなくなった。

16 Sun /15歌った

 動物保護のボランティアに通うことを申し込んだ。一度可なのをもらっているので、指示された日に出かけることになる。

 本当は通わない予定で、ギターを習いに行こうと思っていた。

○がんのセルフ・コントロール サイモントン療法の理論と実際 創元社 1982(僕のは2011)

の第十四章 将来における目標の設定 で、目標の作り方が書かれていて、バランスのとれた目標が必要だと。

 織り教室に出かけ、歌いに林に行っているし、またギターでは、習い事ばかりになる。動物との触れ合いという、未知の分野で、苦手な方面なのでバランスを取ってやってみることにした。

 人生に意味を与えるのは、目標をやろうとする過程で、達成する結果が重要なのではない、みたいなことが書かれあった。ここの一文が心に響いた。

 ここに書かれている目標の作り方は新しくはないけれど、リラックスした後で成功した姿を思い描き、成功体験をイメージででも作ることで、どうやったら目標を成功させるか考えるし、イメージは現実化することになりそうだし、細分化しステップで目標への道を作ろうとする方向性を与えるらしい。僕が書くと嘘くさいけれど、この方の文章を読むとなるほど、わかりやすい、できそうだとなる。僕はそう思った。

 英語も、リラックスした後で、英語で文章を書いたりする(ブログ)イメージを描き、

基本語のとりあえず三語をマスターする(田中茂範先生のなるほど講義録② 英語のパワー基本語)、

キクタンのキッズ①もっとも易しいの両面開き3つ(9ページくらい)、

part1のchapter1まで(英語「なるほど!」ライティング)のたったの1つを繰り返してマスター


するようにしたい。今まで挫折したのと同じではないのかと思われるかもしれませんが、ちょっと違います。いままでは1冊丸ごと制覇しようとしていたのを、細分化し、一番小さい単位をクリアしたら目標達成とするところが違います。今度は目標をクリアしたら食事に行きます。

 ギターも英語もリコーダーも目標がないとやらない、というのが現実だ。

 この辺を乗り越えたい。ギターもリコーダーも可能な目標を立てるといいかも。まだ考えていない。ギターはまったくやっていない。大好きだけれど。(指が痛いのは嫌い・矛盾)


j






4/15 Sat

はてなのアマゾン広告からこのバンドを知って、この曲も知った。2:40からが、印象に残った。



 歌いに行った。林へ。

・ 織り教室の帰りに歌った。織りは、整経と綜絖通しの労働だった。途中面倒になった。


・ 歌は、Decks Darkを四回やって、この曲は聞くと盛り上がるけれど、歌うと盛り上がらないなと次の曲へ移った。

 Present Tense radiohead

 この曲も5回くらいうたった。3回くらいは慣らし運転。歌詞の中身は、交通機関で目を通しておいた。4回目、気持ちも入ってよかったが、止まる 落ちる の盛り上がる所で抜けきらなかった。

 5回目、だいぶ抜けたが、他が雑だった。

 結果まあまあだったが、良くもなかった。この曲歌うと楽しい。盛り上がる所もあるし、力も入れられる。

 歌詞は、女性とのことなのかなと想像した。女性との距離感。違っていたら僕は読解力ゼロだね。こういう詩を書く人は、繊細で観察力があり、現実を直視し自分の目で世界を見ているのかなと思った。

 今日くらいうたえるなら、満足だ。もうちょっと、ニュアンスを出したい。だいぶよかったけれど。表面的ではなく、裏側、深い所? 皮の内側が歌えると情念みたいな、いいと思う。できると踏んでいる。あと3割は増やせると思っている。盛り上がる所も、抜け切りたい。男で押さないと盛り上がり切れない、シャウトできないと思っている。



・ 雪かき道具をしまった。ママさんダンプとかスコップ(アルミ・剣先・プラスコップ=柄が木)、ツルハシ。ボブスレー(ゴミ出し用・雪を滑らせて重いものを載せた)・青色・小学生の時に坂を滑った・ゴム長が雪だらけになり、冷たくなり、かじかんで冷たくなって。


・ 織りの先生に、7月は調子の悪い日は休ませてくれと、自分の調子を公・おおやけ・にし、立場をはっきりさせた。僕はその日その日で講習料を払っているので、先生はいつまで来るかと思っているようだ。

・ネイビーのパンツをはいて、ネイビーのスウェットパーカー、黒靴、カーキの帽子、背負い込む形が今日の出(い)で立(た)ちだった。

・歌は、初めて歌う曲で、まあまあなので楽しいと思う。帰りの道は、足を引きずるようにトボトボ帰った。実際両足攣(つ)った。


i

14 Fri / 13 Thu / 12: sing a song/ 11/ 10/ 9/ 雑記:本題付き(ф)

4/14 Fri

bunkyosha.com



・ 今日は、裂き織りでは走れず、作業所の先生に芸術的に織るようにと言われたが、色感覚というか、柄感覚がわからずどうにもならなかった。作業自体には慣れてきた。きつく織っていく・目を詰める。着物を長く紐にして織っていくので―行って帰ってくる一本の布で折り返しがあって、それの処理の方法に工夫が要るみたいだ―やりづらい。

 着物のほどきは、初めて、作業所で、この間買ったLED付きルーペを使った。あまりいいとは思えないが、だいぶ活躍した。黒い網目の着物表面を覆うメッシュに、黒い糸で、どちらを切るんだと判断を問われるので、その問題解決に重宝した。

 道具ばかり揃える、不行き届きもの、という烙印を押されるかとも思ったが、使用してみて。ちょっと目立ってしまった。それは最初から分かっていたが使ってみたかった。このような着物のためにある道具だった。

 着物のほどきは走って作業することができた。久しぶりだった。いつもこうならいいのだが。 



・ 昨日は何もしないで寝た。調子も悪かったみたいだし。睡眠がとれたのは良かった。


・ 紀伊国屋のポイント会員になった。100ポイント使う予定(もらった)。


・ 一昨日と今朝、自律訓練法を行なった。カウンセリングの時の精神状態に似ている。無意識を使うところが。リラックスできて、気分転換になる。ずっと続くといいのだが。移り気ですぐ目が動いてしまう(他へ行って戻ってこない)。


・ 森田療法の、やることをやって、気分本位ではなく、目的を達する行動をするといようなのだったのに興味が湧いた。思い出した。

 僕の欠点に、気分が乗らないと取りやめるというのがある。これは疲れているからいいのかもしれないが、初期の目的を達せず何もしないで終わるという欠点がある。何でもはできないので、取りやめるのも大事だが、やり通すのも大事なので、どう処理するのがいいのかわからない。

 やることを絞り込んで、それ以外はやらないという選択も大事だと思う。エネルギーは限られている。決めた2、3のことは、気分が乗らなくてもやり通す必要はありそう。今日は作業所帰りの図書館読書をやめた。家に帰りたかったという選択だった。甘いと言えば甘いし、作業に集中したので、ポイントカードをもらったので良いと言えばよい気もする。どうも煮え切らない。ちきりんの、自分の時間を取り戻そうを読むべきか? もね。

 

h



立ち読みもある四(よん)

www.e-hon.ne.jp


13 Thu

 走らなかった。走れなかった? 最近の中では集中した方だけれど、走ることはなかった。また今日もダメかと沈んだ。

 裂き織りは櫛で詰めながら織っている。感覚がわからず苦戦している。赤い布を何センチか間隔で織り込んでパターンを作っている。もっとほかの布も繰り返せばよかったか? 赤い布以外はバラバラになっている。

 着物の糸ほどきは、ミシンで縫ってあり、表面が黒い網目の緑の着物という、糸は黒で。非常にやりづらいのになった。LEDルーペを使いながらやったらいいかもしれない。これからどうなることやら。前途多難な。道行コートというのか、ジャケットというのか。


 交通機関で本を読まず、帰りの交通機関では高校生が鬱陶しく、あまり調子は良くなさそうだった。

作業所では男を向けようとして、喋っている人にも、その人たちの話を聞くより男を向けようとした。(自分の作業に集中させようとした)



g




12 Wed

 林へ歌いに行った(結果70点:独創性はなかった。頑張れたが。まだいけると踏んでいる。)。部屋で疲れたと思い、やめようかとも思ったけれど、作業所通いでいかないと後悔すると思い出かけた。あまり乗り気ではなかった。トボトボ歩いた。


 トボトボ歩いたわりには、身体の線がピッと出ていて、動いていく景色に自分の気をきちんと向けられ、存在感を持って歩けた。

 2回目まで慣らし運転。3回目、identikit, a moon shaped pool の雨のところサビで不発、サビのヴォーカルを空けてある所で、歌う気力起きず逃走。ピラミッドソングへ逃げた。逃げて成功するわけもなく、舞い戻る。

 覚悟を決めて逃げないとした。全力でいこうと。

 4回目、ちょっとサビも頑張ってみる。形が見えた。

 5回目、サビで全力を出してぶつけた。4回目から普通のところも男で頑張っておいているので、最初のところも力を入れて歌った。形になった。サビが終わったところでジェット機が飛んで、声がかき消される。支払った。支払うように求められた歌で、支払うべきエネルギーを支払うべき所へ注(つ)ぎ込んで、相手の求めに応えた。

 歌が終わって、道路へ出て、身体の体線がきちんと出て、車の通行が途切れるのを待ち、歩きだして、渡って、僕は特別な存在ではなく、作業所の作業と同じように、払うべき所へ払った、同じようなにゅあんでうたったことに満足した。ただ、テクテクと歩いて、家へと向かう道をトレースしながら、普通の男として帰っていった。

 作業所でも支払うべきエネルギーを払って、立派にやっていきたいと、作業所と同じニュアンスとしての歌をうたえたことに自信を持った。



・冬の間に切った枝を先週に続いて紐でまとめた。雪が降るくらいの寒い、濡れた軍手を取り替えたり、トイレに頻繁に行ったりして作業を終えた。

・今日は積極的に家の雑用をこなした。


○イメージがみえる 中込四郎 というスポーツのイメージトレーニングの古本を昨日ひっくり返してめくった。この本在庫が少なく、高値になっている。僕は、1200円か、1800円くらいで買ったと思うがどうだったのだろう。

 この本の中に、自律訓練法が出てきて、昔齧ったな、3日くらいでやめたなと思った。本棚にあった。作業所で、走らないといけないけれど、僕は周りの圧力に負けているので、自立訓練本は案外、走るためにも作業所を乗り切るためにも必須の本かもなと見直した。佐々木雄二、ごま書房新社。新しい本。2年くらい前に購入。

・ 篠山紀信、快楽の館、昨日めくってみたけれど、そんなに悪い本でもないな。案外よいかもしれない。僕の目が曇っていただけかも。期待が大きすぎたのか? 男のヌード、女性読者向けは、暑苦しく、見苦しく、要らなかった。筋骨隆々男。 



f




11 Tue

 作業所では、昨日失敗したところをやり直した。着いたとき織り機が座席の上に載っていて、失敗したところまで引っこ抜かれあった。ボスが怒りをぶつけたのだろう。


 交通機関でも久しぶりに帰りには読書したし、調子自体は良かった模様。簡単な着物をすぐ仕上げて渡したら、スタッフの受けは良かった。

 
 けれどごまかしは利かず、僕は走っていなかった。普通くらいのペースでやっていた。いつもより頑張っていなかった。テーラーSGと独立年配女性の目は欺(あざむ)けない。彼らは、僕が走っていなかったのを見ていたと思う。彼らに認められなければ一人前とは言えない。僕は、彼らに今日の出来を否定されていたと思う。半人前だった。
 
 
・ 未来の葬儀をどうするか話していたら、父はいらんみたいなことを言った。父とは会話が成り立たない。人間が死ぬという、社会的大事件を理解できない人だ。この変な人とは何も話せない。

 葬儀の段取りも作った置かないと、いざというとき忙しすぎてどうにもならなくなるだろう。一日15分でも進めて行きたいと希望している。コープの葬式は安心できそうな気がする。

○迷わずできる 葬儀のあとの 手続きのすべて 大泉書店 2016



○がんのセルフ・コントロール サイモントン療法の理論と実際 カール・サイモントン 創元社 1982 (僕のは、2011 第1版20刷発行 中古購入)

第十一章 リラクセーションとイメージ療法
第十二章 楽観的なイメージの利点

(途中までしか読んでいない)

はメチャおもしろい。イメージを描いて白血球にがんをやっつけてもらおう、食べてもらおうというもの。リラックスした後このイメージを描く。そして、このイメージを正しく描くことで効果が出ることになる。

うまくイメージできない人の例が絵で何枚も描かれていて掲載されていて、自分が描いたとしても、うまく最初はいかないだろう。うまく描けずにいる自分をどう変えていくように持って行ったらいいかの参考にできるようになっている。学習できます。

 外人の本はどうしてこう細かくて説明が上手く、読んでいて気持ちが良いのだろう。日本人のトンデモ本(下の本ではなく、健康本・自己啓発本)とはまるっきり違う。出来が全然いい。上質なものを感じている。

サイモントン療法 治癒に導くがんのイメージ療法 川畑伸子 同文館出版

こちらの本は、僕には面白くなかった。良いとも思えない。 


d




10 Mon

作業所で裂き織りをやらせてもらい、慣れない手つきでやったけれど、あたまの悪い僕は、芸術家気取りでこの色の次はこれとかやっていた。僕はすごいのを作るんだとか。

 しばらくたって、一段に3色の布を入れていたことに気づいた。その芸術を気取った赤色を織り込んだ時だった。僕はそのまま織り進めてだいぶ織ってしまっていた。失敗は明らかで、芸術を気取ったことが失敗の原因だった。基本を忘れ、配色だなどとあほなことを思って失敗していた。そのまま進めたたが時間が来てやめた。

 ノート(連絡帳:小学生っぽい:僕にはライフライン)に失敗を書き込んで、やり直すことに決めた。ボスにも失敗した事を話した。ボスは先に見たときに気づいていたか、それともこの段階でわかったかわからない。役者が上手(うわて)なので、ボスの考えていることはわからない。

 とんでもないバカっぷりを発揮した。

 
 男性で周りに出よう、身体から出す気の線で周りに触っていこう・というか気を周りに向けた。芸術とかなんとかやるより、男性でどんどん周りに出て、触っていく作戦しかないなと思う。気の矢印が折れていたり曲がっていたり内向している僕なので、この辺改めないとミスばかりするし、発展性がないし、腐ってしまう。

 ボスには相当ダメな奴だとマークされていると思う。




d



4/9 Sun

 結果:走ったつもりではあったけれど走れなかった。歩いて、足が止まったときもあった。

 男どうたらで何とかなりそうではなかった。どの手を使おうとしても走れなかった。どうにかなりそうでなかった。着物が変わったとき、ペースが落ちて、歩いていた。手が止まっていた。スタッフにまじまじと見られたけれど、ペースを上げるのも隠そうとすることになるので、遅いままやり過ごした。ノロノロと手を動かした。

 帰りの交通機関で首が少し伸びた。明日どうなるかわからないけれど、明日に期待する。またダメだという話もあるけれど。

 休みたい気持ちが強かった。寝転がりたいような気持がつよかった。解放されたいというのか。逃げの気持ちが強く出た。


・目玉焼き おっぱいみたいに プルプルと と、川柳みたいのを思いついたけれど、検索したら、検索にそういうのがあった。オリジナルというわけにはいかなかった。


男・性、性の怒り、などと言おうとしたけれど、皆挫折した。なにも利かせることができなかった。無力なまま終わった。


c

・ 動物保護団体からメールの返事が来て、OKらしかった。でも、連絡が遅い間に気持ちが変わって、雑草取りとか、土起こしにエネルギーを使ってもいいかなと心は動いた。


・ 今日は作業所は休みで織り教室に通った。マフラー織りあがった。端処理をして完成。まだ終わっていない。

 織り教室では、先生の反応が悪かった。前回、坂東玉三郎が好きだと言ったからかなと想像した。ホモのレッテルかなと思った。僕は、玉三郎が好きなのは、あそこまで女性表現を組み上げたそのものすごさにある。よくわからないけれど先生の反応にはそんな気がした。

 先生が、織りあがって10分前に帰ったから、また頑張ってもいいよと言われたので、あまり頑張りたくないと言って笑って帰ってきた。今度は先生はどんな感じだろう。次回の織りは、同じ、茶と紺の網代(あじろ)織りで、秋の作品展に出品しようと思う。7千円くらいで出したい。売れなくてもいいのだけれど、好きな人はどの線でやったか見抜くと思う。すごく地味なもの。


・ 冬の間に落とした枝を拾って歩いてひもで縛って夏にゴミに出せるようにしておいた。半分しか進まなかった。まだ枝も切る予定。土起こしもしておきたい、雑草対策。

 枝まとめをしていて、周りから圧力がかかった。雑音というのか。男というので、枝まとめの作業にぶつけていたので、圧力は弾いた。弾く余裕はあるつもり。

・ 自分用CDの a moon shaped pool を聞いています。僕のは輸入盤で、hmvでまとめ買いしました。1300円位。




☆☆本題: 作業所の送迎車の帰り、ボスの親族が歩きたいから交通機関を乗り換えたいという。僕は、親族を意識して変な関係にしてしまったので名乗り出なかった。同じ方向で僕が噛めば親族も歩けるので都合がよかった。重い沈黙が流れた。結局親族は歩かないでいつもの交通機関を利用することになってしまった。


 家に帰ってから、このことを反復してから、僕が頭を下げて、親族に一緒に行きましょうかと言えばよかったことに気づいた。僕は偉そうに親族に向き合おうとしていたので、言いだせなかったことに気づいた。

 ボス、ボスの親族、スタッフには、そして、通っている先輩、仲間たちにも頭を下げていかなければならないことを痛切に感じた。頭を下げて通っていくことをしていかなければならない立場にあることを意識した。頭を低くして、頭(こうべ)を垂れ、付きあって頂くことをする立場にある。そうしていきたい。雇って頂いて、座席を1つ用意して頂いて占有している身分なので。昼食を頂き、送迎もお膳立てしてもらっている。

また悪評立った、。、 / 6木曜日 / 作業所での僕の評判は悪い

4/7 Fri

 午前中は、走ろうとは思っていたけれど、走っていなかったらしい。

 休憩所の声から、テーラーSG氏による、あいつだめだなあ、もう終わったな、というような声が聞こえてきた。僕は聞いていて自分のことだろうと思った。それで自分が走っていなかったことを確認し、何とかしなきゃと思った。

 食事が終わって、前を見ていて、余裕をもてそうだなと気配を感じた。男性と主張すれば突破できないかと踏んだ。

 男性で周りに出ていこうと思った。成功する予感があった。

 
 作業が午後始まり、男・性 で周りにも、布にもぶつけようとした。男性という合言葉で布にぶつかろうとはしたけれど、ぶつかり切れはしなかった。でも、走ることができた。

 首の皮一枚でつながってぶら下がることはできた。毎日綱引き状態だ。走るためにあの手この手を使い何とかやろうとしている。今日は、本を交通機関で読む気にならず、昨日もだったけれど、たぶんあまし調子よくないだろうとは思う。グリグリグリコーゲンこと、大ぼら吹きより、愛を込めて♡ (気持ち悪いよ、感じ悪いよ♡♡)



b



自分の時間を取り戻そう / ちきりん

立ち読みできる4(よん):鼻血ぶーた郎より

www.e-hon.ne.jp



4/6木曜日

 頭だけ洗って風呂に4日くらい入っていない。
 
 作業所では、今日も昨日に続き走ろうとはしてみた。打ち込もうとして見た。最低ラインのpayはしてみたつもりで、OKだったと思う。

 ありがたいのだけれど、ここにいるということは、走り続けて払い続けて、それでやっと最低限のスタートラインに立てると言うことになる。あたりまえのことだけれど、それがプレーヤーとしての資格になっている。

 ありがたいことに昨日今日は走れた。でも明日はわからない。やろうとはおもうけれど、明日もできるか? ずっとできるか。ずっとというより今日1日走ればいいだけのことで、明日は考えなくてもいい。働くと言うことの意味合いが違ってきている。常識として当然なのだろうけれど、甘えてきた僕なので、これを正すと言うことになる。

 立場を明確にすると、僕は着物の解体をやっている。僕は正直手芸の才能はないし、そんなに好きでもないみたいだ。ここでやるからには、さらに一歩足を踏み出す必要がある。足をひっこめてもいられない。
 仕事をすると言うことは、支払い続けることで、あたりまのことだけれど、走ってうち込むことらしい。正直なところモチベーションが苦しい。握っていることに全力を尽くすのみだろうけれど、心は離れている気もしている。先輩に声をかけてもらい、尊敬している先輩なのでありがたい。気持ちは打ち込むと離れていく部分も感じる。燃えては来ない。仕事だからやることやっていいじゃないか、とも言える。何をゴチャゴチャやっているんだと。

 正直手芸は得意ではないし好きでもない。辞められるならやめたい。手に握っているので頑張ろうという、あすこに通う最低限のために、資格のために走っている。僕はこの仕事を愛せない。

 稲盛先生は仕事を好きになろうとしてきたと書かれている。それに習って僕も好きになろうと、一歩踏み出すことはできる。正論はそこにある。正面突破は払った先に、さらにも一歩払うこと。それができなければ去るしかない。プリンスの愛のペガサス(邦題)、prince(英題)は、素晴らしい。spotifyでもきけるよん。

 僕は作業中、頭と意識が遷移し続ける。自我の垣根が低く、話し声と情報が次々と入ってくる。目まぐるしく回ってしまう。走ることと打ち込むことで少し解消されたけれど、不安定さを乗り越えるためには、男・性 と主張しないとやっていけない立場に追い込まれている。僕の立場は微妙で、最低限の働きをしないと振り落とされる。男性しか残っていない。最後の切り札。これを主張しないとどうにもならない。 
 


a


 今日は交通機関で本が読めた。2週間ぶりくらいか。本が読めない日は調子が悪い。それで自分に期待した。

 作業所では、スタッフも挨拶してくれない方が一人いらしたりして、暗雲垂れこめた。
 雰囲気も悪い感じだった。僕も自分のいる場所がない感じでどんよりした。

 評判は悪くなってしまったと痛切に感じた。甘んじて受けようとは思った。
 居場所がないみたいな。でも普通にはやっていた。そのうち、テーラーSGさんとかがダメというならダメなんだろうとは思った。

 
 起死回生には、稲盛和夫先生の働き方の、走ってうち込めという言葉を思い出して、走ろうとし始めた。打ち込もうとも思った。

 そのうち周りのよどんだ空気が少し動いた気がした。僕自身もハイテンションで気分が上向いた。ここずっと、作業所ではうなだれていたので挽回できそうだと思った。



 結果挽回はされなかったが、今日自体はOKだったようだ。今日の支払いはできた。
 ここの作業所は、走らないと認めてもらえないところで、僕みたいにノロノロやってしまうと悪評が渦巻いてしまうみたいだ。怖いな。

 明日も走ってうち込めるかわからないけれど、そのような線を希望している。