2018/11/17 Sat


 父の所、病院に行ってきました。ブルーレイプレーヤーを背負っていきました。
 病院側では、置いて帰ってはダメで、持ち帰れとの指示。
 
 父の出身大学の野球試合を見ました。僕は気合が入りすぎて、父よ見れ、だったので、父は最初良く見ていなかった。僕も見だしたら見ているようだったけれど、眼鏡をくれと言われた。あんなに近いのに良く見えていないようだった。今度はメガネも持っていこうと思う。ちょっとは見てくれて僕の執着も・見れ見れ も少しは報われた。
 あと、石原裕次郎の聞いていないのも一緒に聞いた。2時間くらい一緒に過ごして、父の病院での絶望も少し感じた。たぶん父はベッドの中で一人で闘っているのだろう。手も少し握ってみた。父も握ってくれた。

 今度は鶴田浩二が届いたので、ビクターの歌詞付きのもの、一緒に聞きたいと思う。

 帰りにステーションのトイレで、男がドアを開けてくれた。僕に親切にしてくれた。向こうは僕を見ていたのか、本当に見ず知らずの人なのか、やさしくしてくれて身に染みた。帰りは父の孤独も感じたのでなおさら有難かった。どうもありがとうございます。

・じりラブ 歌川たいじ マンガも届いた。ゆっくり読もうと思う。男が好きな人も、女も好きな奴も愛には変わらないだろうと思う。内容は信頼している。

・ カウンセリングを受けてきました。母の前で手を突き出すと言うのをやってもらおうと意気込んで出かけました。

 地下室に降りて行き部屋に入ると、ランプがともっていました。部屋には黒猫がいました。この黒猫が抑圧らしかった。この黒猫を撫でたりして、抑圧とコミュニケーションをとりました。先生は僕が向き合えるようにいろいろ指示を出して頂いて、カウンセリングを実のあるようにして頂きました。今日はこの黒猫と対面して、手が引っ込んだりしたけれど、撫でてやって、抑圧とコンタクトを取った、という点で一歩前進しました。ありがたかったです。ありがとうございます。このシリーズの続きもお願いします。

 帰りはトイレの件でもそうですが、孤独を特に感じました。初冬の冷たさを感じました。これから冬ですが、父母と共に乗り切っていきたいです。僕が支える番になりました。

追記(こころの時代 Eテレ) / 雑記(通常版・ほんまかいな)

www4.nhk.or.jp

崔秀賢:精神科医

 今日録画してみたのだけれど、入院患者に自分の電話番号を教えるのだそうだ。友達に教えるだから教えて当然だと。
 また、20年くらい病院にいた人で一人暮らしを現在している人とかと一緒に食事に行ったりしている。
 失礼なことなのかもしれないが(僕の主観)、在日の人で差別されてきたが、だからこそ、苦しい人たちと一緒に過ごすと言うことをできるのだろう。

 この放送を見て清々(すがすが)しかったのは、このお医者様が垣根をつくらないこと。人に対して、自分に対して。そこが気持ちがいい。諸悪の根源は壁だ垣根だと思った。僕には差別の垣根がたくさんある。僕が苦しんでいるのも垣根のせい。垣根をつくらない医療だからかよくなる人がたくさんいるという。病気が良くなるのは、差別する気持ちを受け入れた時だと言う。
 僕は統合失調症だ。格好悪いがそれが僕の姿で引きずっている問題だ。みたいな感じで受け入れるとよくなるらしい。病気じゃない、そんな変な病名つけるな、みたいだと良くならないのかもしれない。
 僕にとっては素晴らしい番組だった。

 こころの時代は、毎週見るのを楽しみにしている。ここに出てくる人を眺めるのが好きだ。








・ 作業所では着物の糸を取る作業をしているけれど・あと4枚くらいの着物の予定が入っているけれど、手が動かなくモタモタしどうしたらいいかわからずにいた。そのうち、母の顔のイメージを思い浮かべていた。昨日の帰りの交通機関では母の首を開ける(⇔)を使用したりして打開しようとしたけれど不発だった。この手は成功したためしがないことに最近気づいていた。

 母の顔のイメージに向かって手を出していくイメージを持つと、不思議と手が動いた。おもしろくて、成功して、昼休みもやってみたりした。僕は今まで母の顔イメージに対して手を引っ込め、萎縮し、内向していたことに気づいた。これは成功への道かなと期待したけれど、掃除機をかけて疲れたら、またモタモタしてスタッフに睨まれたようだった。けれど疲れて上手く行かなかった。そのうち持ち直したけれど。時間切れで帰ってきた。

 明日のカウンセリングで、先生に頼んで地下室の男・僕の分身に会いに行き、母イメージに対して手を出してみようと思う。

・ 父の所にも出かけ、父の大学の野球試合をブルーレイダビングで一緒に見ようと思っている。スカパーで録画した。プレーヤーは水曜日に自立支援の申請の時に買ってきていた。小さいのでリュックに詰めて・バックパックに詰めて 行こうと思う。
 父のトロンとした目は許さないぞ。呆けさせてたまるか。週2回通いたいという目標を持っている。父には楽しいこともしてもらいたい。鶴田浩二のCDも頼んである。軍歌も聞いてもらう予定。好きらしいから。父が元気な時は父は嫌な奴と思ったが、元気になるなら父の幼稚ないろいろも大切に大事にして引き出してやりたい。

 
・ 電動歯ブラシ フィリップスのモニターで手に入れたものは、付属のブラシはダサかったが、自腹で買った3モードの2本ずつ、計6本 は、シリコーンを使ったりしてめちゃめちゃ格好いい。所有する喜びを感じている。本体は格好いいと思ったことはなかったが、この先端のブラシの格好よさったらないよ。このブラシをつけた本体と一緒の姿は素晴らしい。いずれ電動フロスも買おうと思っている。電動シェーバーは保留が続いている。

 細野晴臣youtubeを聞きながら打っている。カウンセリングの先生にもSFXを勧めてみた。最近、僕は坂本より細野さんを聞いている。前よりは目覚めつつある。

・本:active phonics をCDと一緒に買った。
 ABCのアルファヴェットを発音する音で・単語として発音する音で覚えて実際にやってい行こうと言う趣旨らしい。その英単語を読むときのスペルの発音のルール65を覚えましょうとか、よくわかっていないがそんなところだろうと思う。続くといいな。一つずつやっていってできたら先へ進もうと思う。昨日は2つやって、やはり一遍には無理だなと感じた。だからやさしいのに、進みを遅くしてしつこく繰り返してマスターしながら行こうと思う。幼稚園・小学生レベルから再スタートといったところです。

雑記 2018 11/14(Wed) : メイン(☆)あり

・ 裸足ランニング 吉野剛

 が届いた。中古で頼んだ。朝、ターミナルで60メートルくらいの直線に人通りがなくなる時がある。週に1回くらい。その時に自分で思いついたフォームで走るのが楽しみになっている。腕を早く振ったり、つま先で着地しようとしたり。
 僕は、変形性ひざ関節なので、ゆくゆくは歩きづらくなるかもしれない。車いすも想像する。マラソンは無理でも、3キロくらいは可能かもしれない。
 裸足で練習する著者の登場を、ちびまる子ちゃんが・声優がナレーションを務める街めぐりのBSテレビで見た。吉野さんはなんだか楽しそうで、僕も裸足で、膝を緩めて走るのをやってみたいと思った。金もかからんし、靴代もいらんぞ・せこい表現。


・ 今日は父の所に行き、石原裕次郎 オリジナルベスト40を一緒に聞いた。夜霧よ今夜もありがとう は、金字塔だと思った。ものすごかった。空恐ろしいと言う出来栄え。他の曲も歌詞と、作曲者作詞者編曲者の名前も見ながら聞いた。父の世代のムード歌謡と言うジャンルだった。父たちのスター。
 父の病室は4人入っている。みな社会で活躍してきた人たちで、最後になって立ち上がれなく病床についている、晩年の方たち。僕も生きていて動けなくなったら収容されるところ。父はまだ手を拘束されている。
 父と一緒の時間を過ごした。ICレコーダーの2股イヤホン。父は動くから左イヤホンをよく外すので、気にかけながら耳に差し込んでやっていた。帰り頃には、まどろんでいた目がぱっちりと開き焦点が合って、父もまだまだだぞと思わせる元気な目だった。よかった。

・ 母の所にも行って、母はフラフラ来なくていい、もう来るなと言う。喋る内容は言葉の裏の意味でも、裏面交流でもお前はダメだというメッセージを送ってくる。これはわかりきっていたこと。だから母の僕はダメだニュアンスの言葉には、心の中で僕はOKだと反論してやった。それを繰り返しつつ聞いていた。
 帰りにも、じゃあねと言って、また来るよとわざと言ったら、もう来なくていい、と言われた。母の決め台詞を受けてきた。僕はOKさ。母の呪いのメッセージと刷り込みにいつまでも負けてたまるか。いずれ塗り替えてやるぜ。

・母さんがどんなに僕を嫌いでも は、交通機関で読み切った。ダウンロードで買ったやつ。
 ものすごくいい漫画だった。この方タレンティブなんですね。

・☆ ぼくにとっておかしかったのは、
 昨日の交通機関でも帰り道。第1交通機関では、皆僕を否定したいらしく気にかけている。出かける前の作業所でも僕の不調から作業所の空気が変わり、ケチを狙っているようだった。第2交通機関で、隣に座った若者、けーたいを取り出した。親指をスリすりよろしくやっている。けーたい見ながらこちらの様子をうかがわれていたら、こちらは面白くないので、

☆☆ エアケータイを僕はやることにした。左手を持っていると仮定するケータイを握り親指をよろしく隣の男のようにくねくね動かし、男のケータイと同期させて親指を動かしてやったぜ。若い男に対抗したわけさ。絶不調の時にひらめきとユーモアがあって、僕は暗い苦しい気持ちとは裏腹に、脳の奥の方で今日の僕は上出来で可笑しいなと脳の笑皺を一つ増やしたのさ。ははは。傑作だったよ。余裕があったな。よかった。僕も防戦一方でなくて、対抗できて。


・ 脳を最適化すれば能力は2倍になる も届いたので読んでいこうとおも。薄い内容の本だと見当をつけている。一度しか読まない。たぶん。

本:脳を最適化すれば能力は2倍になる(トンデモ本ではないと思う:注文したばかり。カウンセリングの先生の言った内容と合致)

・ 脳を最適化すれば能力は2倍になる 仕事の精度と速度を脳科学的にあげる方法

と言う本を見つけた。

 カウンセリング対面を受けてきた。先生は前回の時、僕が20でクラヴィノーヴァ初代を20万円くらいの分割で買った(電気ピアノ ヤマハ)というと、いっぺんに揃えるのではなく、徐々に良くしていくといいよ、みたいなアドヴァイスを頂いた。
 そのことを今回の先生に渡すプリント自分の出来事、に書いて触れていた。

 そしたら、報酬 と言うらしい子が分かった。最初からグランドピアノではなく、小っちゃい時はアナログ子供おもちゃ鍵盤ダサいやつ、で、次には5千円くらいの。次には1万円、次には5万円のをみたいに徐々に段階を踏むことでモチベーションが上がり快楽につながるらしい。

 先生はカウンセリング中、報酬 脳でamazon検索されたが、でてきたのは快の錬金術と言う本だった。その時は時間がかかりすぎるのできちんと検索されなかった。家でやってみるとその本は意味合いが違った。上の内容と合うのは、徐々にレベルアップ・報酬・脳・ドーパミンというグーグル検索で最初に書いた本が出てきた。

 この脳を最適化というのはベストセラーらしい。前に見たかもしれないが、タイトルからしトンデモ本に見える。僕は買わないと思う。でも今回、内容について先生の意見を聞いているので、買って見た。一番安いのを選んだ。たぶん1回しか読まない。一番先生の仰った内容に近いのがこの本だと思う。先生は教科書で習ったらしい。




・母さんがどんなに僕を嫌いでも、
もダウンロードした。漫画。母の虐待を受けた著者が、正面から向き合う最後の場面とつながるらしい。自分の母問題に役立つかもしれないと買ってみた。僕は自分の母とこれからどうやって向き合えばいいのかわからない。何かがあるらしいのは感じる。
 認知症には、話を聞いてあげるのがいいらしいとDVDにあったので、母の話をできるだけ聞いてあげようとは思ったし実践しようと思う。もうこなくていいと必ず言うが。

自分の低い能力を範囲を、できないことと、はっきり線引きできるか? (問う)

 生協戸配のインターネット買い物をやろうとて、何回かログインに失敗し、それでもしつこくアクセスしようとした。何回か失敗すればロックがかかるのはわかっているのに、しつこくできないかとやり続けた。

 これは僕を象徴している。できないことにしがみつき、できないことに憧れ、できないことを求め続ける。背伸び。

 僕は、英語でも、I ran to sappporo station. とかの勉強をすればいいのに、句動詞 I came out hole みたいな、ぼくにとってややこしいのをできないか、やろうとする、その本を購入しようと思ったりした I study one hour.みたいなできるのをがんがんやらないで、句動詞を求めたりする。

 実力を知らなければならない。その実力を徹底的に鍛えて、できることに全力をかけてできるようになったら次へ行けばいい。それをしない。遠くを求め憧れやろうとする。実力を知って、線引きし、実力の範囲のことを徹底的に基礎固めする。これができないと僕はあほなままだ。あほでおわりたくない。何とか進みたい。実力と言うのは難しいことをやろうとしたり、憧れることではなく、実力を知り、実力の範囲を徹底することだと思う。凡事徹底。高校野球の監督が言っていた。それをできる人が実力のある人で、難しいことをできる人のことではないと思う。そこを混同すると先へ進むこと、実力をつけることは困難になると思われる。実力とは能力の高さを言うのではなく、//身の回り(できる範囲)を整える(掃除でも同じだと思う)ことのできる人//・身の回りを整えることのできる人 だと思う。

☆☆ 能力の高い人、できる人が偉いのではなく、できる範囲のことを徹底的にやる人、身の回りをきちんと整えることのできる人が実力者だ、と思われる。(現時点での僕の感想)

 だから、能力が低かったり、レベルが落ちても構わない。低いところを徹底的にうろつきまわり、かぎまわり、やり遂げればそれはそれで実力者だ、となると思う。そのためには自分の実力の範囲を見る目を養い、できる範囲・現時点での実力をできないこととハッキリ線引きしなければならない。

 曖昧だった出来る範囲が徹底的にできたら、次へ進めばいい。しんぷる。ぷるるん。

雑記 (つづき

・今日も、作業所で、この部分は5分とか決めて作業した。クリアしたり、タイムオーバーになったりした。だんだんやっているうちに時間を見積もるのがうまくなりそう。

皿洗いも、箸を洗うのは5分とか決めてやり、能率が上がった。

作業所での僕の活動が様変わりした。テキパキとやっていた。帰りには、僕のいることで澱んでいた空気が軽くなった気がするなと思った。

僕が変わることで周りも変わるかもしれない。父親的な存在の、存在感のあるスタッフが、シュレッダーの紙を集めるのを、詰め替えるのを手伝ってくれた。僕は頼んだのでないけれど、初めてスタッフが手を貸してくれた。ちょっと認められたようなうれしい経験だった。父は搾取ばかりの人だったし。

 世の中は甘くないのは知っている。作業を一日くらいできたって、僕は今まで散々2年間、タダメシ食いだったので、まだ罪滅ぼしくらいだろう。続いて好調が維持されるといいな。

・ 帰りに、織り教室に通っていたところの年末マフラー即売会に行き、2本買った。網代2本だった。僕もできるやつ。また通うことになるかもしれないし、糸をつないでおいた。先生にはお世話になった。

・ 僕は母の否定で、自分のことを低く見積もってきたと思うが、リミッターを外せば、まだまだできると思われる。限界もあるとは思うが、ぼくはぼくだから。僕以上のことはできない。でも、僕が想像する自己像は塗り替えられることが可能と思われる。

・ 人間のやること、どんなに大変だって、そんなに大したことじゃない。全部ゲーム感覚に置き換えてやったっていいじゃあないか。その程度だと思う。ゲームクリア、ゲームオーバー。僕は時間がオーバーしたとき、三角コーナーの神様が3分間くれましたと、延長させゲームクリアしたりした。その程度でいいじゃあないか。大事だけれど、たかが皿洗い。一生懸命やるけれど、ゲーム感覚で十分だ。帰りにスーパーで、LLキーウィ―103円を買って帰って、ご褒美とした。美味かった。ばんざい。



かみそり、電気シェーヴァーはビックカメラで買うと安いみたい。父のお下がりをもう一度使ってみて、ダメそうだったら花押・かおう・買おう。

ヨシケイは、2人前意を週3日頼んでいる。隔週で。だから、2日連続同じのを食べる。簡単調理の物。ラビュウの簡単なほうを選択している。最初は時間のかかるのを頼んだけれど、本当に時間がかかり面倒だった。月曜の、鶏モモ、玉ねぎ、ジャガイモ、をバターでいため、しょうゆで味付けはうまかったよ。札幌黄のためねぎは、上手いと評判だが、僕には味の違いが判らなかった。まあ高級な舌ではないのでそんなものだろう。

メルカリで、ご褒美候補のMTBトライアルの本を頼んだ。自転車を買いたい。ご褒美として。安いのを望んでいる。本当に買うかわからないので、とりあえず本を頼んだ。自転車が手元にあっても、30分乗りに出かけたら、それはご褒美になると思う。英語勉強とかの。昨日はインフルエンザの注射をした。去年は12月あたまくらいに出かけたので、ワクチンがなくて苦労したぞ。

 ビリギャルの先生の本も、リミッターを外すのに使えそうだと狙っている。才能がどうとかの本。幻冬舎だったかな。

 僕は家計がのしかかり、出費が多い。作業所の弁当のごはんが余っても、本当は欲しかった。僕から言い出せなかったけれど。しょうゆはいらないか。

 何でもかんでもゲームにしてしまえと言うのは、世の中そんなに大したことは少なく、その程度でもいいと思う。まださわり部分なので読み進めて吸収したい。僕にも北大に行く学力くらい付かないかなあ。今は夢だ。狙ってもいないが。東洋大には憧れる。哲学科があるし。倫理に興味がある。すっかり大きく出てしまった。僕はあほ大学に通ったことがある。放送大学では読書を習った。中身は全部忘れた。というか、記憶力がない。西岡大先生、なんとかしてください。と袖を掴んで頭を下げる僕ちゃんだった。スリすり。偉人たちの爪の垢を煎じて飲ませて頂く気持ちでいます。

西岡壱誠 氏の素晴らしい著作の恩恵にあずかる

☆☆ 東大式習慣 ゲーム式暗記術 西岡壱誠

これらの本は、僕には思いつかないようなことが書いてある。僕にはない能力は他人から借りればいいなと思う。カウンセリングの先生、弁護士先生、作業所、皆僕にはない能力が出かけることで拡張されて、他者の能力を借りて僕を存在させている。

 西岡さんの本は、とてもわかりやすく、読んでいてインスピレーションを与えられる。

 仕事でゲーム感覚でやったらいいと言うアイデアはたくさんの本に出ている。時間を計ったりして。僕も初めて仕事で導入した。この部分は5分でやろうとか。目標ができて時間制限もできて、効率が上がり、集中力が出て、作業に対する姿勢が変わった。仕事というよりゲームっぽい取り組み。

 人間は目標や目的がないとモチベーションが下がり、集中しない動物なんだなと感じた。昨日からやっている上の方法は役に立った。ただ、今日の作業所最後は手がのろのろになっていた。帰りの交通機関もこちらを窺う輩が多かった。母の顔のイメージを思い浮かべ、逃げている何かに向き合おうとした。

 西岡さんの本は図抜けていると思う。こういう本が出てくることを願っていた人は多いと思う。僕も恩恵にあずかっている。著者はお金もたまると思われる。うらやましい。書き方が素晴らしい。なかなかこういう書き方ができる人は多くないと思われる。欲しかった本で、出てきて欲しかった、世の中のためになる、人助けの本だ。素晴らしい。

 僕は英検5級を受けたいと思う。そのための勉強をしたい。スカパー、ディズニージュニア チャンネルは、英語放送で、単語が僕でもわかり、速度が速いので聞き取りできないと言う難点のみで、ここをクリアするために使える放送だと思う。
 ダンスチャンネルは、家には取り付けられなくて、5万くらいかかると言われた。インターネット動画見放題、yoga box と言うのをいつか契約してみたい。今は ずぼらヨガを読み終えるのが目標だと思う。

 ちょっと前まで絶不調だったけれど、今は楽しい。

雑記:11/2(Fri) / 練習の練習。

11/2 Fri


・ 織りが終わりました。最後の2枚はやり直しが多く、デザイン的にあまり良くなかったと感じた。今日はタオルを持っていき、端を結んで処理した右側のふくらみに対抗するべく、左側にタオルを巻いて、両方膨らませて織りこんでいくラインを平行にしようと作戦を立てた。うまくいった。あと、ボスが織りあがりを見てミスなしと判断されるとスタッフの反応が良くなるが、もしミスがあったら皆そっぽを向くと思う。
 調子が悪い時期と重なり、ちょっと苦しく、思うようにならなかった。でも、今日の調子は持ち直して、何とか作業が成立した。ありがたかった。

・ スーパーにレジでミスがあり、サービスカウンターで全部打ち直してもらった。対応したレジ打ちの人は不誠実だった。ワンストップの考えがなく、たらいまわしっぽい対応を受けた。顔もあまりぱっとしない人だと感じた。

・ 明日はカウンセリング対面を受けに行きます。

・ 昨日は父の病院に行った。父は苦しそうだった。風邪を引いていた。水曜に行った時は酸素マスクをしていてちょっとギョッとした。昨日は父のレントゲンをベッドに寝ながらにして撮れるので行っていた。僕は遠くにいくようにいわれた。X線の問題らしかった。

・ 今朝の夢は、最後には捕まり電気ショックを受けさせられる夢だった。嫌な夢だったと思って目が覚めたら、両腕が痺れて、そのせいで電気ショックの夢だったかと納得した。

・ 作業所では若い女性が気になり、母を抱きたいと言う、本当か嘘かの自分との気持ちと向き合わなければならなくなった羽目に陥った。僕は何かから逃げていて、それが母を抱きたいなのかとめどを立てている。僕は何から逃げてきたのか。逃げ続けてきた過去がある。それは母なのは確かだ。その気持ちはどうなんだ。母を自分の女にしたかったのではないのか。

 

・ 今日は作業所での僕は割と調子が良かった。普通に過ごせた。ただ、皿洗い係りの人が休みで(僕は週1に降板した)、皿洗い、ゴミ集め、トイレ掃除、掃除機かけと雑用が立て込んでしまった。午後はそれでほぼ終わった。主婦的な作業だった。house husband もできそう。

 今日も面白おかしく一日を過ごせた。実際は少し苦しかったが。雑用では汗が出て、額から滴り落ちた。健康な汗だなあと感じた。
 

 本は読んでいない。不調時には交通機関で読む気にならない。
 最近、女性の身体が好きだとか、女性が好きだとか、ストレートに思えるようになった。この辺は健康的になりつつある。牧歌的とか言ってみたいが、意味を分かって使っていないので怪しい。素直に女が欲しいと言える。






 一週間くらい前、部屋の散らかっているのを見て、あとでやろうと考える壁をつくるやり方はまずいと思った。

 僕は、あとでやるというのは、その時やるのは面倒だ・後回しにしよう、と言う考え方からだった。これは、自分でこれは無理とか後でとか壁をつくっていると思った。

 この壁づくりが僕のすべてだと思った。そこから、他の人の壁も見えてきた。僕に対して咳をするのは、その人自身の僕を見る目がその人自身にとっての僕であるから・自己否定しているなと思った。その人の僕と言う部分を否定している。自己疎外と、自己の硬直化の表れだなと。



 作業所で、5センチやり直して、最後の5枚目に進んだ。緯糸・よこいと は、一往復織って右側で切っているので、右側が膨らんだ。左がだんだんたるんで緊張の張りがなくなった。左から織ればよいのを右側ばかりでこうなった。対策を講じなかったので斜めになった。僕の怠慢だった。やり直すことにした。

 

 NHK Eテレ こころの時代
 を見るのを楽しみにしている。タイの仏教を学んだプラユキ・ナラテボーさんがマインドフルネスのやり方を仏教で学ばれて、僕たちにわかりやすく話してくれた。手動瞑想という手を動かす一連動作の瞑想で、集中や深い意識を取り立てて目指すわけではなさそうだった。かえってそちらが間違いらしかった。手の位置、動き、そこにある、を分かる ということで合格らしかった。それでよいらしい。何も深い意識を目指さない。

www.nhk-ondemand.jp

 僕はこれを見て、ずいぶん学んだ。何となくイメージできそうに思えた。

 作業所に行く前の公園でのゆっくり歩くというマインドフルネスも、足や手をその位置にある、その動きを自分で分かるというのでよさそうだった。そして、この練習も、練習としてより、すでに実践だと思えた。終わって歩きだしても、手の動き足の動きに意識した。本番として。練習としてのゆっくり歩く自体も、練習と言うよりすぐ使うためのものだと。

 今日の作業所で僕は失敗をやらかした。上に書いた斜めに織りが成ってしまったというミス。この辺の集中加減も練習という、内に籠り・自己内での行為というやり方と密接で僕の弱点になっている。作業所では皆に嫌われた。僕のノロノロ作業に皆愛想を尽かしている。
 
 日本シリーズも、集団として戦い、集団の利益のために身を粉にして野球をやっている。このへんは仕事とも通じている。練習など存在しないのかもしれない。実践に直結している。僕の作業はマスターベーションだ。女体にウハウハしているバカヤローが僕だ。この構図と野球と作業所は同じだ。この打ち込み自体がマスターベーションになっている。実践に直結させないと僕は腐って終わりになってしまう。そのためには、家に籠るではなく、指示さない・さししめさない と。bookなら、本の自己イメージで終わりではなく、流通している本自体を直接イメージし関わり指示す必要がある。何とかマスターベーションを終わらせないと。集団の一員としての作業所も、自ら集団の構成員になり、構成員として見合うものを作り、作ることを通して社会と関わり続ける必要がある。

 最後のあたりはまだよくイメージできない。自己内引きこもりを引きずっている。でも日本シリーズを見てテレビでダイレクトに関わる雰囲気は感じた。何とか脱しないといけない。まだよくイメージできないしわかってもいない。書きながら、背伸びして、前のほうを見ようとし過ぎている。不完全燃焼。何とかつかもうと思ったが。男としてぶつかっていかないと。男としてぶつかっていけないか。なんとかしたい。

dead end→back

・作業で、織りをやらせて頂いているが、目を飛ばし、やり直すことにし1日がかりとなるが、今日の終わり最後の5センチくらいもまたも目を飛ばしていた。

 今は絶不調、今年の7月以来の不調となっている。周りから攻めてこられそうだし、今日は作業所でも皆もなんだこいつだったが気がする。

・・その作業所で、女性が気になり、とても気になり、母を抱きたかったのかと、なんと活路を見出そうとしたができず、帰ってきてから、結局は死んでいるなと思った。僕は男として死んでいる。妙に活路を見出そうとか生きようとしているが、死んでいる。そこは誤魔化さないほうがよさそうだ。

・・・歩いて車の多いところに侵入し、僕が原因で事故が起きなくてよかった。僕が原因だったら責任とれないと、こういうことはやらないほうがいいことに気が付いた。


・・・・この自分が死んでいることと、女性が気になることは、この不調の間ついて回ると思う。何とか向き合わないと、滅びる。滅びているが、逃げ道もなく、逃げないで向き合えるようにしたい


・・・・・男として死んでいる、母の前で幼稚園の時に死んだ、供養してくれ、
                             
 
                                 ・・・・・・
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 今日は展望は見えない ネガティブなことだけ載った
                                     

女性的なもの。

・父の入院している病院が変わった。転院しました。

 僕にとっては一大イベントだった。疲れたし、昼食の時間が遅くなった。

 電気、水道、テレビ、新聞の名義変更をした。支払い変更と。

 僕の支出は増える一方になった。だんだん自由は利かない。


・ 作業所では、織りで作る動物の生地づくりをやらせてもらっている。5枚のうち2枚はボスの指定の柄で、3枚目が糸をボスが選んで、織りはその中の色を使って自由にやらせてもらっている。

 それを織っていたら、先輩女性に〇〇さんて、かわいいの作るね、と言われた。私だとそうはいかないと。
 僕は一応男なので、かわいいのをつくると褒められてもあまりうれしくないなあと、直接は思った。

 けれど振り返ってみて、僕はかわいい柄をつくろうとしていたし、女性の服を縫ってみたいと言う野望もあるし、かわいいのをつくるのは僕にとって欲求の中にある。だから褒め言葉として有難く受け取ったらいいなと思った。女性的なものを作りたいと言う欲求はある。ねじれている気もするが、僕にとってはそういうことだ。
 ボスからこれからも女性的なものをつくるのを任されるといいな。アフーン、イヤーン。気持ち悪いか???!!! 。



・ 織りの教室からマフラー展開催のお誘いの手紙が来た。やめたけれど、マフラー展には来てね、と言うニュアンスらしかった。全く来ないのかと思っていたので、意外だった。僕には織り教室に通う余力は今はない。父の病院が交通機関の不便なところにあるのでなおさら余裕がない。マフラー展には出かけるだろう。一応糸はつないでおきたい。

雑記:2018/10/20(Sat)

・ カウンセリング対面を受けてきました。先生は、僕の目標が低くなったから、いろいろできるようになってきていると言われました。

 昨日一昨日は、部屋の整理を、心地よい家での暮らしのためにちょこっとずつやりました。確かにこう言うところは成長したのかなと思います。それには、先生のカウンセリングで父の問題をけっうやってもらった事が効いていると思います。

 まだ母に執着があることが僕がいまいち抜け切れない要因のように先生との会話で読み取れました。スキンシップのない父母のもとで育てられたのも僕を形作っているようでした。それで、動物との触れ合いもやっていこうと思いました。

 最近洋服を買ったりしておしゃれするようになりました。
 身の丈です。

・ 精神科のお医者さんには、作業所で大事にしようとやろうとしだした、と言うと、大事に表現しようとしなくても、大事に思っていればにじみ出てくるものだからね、と言うようなアドヴァイスを頂きました。
 
 今日タリーズコーヒーでトーストを食べたけれど、僕にも作れそうだなと思った。パン自体はおもくて、僕がいつも食べているものとは違うなとは思った。コーヒーは酸味が効いていてうまかった。サラダは鼻くそみたいにちょこっとしかついてこなかった。別注すればいいのか? 一人でタリーズに入ったのは初めてで珍しかった。カップとか皿とかジロジロ眺めてきた。


後半::

 ベッドに両手を縛られている父と僕のために、田端義夫・バタヤンの音楽を聞いてきた。
 CDラジヲを持ち込んで、100円ショップのイヤホンジャックから2本接続できる中間コネクタというのかジャックを買って、父と聞きながら時間を過ごした。僕は歌詞カードを持ち込んで読みながら聞いた。後援会長のメッセージと言うか解説がついていて、一曲ずつ会長の説も読めるようになっていておもしろかった。
 
 曲が聞き慣れない古いタイプなので最後までよくわからなかったけれど、嘆きのピエロ、肩で風切るマドロスさん、十九の春、などはよかった。二回聞いたりした。
 父の世代の歌を共有できたのは良い時間を過ごせて楽しかった。散歩で知らない街を歩くような面白さがあった。戦争世代の歌なんだなあ。
 父と僕のために裕次郎も買っておこうと思う。あたりをつけておこう。
 僕の持っているのは、田端義夫大全集 テイチク 二枚組です。中古だけれど高かった。歌詞カードは新品みたいにきれいだったけれど、僕がよれよれに使い倒してやるぜ。
 昔バービーボーイズのデビューレコードの歌詞を林に持っていったりして三日くらいでヨレヨレにしたことがあった。レンタルだったので店には失礼なことをしたが、主観的には使い倒してやったぜ、と言う気分だった。

 東大式習慣 西岡壱誠 ダウンロードは僕のように普通の人間にもわかりやすく書かれていて、目標のつくり方を懇切丁寧に解説されている、今のところ僕のための本になっている。まださわりなのでこれからどうなるかわからないけれど。
 僕もこのまま人生が終わりではなく、自分を生き切ったと思えるようにチャレンジできるようになりたい。
 でも、まだいきがって目標つくってやるぜ、ではなく、僕自身も目標を持つための導入部分だと思うので、成功体験を持てるようになるための目標をつくることから始めたい。目標:というもの自体のさわり部分が僕の立ち位置だと思う。いきなり目標をぶち上げるべきではないので、目標づくりの初心者としてやりたい。本にも全面的に賛成ではなく、使える部分を吸収したい。
 ジャネットジャクソンを聞きながら。打ち込んで。います。・・・。。。、、、

若い母を抱きたい(どれだけこの言葉に真実があるか、日々の生活で耐える試言にも持ちこたえられるか)


 今日も若い女性が気になった。なぜこの女性に若い女性に固執するのかと思った。しばらく気にしていた。

 若い女性が抱きたいのだなと思った。若い女性が抱きたい、と心で唱えた。これだけ執着するのも変だなと思った。それで、小学校、中学校、高校、大学で好きだったそれぞれの女性を抱きたいと、心で唱えた。抱きたい、抱きたいと。

 それでも固執は消えず、なぜだろうと思った。それで、オイディプスのことを思い、母を抱きたいと思った。若い母を抱きたいと。この線がどこまで本当かわからないけれど、これしき思い浮かばない。



 幼稚園の時に、母に「人のせいにしないで」と言われ何かをやめた。この時まで僕はポケットに両手を突っ込んでいっぱしの男気分だった。幼稚園だから母を抱きたいは変だと思う。母を恋人だと思い、若い母を自分の女だと思い込んでいた可能性はある。その時に突っぱねられ、抑圧したか。この僕の今の齢から見ると、「若い母を抱きたい」というフレーズは案外間違いではないと思う。これがこれからどれだけ僕の状況にあっているか、時間がたてばわかる。違えば、何も問題解決にならないし、正しければ進展していくものと思う。一つの案として浮上した。これからテストされていく。試験に耐えられるか。



・東大式習慣 西岡壱誠
 をダウンロードしたけれど、(kindle
 東大生は到達点まで最短を使うという話が最初にあった。そこまでしか目を通していないけれど、その方法が僕から見ると汚いやり方だった。カンニングではなく、先輩に過去問と答えを聞くとか、そのような内容だった。(僕は物覚えが悪く正確に覚えていない) 僕の中ではありえない方法だった。


 話は変わって、スカパーの2週間無料をやっているけれど、ガイド本を買って見ている、そこでダンスチャンネルが目に留まった。自転車も見たかった。とりあえずダンスチャンネルだけ契約すればいいのに、自転車とかも見たいと考え、高い組み合わせでああでもないこうでもないと時間をたくさん使った。

 これ、単品でダンスチャンネルだけ契約すればいいじゃん、という結果なのだけれど、ぼくはそうせず、まわりくどい面倒な方法をとろうとした。これは東大式習慣ではない。僕は要領が悪く時間の無駄遣いで、下手くそらしい。東大式を導入するように日々の生活で気を付けたほうがいいなと思った。僕は回りくどく考え、要らない手間に時間と頭を使い、グルグルぐるぐるグルグルぐるぐる するという、バカ式習慣なのだった。 

首の山登り のようだ。(前半後半の2段階に分けて書いた)

 
前半:::
 最近低迷していました。お察しの通り。

 思ったことがあった。最近の流れ、表現するというもの。仕事が大事だというのを表現する方向がいいのではと。

 それを拡大するなら、家事でも、勉強でも、リコーダーでもできそうだ。家事なら、台所がきれいにすることで、台所仕事が大事なのを表現している。勉強・読書なら、読んで感じていることをいろいろああでもないこうでもないと広げる思考を持つとか。リコーダーは、こういう風に吹かなきゃではなく、こうしたいこう表現したいこうだったらどうだろうどうなのだろうと試したり。

 そう、こうしなければ、やらなければならないというのはないのではないのか。世界は表現することでできているのではないのか。自分が取り組み、自分としてはこう表現するという関わりで成り立っているのではないのか。

・ 父母という抑圧的な存在と関わりではなく、自分の側から環境・世界・集団の中へ自分というフィルターを通した表現活動を行うのが人間なのではないのか。




・ 僕は作業所で今日も寂しくなった。どうしてこう扱ってくれないのだろうと。これってひどく小さく後ろ向きで受け身的。
 そうではなく、自分の表現として、自分ならこの人にはこう関わろうという自分の理解を通しての表現をその人に向ければいいだけの話の気がする。


 先週の土曜日は、EMDRの1時間半の枠を使いました。実際EMDRは行われなかった。自分の傷ついた男・ペニスに向き合おうと地下室に降りて行きましたが(治療イメージ・意識下に降りる大道具)、骸骨男は鮮明に見え、いつもと部屋の雰囲気は違い、骸骨男の地下室に窓を切り開けて外へ出たが、そこは瀬戸内海のようなところでお花畑で寝転がって太陽を日差しを浴びました。骸骨男の奴、妙に元気そうでした。僕のイメージしたどろどろではなく、健康的な雰囲気で終わった。部屋の床はびちょびちょでぐにゃぐにゃだったが。

 何も僕の側の治療する傷は見当たらなかった。先生の人生を少し拝聴した。僕も少し喋った。人間、他人事の話はあり得ない。みな自分にも降りかかるし、自分と関係がある。どんなに遠く、離れているように思えても。そんなものだ。この辺はお察しの通りボカシテいます。




後半::::::

 首の山登り、始まったようだ。21年間、服務し、負け続け、地下に下りたままだったが、また世間に出られそうだ。首が伸びてきた。これは明らかだ。首が伸びることは、その反動で、不調も経験し、周りから突き上げられそうになったりもする。危機がすり寄ってくる。

 首の山登りは、21年前、札幌市真駒内で小高い公園で自転車を押しながら林の中を歩き回って、負荷をかけ、首を伸ばそうとした行為だ。山を登るから首の山登りなのではなく、短期間で延髄が伸び、それに伴いまわりから突き上げのプレッシャーがかかり、その延髄を伸ばそうとする行為が、最初が少し伸び、基礎部分が伸び、最後の段階に来ると、延髄周りを伸ばし、核を伸ばし、さらに核を伸ばし、核が一度持ち上がって落っこちたのが21年前だった。僕は登ったと書いたが、実際、終わったら統合失調症になったし、不調になった。今回はこの時の落っこちたのが修正されて、社会復帰できると目論んでいる。

 もし首の山登りで社会復帰できたら、歌で自己表現したい。まあこの齢だから、大した成果は出ず、やはり手芸をやるかもしれんが。延髄が登って、歌がどの程度使えるか、量る作業が楽しみだ。上手く行ったらラッキー、ダメでも人生経験を積んできたのでさっさと見切りをつけ、得意分野を見つけてそちらに注力するよ。柔軟に。ダニの日本脳炎が怖かったけれど、そろそろ虫の活動も終わるだろうし、山で歌ってみたい。sketch show を youtube で聞いている。hosono haruomi さんを追いかけている。

雑記 12 Friday ・追記あり

 ::追記::

 僕が母の首を開ける(⇔)のイメージで自分を前進させようとしていたのは、自分の問題と向き合わない「すり替え」と先生に指摘された。
 それから、自分と向き合おうとし、
☆男としてダメな自分、ペニスを持つ存在としてダメな自分を意識した。
 これが現状認識として強力だった。

そこからはじまっている流れで最近、今日がある。

 直属スタッフ不在の時に、ダラダラになってしまうか、きちんとやるか迫れた。(自己内)
 僕にとっての作業が意味するのは、この手芸作業はものすごく自分にとって大事だと。
 ずぼらヨガ、ゆっくり歩く、ストレッチをやっていて、変化する素地はあった。
※ だから、大事な作業を大事に表現しようとした。今までの頭の中だけでなく肉体表現として。ここが革新的だった。
 手芸を通して自分にとっての大事なものとしての作業を、大切さという表現で肉体を動かせた。頭の中だけに 留まらず・とどまらず、肉体という演技で表現できた。
 仕事なのに、大切さという肉体表現として表現できる可能性をひらいた。歌では表現してきたし、文章でも表現してきた。でも、外圧のかかる作業でスタッフの監視の目が気になり、それに対して負けまいとしてきたのが、自分の大切さという肉体表現の演技として外へ社会へ集団へとエネルギーを放出できた。

 これは僕にとってすごいことだった。




 
 大切な作業を大事に行おうとするというは、昨日よりは調子は落ちた。でも、昨日からの

☆身体で大切さを表現しようとする流れは大きくなった気がする。

 今までスタッフに後ろ指刺されないようにと、皆にまけないようにとやってきたけれど、それよりは、大切さをリッパーを握りしめ着物の糸除去に表現を込めようとした。肉体表現として。

 
・ 昨日は朝から、公園でゆっくり歩くの時の足の伸びがよく、調子の良さが期待され、実際よかった。

 今朝は朝からコップの水をこぼし、足も伸びなかった。けれど、体重の乗りはよく、昨日より安定していた気がする。(上手くなったということか?)



・ ずぼらヨガは、2日行った。身体の代謝がよくなったのか、あまり寒さを感じず、血流がいい気がする。
 今日もやろうと思う。やる気が出る、というのが特にいい気がする。
 ヨガというのは、精神的なものかと思ったけれど、肉体的に身体をよくし、結果精神も良くなるという好循環のものだというのを肌で感じている。
 ヨガという、その中でも簡単なものでこんなに効果が出るなんて夢みたいだし不思議だ。期待していなかった。


・ 自分を振り返って、中一くらいから、自分の心と身体というか、自分の状態というか、自分の思い描く自分像と社会的に置かれている自分像が食い違い、どうにもならないところに自分の立場があった。それで、自分を変えていくしかない状況に追い込められて存在していた。
 その食い違いがだいぶ解消されつつある。理想像は壊れたし、自分のイメージも低くなったし、夢も希望もないが、自分のグレーな状態を愛することができそうな立場に立ちつつある。曖昧で不鮮明な状態に満足を見出し、自分を愛することができそうな気がしてきている。
 もちろんカウンセリングの先生の治療、毎日を回すインフラ整備としての基礎部分であるお医者様からのお薬の処方があってのことです。
 グレーな能力を愛することができれば、よりハッピーに近くなる気がする。

大事な作業を大事に扱おうとした。(結果:主体的)

 昨日、kindle本を4冊も同時に買った。いっぺんに自分を良くしようとした。これは、デビッド・バーンズ先生の鬱の考え方の全部か無か? のようなものだと感じた。後で振り返って。
 
 僕に必要なのは、グレーの考え方だと感じた。全部素晴らしくもなく、全部ダメでもない、ちょうど中間のグレーな部分が大事なのではないかと思った。

 家事も、勉強も、作業所もグレーが大事ではないかと。良くも悪くもなく、平凡だけれど自分では一生懸命やっている、頑張りも中間くらいがいいかもしれないと思う。


☆ 火曜日、木曜日と、作業がすごくよくできている。これは、最初は、直属のスタッフの休みの日の手抜きをしたくなる日だった(火曜日)。いつもと変わらずやろうとし、僕にとって作業とはなんだろうと思った。考えた。僕にとって手芸の作業はすごく大事だと。
☆大事な作業なら、大事に作業をやろうと、主体的に取り組もうとし、実際主体的に取り組めた。

 僕は、周りにどう評価されるか、スタッフにどう評価されるかビクビクしながら今までやってきた。顔色を窺うというか。それが、自分にとっての作業を振り返り、作業の大事さから、大事に作業を扱おうとした。大事な作業の、大事な商品である着物の解体をやろうとした。そしてこの大事に作業を扱おうとしたやり方が成功をおさめた。

 なんかこれは画期的な展開のような気がする。主体的に取り組めたというのが、ぼくにとって初めての経験のような気がする。大事に作業を扱おうとしたのを含めて。顔も態度も良かったと思う。



・ヤフーで、別の会社から3万円で買ったものをオークションで3万円で売り抜けた。ヤフーページのオークション代行会社に頼んだ。5千円損くらいの損失で済んだ。すごい助かった。中古屋に売ってもこうはならなかったと思う。ラッキーだった。助かった。ありがたかった。何が言いたいかというと、ただこのことだった。

・作業所の若い女性を変に気にするのが、この女性の作業に取り組む姿の作業自体を評価できた。この女性も上達しようとし、一生懸命取り組んでいるのだなと、スタッフとのやり取りを聞いていて感じた。これを機にこの女性とも和解したいと望んでいる。これも軌道に乗れば、僕はかなり状態はよく、成長できているのかなと思う。