統合失調症 家族


父母 / ボロい抑圧 という記事も今日書いた。スクロールしてね。



検索第3位くらいで、ここでしか入手できないようだった。レンタルはあったが。

blog.canpan.info

高森信子氏に行きついたのは、キンドルの漫画からだった。

マンガでわかる!統合失調症---家族の対応編
中村 ユキ 、 高森 信子
これをキンドルで読んでいる。すごくいい電子書籍。マンガキンドルのモデルで読書。
ここが今日の原点。

中村ユキさんを知ったのは、トーシツ・ライフの宣伝欄を新聞で見たから。


高森信子さんの
あなたの力が家族を変える

も読んでみたい。コンボで注文する予定。僕はコンボのカタログを持っている。前の時に送っていただいた。

父母 / ボロい抑圧


・ 父の病室の、4人部屋だが、隣のSさんが、水が欲しいと訴えていた。家族ではないので放っておいたがSさんはずっと言い続け壁を叩いたりした。そのうちあきらめたのか静かになったので、病室の前のナース室へ行き「Sさんが水が欲しいって」というようなことを言って頼んでみた。すぐ看護婦さんは現れ、水の入ったボトルを手渡していた。

 そのSさんは先週、僕が病室へ行くのを見ていて「なんで○○はこないんだ、サポートする人はいないのか」みたいなことを言っていた。家族が現れていなかったようだ。
 それがペットボトルを飲んでから、若い家族が3人、男一人、女2人が現れた。最初遠巻きにしていた。僕がいたからかもしれないが、そのうち昼を食べさせたりして交流していた。5週間くらい現れなかった家族が僕がいるときにやってきたような感じに見受けられた。

 小さい4人部屋のなかでも、ひきこもごも人間模様がある。Sさんも少しは満足したと思う。

 
 昨日の父は、いつものように、ICレコーダーの音楽を一緒に聞いた。最後に父が、左目に涙をためて横を向いていた。ふき取った。なにをかんじていたのかわからないが、反抗的な父ではなかった。感傷的になっているよう見えた。寂しそうな顔だった。ボケたような顔ではなかった。


・ 母のところも1時間くらいいた。何もわかんなくなってきているんだよ、え! と訴えられたが、返す言葉はなかった。母が受け止めてやっていくことになる老化の部類。最後の30分くらい、何もしゃべらず椅子に座っていたが、母は敗北感に打ちひしがれていると思った。僕が統合失調症で社会と接触を持たず引きこもっていたころに似ていた。ものすごい敗北感と、無力感と、人間不信だろうと思われた。母は晩年になって抱え込むことになった。それは不幸だ。しかし母が持って行かないといけない、受け止めるものだと思う。母の苦悶の雰囲気。僕も母と一緒にいる30分間で体験してきた。


 僕は敗北感が薄れ、人間不信も薄れつつあり、かなりハッピーだ。父母たちが今背負っている。立場が入れ替わったかのようだ。母は、入院先を変わることになっている。病院報酬が少なくなるから、転院を勧めるのだと思う。それでも元の施設に戻す気はない。もう終わりにしたいと決めたから。母には新しい施設で、風呂だけでも楽しんでもらいたい、もしくはあったかい気分でいてほしい。行事に参加しなくても、食事がよくなくても、ひとつでも満足してくれればいいのになあと希望している。





・ カウンセリングに出かけた。先生は風邪をひいていた。僕は先生が負担に感じるかもしれないが、来週の予約を僕の都合で別の日に変えていただいた。

 僕が幼稚園の時に、母に人のせいにしないでと言われ、食って掛かるのをやめたこと、このことを取り上げていただいた。

 僕は、母を自分と対等とみていた、彼女のように、それがやめた時から、文句を言えなくなった。攻撃しなくなった。その何日か前まで僕は母に文句を言い続けていた。
 先生は、僕が文句を言えなくなったときに戻るとすると、なんとその時の僕に声をかけたい、とナビゲートの質問を投げかけてくれた。
 それで、文句を言えなくても、心の中で毒づいて文句を言えればよかったと思ったと思う、と、職業訓練先でのことなんかを持ち出して心の中で毒づくパターンをいった。

 そう、母が悪いのでもないし、トラウマではあるが、母が虐待したのでもない、僕の受け止め方が失敗した、それだけの僕にとっての事件だった。
 僕は、現在相手の言葉を真に受けやすい、それは、心で本音を言うことを抑え込んでいるから、口先では相手と合わせ、本音を心の中でつぶやく、このプロセスが僕は不足している。自分の本心を歪める必要はこれっぱかしもない。本心はいつでも保持していていい。対外的には周りに合わせる必要はあるが。そこで失敗したのが僕だった。ここが僕にとっての事件で、他人にとってはどうってことのない話だった。ただ失敗しただけだ。そう、自分の中での処理の仕方を誤っただけ。それをずっと引きずった。ずっとずっと、重荷にしてしまった。

 母に心の中でバカヤローと怒鳴り続ければよかった、という話になる。

End.

 

股の下くぐり / 自由は存在しないと思う(ゴミ出し工夫


 ジャッキーチェンの映画で悪役の男の股の下をジャッキーが屈辱と怒りに満ちながらもくぐる、というシーンがあった。後日雪辱するが。


 作業所でごみ拾いをしていて、スタッフが立っていて僕が身をかがめてごみを拾うとき、この股の下くぐりを思い出す。ちょうどそういうシーンなのだ。

 スタッフルームの親父的な存在のごみ箱を出す時も、スタッフは椅子に座り、僕は身をかがめてごみ箱を引っ張り出す、これも股の下くぐりを思い出す。



 結局僕は股の下くぐりをしても何も感じないのだ。もちろん格好悪い、なんか下人みたいで変な感じはするが、こういうのは平気だ。それは格好悪いことをたくさんしてきたからだと思う。



・ 僕は自由というのは存在しないと思う。

 大きい学生の時、国鉄(たぶんJRではなかったと思う)に乗っていていて、客室の仕切りの中ではなく、仕切りの外・出入り口の通路に立っていた時、僕は自由を感じた。客室という人間のしがらみの外にいて勝手に立っていたからだと思う。もちろん今思い返すと僕はかなり馬鹿だった。いまでも大馬鹿だが。

 自由はあると思っていた。20代のころ。でも、統合失調症を発症し、作業所3つ目を経験し、人に揉まれるようになって、自由は存在しないと思う。

 生まれるときから制約があって・親を選べない、国を選べない、その後の人生も人の中で暮らし、人に囲まれて死んでいく、自由など存在しないと思う。僕は不満を言っているのではない。そういうものだと感じている。

 楽しみは、人に揉まれながら自分が成長しているという実感を持っているからだと思う。



 自由があるとしたら、制約の下での選択権、もしくは工夫とかかも。昨日はボスがごみの出し方を変えた。ボスには決定権と命令権がある。僕には服従権がある。ごみ箱の上に、いっぱいになってごみ箱の中では収容しきれなくなったポリ袋を出してごみ箱の上に置いて使ってきたがボスが対外的に・お客様に恥ずかしいという。それで冷蔵庫のほうに隠しておくことになった。そのはみ出して収容できない分のポリ袋を。

 今まで帰りにごみ袋をもって外に出て、外のごみステーションに出して帰っていたが、その時見える位置にごみ袋を部屋のところに置いていた。それが隠れることになったので、早めに出すことを、帰りではなく時間を作って掃除機かけの前に出すことを僕は工夫した。
 そして、ごみ袋も、はみ出して冷蔵庫の前に置いたものに、元のごみ箱の少ないごみを中から手で出して、はみ出したほうに詰め替えるか、もしくは、ごみを2つ出すかの選択権を僕はボスからもらったと解釈した。そう僕は工夫する権利をもらった。ごみ出しは新方式に変更になったと言える。

歌った。母は大っ嫌いだ。気持ちを込めた。抑圧の尻尾(しっぽ)は出たろう°°°・・・.........


 髭男ism 宿命 を声をべたべたにつぶしたビリー・コーガンみたいに歌った。久しぶりに歌えたという実感があった。「母が大嫌いだ」というキーワードで歌ったら出た。

 着物にたくさん穴を開けた。社長が秋色だねと朝言っていた期待の着物。穴だらけにした。

 作業をまじめに取り組もうとキーワードではじめた。初心でやる、弱い男、嫌われ男、集団にペニスをぶつける、リッパーをペニスだと思って着物を切断する、みな失敗した。


 昨日、もっと作業スペースが欲しいと心の中で叫びまくったのは、ボスに対するアンチの気持ちがあったからもあった。そしてこれらを通して思うに、ボスは母親を投影した姿だと。

 
 着物に穴を開けるのは、母が大嫌い、ボスが大嫌い、という叫びを今日は抑え込んだからだと思った。母にお前なんか大嫌いだ、と真正面から言えたら、この気持ちを真正面からとらえて着物解体をやれば穴は開けないと思う。ボスと着物はとばっちりを受けたことになる。

作業所/:::/ソフビ人形のピグモン説明文

作業所:



 作業所の部屋の隅っこにいる僕は、解体の着物の糸屑取りに広い作業スペースが必要でちょっとの間席を移動した。

 そのうち、僕にはもっと広いスペースが必要だ、と心で言いまくった。移動した席から離れて元の席に戻っても、今回の人事は違っている、僕はもっと広いところがいいと、勝手な主張を心の中で叫んでいた。

 午前中が終わり、皿洗いの時間になり、自分の主張を振り返っていた。もしボスなら、どういう責任の取らせ方をするか。僕は確かに調子が悪いから作業に集中できなかった。調子も悪くなる。これは僕が悪いからではないと、最初思ったが、よく振り返ると、ボスなら僕が原因で、どんな理由にしろ作業に集中しなかった人間に責任をとってもらう、というのが公正明大・こうせいめいだい だ。だからボスの側からみると、今回の人事は正しい人事だ。

 僕が責任をとらなけれならない。そのうち皿洗いも集中してやったので、弱い男として皿洗い、着物ほぐし(解体)にぶつかっていかないといけないと思った。作業に置いていくニュアンスの、碁石を並べるようなのんびりした動作は必要ない。ぶつかってぶつけて追い込んで集中する、動作を繰り広げる必要がある。

 ということで、やっていくと、何年ここにいるとか、みんなはいい人事だとかではなく、僕は新米の、初めて作業所に入った人のようにスタートラインにつく必要があると思った。ゼロからのスタート。このスタンスが、新しい人事の距離感として最適であると思った。最初からやり直しと。リスタート。もう一度スタートを切りなおす。

 そのあとは、割りとみんなの反応も良かった。隣の布草履の達人にも一言声をかけられた。このかた、よく見ていて、人を線引きする。間違っていると判断されると、お声はかからない。世間の人は良く見ていて、評価は正しく、ものすごくシビア。そんなものらしい。

 朝の公園での体操では、調子が良いとは思えなかったが、まあまあだったようだ。しばらくは着物ほぐし。それがまた、かなりきついやり辛いもので泣かせられている。何とかクリアしている。今やっているもののほかに1枚もらっているけれど、一着というべきか、それが少し楽だといいけれど、あまり期待できない。大変なら乗り切っていこう。最高の状態のものに仕上げよう。と都合のいいセリフを吐いてみた。

End.

ソフビ人形の付属カード品から
何の許可もなく引用:

 ウルトラ怪獣シリーズ:友好珍獣 ピグモン
身長1メートル 体重 10キロ

人間に非常に友好的な怪獣。その性質から人に危険を知らせたり、怪獣から庇ったり・かばったり することもある。

発売元:バンダイ
承認済み:株式会社円谷プロダクション

この文章は、引用させていただきました。勝手な引用で削除を求められる場合ご連絡いただければすぐ削除いたします。


引用者:kurage0147130:ピグモンが体長1メートルで10キロというけれど、これかなり軽くないか? 赤ちゃんでも3キロあるぞ。ピグモンて、赤い毛と赤い腹なので、実質部分は小さいのか。そしてスポンジのようにできているのか? そうでないと軽くならないぞ。指摘ではなく感想。


 ピグモン、写真で見るより、手に取ってみると愛らしい。かわいい仲間。もっと大きいのもいいかも。僕のは11センチ位。

f:id:kurage0147130:20190908185025p:plain


 ダルマが原型かなと思った。人形は両手が回転する。付録のカードでは、唇もピンクで、両手両足も緑っぽい。
 これは、塗装されていない。歯が生えている。醜いのが愛らしさの元になっている。

 なんかかわいいな。

 

施設見学(内容うすい)


 母の施設の見学に行き、申し込みして、別の日に古い施設から貴重品を持ち出して、引っ越せるようにごみ袋に衣類とかをブチこんだ。ポリで21個とかになった。

 母のところに行き、こういう施設に移ることにしたからというと、やはり勝手に変えたので反発を食った。なるべく誠実に応対し、 謝ったりしながらしてくうちに、怒った顔からこちらを向くようになってきた。
 書類にもサインをもらい、必要書類が完成に近づいてきた。必要書類には、2往復して申請できた。これはまだ公的機関で、相手施設様と契約を交わさないといけない。

 母と施設様が面接して、契約の運びとなる。

 中古屋で、ウルトラマンシリーズのピグモンをみつけ、他人には思えず、造形のすばらしさに喜びを感じたので、購入した。518円。

 引っ越し荷造りに、1時間半くらいかかった。かなり消耗した。家でシャワーを浴びて、もう寝ます。ピグモンは素晴らしく、愛らしいので、いつか載せます。

 契約が順調に進んでいるので、自信になった。母にはにらまれたが。まだ大変だけれど、乗り切っていきたい。施設を変えてよかったとなってほしい。

甘えている:弱い男:

 お客様は、こないだ見えられたときは大島紬も直したいとのようなことを仰っていたが、客注2枚目はなかった。たぶん、様子見に回られたのだろう。

 今日で客注は終わった。丁寧にやったつもり。レベルは高くないけれど、油断して失敗したくなかった。今日はそんなに調子は良くなかった。着物には4か所くらい染みがあった。

 昨日はテーラーSG氏が掃除機かけを半分手伝ってくれた。


 今日着物の糸取りをやっていて、後ろに嫌な気配を感じて糞・嫌だなと否定した。スタッフの一人の方だったようだ。その方は男らしい方である。
 そのあと、強い女2人がああだこうだくっちゃべっていた。糞・なんか嫌だなと思い、バッチっと箱を閉めた。別の時だけれど、スタッフの方はずっと僕を変な奴だという感じで見ていた。


 どうもそのスタッフの方が気になった。僕は強がっていたのではないか。前に自分の家の部屋に貼っておいた「弱い男」という標語が、僕が避けている言葉ではないのか。僕は何か言葉を飲み込んでいる気がしていた。それが「弱い男」ではないのかと、作業所から帰った家で思った。

帰りに、作業所に通うみんなの親父という感じのスタッフの方に声をかけていただいた。珍しいことだった。



 いつもの着物の糸除去、今のは道行コート糸が切れやすくて、がっちり細かいミシン目で縫われているもの。これを引っ張って解体しようとするとスタッフににらまれる。何ら糸切断と変わらなくても。思うに、引っ張ると生地が傷むからではないかと思った。負荷がかかり過ぎる。それで、今日は引っ張らないで(一昨日は引っ張った)切断していった。返し縫いでどうにもならない部分は、針で一目ずつ掬って切っていった。この針を使うやり方は新しい方法で、昨日から導入した。なかなかいいやり方だと思った、自画自賛


 部屋の隅っこの角にいる僕だけれど、隣は布草履の達人。編むのがうまい。うまいというか国宝みたいにきれいに編む。この方も男なので、うかうかしていられない。ごみをぽっと捨てて牽制してきたり、達人が今やっているボールの縫いを直す:新しい糸で弱った部分の糸を取り除いて縫い直す、その赤い糸を僕の頭にぶつけたりする。咳をゴホッとしたり、僕が上の空で別のことを考えたりしていると、牽制される。男だから、このくらいはやってくるだろう。そんなものだよね。


 この間の布に穴をあけたのは、僕が席替えがいやだったから、無意識で破る方向を選択したのかもしれない、拒否として。だから僕はかなり甘えん坊だ。餓鬼んちょと一緒だった。かなり大甘だったことに気づいた。格好悪いがそういうことだった。これも「弱い男」の範疇・はんちゅうに属すると思う。 

<おわり>

 強がって他者の攻撃をかわそうとしてきた罰が当たったのかも。弱いのに。

客注:1日目。

 客注の着物1枚目:
 
 渡された。時間をかけていいから穴をあけないようにと。客注だとも言われた。  スタッフのぶっ潰しはなかった。そこで安心した。

 しかし、失敗はいけないだろう感は強くあった。でもこの捉え方は実際の場面ではよくない。


 まず、確実な商品を作る気持ちを強く持とうとして取り掛かった。確実な商品は、失敗というものを寄せ付けない、確実な動作だけからなる。あいまいな動作をしないように気を付けた。
 昨日用意した長めの針を自信のない箇所で使った。一重着物の、裾の角、丸めてほつれないようにしている・角の直角部分。ここで、糸を針で引っ張り出して縫い目を取り除いた。


 かくじつな商品なので、同僚たちの潰しの気合にも動じているわけにはいかない。僕としては、ほどいている縫い目の着物の全体に ☆確実な商品☆という息を吹き込もうとした。★

 着物のクシャっと置いてある全体に、確実な商品という息吹を吹き込む気持ちを持とうとした。着物を生き物ととらえ、生理現象が最大になるよう、着物の束を命ととらえた。息を吹き込むとは、僕の命を与えるという発想に近い。


 昼食近い時間、昼食後は、意識が定まらなかった。でも、気持ちを注ぎ込もうとはしたいという願望はあった。定まらない時間も一定時間あった。

 皿洗い後の時間は、ごみ集め後の時間は割とまともだった。でも、午前中よりは注意散漫だった。



 気を付けたのは、着物の生地から一本だけ糸がループ状に飛び出してしまうこと、これを避けるため、ゆっくりやった。確実になるように左手親指を添えて糸をリッパーで切っていった。

 進退がかかっている感じは何となく雰囲気で感じた。ボスからも声がかかりゆっくりやるよう指示をもらった。僕が着物を破っているのはスタッフ間で共有済みだったみたいだ。

 最初の一時間は入り方を間違わなければできる。その後が課題だった。
 危ない行動はしない。確実な手続きを踏みつつ進める。曖昧な手は退・しりぞ ける。

 柱は:確実な商品となるため全力を尽くす:曖昧や危ない手は使わない:確実になるように手を考える=アイデアを出そうする よって不確実を退ける

 

 何といっても、今日は調子は良かった。だから動けた。問題は不調時。こういう日は一定期間に必ず顔を出す。だから対策が必要になる。確実な商品という大黒柱は死守すること。そのためなら何でもやろうと、アイデアを出したり、息抜きしたり、

 その日の限界を感じたら、客注から手を放そう。遅くなって迷惑をかけるが、別の日に朝早く出かけて取り組めばいい。無理な日は無理をしない。手放すこと。これが鉄則。出来ない日と割り切れ。

 手が縮こまっている日:この日も取り組まない。別のことをする。嫌な顔をされるかもしれないが。

 確実な商品とは、クオリティを守ることでもある。そのために肌を脱ぎ、アイデアを出す。一定の品質の守られて維持しているもの。曖昧、危険、品質の劣化は排除すること。そのためだけに客注という商品はある。



 

09/03 Tue

 
 今日は着物に穴をあけることが多かった。ろくでもなかった。やり方も一辺倒でよくなかった。

 明日から客注をやることになった。穴は許されない。今日のは道行コートで目が細かいミシンの返し縫いのところを主に穴をあけた。
 やっていてアイデアは浮かばなかったが、交通機関に乗っていて、ミシンの返し縫いなのだから、縫い針で一目人目掬って外すという方法が残っていたなと思った。これいいアイデア。堅実確実時間がかかる方法。リッパーだけで今日のをやるのは無理があった。

 明日の分は客注とは言われなかった。でも2日くらい前にお客様が見えられて渡すと言っていたので、それが客注だと思われる。スタッフが客注と言わなかったのは僕の進退がかかっているのかなと想像した。
 ここは緩い分、ものすごく厳しい部分もあるのでそういうことだろうと想像した。

 脚注に失敗はない。でも、集中力がなくても穴はあけてしまう。今調子は下降気味なので怪しい。
 時間はかけても確実な方法で穴をあけないようにしたい。というかこういう暗示はよくない。

 アイデアが浮かばないときは、掃除でもして、頭の切り替えをして、技術を導入しながら乗り切っていこう。うまくいきそうもない時は突っ込まないで、一呼吸おいて、別の技術を導入したほうがいい。そういうものだ。
 うまくいかない、うまくいかない、と突っ込んだのが今日だった。うまくいきそうもないのは、やることに対して技術を適用していないからだ。できないときは、新たな技術を必要とする。

 もし黒地に黒い糸でとりにくかったら、LEDルーペを使おう。前には会社にあった。壊れていたら買いに行こう。電話番号も控えて、電池も予備を持っていこう。

 乗り切るためにアイデアを出そう。アイデアが出ないときは掃除をしよう。掃除をしても出なかったら、他の着物をやろう。アイデアをひねり出そう。どうしても出そう。

 End.

09/02 (Mon)

・dive to bangladesh という日本人の写真家の写真集を図書館で借りて見ました。

 最底辺の生活者の被写体で、僕はこの写真集の環境下では生き残れないだろうと感じました。

 人間が多くて、潰し合いもすごそうに見えた。仕事の監督官は棒を持っており、暴力で引き締めているのだろうと想像した。人間同士の圧力も格段に大きそうに感じた。


 
・作業所
 この間、プラごみを集めていて、陶芸の先生が指導していて、自分が作ってやろうという方法は、粘土が嫌がって作らせてくれない。粘土に頭を下げてお願いします、作らせていただきます、というくらいの気持ちでやると自然に手から陶器ができるだろう、というニュアンスの話だった。実際の先生の言葉ではないが、先生の言葉を覚えていないのでニュアンスを近づけて書いています。

 この話を聞いて、歌だったら、詩の世界をよく読んで理解して、歌ってやろうではなく、詩の世界を表現するために歌を添えるというくらいの気持ちで、詩を表現することに全力を注げば、歌は作り上げられるのではないかと思った。


・作業所2
 席替えがあった。小学校みたいだが、人事異動です。僕は部屋の隅っこに移動になり、歴代の人たちは皆辞めていったという席になった。照明が暗く、糸を切断するのがしづらく、反対側を向いて座って、キャスターを机にして糸を切断したりした。糸取りは平らな机がよいので普通に座った。
 
 明日から、照明・デスクスタンドをもって出かけて、デスクスタンドを点けて着物の糸除去をやろうと思う。
 降格人事は寂しかったが、どうなろうとも、気を吐けるようではいたいという願望はある。
 LED電球60w を買った。



 昨日の夜は、助平なことを女性とする夢を見た。最近では珍しい、珍事だった。そのくらい調子は悪い。



・近所のお医者様
 近所のかかりつけ医様にでかけて、血液検査の結果を聞いたら、鉄分も普通にあるし、コレステロールの値も高くなかった。ありがたいけれど、不調が続けば精神科のお医者様のところに出かけて、やる気の出るお薬・鬱薬 をもらおうと思う。昨日までは苦しかった。今日は割と普通でいられる。

 かかりつけ医様ではないが、夏が暑かったのでばてたのかも知れない。

部分というホッとする居場所 / 嫌われものという道もあった。


 僕は中学生のころ、勉強していて、させられていて、今日の分が終わったのでやめようとすると、明日の分も将来的な分もやれと言われた。父母は僕に過剰な要求をした。
 そして父母の僕に求めていたのは、いい点を取ること。プロセスや道のりはどうでもよく結果を求められた。点取りマシンになれと言われたようなものだった。

 僕は勉強しなかったが、今の僕が勉強しようとすると権威を目指そうとする。いろいろなことを知っている権威。

 今日、古本屋から本の目録が送られてきた。美術関係。過去にそこだったか違うところだったかでルーブル美術館古代ギリシャ彫刻のを買ったのだけれど、今回も大英博物館ギリシャ彫刻を買おうかなあと検索してみた。僕は all を目指していた。でもちょっと待ったと。

 ルーブル美術館の本も部分だし、大英博物館の本も部分だし、どこまで行っても部分だと。all にはなれないなと。そして部分であることは案外健全で気持ちのいいことかもしれないと感じた。
 どういうことかというと、英検5級の play という単語を覚えようとする。play を知ったって、たいしたことはない。でも、英検5級の play という動詞の部分を辞書を読んで使えるようになれば、レベルは低いが、そこのところだけの簡単な内容の辞書なので、(ジュニア プログレッシブ 小学館 中学生向け)、そこだけはできるようになる。これすごく大事。study でもなく、eat でもなく、play という部分だけに限定されたところができるようになる。くっきりしている。部分は他を含まない。レベルの低い小さなところだけ知っている。これってすごくクッキリして線引きできているし、認識できている。

☆ 権威の all に自分の大事なものを渡さないで、権力を与えてしまわないで、部分でいること。僕は今日草取りをしたけれど、〇〇家の玄関前の歩道の草をむしった。これってクッキリしていて、線引きできている。他を含まない。小さな部分。いっぺんに草取りしたわけではなく、ほんの部分的なことをした。一部分というのはこんなにも健全で気持ちのいいものなのだと思う。隣の家の草取りでもなく、自分の家の全部でもなく、ほんのわずかな部分。
 洋服も、ちょっと高かったけれど、ブランドでもなく、自分の着たい気に入ったのを選んだ。ジャケットではなく、たった1枚のシャツ。ちょこっと。色も目立つのではなく、地味だけれど好きな柄。

 たぶん好かれる人という all ではなく、嫌われものという部分だからホッとするのかも。

 下側にもまだ、嫌われものの話があります。↓



 カフェインはカウンセリングの先生に、中毒にならないよう注意してねと言われていた。自分でもそこは気になっていた。




しばらくぶりです。書く気力が起きません。毎日朝、ドリンク剤を飲んでいます。今朝はわざとカフェインレスにするためのまなかった。かかりつけ医様は、血液検査をしてくれたので、月曜日ころ鉄分注射をしてくれると思う。プールは3週間行っていない。


 コースターですが、出来上がりました。玉結びが下手で、ボスも渋かったです。僕としては、徐々に上達したので満足しています。7枚織りました。玉結びの数は、100個を超えたと思う。

 火曜日が鈍い状態で、水曜日調子が悪くノロノロ作業したと判断されたのか、スタッフさんの顔が曇っていた。

 その日は自分が嫌われものになって落ち込んだけれど、次の日も作業所に行かなければならない、休みたいけれどそちらは行き止まりにしてあるので、僕が嫌われものとしてやっていこうと思った。

 この嫌われもの、嫌われるのを自分がやるから開き直れて、顔も上げて歩いていた。潰れているばかりではなく。

 カウンセリングの先生とも話したけれど、20歳の抑圧を吐き出した時も、ブラスバンド部で会計をやるよう周りから言われたけれど、逆走する気持ちで断った。良い子ちゃんではなく、勝手な道を歩こうとした。自分のレールを反対方向に走り出した。そのあと抑圧は出た。


★☆☆彡 52歳、スタッフや周りから嫌われても、自分から嫌われもの役をやって、発言も嫌われるワードを言うような気持でいられれば、二十歳の時のように逆走になると思う。
 抑圧の最初、母に対して幼稚園で抑圧した時も、母の顔色を見て好かれようとした。今の作業所でも好かれようとしている。だから嫌われものの役は特別に重要になってくると思う。意識してそちらの道を歩くことは僕にとってキラキラしていると思う。


 母の新しい施設と連絡を取っている、門前払いではなく、見学させてくれるそうだ。最後に母が拒否するかもしれないが。それは母の選択だ。食事が変わらず、冷たい風呂も変わらないけれど。

 父の顔が硬直している。体も突っ張ってきた。核上性進行性麻痺という難病の症状だと思われる。後のことも考えざるを得ない。父の顔を見て寂しかったけれど、意思の疎通はわずかだけれどできるので、それが救いだ。
 最後にキャンディーズで、鶴田浩二、大学校歌、石原裕次郎、田端義男、松山恵子を父と聞いた。父の顔に生気が入り、表情も出てきた。ボケられては困る。しっかりしてもらわねば。母はずっとしっかりしている。物忘れはしてきているけれど。

コースター):雑記

最後に追記した。:::


 作業所で僕の織ったコースター、最高高くて200円らしい。やすい。僕はこのコースター2本どり・緯糸(よこいと)2本を必ずどちらかを手前にして織った 両端も必ず同じになるように神経を使った、これがこの値段で、端処理も玉結びをきれいになるように全力でやるようにしたいと思って取り組んでいる。

 作業所という立場上高くては誰も買わない。作業所に社会が期待しているのは安いこと。だから200円かもしれないが、材料も使っていてこの値段だった。

 でも、がっかりしていない、値段は安いが、気持ちを込めて作っているのでそんなに悪いものではないと思う。自分がコースターで何をしたかが重要だ。そして社会人としてやっていけるように学習の場という部分も作業所は担っているのかもしれないし、たぶんそうだろう。

 自分で作っているので出来はどうかわからないが、恥ずかしいものではないだろうという自負も少しある。



・ 母の後見をやりたいと思っている。裁判所で手続して。そして母に良いところに入ってもらいたい。それしかできない、僕は母の面倒は見られない、潰れる覚悟はないので後見をするのが精いっぱいだと思う。


 今日は北海道マラソンだった。




・ 昨日は、キーシンショパン、1CDを聞いた。マズルカの入っているもの。キーシンのいいところは、怒鳴りからソフトタッチの弱い音まで全部世界観がある・音が鳴っていて描いている。小さい音でも聞かせるし、大きい音でもきちんと聞こえる。そして、一音、一音、全部ニュアンスをつけて鳴り響かせることができる人だ。詩的から絶叫までよくコントロールされている。
 たぶん天才と言われてるのだろうけれど、ものすごい。

 僕はカウンセリングの先生に、御褒美の何か食べたか、と聞かれたが、クラシック音楽のピアノを聞くのはご褒美だ。心に余裕があって、時間もあって、聞こうという気分になることは少ない。昨日は、1CD聞いてしまったのでご馳走だった。ピアノうまかった。黒い樹でできたピアノに、口をあんぐり開けて齧りつき、ガシャガシャかみ砕いて丸呑みしてやったよ。のどを通るのが難しくて、棒でエイエイ押し込んだんだ。ピアノ線が喉に刺さって痛かったのなかったのって。腹は膨れたなあ。今日は体重計に乗るのが怖かったよ。腹も出てしまったし。




・ BSで再放送、スポーツドキュかなにかで、高原直泰を見た。途中から。その精神世界のすごさに頭が下がった。若手と同じメニューをこなして練習し、高原の考えるサッカーを皆でやれるように本気で説明し、幼稚園とかにも回って地域貢献の一環で教えたりしているみたいだし。サッカーにすべてを賭けて、一切手抜きをせず、番組で言っていたとおもったけれど、120パーセントでやって信頼を皆から得られるようにしようとしていたと思った。
 すごい人だった。昔のサッカー選手って今は何をしているのだろうと思ったけれど、高原は筋金入りだった。サッカーでの責任を、地域で貢献したりすることにもぶち当たって果たそうとしていた。
 

追記:
:::そういえば、今日は送迎者で、隣の人を身体の感覚で感じた。今まで自分の殻に入って、殻の中から他の人を見ていたのに、今日は身体で他の人を感じた。これは画期的だった。このような経験が積み重なれば、僕はよくなるだろう。

追追記///
////////// カウンセリングでも、ただ先生と話しただけで、その場では今日も無駄だったかなって思ったけれど、家に帰って、先生と話したなって経験したことがうれしいなって、少し思った。こう思うこと自体僕にとっては珍しい。初めてかもしれない。

馬鹿話。


 母は今入院している。退院の話が出て、どこに行くかと。別のところを検討したかったが難しそうなことが分かってきた。僕は世間知らずのおばかさんたろうだというのも明るみに出た。

 母の年金の価格帯で、入る施設が区切られる。だからよいところへ移ることは無理。大体同じ価格帯のところしか選択権がない。入れるだけありがたいと思え、この世間知らずめ! というところなのかもしれない。


 作業所暮らしの手取り金額が少なくても(ボスの働きのおかげで毎月頂いています)、僕は中流意識だった。今回の別施設へ電話して断られるのを経験し、下流だというのを意識せざるを得ない。ごまかしはきかない。

 僕がどういう意識でいようが、下層民だというのは認めざるを得ない。ごまかすほうが間違っている。自分の立ち位置と、世間を見る目を変えたほうがよさそうだ。ケアマネージャー様への文章や、今回の電話で、ぼくが甘い奴だというが明るみに出た。



 ・作業所
 きのう、テーラーSG氏がすぐ縫う着物を差し出さねばならなくなった。解体は大体終わっていたけれど、糸屑をとらねばならなかった。こんなことでも時間はかかる。テーラー氏は縫い始めているので、待ったなしになった。作業終了時刻も迫っていたが、できるだけ完成させておく必要に迫られた。結果、大体間に合った。今朝もやったけれど、少しだけ。

 僕はこの作業所で、手芸で飯を食わせていただいている。テーラー氏が縫うと決まったら、僕は頑張って出さなければならない。僕の役目と立場はそこに定まっているから。ここはここでの根幹なので、僕の根幹でもある。頑張るのが当然だ。必要だから出す必要がある。

 これによって少し、薄々学んだ。必要とする人のために僕の存在はあると。わかりづらいけれど、テーラー氏が縫う着物材料が必要なら、その材料を差し出すために僕が存在している。シンプルなんだ。 欲しい人のために僕は出さなければならない。
 今日分かったのは、必要とする人のために僕は全力で提供するために存在している。今回はテーラーSG氏が着物が必要だった。そのために僕は解体を頑張る。
 コースターをボスが必要としている。僕はそのために織って、はじの玉結びをできるだけきれいに仕上げようとする必要がある。ボスという必要者のために、差し出すために全力でぶつかってこなして、できるだけ早く良いものを差し出す、そのために僕は存在している。

 もっと簡単に言うと、必要とする他者のために存在している。他者貢献のために存在している。自分は2の次。シンプルでわかりやすい。自分は後回しでいい。こんなところなのかなと思った。格好つけではなくて、単純にするとそうなる。僕が、俺が、は必要ない。自分はどうだ、こうしたい、もそんなに主張しなくていい。奉仕、貢献、そんな簡単な言葉に置き換えられる。宗教や、主張ではなく、順を追って、簡単にするとそんなところかも。


 
 ・徳とか損とかあるのか。 というきがする。徳を別の角度から見たら損かもしれないし、損も別の反対から見たら得かもしれない。行動や決断の重さのほうが大事な気がする。

 自転車の空気入れを買う、という問題で、バスに乗って(自転車に乗れないので、バス利用)、頼んだ空気入れのバルブが来るのを待っていたけれど、会社は海外で、納期の通りやってくる、2週間くらいかかる、ということが分かった。それで、そのまえに、アマゾンで空気入れを買おうかとは思ったが、その時はバルブが来るのは早いと踏んでいたので待つことにした。
 
 今日待つのをやめて、ホームセンターに行った。この時点で、バスに乗ること1週間以上。そのうえ持っている空気入れを追加で買う決断。
 ものは、2シリンダーの、空気をたくさん送り込めるやつ。車用のもの。足踏み式。今までのは車用だが、1シリンダーで幅が狭く、踏むと転がってしまっていた。損なようだが得したかも。

 でもこれ、アマゾンで買うと、200円安かった。そして今日、バス往復運賃でホームセンターに行ったので、400円かかっている。


 結果、損得より、判断と決断がすべてではないのか、と思った。




☆★今日は下らん話をたくさん書いた。読む価値なしと判断されてもかまわない。生理現象として書いた気もする。では、バイバイ。

ホームセンターから空気入れを 背負ってくる大変さもあったけれど、体験もあった。(普段しない行動パターン、実地で購入。パソコンクリックで宅急便任せではなく。)

End.