負けの日(調子が悪かった)

日本ソマティック心理学協会

読みたくなる本がたくさん紹介されていて、刺激を受けました。

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 今日の作業所は、隣の女性を変に性的に意識したところから始まり、皆に強烈に意識されているのを感じた。

 交通機関に乗って帰るとき、今日は絶不調、調子の悪い日なのだとよくわかった。徹底的に戦おうとした。その過程で、敵が最低でも一人は意識された。あとはそんなに突っ込んでくる感じはしなかったけれど、怖いのでよく意識を巡らせ、探りを四方に向けようとした。

 簡単に言うと、防戦一方の日で、負けていて、苦しくて、不利で、攻め込まれないようにしなければいけない日だった。

 
 僕にとってはよくある、月に一度は最低訪れる日が今日だったというだけのこと。

 その過程で、犬死はやむなしとちらと浮かんだ。ここは結構大事で、守りきろうとか、生き延びようとかいうより、ダメでも捨てる気持ちは必要になってくる。その中での、犬死は積極的に完全敗北を認めることになり、自分の限界を認めることになるので、大事になってくる。不利な日には、犬死を許容することは必須の条件だと思う。


 嫌な、逃げたい、来てほしくないけれど、必ず来る不利な日だった。家に帰って、周りの学生が騒いでいて、首は伸びた。伸ばすことができて、不利から脱出した。疲れる、めんどい、しんどい、やはり来たなという日が終わった。図書館へはとりやめた。





 僕の場合、調子が悪い日があるから、首は伸びるし、よい日も来る。この両面はどちらかだけで成り立たず、両方が補い合っている。だからなおさら、受け入れる必要がある。

 嫌な日だった。


 去年のブログでは、8/19(FRI)に調子が悪くなっていて、同じ間隔で動いていた。過去の調子は参考になる、と思った。


・ 今日は久しぶりに朝、草取りをした。やたらとカラスが鳴いていて、調子の悪い日の前兆だったのか?

 久しぶりにやると、おもしろかった。草いきれを吸い込んだりして。1か月ぶりくらい。
  
 

逃げ

追記

 政次ドラマを見ていて、それを見ている父の顔を見ていて思うけれど、父は家族の中で傷つけられたのではないのか。祖父か誰かに。そうでなければああいう顔はしないのではないのか。違うなら、父はもともと腐っていたというのか。祖父にはひどい部分があったのではないのか。そんな気がした。





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 昨日は、コンポで音楽を聞いた後、spotify検索で同一曲の違う演奏をたくさん聞いた。

 コンポで音楽を聞いたまではよかったが、そのあとダラダラとインターネットを続けたのはよくない。逃げだった。



 やらなければいけないこと、できることはたくさんあるのに、向き合わず逃げを打っていた。いつもやる手だった。さも何かに取り組んでいる気分にはなっているが、実際はやることをしない逃げなのだった。

 僕はそうやって逃げを日常的に、恒常的に行い、自分から向き合わない日々を送り、時間をダメにしてきた。自分を腐らせ、時間を腐らせ、いい気分になっているのだった。

 ズルくて、卑怯で、腰が引けていて、「明日ね、今はやめておこう、ちょっと後でしよう」、と逃げグッズをたくさんばら撒き、黄金の道路の上を歩いて、ダメな人間をやって自分を気持のよい気分に演出するのだった。


 僕にとっての女も、逃げグッズの一つなのかもしれない。女と向き合っていないのは確かだ。

織り教室、布を愛でる

 昨日の作業所は、作業の終わりころ辞めようかとか考えた。掃除はどうだろうかと。手芸ではめぼしいことはないしと。

 稲森和夫先生もおっしゃっていたような気がするが、辞めたくなった時からが勝負で、打ち込むべきだと。

 辞めるにしろ、徹底的にやってもみずに逃げ出すのはよくないと思えた。



・現代の裂織敷物、ヘザー・L・アレン、染織と生活社、2005 (ヤフーオークションで購入)



 読んでいなかったのを、織り教室の後、図書館で1時間読書した。やりたくないけれど、何もせず逃げ出すわけにもいかず、無理やり読んだ。

 内容自体は面白かった。外国では、裂き織りの敷物が発達していて、それの文化があるらしい。日本では着物だけれど、向こうは洋服とかでやるらしい。あたりまえだが。 


 技術以前のはなしの、外国の裂き織りの歴史から始まった。次読むところは道具になり、次がデザインらしい。今はウォーミングアップ。もう勝負は始まっているが。




・ 昨日の裂き織りでは、辞めたいと思う前、裂き織りって、布を愛(め)でる行為だと思った。布を慈(いつく)しむ。

 布自体を大事に思い、愛情をかけた行為と眼差しで関わる、そういうものだと一瞬思った。



☆☆・ 今日の裂き織り教室、(作業所は休みをもらっている) は、ゆっくりやった。端の処理にも時間をかけた。織ることを大事にしようとしたのか、やたらとのんびり織った。

 
 緯糸(よこいと)の微妙な上下へのうねり、5ミリ間隔くらいの経糸(たていと)、経糸(緑色)の幅が狭いので横に渡す織る着物を裂いた布・白色が経糸の色で映(は)える。
 そして先生に習った、裂いた時の布の折り返しで方向転換する布の出っ張りを、織りあがる布の表面にあえて出す、その等間隔と立体感でとても面白いことになっている。

 これらをゆっくり味わった。気分転換になり、端の処理をやたらとゆっくりやった。織る基本を時間をかけて自分のために、自分の時間のために、確認のため、織る行為の基本のためぜいたくに使った。とても有意義だった。



 先生には、こいつ辞めそうだなと、マークされていたようで、注意されて見られていた模様の気がした。(悪い意味ではなく、よいきっかけを与えたいと思っておられるようだった)
 僕が気分良く帰ったので、一安心してもらったと思う。僕自身が本当は一安心だった。逃げ出そうとしていたので。エネルギーをどんどこかけないと、今はいけない時期らしい。そうしないと、作業所へ通うモチベーションが上がらないし、折れてしまうし、負けてしまうと思う。表現が消極的です。ここは稲森和夫先生の、働き方 にも登場してもらって、乗り切りたい。

雑記 8/17 Thu


平成29年8月17日


・ めだかの水槽を掃除していないので、小汚い中、臭い水の中であがくのを強制している僕は圧制者の独裁者。(いま、掃除が終わった)



☆・ 公共空間で、ゆっくり歩くのをやっている。だいぶ慣れてきて、うまくもなってきた。今日は腰を入れて少し歩こうとしてみた。いつもは、僕は腰が引けて歩いている。レベルが上がった気がした。(今日は気持ちが入っていた。集中力があった。)



☆・ 作業所では、皿洗いをしていて、プラスチックのカレーを食べた皿を、たくさん洗剤を付けた泡立ったスポンジでこすっていて、子供の世話をしているようで皿がかわいいなと思えた一時(いっとき)があった。
 伏線があって、カレーなので、こびりついたのをとるため、洗剤の入った水桶に入っている皿を、最初にティッシュで拭いて、洗剤を皿にかけてまたティッシュで拭いて、そのあとで先の話、スポンジの泡だったので洗う段取りを踏んでいた。だから、盛り上がる手はずは整っていた。







・ 自転車の軸のブレは、今日作業所から帰ってきて直した。空気も足りていず、それも走りの変な感触につながっていたみたい。
 自転車は、サドルがいいのになって(安いけれどメーカー)、ものすごく走りやすくなった。それと、タイヤがメーカーなので食いつきと安定性が全く違う。僕のはホーマックの9年位前のBe club というママチャリだけれど、一流自転車かと間違うくらい走りが変わった。自画自賛。大満足している。Happy.



・ 昨日は、ソフトクリームをコンビニに買いに行って、家族で食べようとしたけれど、母は回覧板と近所散歩に出かけてしまって、父は食後に食べるといって結局今日食べていた。僕はひとりさびしくソフトクリームを食べた。
 うちの家族に受け止めてもらうのを期待するのは間違っているという事実を再認識した。孤独と厳しさと、事実の気がする。ここは割り切って、他所(よそ)で受け止めてもらうさ。



・ 昨日はOSの再セットアップをした。朝から晩までやっていた。更新プログラムを受け付けなくなっていたので踏み切った。データの退避に午前中かかった。
午後からやって4時くらいにひとまず区切りがついて、8時くらいまでソフトを入れたりしていた。サービスパック1が受け付けなくて、バラでインストールした。(いま、更新プログラムがダウンロードされてサービスパック1になった。めでたかった。)その過程でインターネットエクスプローラーがダウンロードできないソフトになってしまった。(11を無理に入れる形になったためだと思っているけれど、本当か?)(今なら動くのか?)

 メール設定は、遠隔操作でやってもらっていたのが使えず、適当にこうではないのか、ああではないのか、と試行錯誤して動いた。基本的なところしか触らず、基本的なことで動いた。


・ とりとめのないことをダラダラ書いたけれど、僕は、朝の公共空間のゆっくり歩くと、皿洗いの子供のように感じたのがあったので、とても幸せな一日だった。



・ 本職の裂き織りは下手だけれど、何とかやろうとしたけれど、ゴミ出しとかに力が入っていて、ちょっとおろそかだった気がする。手芸は上達しないし、注意力が散漫で、やっても成長する気がしない。僕なりにゆっくりトロトロ成長しているとは思うが。→僕は水洗いが好きだ。(皿洗い含む) 

☆ 手芸を上達するには、手先の感覚に集中したほうがいいかもしれない。前に一時(いっとき)、それで成功したことがあった。





・OSを入れなおしたので、新品のパソコンみたいな状態になった。データもUSBメモリに退避させていたし、引っ越した状態になった。精神的に気分がいい気がする。2年に一回くらい、パソコンの整理は必要かもしれない。僕は小汚く使うところがある。それだけ頭がゴチャゴチャか、整理されていないという意味で。お盆に、普段できないことをした。その分、遊ぶ余裕がなくなった。全くリラックスしなかった。そういう使い方で終わった。




☆・ 太極拳に学ぶ身体操作の知恵:本 を交通機関で読んでいるけれど、相田みつを のはなしがあったり、コツがあったり(基本だと思う)、初心者の僕には面白い内容になっている。読んでいると充実してくる。

自転車後ろタイヤ交換 15 Tue /本題あり 14/(ハゲるだろう)12 /?11/ゴミだしhappy♡ ♡。(男だ)

追記;

 そういえば、後ろタイヤの側面についているパナレーサー パンクガードマンという名前と、サドルについているブリジストンという名前は黒マジックで消しておきました。もちろん盗難・イタズラ対策です。念には念を入れておきました。




15 Tue

・ 自転車の後ろタイヤ、変速機付き(外装六段・ママチャリ)を交換しました。よくわからず変にやって、2度目に、交換したリムの軸に付いている歯が正しい位置に入りました。歯をチェーンのどこに入れたら、セットしたら正しいかわかっていないのにタイヤ交換を始めたので、ここが最難関だった。記念に絵を描いておきました。自分の頭に入るように。本当は、交換する前に描いておけば早かった。

 チューブは、パナレーサーのスーパーチューブ・パンクに強い。タイヤは、パナレーサーのパンクガードマン。これをリムバンドも交換して後ろタイヤに履かせた。これが後ろタイヤ。

 前タイヤは、後ろタイヤに履かせていた比較的新しいのを持っていった。チューブは前タイヤのもの。前チューブが自転車を全部セットした後に、パンクさせてしまっていた。パンク修理もした。(比較的楽だった。

 他に、サドルをアマゾンのブリジストン黒に交換して、前かごをダイソー500円のものに交換した。9~10年乗ったのでボロくなっていた。比較的新しかった交換する前の後ろタイヤは自転車屋で交換してもらったもの、父に持って行ってもらってやってもらった(そのころ自分の調子が悪く自分でやる余裕がなかった)。




・ ブレーキのセットの甘い状態でスーパーに行き、ドラッグで買い物をし、前かごをダイソーで買った。(最後に前かごは交換した。

 家に帰ってから、前かごをつけ、ブレーキの甘いのを直した。スーパーに行くときの走行で後ろタイヤが左右にぶれていた。軸に真っ直ぐセットされなかった模様。明日直すつもりです。うまくいくか。

 サドルが新しくなったら、ゴムが効いて滑りづらく作りもフィットしてグッド。何年持つか? 前かごも新しくなって気持ちが良い。ちょっと、前のより小さくなった気はするが。


 おもしろくないことをダラダラ書きましたが、僕にとっては慣れないことなので1日がかりでした。一大イベント、娯楽でした。お疲れ様。(自分で言わないと誰も言ってくれないので、言っておく)





 Tシャツに首にタオルで作業した。帽子を被ってジーンズを穿いて。腕が日焼けした。曇り空だったのが晴れたりしたので。

手についた
☆黒いチェーンの油汚れは歯磨き粉でこすると取れますよ。

昔本で読んで覚えました。




 充実したのか、疲れたのがわからないけれど、楽しかった気もする。変速機付きの後ろタイヤ交換は初めてだった。鉛筆で、変速機とチェーン、歯の関係の絵を描いたのも楽しかった。

 無事一応終わったのでめでたかった。


☆☆ 金を使っていない愛機のママチャリも新規出直しだ。走れ、進め、ぼくのママチャリ。どこまでもどんな道でもグングン進め。月まで飛んで行け。



14 Mon

 15・16 休みを頂きました。

 昨日今日は、皿洗い、ゴミだし、掃除機かけ他(裂き織り・パソコン棚卸入力/出力作業)をしました。


 頭を下げ、裏方的なことをし、自分の場所を広げている。ゴミ出しも、嫌われるかともおもったけれど、そうでもないみたい。本職がおろそかで、気持ちが入っていない気もするが。今日は、握力が落ちた気がして、空回りした時があった。かなり動揺してしまった。


・ 金曜日頃、雨が降って、行き帰りの交通機関までを母の車で送ってもらった。帰りはテレフォンカードで呼び出した。(僕は携帯を持っていない・いまはスマホか)

 帰りの車が家の前に止まって、僕は

「おやすみなさい」

と母に言いそうになった(午後4時ころ・真昼間)。なぜかわからん。認知症か、という頼りない感じもするが、頭は柔らかい状態だったのでそうでもないだろう。

 感謝の気持ちが、おやすみなさいと取り違えそうになったのだと思う。爺になったからか?



 作業所は、頭を下げて、何でもやると思えば、広がって自分の場所も大きくなる。雑用・裏方というやり方もあることを発見して、(僕は自分がフロントに立つことばかり夢見てきた)  皆とそちらでコミュニケーションを取れることがわかった。今日は首が潰れていた。いまは、youtubeymoをかけている。


 物を買うと、次々欲しくなる。一つのものがすごいだろうと思い入手すると次のものも欲しくなる。きりがない。教科書で習った状態だと思う。この際限は尽きることがない。突っぱねが必要なのか。どういう作戦で切ればいいのだろう。断捨離とはどんなものなのだろう。わからない。


youtu.be

映像のインジケーターが格好いい、気がする。最初のところを聞いています。4

 


本題 

 欲望の話ですが、僕は最近薄々感じつつある。物は買えばいいというものではない。在庫がある。持ち物のこと。その持ち物にどれだけ手を入れて手入れして使ってやれるか。ようは、買えばいいとか、持てばいいではなく、アフターサーヴィス・手入れが大事だと。

 毎日、曲を聞いて、歌詞を入手して、意味を取り、歌えるようになり、楽器で弾いてみようとしたり、これらの長いスパンをやることというか、無理にやるのでもなく、裏方的に・世話をしてやる気持ちで手を入れてやる。本当はそこが大事ではないのかと。薄ぼんやりの頭で感じている。






12 Sat

追記:リコーダーを久しぶりに吹いた。自分の中ではベストな部類だった。下手ではあるが、うまくなった。善戦したと思う。

 先生のリコーダーはやはりうまい。後ろを走っていきたい。


 ・公共機関で、男便所に僕一人だと、「トイレの王様だな」と感じる。公共のトイレには大抵誰か彼かいるものだ。たまにしかそういう機会は廻ってこない。とくに、人出入りの激しい、激戦区トイレなら尚更(なおさら)のことだ。リラックスと、優越に浸る。(臭い空気の中)




On the road to Become bald.

・ 僕は禿げ前線の最前線で戦っている。日々髪の毛の抜け毛をシャンプーのたび感じ、父に近づきつつある頭を叱咤激励し、ふさふさ頭との別れを実感している。敵は、禿げ爆弾や、禿げ機関銃で僕の頭を攻撃してくるので、それに負けないよう、というか、降伏してもいいのだ。

 僕は禿げなんかこわくない。開き直って、禿げとしてやっていくのだ。と強がりを言っても説得力がない。諦めざるを得ないところに悲しさがある。あーあ禿げよ、僕はツルツル頭になるけれど、少しでも残っておくれ、負けないよう戦うのだ。勝つ見込みのない受動的な戦で、どこかに禿げの利点やメリット、強みを見つけようと思うが何も頭に浮かばない。ただただ敗北あるのみ。禿げ仲間に入れてもらおう。よろしくね。





12 Sat

 今日は行きの交通機関で隣に座った女性に女を感じた。

 作業所では女性スタッフに女を見た。

 そして同じ通所者・周りの女性にも女がたくさんいるんだなと感じた。

 ある意味調子がよく、本当かあ? でもある。

 作業自体は良くも悪くもなかった。棚卸パソコン、今日から7月分始まった。



宮沢りえ サンタフェ


 を開いて、ベッドに(すのこ)座りながら、


・Evgeny Kissin ピアノ Chopin, The Four Ballades, Red Seal,1999


を聞いた。至福の時間だった。

 サンタフェは物凄かった。どこがすごいか言えないのが弱いが、篠山紀信は何を感じ、何を見ていたのか知りたい。宮沢りえサンタフェ(地名か? わからん)で過ごした、ここでの表現はどういうものだったのだ?

 
 キーシンは、ツィメルマン(ツィマーマン)のピアノを持っているので・The Four Ballades 、比較できた。

 キーシンのほうが、表現力に優れていると思う。ツィメルマンは感覚的な人だと思っている。キーシンは攻撃・怒る表現も硬度があって鋭角的に出せていて気持ちがいい。3曲目までしか聞いていない。ヤフオクで買った(業者相手)。

 キーシンのように音楽ができたら素晴らしいだろうなあ。









11F::追記:

 僕の注意が移り変わり、留まらないと書いたときに、カウンセラーの先生はADっぽいと言われた。調べてみると、注意力のところで僕は該当するかもしれない。9月6日のお医者さんの診察の時に聞いてみたいと思っています。診断がつくかもしれません。 
 僕はどうあがいても精神病で、うまくいかない奴なのでしょうか。ちょっと不安で寂しい。病気は回復傾向とばかりにはいかないかもしれない。



11 Fri

 今日は作業をしたくなかった。乗り気ではなかった。けれど、やることになっているのでやった。皿洗いに集中できた一瞬もあったけれど、あまり頑張っていなかった。

 裂き織りを先生に習った。(作業所)
 端がほぐれないよう、一本一本切らないでつなげて織った。先生に習った。

 慣れないやり方で、裂き織りは手間取った。かなり進むのが遅かった。4本動かしながら織ると(杼・ひ)、ややこしくて、こんがらかった。いっぺんに増やしすぎた。それで2本を基本で、3本で織った。2・3回分を杼に巻いて織った。

 なんか僕にとっては難しく、ハードルが高く感じられた。くじけそうだった、最初のほうは。




 棚卸エクセルも、他の人がやるのかと思ったら僕の役目は続いていて、明日から先月分をやる。



・この間、先輩が威張ると書いたけれど、実際は威張ってない。
 
 先輩は役割りの確認を求めるので、それに応えなければならない。僕に対して威張ってくるわけではないです。
 フェアーではなかったので書きました。



10 Thu

Sonic Youth-Daydream Nation

18:28 - 'Cross The Breeze
から後の曲がおすすめ。


特におすすめ。
49:11 - Trilogy: A) The Wonder / B) Hyperstation / Z) Eliminator Jr.


 僕はソニックユースをよくわかっていなかったけれど、曲を聞いて、気持ちが裏返っていて、マイナーで、反社会的で、背いていて、アンダーグラウンドで、壊していて、ネガティブなことをポジティブにやっている。

 これはすごいと思った。僕知らないバンドだったけれど、レッテルを貼り、色眼鏡で見ていたけれど、聞いてみてよかった。ギターを弾いてネガティブになりたいな。


2017年8月10日(木)



 作業所の若い女性にはこのあいだ咳攻撃を受けた。まあ、僕が絡んでいたので受けなければならなかった。


 作業所では、ゴミ出しもやらせてもらった。こういう皿洗いとか掃除機かけ、ゴミ出しなどは雑用だけれど、僕はやらせてもらって幸せだと感じている。


 僕の役割ができてきて、担って、できることが増え、自分の意志でやって、新・唯一無二(この間、健康を理由に辞められた)のやっていた後釜を担いつつある。僕には後継者としての力量はないけれど、ぼくのスタンスとスピードで後釜をやっていきたい。



 本職は手芸のはずなのだけれど、なんせ芸がない。無芸なので、雑用になるしかないのか。


新・唯一無二が楽しいと言っていた意味が、ぼくにも理解できるようになってきた。雑用は誰にでもできることではなくて(誰でもできるけれど・ここのニュアンスは違う)自分で荷(にな)うことに意義がある。

積極的関与がここでの重要度の目安になる。
僕は望んでやって、責任を持たせてもらって、取り組みを好ましく感じていてやりがいももっている。



僕はここにきて展開して、成長できて、幸せを感じている。誰でもできるのにハッピーを感じている。意外な展開だった。雑用などできることは何でもやろう、皿洗いを少しずつやらせてもらって、この展開に来た。ものすごくて、不思議な巡り合わせだ。やっていることは地味で暗くて簡単だけれど、感じていることは松明(たいまつ)だ。赤々と四方を照らし燃え上がる閃光のように明るい光の束(たば)。


 堀内孝雄のサンキューを唱和したい。(ダッセー)。サンキュー。Thank you.

 



・ 自転車屋で変速機のワイヤーを交換してもらった。今の僕にはできない技だった。店主はどこかのショップで修業したのか。


 マウンテンバイクのレディースに乗るというのはどうだ、僕は華奢な身体なのでというと、自転車というのは軽さを値段で競うものなので、大きさの違いはあるが、値を出せば軽くなるのでメンズレディースの違いはない、みたいなことをいわれ、そうなのかと教えてもらった。自転車屋というパイプを持った。リムバンド1つを買った。




 盆休みに、後輪のタイヤ交換を予定している。変速機のある交換は初めてで出来る自信はないけれどやってみたい。パンクしづらいパナレーサーに決めている。揃った。後は実行あるのみ。できるかな。

後輪の減っていないタイヤを前輪に持ってきて、後輪にパナレーサーを履かせる。後輪のチューブが空気を入れるところが前にパンクしていたのでゴロンという感触で乗ってきたので、限界は近いと踏んでいて、それの先取り交換となる。

 天気が晴れならいいけれど。外でやりたい。

「動物愛護団体・カウンセリング」 8/9 Wed


2017年8月9日(水)



動物愛護団体・カウンセリング」


前半


 動物愛護団体へ出かけた。掃除機かけやモップかけをした。1Fの作業が終わって、勝手にフリースペースの猫と戯れた。遊ばせてもらった。

 猫は、子猫4匹くらいが膝の上に載って、成猫も触ったりした。


 子猫は、この前、指先に攻撃を込めてしまったので顎の下は撫でず、背中をさすって大事だよと指に込めた。成猫も背中を手のひらで撫でた。皆拒まず受け入れてくれた。子猫は重みを膝の上で感じつつ背中を撫でた。4匹くらいの子猫で僕の身体は猫山になってしまった。成猫は僕が撫でることを許容していて、否定せず拒まず、緩(ゆる)やかに受け入れてくれた。

 猫と戯(たわむ)れ、猫にシンパシーをもって、猫に受け容れてもらって、猫を撫でることを通して僕は動物として仲間になった。猫仲間になった。




 そこのボランティアの僕と同じ立場の女性は、猫を飼っていて6歳で、さらにボランティアをしているという、すごいなあという方だった。この方、すごく仕事ができる人です。そこは尊敬しています。成猫ばかり触っていたから、子猫は撫でないのかと聞かれた。子猫は壊れそうだからといったら、私もだいぶ慣れたみたいに言われた気がする。子猫の喉下は撫でないことにした。でも背中をさすることを自分に許容した。


 ボランティア団体でだいぶ遊ばせてもらったので、僕もだいぶ気が楽になった。あそこにかよっている意義も感じられた。ありがとうございました。お世話になっています。

 猫とこのように平和で相互作用のあるやり取りをさせてもらうことができるようになるとは思っても見なかった。とても意外な展開で、すごく僕の力になっている。





 猫に対する僕の距離感は、チラシ配布・テレフォンクラブという女性とつながる電話の会員制金券・イヤらしい猥雑怪しい をしていた時に(ポストに投函する)、野良猫を見ていて、奴らも僕と同じストリートで生きていて、同じように身を守るものがなくて、生き抜いている同じ高さの動物という距離感だった。

虐待され血を流してウロツイテいる猫を見たときもあった。

ポストに投函するためアパートの廊下を歩いていて、結果猫を追い詰め、ギャーと僕の脇をすり抜けた猫もいた。こいつは僕が加害者だと思ったらしかった。猫の退路が無くなっていた。




後半




 カウンセリングは、毎日をまとめた報告書を見てもらうことから始まった。結果、時間がかかり過ぎてEMDRしてもらえなかった。

 母親に食って掛かって、「人のせいにしないで」と突っぱねられ攻撃を止めた幼稚園の時。僕はこの時の体験が今も引っかかり大事だと先生に言ったら、先生はパソコンを開いて、その時は甚平を買って、一年くらい前で、一回やっていると言われた。(せいかくには、こんなことだったと言われたが、記憶が薄かったので指摘されても忘れてしまった。)

 そうかあと思った。そして僕が引っ掛かっていて大事だと思われたのは、



カウンセラーの先生用文章より:


「・ ヒバの枝を払ったら、ありがとうではなく、母にもっと上の部分を切りそろえろと要求された。」


これと同根だと思われた。どういうことかというと、ぼくはこの話ではヒバの枝を払ったのだけれど、ありがとうよくやってくれたねと、人間としての行動を受け止めてもらったのではなく、さらに上も切れと言われた。ありがとうと、雑草を取って言われることもあるが、それは社交辞令と一緒で、挨拶程度の意味しか持たない。人間としてのコミュニケーションではない。受け止め、行為を抱擁・ホールド・受け入れではなく、ただの機械のように扱われることがほとんどだ。父母はそのことに気づいていない。

 幼稚園の話も、僕が食って掛かって、どうしたんだい、不満があるのか、どうして欲しい、と受け止めてもらえたらよかったが、幼稚園児に人のせいにしないでと、自分の保身のような突っぱねを食らって、そこが同じ同根という意味で使っています。



・カウンセラーの先生への文章より:

「 父は、僕から見て祖父祖母のもと、傷ついて無力感を味わったのだと思う。それを直視しないで、人を憎み傷つけ操作するというやり方を採用したのだと思う。
 母は、祖父祖母から受け止めてもらっていないと思う。スルーされたのではと感じる。



 ここを書いて、先生に言い洞察だねと褒められた。これは、僕が親、じいちゃんの世代から受け継いだ世代間の問題で、大きな問題を僕は越えようとしている、ぼくの一族で初めての行為だと言われた。確かにそうともいえる。そういう見方もあるのかと。でもそんなに大げさではなくても、僕は新しいスタイルを一族のやってこなかった分野に踏み込もうとはしている。親を越えようとしている。
 

 母に受け止めてもらえず、どう感じると言われ、期待しないというと、どういう諦めかと聞かれた。答えると(どう答えたか忘れた)、未練がある諦めだねと言われた。まだ期待している部分があると。まだスパッとはいかない。でも、僕のなかでは、ほとんど父母に期待しない方向になっている。 まだ未練はあると思う。

 僕はいいラインに乗っていると言われた。回復傾向の。楽でしょと言われた。そう、楽50%、苦しい50%というと、そんなに急には良くならないけれど、苦しい時もあったけれど、いまはこう思える、僕にはこういう力もある、まだうまく行かない部分もあると、見られるようになっていく、みたいなことを、この時ではないが、前後して先生に言われた。

 このカウンセリングでできることはあるかと聞かれ、答えに窮した。先生は、卒業を見ているかもしれない。太極拳とか、ヨガとか書いたし。次回は、2週間後です。


 幼稚園の時の、EMDRは必要ないかもしれないと思った。父母に許容されなくても、猫がいるし、太極拳というかマインドフルネスがあるし、僕は成長できそうな気がする。猫パワーか? 
猫様のおかげでごぜえますだ―。あなた様をお祈りするでごんす。わしらを見守って下せえー。頼ん申します。猫様、猫様、ナンマイダー。





先生への文章
転載:
参考までに:読んでもおもしろくない:






7/26(Mon) ブログより


「醤油 伝わる」


 それで醤油にした。醤油のボトルをつかんでかけて戻そうとしたら、僕が好感を持っている人が手を伸ばしてきた。僕のを受け取るという意思の現れた手の出し方だった。僕は相手のほうの机に置こうとして、まだ手を伸ばし続けるその人に(男)手渡した。その人は受け取った。


 僕を拒絶するのではなく、手を伸ばして受け取ってくれた。ここにはやり取りがあった。僕はこの時、相手の意志・否定してくるのではなく認めていた、その手へ伝え渡した。ここには人間のやり取りがあった。



宮沢りえの写真集:サンタフェ / プール・アミティエ の2冊を買いました。



女性の写真集を買ったのは、快楽の館に続いての2・3冊目です。


7/28(Fri) ブログより


・ 父は、コンサドーレが負けたら、ボロクソにこき下ろした。僕が好きなのを知っていて。だからファイターズも同じじゃんと言い返した。ファイターズも負けてばっかりだと。ひどいぞと。父は野球が好きで、ファイターズと一体化しているので、言い返した。そういう、父の僕をまったく尊重せず否定する、そういう、父の僕を傷つけるやり方もずっと続いてきた、(EMDRしてもらいたいと思っています。)いつかお願いします。


 あと、高校時代、深夜放送のテレビを見て、助平を見たかった僕に平手パンチを見舞った父の、その性への衝動を全く考慮しない父の否定さ加減を(EMDRしてもらいたいと思っています。)いつかお願いします。




8/1 Tue ブログより

僕は意識が今まであちこちに飛んでいた。すぐに移り変わって集中できない。次から次へと意識は動きひとつにとどまらない。世間でいうところのダメな奴でバカだ。


・でも今回頭を使い、どうやるかに集中しながらどう進めるか考えながらやってみて、仕事の進め方を考えながらやるのが仕事なのだろうと、薄ぼんやりの頭で思った。判断し、見て、動かし、どう進めるか考えながらやるのが仕事で、没頭するのが仕事らしいと今日は思えた。


☆☆ 皿洗いでは仕事ができていた。全(まった)き者として、僕は皿を洗って存在していた。




8/5 Sat

 前回のカウンセリングで、バスの女の子に手を振ってもらって、手を振り返せなかった時に無力感を感じたとわかりました。

 そういう無力感のたくさんの積み重ねが、僕の中での鬱的なものになり、主旋律を奏でるようになったのだと思います。


本:うつのためのマインドフルネス実践、星和書店
  The Maindful Way through Depression,2007


で、思考を心の創造物として見る:という8章がありました。このとき、思考に対して、何が言いたいのか、何者なのか試させてくれと探索的な気づきを使う、というのがありました。この部分によって、僕の主旋律:思考のクセ:僕の鬱は無力感ではないのか、と気づきました。これで一気に謎が解けました。僕というのが、無力感で作られているのが。


 そのうちの一つが、幼稚園時、母に食って掛かって攻撃していて、人のせいにしないでと言われ、何かを止めたこと。これが今一番EMDRしてもらいたいことです。(よろしくお願いします。)


 この無力感が、思考の大事な主旋律で、僕は大きな無力感でできたオーケストラを奏(かな)でているのがわかりました。自分の正体を見破ったので、解放されました。見切った。
 すぐには良くなりませんが、戦う舞台が整いました。戦略も立てやすいです。

 僕は、母には全く受け止めてもらってきていないと思う。突っぱねられてきたので。父には全否定されてきていると思う。

・ ヒバの枝を払ったら、ありがとうではなく、母にもっと上の部分を切りそろえろと要求された。

・ 高校の時の勉強でも、僕は復習を終えたのに父母に受け止めてもらえず、もっと予習までやってどんどん先へ進まなきゃダメだと、僕の成果は顧(かえり)みられず要求を突き付けられ、この人たちはダメだと思い知らされた。

 父は、僕から見て祖父祖母のもと、傷ついて無力感を味わったのだと思う。それを直視しないで、人を憎み傷つけ操作するというやり方を採用したのだと思う。

 母は、祖父祖母から受け止めてもらっていないと思う。スルーされたのではと感じる。



8 Tue

 ・トラウマをヨーガで克服する、紀伊国屋書店
 Overcoming Trauma through Yoga Reclaiming Your Body

 を買いました。僕は太極拳とマインドフルネスでやって行きたいです。

8 Tue /7/6/4/雑記/書評紹介

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 主な活動場所 Seesaaブログです。
 
・ 作業所では、カレーが出た。平日の人が多い時の、プラスチックの容器。油がついて黄色く困難が予想された・皿洗い。

 気分は沈んだが、取り組んでみて、容器に洗剤をかけティッシュで拭いて汚れを取り、洗った。スプーンは3回くらい洗った。鍋はボスがやってくれるというので頼んだ。

 困難だけれどトライして、何とかしようとあがいて、困難もいいものだと思った。越えることができた。少し自信になった。


・ 先輩方は、先行しているというので、威張る所があり、そこが嫌でもあるけれど、僕の立場はぺーぺーなので、頭を下げなければならない。そいう関係になっている。後輩は先輩に筋を通す。これが掟(おきて)だ。

・ 直虎は、政次が「俺が地獄へ行く」だったかのキメ台詞を吐き、歌舞伎のように見得を切っていた。

 そのようなものだ。よく話が噛み合っていないが。

 明日は朝が早いので、21:00に寝ます。




7

 作業所では、スタッフが片手鍋に水をくみポットに入れていて、それを見ながらそういう仕事もあるのかと。

 まえにボスに聞かれた、土曜のごみ出しはあるのか。に反応した形で、びん・缶・ペットボトルのごみ出しを女性に習った。ラベルを剥がしキャップを取り、住民用のゴミ捨て場に入れに行くというもの。

 僕のできること、作業が拡張されおもしろかった。これから続けると負担も増えるが、おもしろくなるかもしれない。

 
 ツィマーマン(ツィメルマン)のピアノは感情というか感覚的だと理解しているけれど、キーシンキーシンの理解するショパンを弾いている。どういう理解で取り組むか緻密に組み立てて作っているのかなと想像した、というか理解したけれど正解か? 抑制が効いているというか、理解力で弾いている印象を持った。

 ソニック・ユースのデイドリーム・ネイションをyoutubeで聞いている。知っているバンドだったけれど、こういう感覚ありか、と感じた。楽しげな音の感覚とやり方だなと思った。難しいことなしに、影響を受ける。(僕は難しいことは無理だ。)




6 Sun



・・ seesaaうつマインドフルネス ブログで活動しました。



・ 作業所では、裂き織りが始まった。面倒であり、やりたくなく、逃げ出したくもあった。

 でも始まってしまえば、古い布を使う、貧乏臭い僕にピッタリの泥臭い作業で、頑張りたい。逃げたい。やめたい。他の人に代わってもらいたい。

 きちんと注意を目配せし、しっかりしたものにしたい、とも思う。

 支払うべき作業で、支払うべき所にエネルギーを注ぎ込み、毎日支払う。それが仕事らしい。やめたい。でも頑張ってしまうだろう。



・ 街には、ねーちゃんがたくさんいる。何考えているかわからん奴もたくさんいる。お隣さんとか。




4F

 ymo,music plansの坂本の歌が格好よく、歌詞を印刷し、グーグル翻訳に張り付けて意味を大雑把に理解した。(辞書を引く気力がない)

 歌ってみたけれど、一本調子になる。怒鳴るは得意だった時期もあるけれど、僕は自分が歌はうまいと思っていたけれど嘘っぱちで、歌い分けられないことがわかった。調子がよくなっても、歌にはあまり期待できないみたいだ。自分が思ってきたよりかなり下手糞というのが正解らしい。大正解。ピンポー~ン。




 作業所は、あまりよくなかった。自分の調子の中ではいい方なのだけれど、いまいちだと感じた。走れていなかった。



本題


 昨日のseesaaブログのように、自分は無力感で、周りを理解し、無力感で考え、無力感で自分を作っているという見方で自分の思考の声を理解しようとした。ある程度成功をおさめたと思う。


 僕が自分だと思ってきた、内なる声・思考の声は無力感で骨組みされていて・核になっていて、そんなに軸足を置くべきものではないらしいと、うっすら思った気がする。無力感で自分というものをコーティングし、健全な見方を育てられてきていない、袋小路の感じ方が土台になっていて、だから出られるわけがない。



 内なる声・無力感という大きな見方で自分を解体し、理解し、その見方でネガティブ思考を納めると、僕って本当は何なのだ? という、ラッキョウの皮剥きみたいになりそうだ。自分が思ってきたのは、無力感というトラウマのフリーズの一点に、足の体重をかけた見方で、そこを良く捉えて、健康的な自分が作れるスペースを開ければなあと理想を思う。



 自分が病んだ力点に重さを置いているから、そこから軸足をずらして、無力感と名前をつけて眺めてしまえば、まわりにスペースができてくる。だから健康的な自分も生まれるのではという楽観です。






8/3(Thu)

 身体はトラウマを記録する の書評を読み直し、打ち込んで EMDR の大切さを再確認した。

 母親に食って掛かっていた幼稚園の時、人のせいにしないで と言われ攻撃するのをやめたとき、僕はフリーズして動けなくなったのだと思う。これを取り上げてもらわずしてどうするというくらい、最初からやってもらえばよかった。まだやってもらっていない。

 自分の中では、トラウマというほどではなくても、動けなくてフリーズしている状態、固定してしまっている、とは言えると思う、そういうのがたくさんあると思う。


 今日は作業所ではパッとしなかった。皿洗いは普通だった。着物の糸ほどきは走ろうとはしたし、走れていると思う。部分的には。

 スタッフの受けは悪かった。男として葛藤しているので、いまはしょうがないと思う。(女性スタッフ)






・ 北海道新聞夕刊 2017年?月?日 2面、「山崎夏生のスポーツ(プロ野球審判技術委員)」― 才能って何だろう? 「好き」という情熱を持続

引用:



~そう、この「好き」という情熱を持続できることが才能なのです。実は能力の差などそれほど大きくはない、できないのではなくできるまでやり続ける粘りがあるか無いか、なんだとふに落ちました。


 「建築をとうとうと語るやつなんざぁ弟子にしないよ。とにかく一日中、木に触っているのが好きだ、ってやつがものになるんだ」と語ったのは宮大工の棟梁(とうりょう)・小川三夫氏。~



(kurage0147130):

 僕はファッションセンスがあるわけではないし、仕立ての技術も、デザインもない。

 この人の言うところの、布を触る感触が好きだ、とは言える。だからいまの作業所に入ったのかも。皿洗いが苦にならないのも、水仕事が好きだからだ。(酒ではないよ)

 この人の言い方で自分を振り返り、自分に当てはめて思った。


(・)
 サンタフェ宮沢りえ この本をめくって、祝福された本だと思う。今はめくることができてうれしい。トーンが底抜けに明るい。裸も景色も透明感があり、日差しがあり、歓喜を表現している。天使を見ているようなものだ、というと大袈裟か。

 写真集という重量感と紙の質感もいまはまだ気持ちがいい。何年かしたらときめかなくなるのか。





8/2(Wed)



こちらで活動しました。

kurage0147130-2.seesaa.net


ヒバの枝を払った。2時間くらいやって、まだやる必要はあったけれど、やる気が失せて打ち切った。

今日は休みの日でどこへも行かなかった。おはぎとスイカを食べ満足した。(スーパーへは自転車で漕ぎ漕ぎ坂を上ったりして出かけた。坂は勢いを載せながら漕ぎ上がった。坂バカにあこがれる。)

頭をつかう。仕事。(薄ぼんやりの僕の前進)

8/1 Tue

 あえて、タイトルを新たに設ける必要ないかもしれない。でも作った。

 作業をしていて、作業をどう進めるか頭を使おうとはしてみた。あまり前と変わらない気はしたがやろうとはした。


 皿洗いで、頭を使おうとした。走ろうとはしてみた。どう洗うか考えながら頭を使いながらできた。皿洗いでは頭を使うことができた。前の作業所でも革製品の糸縫いで頭は使ったことがあった。今の作業所に来てからあまり頭を使っていなかった。

 世間でいうところのバカに該当する。


皿洗いで考えながら、判断し、動かしながら考えた。どうやっていくか。



・ 着物の糸ほどきでも、頭を使いながらやろうとはしていた。皿洗いで着物の糸ほどきで、頭を少し使ってみて、どうやるか考えながらやるのが仕事で、その仕事に没頭することだ。




 僕は意識が今まであちこちに飛んでいた。すぐに移り変わって集中できない。次から次へと意識は動きひとつにとどまらない。世間でいうところのダメな奴でバカだ。




・でも今回頭を使い、どうやるかに集中しながら、どう進めるか考えながらやってみて、仕事の進め方を考えながらやるのが仕事なのだろうと、薄ぼんやりの頭で思った。判断し、見て、動かし、どう進める考えながらやるのが仕事で、没頭するのが仕事らしいと今日は思えた。


 これがカウンセリングのおかげなのか、調子のせいなのかわからないけれど、とてもありがたいことで、うれしいことで、前進と言える、こちらに進みたかったんだよという方向性だった。

☆☆ 皿洗いでは仕事ができていた。全(まった)き者として、僕は皿を洗って存在していた。




 (ゆっくり肩回しと、ゆっくり歩く のマインドフルネスは継続中。)これが今回の伏線になっている部分もあるのか。



 皿洗い後の着物糸ほどきは、トロトロ、握力が落ちたように、うまくできなかった。帰るころ普通にできた。復調した。

「醤油・伝わる」「2冊の相互参照」 31 Mon /宮沢りえ Santa Fe・サンタフェ を見ての感想・2017/07/30(Sun)

 作業所で、食事が提供されるのだけれど、ソースをとんかつにかけようと、取ろうと思ったら他の人が持っていた。

 それで醤油にした。醤油のボトルをつかんでかけて戻そうとしたら、僕が好感を持っている人が手を伸ばしてきた。僕のを受け取るという意思の現れた手の出し方だった。僕は相手のほうの机に置こうとして、まだ手を伸ばし続けるその人に(男)手渡した。その人は受け取った。

 僕を拒絶するのではなく、手を伸ばして受け取ってくれた。ここにはやり取りがあった。僕はこの時、相手の意志・否定してくるのではなく認めていた、その手へ伝え渡した。ここには人間のやり取りがあった。コミュニケーションで、

受け取るという意志へ僕は伝え渡した。受け止めて、受け入れてもらった。人間活動の輪の中に入れてもらえた。稀有(けう)な
経験をした。とてもうれしかった。ありがとう。僕の醤油を待っていてくれて。






追記

サンタフェとプール・アミティエは、相互比較するためにあるかもしれない。どちらか一方ではだめで、両方を見比べるためにある。サンタフェはプールを比較のため必要とするし、その逆も同じようになる。両方を参照しつつ宮沢りえ氏にになるのかもしれない。どちらか一方では不完全かもしれない。

どれだけ跳んだかはサンタフェを見ればわかるし、逆ならどの地点からこうなったかがわかる。この2冊の写真集のギャップは何だ。雲泥の差がある。裸だというだけではない気がする。女としての変化があるのか? これは願望を投影しただけの見方か? 人間は成長する。若い時は著(いちじる)しいだろう。

 この2冊の間に何があるのか想像するのは楽しいかもしれない、かも。心も身体も顔も変化したと思う。若い時の変化。中年の変化もあると思う。

7/31 Mon


 プール・アミティエ 宮沢りえ写真集 野村誠一・撮影、ワニブックス、1989

 届いた。最初の予想どうり必要のないものだった。

 高校生くらいのりえ氏の水着姿。高校生の暑苦しい、傲岸な、楽園に住む精神状態がそのまま写り込んでいる。たぶん僕も高校生の頃はこのような暑苦しいイモの。りえ氏の5倍は見苦しい顔だったと思う。

 りえ氏がサンタフェで花開く前の蕾(つぼみ)の状態。この写真を見ても何も感じない。ただ、そこらの高校生の姿があるだけだった。安く買ったのは正解だった。ちょっと見ていらないと思った。


 女の一生として見るらなら、やはりサンタフェへと続く前段階の楽園に住む高校生の普通の顔がある。一般的すぎるぐらい凡庸だ。女も花開いた後は、しぼんだりするから、そこへと至る一歩と言えるのだろう。サンタフェのりえ氏は眩(まばゆ)いが、ここでのりえ氏は普通すぎる。

裸でないせいだろうか。たぶん裸になっていても、つぼみだろう。誰もが大人になる前はイモっぽいということなのか。


 僕にとっては面白くない写真集だった。見返すこともないと思われる。目的をどこかに持てば見返す意義はあるかもしれない。
 それは、平凡な高校生の顔の確認とか、身体だけは大人だったとか、女として花開く前は皆一緒という確認だったりするかもしれない。今は他の目的が思い浮かばない。凡庸の確認で終わった。この写真集を見て何も喚起されない。







 

坂本龍一 メディアバーン ライブ・Media Bahn Live(CD)を聞きながら打ち込んだ)

2017年7月30日(日)



宮沢りえ 撮影:篠山紀信 Santa Fe」、朝日出版、1991第9刷





 届きました。非常に状態のいい物でした。

 ザっと1回見ました。ヘアヌードってどれかなと思って、見直し、草原で明るい光を受けて座っている感じのいい写真のちょっと黒いという控えめなものでした。



 感想ですが。快楽の館と比べて、僕は断然こちらがいい。モデルが、僕の若い時の力のあった・りえ氏だからというのも理由のひとつだと思う。

 海外ロケの開放的な中、宮沢りえの精神状態と体調の良さ、篠山紀信氏のりえ氏のその時を写し込んだ、写真のことはわからんが力のあるゆえなのだろう。(説得力なし・梨)




☆☆ 正直な第一印象は、現地が明るい(晴れの日撮影)、表情がいい、裸が解放的で綺麗、清潔で光が真っ直ぐでどこも照らしているその光の曇りのなさ、たぶん紀信氏と、りえ氏が現地の空気・光のなかで呼吸し合い感応したのだと思いたい僕の願望評価。


 この写真集、古いので重い。すぐ手放すのか、ずっと持っているのか、今は気持ちのいい印象を持っている。






(この写真集に感応して書いた感想:)


・ りえ氏は歳をとり、この時の状態は過ぎ去った。僕も青春は終わり、爺に両脚突っ込もうとしている。残酷にも老いを食い始めている。これから貪(むさぼ)り食う羽目になる。

見た目、反射神経、動作、禿げ、みな落ちていく。りえ氏の美貌の求心力は終わったと言っていい。僕も老いてきている。

森三樹三郎氏の言うように(生と死の思想)、ゼロから生まれ、システムを築き、ゼロの土へと還る(僕の脚色理解)、その何もなさから繁茂(はんも)し何もなくなる潔(いさぎよ)さが命と言える。ネジ曲がることは命には許されていいない。僕も頭(こうべ)を垂れ真っ直ぐに従う。あたえていただきありがとうございました。

と言えるようになりたい。





・ りえ氏の青春が封じ込められている。塗り固められている。いまは違う姿になっている(中年へと)。封印されたのは過去の輝きで、誰も戻れない。輝いているときは気づかない。終わって、輝いていたと気づくだけなのか。時間は命の輝きを収奪(しゅうだつ)する。持ち時間も減る。明日は来ないかもしれない。(僕は楽観していて、そこまで思っていない)


 いまを輝き切ること、輝いて眩(まばゆ)い光を放ち隅々まで照らしきる、光りを届ける、光線となってはるか遠くまで光が進むグングン伸びる、そうありたいし、それをしないと、僕の命は小さく固まり黒ずんで干からび吸い取られ袋小路に落ちるだろう。

 サンタフェのりえ氏の写真集のように、輝くことを、今を切り取り発光することを目指せば、命はそれでいいのだろう。明日は来なくても。

7-29 Sat /宮沢りえ(プロフェNHK)・カウンセリング

7/29 Sat

細野晴臣 すごいですね。聞いた曲もありましたが、初めてです。途中まで聞いているところです。


 
 織り教室で綜絖に糸を通していて、あまりに細かく、目を酷使して痛くなった。
 もう少しで糸通し終わり、途中で時間切れ。

 ひばの囲いの上を切った。業者さんが5年くらい前に切って、その上に伸びたやつを枝を払った。ヤッケを着て汗を掻きかき行なった。結構大変だった。途中でやめた。区切りのいいところで終えた。だいぶ低くなり、見通しもよくなりよくなった。誰も言ってくれないので、自分でご苦労様でした。(小さい枝は、ビニール袋に入れて運んだ。)

 あまり調子がよくなかった気がするが、枝切りをしたから、やる気があったから、まあまあだと思う。


 最近、作業所の作業に全力を入れられるようにお膳立てはしている。早寝したり、作業所で掃除機をかけたり、作業に全力でやるように心構えを作ろうとしたり。
 それだけ、僕の立場はあまりよくない。やろうとはしている。結果はそこそこ鴨・かも。







7/28 Fri 




宮沢りえのプロフェッショナルを見た。現在のりえ氏が映っていた。

サンタフェとプルミエ(?)という写真集を購入した。両方ともまだ届いていない。




プルミエ?からサンタフェへと続く女性の動きがみられ、そして中年女性の現在を今日見た。

りえ氏は女優として活路を見いだして、世間では評価もされて場所を築いていたことを知った。サンタフェを買いたくて買えなかった僕は、その後を知らなかったけれど、ウィキペディアを見て、耳には入っていたことを再確認した。




 プロフェッショナルを見ても、りえ氏がどういう人かわからなかったけれど、サバサバした竹を割ったような性格らしく、外交的なのはわかった。社会性がないと本人は言っていたが。




☆☆ プロフェッショナルを見て一番感じたことは、まわりに自分の気持ちや考えを伝えコミュニケーションを取りながら仕事を進める、映像に映っていたあのやり方。

 僕は役者というのは自分の頭の中だけで役を作るのかと思ったけれど、まわりとぶつかり、伝え、受け取り、働きかけ、自分が動き刺激を与え、まわりの動きを取り入れる、コミュニケーションの格闘技らしいのを知った。そこが新鮮で面白く、自分にとって肥やし・こやしになった。ありがとう、りえ氏。





 女性としてみさせていただきますよ、りえ氏。女性の一生の姿として。もちろん土台が美しいスターだというのはわかっていることだけれど。





―――――  ―――― ―― ・

・水曜日はカウンセリングを受けました。




☆☆ 作業所で若い女性が気になっている、ということを取り上げてEMDRしてもらいました。高校時代の手を女の子にバスから手を振ってもらって、返せなかったこと。このことに、無力感を感じて、そこをEMDRしてもらった。

そして、僕自身が成長途上で作業所の若い女性を一人の人として分離して見ていない。テレビを見ていても、父と同じようにテレビと一体となってみている・インターネットにのめり込む僕のその姿は父のテレビを見る姿勢と同じだ。一台のパソコンとして見ていない。父はテレビにめり込んでいる。依存している。僕はパソコンに依存している。





 その周りに一体感を求める、依存的な自分の立場をカウンセリングをして浮かび上がった。その辺もEMDRしてもらった。今日の作業所は、夜中に助平サイトで排出したからか、若い女性に全然向かわなかった。興味が出なかった。カウンセリングをしてもらったからか、調子がよかったからだけなのか不明。

 そのわりに、今日の帰りの交通機関は攻撃したそうな人が多かった。疲れた。いつもよりは楽に過ごした。でも、今日は、7/28なので、先月6/30調子が悪く、今月は、8/4日ころ絶不調が来ると踏んでいるが。34日くらいの周期と見込んでいる。だから、今日の調子の悪さは前哨戦ではないのかと疑う。本戦がまた来るのではと。


 水曜日には、お医者さんにも見てもらった。ちょっと僕の側が攻撃したかった。なぜかそういう感情が浮かんだ。

 先生には、個人として成熟すると女性や周りをそれほど苦にしなくなると言われた。なぜ抑圧しているのかとも聞かれた。僕は、自分に都合が悪いから抑圧したと答えた。




・ 父は、コンサドーレが負けたら、ボロクソにこき下ろした。僕が好きなのを知っていて。だからファイターズも同じじゃんと言い返した。ファイターズも負けたばっかりだと。ひどいぞと。父は野球が好きで、ファイターズと一体化しているので、言い返した。そういう、父の僕をまたったく尊重せず否定する、そういう、父の僕を傷つけるやり方もずっと続いてきたところもEMDRしてもらいたいと思った。

 あと、高校時代、深夜放送のテレビを見て、助平を見たかった僕に平手パンチを見舞った父の、その性への衝動を全く考慮しない父の否定さ加減にもEMDRしてもらいたいと思った。もっと僕は楽に生きられるのではないのか? 本当か? そこは正解の一部なのか? 自分の男が開かれたらだいぶ楽になるのでは。

 カウンセリングで、自分の思っていなかった、気づきづらいことが明るみになるのは、ありがたいことです。

 先生に・カウンセリングの先生 表情が柔らかくなって変わったよと、何度か言ってもらっている。これは、カウンセラーの先生のおかげだと感じているし、思っています。感謝しています。

むしくんとぼくの じかん

虫くん

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今朝交通機関に乗り込んで、左腕に虫がついているのに気がついた。かわいい奴だった。


好きさせておいた。脇の下のほうに来ると、手首に戻した。一緒に這わせて遊んだ。君と僕の関係。




 もぞもぞしていたね。頭をのけぞらしたりしながら、君は一生懸命這っていた。僕は君を交通機関から公園へ運ぼうと考えていた。でも、雑踏で落っことしてしまった。殺したんだ。本当は、薬のケースに入れればよかった。



 君と僕は一生懸命、時間を過ごしたね。ありがとう。君が来てくれてうれしかった。名前も知らないけれど、君はかわいい奴で、初めてみたんだ。どうもありがとう。忘れないよ、きみとぼく、あの時間。


※横幅2mm、長さ2cmくらい
(いちおう、実話。)

7/23(Sunも)(2)・ 本:子供の「脳」は肌にある

7/23 Sun こちらで活動しました。

kurage0147130-2.seesaa.net


・ 土曜の織り教室は、先生や周りのみんなに愛されているから続けさせてもらっているのだなと、ちょっと思えた。

 周りの人のほうに、身体を開こうとしていた。本:子供の「脳」は肌にある(1)の共感という形になりたいと願望を持ったから。



7/22 Sat

・Ari Gibson / animation(らしい)







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こちらで活動しました。

雑記

30:31 Zen-Gun おすすめ、というか今日の自分の気分


 今日は久しぶりに交通機関で読書できた。12週ぶりくらい。まともな日だった。

 作業所でも、不完全燃焼で、オブラートの中をもがくのではなく、まともに作業に向き合えた。周りの人の作業に賭ける気持ち態度が感じられ、僕自身も男としてぶつかって行こうと思えた。昨日からそうしたいとは思っていた。でも最近のいつもは、不完全燃焼だった。今日はぶつかれた。

 非常にありがたい日だった。

 部屋で裂き織りの布を切っていた。なかなか進まない。一日分の量は切ったと思うけれど、どうか。



・ GRAPHIC 裂織 SAKIORI, マリア書房、2012
 
 に出てきた


・「現代の裂織敷物」


という教科書的な非常に丁寧そうな本をヤフオクで買った。1800+送料という格安だった。まだ届いていない。


敷物というタイトルだけれど、向こう・海外は裂き織りは敷物が多かったそうで、日陰的な存在だったらしい。それを外国の方の著者が光を当てたという内容らしい。と理解した。翻訳本です。

この本自体がほとんど出回っていない。限られた数の本です。また、現在日の目を見ていないのかもしれないけれど、かなり重要なのではないかと想像している。タイミングが合ってヤフオクで買うことができました。



・ 僕は何かを期待しているけれど、期待が応えられなくても、求めているけれど、近づけたらいいなと思う。

森田療法のように、形だけでも作って、形が作られればそれでよし、でもいいと思う。届く、届かないはあまり関係ないような気がする。形を整えるというのは、とても大事だと思う。

作業所に通う、ボランティアに出かける、その内容が貧弱に終わっても、形を先に作って、形ができた時点で、目的を達したというのは、ものすごく明るく健全な気がする。部屋の掃除をするという形とか。掃除が下手でも、散らかったままでも、とりあえずしたという形は、目的を達している。そのスタンスが気に入っている。



・ 僕は、女性、若い女性が気になるけれど、若い時に付きあえなかった女の子に対する、自分自身の亡霊が跋扈(ばっこ)している気がする。亡霊に憑(と)りつかれたような。ぼくの怨念は鎮(しず)められていない。

 断言しなければいけないけれど、終わったことでもある。ぼくの若い時は断念という形で終わっている。それを頭で失恋として、振られたとして処理しようとした。それは正しい。でも、救われない気持ちが残る。アイズ・ワイド・シャットトム・クルーズに恋心を打ち明ける女性。あの見苦しい女性は僕自身でもある。あの気持ちが僕の中で生きている。どうすればいいのだ。カウンセリングで取り上げてもらって、少しは解消できないものか。

ボランティア 動物愛護団体 7/18 Wed



 ボランティアに出かけた。猫の砂の掃除をして、新しく入れた砂の上に糞・ふんをした。早くやっておけよと思ったけれど、動物なので自分の都合で排泄していた。

 掃除中、子猫が背中の上に乗ったりした。やつらはやりたい放題を目指している。

 
 子猫の体を触ったけれど、骨ばっていて、華奢で、肉がなく貧弱に感じた。瞬間に、指先に攻撃をにじませてしまった。たぶん嫌がったろうと思うけれど一瞬だったし子猫でないのでよくわからない。

 プレイルームの掃除をして、店の掃除機かけとモップ拭き、窓ふきをした。結構仕事という感触だった。まだ作業自体は新鮮だ。月に2度だし。



 ケアの部屋で、成猫に愛しているよと撫でていたら、最初二匹が寄っていたのだけれど、見ていた灰色の毛の猫も寄ってきて、撫でてくれときた。
 この猫たちは人間に撫でられることに慣れているし、僕は好きだよと撫でると、寄ってくる。もっとなでろと懇願するというか、背中を伸ばし格好よく歩いたりして、尊厳をにじませ、撫でてくれと要求しているかのようだった。
 受け入れてもらったし、僕も好きだよと撫でてあげた。ちょっとの時間だったけれど、交流の時間を持てて良かった。



 あと、他のボランティアの人が呼びかけた倉庫の部屋の片づけをした。2週前は調子が悪かったけれど、今日はまあまあだったので、他の人に話しかけたりして、連絡をつけながら作業できた部分もあった。あまり戦力では無なかったけれど、少しは協力できた。他の人と作業をしていく、コミュニケーションを取りながらの作業は経験不足で下手くそだ。


 今日も3時間もボランティアだった。できれば1時間半くらいが望みだ。倉庫作業が長かった。終わってみると、片付いて、スペースができて気持ちが良かった。定期的にやらないといけないかもしれない。

反省の訂正 /屈折(若い時に振られている)

7/18 Tue

 まず、女性に振られた件。振られたことやモテないことにこだわるより、何とか女性関係を作れないか、そちらを心配するというか、考えたほうがいい。

 そして、今日は作業所でずっと、僕はレベルが低いと反芻(はんすう)を続けた件。実際に、新しく織りを始めた人が、かなりうまかった。その人は絵もできるし、いろいろな能力がある人。でも、僕よりうまいのじゃないかと思えた。
 他にも織りをやっている人が何人かいる。そして、洋裁のミシン部門の人たちもいる。

 僕は出遅れていると感じた。実際に、僕はレベルが低いと思う。なにをやらせても。それは正しい。でも反芻は正しくない。

 
 劣っているなら、良くなるように考え実行しようとすることだ。どうすれば裂き織りをうまくなるか考えること。そういう使い方をした方がいい。反芻はバカだし無駄だし、害がある。反芻する暇があったら、前を向いて、どうやって改善できるか実践した方がいい。




7/17 Mon


 作業所の若い女性に絡んでいた。態度ではなく(実際はやはり態度だった)、気持ちの上で執着し相手に絡んでいた。相手はすごく気持ち悪く、腹立たしく、鬱陶しく、糞っ垂れと思っていたと思う。これは最終的にきょう決着がついたけれど、相手は本心をおくびにも出さず処理してくれた。ものすごく大目に見てもらった。若い女性が爺に付きまとわれ腹立たしかったと思う。パソコンのクリックの音とかで絡んでいた。


 作業所では、パソコン作業・棚卸のデータ入力もやらせてもらっている。

 ずっと女性に絡んでいて、変だなと思った。なぜ若い女性に絡むか。前に書いたのと同じで、自分の青年時代に女性と付き合えなかったからだったのではないかと思った。決着は、僕は女性に振られたという処理で終わった。


 まず、この間の高校時代の、15歳の時の好きだった女の子にバスの中から手を振ってもらって、僕は応えられなかった話。僕は手を振りたかったけれど、この時病気の前駆状態のため女の子に意識を向けて付きあったり、話したり、コミュニケーションを取ることは不能だった。
 僕はこの女の子のことがものすごく好きだったので、ショックも大きかった。自分で自分の首を絞めた。


 この話が今の作業所の若い女性に被(かぶ)ってくる。僕はこの時の好きだった女の子の処理が未処理だと前回から気づいていた。これをまた作業中振り返り、これは、「女の子に振られた」と処理しなければならない出来事だと改めて気づいた。ただ、無念だけではだめで、自分の首を自分で締めて付き合えなかった、応えられなかったということは、「振られた」と処理しなければならない問題だと気づいた。

 この「振られた」と処理したことで、作業所の若い女性に向かう気持ちが潰(つい)えた。僕は、15歳の高校時代に女の子に振られ挫折し、屈折し、終わっていると。




 となると、中学の時の、好きな女の子に友達が告げに行き、友達でいましょうと言われたのも、勝手にやられた話だったけれど、「振られた」で処理する件だし、


 大学の(地方の10流大学)女の子、僕と同じ病気を持っていたけれど、この子は2年で完治。ぼくはずっと背負ってきているのでだいぶ引き離された、うらやましい子だった。この女の子に、良くなって離れて行ったので、文句の電話をしたら、もうかけて来ないでと言われた。それ以来終わった。この件も「振られた」で処理できる。


 僕は好きな女の子と付き合うことが一度もなく50歳まで来たわけで、かなり屈折し、寂しい人生を送り、負け続けてきた。僕は敗者であり、負け犬と言える。若いときに、女の子に振られ、一度も思いを叶えられず、終わってしまった。そう言える。ここをしっかりと踏まないから、若い女性に絡んだ。迷惑をかけた。爺の老醜をさらした。非常に醜く、見苦しかった。