2017/10/18 Wed 雑記 

追記追記

 今日はお医者さんの診察を受けた。カルテの束を、受付後ろの棚に見て、これだけの量の僕らをお医者さんは診ているのだ、そして受付の人たちが回しているのだと感じた。

 薬局でも、僕らが社会でやっていくための薬を薬剤師の人たちは処方して僕たちを送り出すのだ、と感じた。

 こう書くと偉そうだけれど、もっとこじんまりと感じた。ささやかに思った。



追記
 
 ある貴婦人の肖像、ニコール・キッドマン 監督:ジェーン・カンピオン

 おもしろかった。アマゾンレビューでは評価が分かれていた。僕はよいという評価を取った。レンタル落ちで入手した。

 女性の自立が主題だと感じた。他の人のレビューは細かく具体的で僕のとらえ方とは違っていた。

 後味はよいように作られていた。その点はあまり評価しない。夫の支配が強烈で、その呪縛の中でのキッドマンの演技の良さだと感じた。

 レビューで書いたけれど、カラーパープルと並ぶ良さを感じた。僕は父の支配が強烈なので映画を見ていて重苦しさを感じた。親父なんか糞喰らえ! 最近は書けるようになった。こういう芸もできる。ワンワン。クィーン(拗ねているところ)。







低調でした。ご無沙汰しています。

 昨日は殴りたい奴がウロウロしだすという調子の悪さで、防戦にエネルギーを使いました。やられるのはある程度許容しないと疲れるので捨てておいて、飛び込んでくるのを阻止したいと思いました。

 作業所では、裂き織りの後、ストールを織って(茶と茶・白の糸2本で網代)これ書きました。その後、昨日から青いマフラーになりました。3色くらい使っています。青の3色。ボスのデザインで進められました。今日が僕の休みなので、手芸の先生が見えられる今日、作業所で先生が先に織っておいて、それに僕が続くということになりました。



 昨日はカレーが食事として出て、食器がプラスチックなので洗うのにえらいエネルギーを使った。新しい食器は落ちやすかった。洗剤をプラ食器にかけて、ティッシュで拭いて、またスポンジ洗剤で洗うという流れ。スプーンも同じ工程で行った。
 なにがつらいって、人数が多いので面倒だ。けれど、さっぽろオータムフェストの食事提供者の労働に比べると、微々たるものだろう。あの人たちの出したエネルギーは半端でなかったと思う。頭が下がる。
 ちょっと不満が出たところが、僕の半端なところ。3回やればなれると思う。数さいこなせば習慣になる。



 家では、母がマイナスエネルギーをまき散らし、雰囲気が悪かった。えらい迷惑だった。ちょっと今落ち着いている。分解してしまえばいいのに、母がなぜか維持させようとしている。このへんはわからん。僕ならぶっ壊すと思う。




・親の「老い」を受け入れる、長尾和宏×丸尾多重子、ブックマン社

 この本おもろないでえ、最後のところだけ読める感じだったけれど、参考になるところないわい。すぐ売りたい本だ。一番期待した本が、一番ダメだった。




 首が伸びるとか調子のいいこと書いたけれど、調子は一巡して、今現在潰れている。想像はついていた。




 ぼくは菊川多賀の絵、好きだなあ。道立近代美術館の冊子をパラパラするけれど、いいなあ。文楽人形と日本髪は苦手。全部カラー刷りにしてくれればよかったのに。(日本の古本屋 で買える)




・トラウマをヨーガで克服する

 この本、なんとか実践のところまで読み進んだ。ちょっと読んで試せることになった。肩回しは、僕がやっているのと同じことみたいだ。僕は肩回しと、ゆっくり歩くを ゆっくりやるの大好きだ。感触を確かめながら認識しつつ動かす。

13 Fri /12

13 Friドチキン
 
 作業所の先生と立ち話ができた。刺激を受けた。

 作業所のテーラーSG氏は、格好がいいと感じた。職業に対する姿勢がいいし、仕事に対する考え方もしっかりしている。その手から生み出されるバッグは、面倒な手続きを踏み続けてたどりついた成果物なのだろう。


 僕は、網代織りを継続している。もうすぐ終わる。

 
 母は、精神科の診察から先生に怒鳴られたと嬉しそうに帰ってきた。ゴチャゴチャ言っていたら、そんなことここで言うべきことか! みたいに怒鳴られたらしい。怒ってくれる人がいてうれしかったと言っていた。母は案外早く立ち直ると思う。EMDRも受ければ心の傷も癒されると思う。

 この先生の顔、インターネットで見てやろう。見てみたら、ただのオヤジだった。どこがすごい人なのだ。僕には街で会っても見抜けない。


 布の裁断をこれからやる予定です。

 今日は調子が普通だった。ありがたかった。たすかる。

  





12 Thu
 また、網代織り修正変更した。こちらに力が入っている。


 作業所はさっぱりだった。調子が悪かった。帰りの交通機関も攻められるのを想定して存在していた。皆の評判も悪かったと思う。



 父の不明朗は、この家の空中分解を進行させている。僕ものうのうとはしていられなくなりそう。不自由になっても仕方ない。母はかなり追いつめられているが、今日から現実的な対応をとりだした。



 母は、カウンセリングに出かけた。友達に謝罪した。

 父の責任は父にとってもらいたい。父は悪質でのらりくらりした人なので理解できていないと思う。現実を直視できない。




 前に母ががんになったと大騒ぎしたとき、僕はこの家の空中分解をある程度覚悟しようとした。



・ 居間の掃除機をかけたのは、自分のぶつけていこうという男の気持ちのつもりだった。洗濯した。



・ 調子の悪い日はある意味調子がいい。矛盾しているけれど、社会的には悪い日だけれど、個人的には先へ進めるそのアンダーの部分なので、アッパーへつなげていけるので調子がいい部分でもある。


 自分の生活にぶつけていきたいという願望はあるが、実践できるか。




 ペニスの機能不全というのは、疎外感であり、勃つが、出るのが1/4くらいの頻度になっている(出ない日が多い)。余計なお世話でした。

ボランティア・カウンセリング

平成29年10月11日 水曜日

・ 動物愛護ボランティアに出かけた。

 

 子猫が脛(すね)をかなりきつく噛む。痛かったときは本気で引き離そうとした。本気で噛むなバカヤローと思った。

 

 子猫に大事だよとなでると、乳首を噛むように僕の指をくわえて噛む。そういう子猫が3匹いた。結構噛まれて、本気で噛むなよと念じた。

 子猫は母親がいない寂しさを常に抱え大変なんだろう。奴らは恵まれていないのだと思う。愛情に飢えているか。

 

 今日は3人だったので負担が軽かった。それで猫遊びの時間ができた。

 

・ 役所で幕の内弁当を食った。品数が多く、うまく、よかった。満足した。朝食が早かったので腹ペコだった。ガツガツして食った。みっともなかったか。

 

 

 

・ カウンセリングを受けました。先生に母の予約も取ってもらいました。

 今日のカウンセリングは、ペニスの機能不全というか自分のものとなりきらなさについて診ていただきました。

 ボディスキャンから始まり、地下室のペニスの機能不全に会いに行きました。そのパーツはいなかったのですが、骸骨男がうずくまって座っていました。そのことについて聞いても何も喋らず、固まっていました。それで先生の先導のもと、水を飲ませ豚肉を食わせ輸血しました。かなり元気になり、ラジオ体操も一緒にやりました。進展がないので後にしました。この地下室への行く道は、ドアが鉄製の扉で、階段は急傾斜で鉄でした。地下室自体も、スチールかリノリウムのようでした。地下室の部屋は真っ暗だった。

 

 そして、何故男になりきれないのかを先生のリードの下進めました。僕は逃げていると。男と向き合うのを。ならば、僕は男だと言ってしまい、その男ということによって生じる違和感というか、不全感を炙(あぶ)り出すというか、浮き出させることを先生に勧められました。調子の良い時にやるようにと。

 母に幼稚園の時食って掛かって、人のせいにしないでと言われ、食って掛かることをやめた。その前まで俺と言っていたのに、その後は言わなくなった。言えなくなった。

 

☆☆ そのことを帰りの交通機関で反芻(はんすう)していて、僕は母にぶつかるのを逃げたのではないのかと。男として母にぶつかっていくことが、自分に向き合うことだったのに、それを引っ込めてやめて、自分の内にこもった。俺と自分に言うことは、俺は男だということは、自分に向き合うのは、母に男だとぶつかることと同義ではないのかと。

 

 それは、父が野球好きでプロになりたかったのに、小賢しい理屈と小心で勉強に逃げ出世しようとした、そのぶつからなさと共通している。

 

父は野球をやるべきだった。中学はエースだったかもしれないが、北海道にきて中3では補欠だったかもしれない。高校でもパッとしなかったかもしれない。大学では落ちこぼれかもしれない。でも野球でぶつかってほしかった。これはそっくり僕にも言え、ぼくはぶつかるべきだ。

 

 それで、メダカを買いに行った。メダカのメスの腹が膨らみ過ぎている。卵をオスに交尾されて出すことができず、抱えたままになってしまっている。それで別のオスを増やそうとした。家に帰ってみると、小さいメダカばかりで交尾できるかなあと思った。死んでしまうかもしれない。僕のミスでもあった。大きいの、いなかったみたいだったな、店の水槽に。帰りたかったのを長距離歩いてメダカを買いに行った。メダカのためだった。メダカのためにぶつかりに行った。楽な帰宅を回避した。面倒な買い物を実行した。この点はよかった。

・ 脛に傷があった。バカヤロー子猫め!!

 

・ 母の問題が、父の金の不明朗にあった。父がいい加減だから母がとばっちりを食った。母は精神科につながろうとしている。かなり滅入っている。

 

〇 僕自身は今日のカウンセリングでもわかったけれど、かなり甘い。先生には僕の問題がよくわからないと言われた。それは帰りの僕の交通機関前の理解の下で、だったから。僕は、環境や人や問題にぶつかっていかなければならない。回避してはいけない。僕はずっと逃げてきた。問題にぶつかっていかないと、今までと同じように逃げになってしまう。厳しい道を選び続ける必要がある。できるか。逃げるか。

10 Tue 無駄話 /09 Feel Penis/ロルフィング(筋膜リリース)・セルフ

10 Tue

・ 網代織り、端処理の図を更新しました。
 
]kurage0147130.hatenablog.com

 この埋め込みの図は変化ありませんが、ページへ行くと違っています。

 興味ないかもしれませんが。


・ 織り教室に行きました。先生にはあまり良く思われなかったようでした。調子が悪かったのかもしれない。帰りの交通機関で傘男が気になった。臨戦態勢に入った。


・ 母は善意のつもりでやっていたことが、問題に問われるかもしれなくなり、母が動揺している。僕と同じカウンセラーの先生に見てもらうことになるかもしれない。親子共々お世話になるかもと母と話した。


・ 障がい者手帳の更新に役所に出向き、コーヒーを飲んできた。おいしく、身体が暖まり、顔が上気した。血管が膨張したのだと思う。僕には珍しい行動。余裕はあった。
 

・母の問題のほとんどが、父を原因としており、のうのうとしている父にも責任を取ってもらいたい。


・新しい服を着て、ちょっと新鮮だった。

・役所へ自転車を遠乗りし、足がつった。使わない筋肉を使ったらしい。

・母の話を聞き、カウンセラーの先生へ橋渡しをすることになった。ただの日常の休日としては、まあまあだった。

☆・織り教室で、筬・おさへ糸を通すのは面倒だったが・負担に感じたが、綜絖・そうこうに糸を通すのは、どうやったらうまくいくか考え割と集中できたので楽しかった。僕には割と珍しい教室で楽しいと思えた時間。他の生徒さんの世間話を小耳に入れていたけれど、聞きたいわけではなかった。

 ちょっとみたけれど、先生の織っていたのはすごかった。芸術っぽかった。褒めるタイミングを逃した。おっと、一目見て思った。どの生徒さんのかなと思った。

 もうすぐ綜絖通しも終わりで、裂き織りの布を裁断しなければならない。ちょっと負担で、ちょっと楽しみ。鋏を使う楽しさはある。教室へ行く前に準備する。 



09 Mon

・ 朝の公園でゆっくり歩くをやっているけれど、ペニスを身体に統合しようというのはいい企画だとおもった。
 
 そして、歩いていて、あまり統合されそうもない気がして、Feel Penis というスローガンを思いついた。ペニスを感じようという標語。身体全体でペニスを感じる。受け身なのだけれど、身体で感じようとするので能動性が盛り込まれている。

 今日はなかなかセンスがいいゆっくり歩くだった。


・首を伸ばして、ロルフィングで筋膜リリースして首の潰れが伸びてきたので、心も変化するかもしれない。心と身体は密接なので変化が期待できると思っている。

 





08 Sun


 今日は、朝の公園でゆっくり歩くをやったけれど、いつものように踏みしめて歩けていない。グラグラだった。それでやはりこれは、ペニスだろうと察しを付けた。ペニスを自分のものとするように意識して歩くと、なおった。

 ゆっくり歩くも、ペニスを統合するようにしないといけないらしい。だいぶ進歩したなあ。感じも・感覚も今日はよかった。


・ボディワーク入門 ロルフィングに親しむ103のテクニック

 章とか・題とかわからないけれど・本を開くの省略、実際に筋膜リリース・ロルフィングをしてみた。セルフがこの本は必ず出ている。

 交通機関で本を開いて、身体を触りやってみた。ちょっとやっただけなのに肩が軽くなり効果絶大だった。ベストセラーの筋膜リリースはどうなのかわからないけれど、この本はとにかく大正解。僕の神棚行きの本になった。顕現新たか。ファンになった。このまま熱に浮かされ続けることを望んでいます。

 すごかったなあ。この経験は忘れないよお。秀樹かんげき・感激! ハウスバーモントカレーだよ。 僕は古い人間です。わからないでしょう。物置行きのフレーズで終わります

今を生き抜く 幸せに働き、喜んで生きるための36章、根本忠一、コープ出版、2012 中古購入

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Ⅱ 健康であるということ
 [5章] いのちは生きるために


現実を生きる感覚の欠落

P46


 生きることはたやすいものではなく、はじめから楽しいものでもない。明るさだけで楽しく人生を生きようというのは幼稚な幻想である。光が陰を作るように私たちの人生はつねに陰影で彩られ、そこにその人の人生の深みが映し出される。

 希望と絶望、喜びと悲しみ、充実と虚しさ、愛情と憎しみ、それらの狭間に人生があり、人との関係がある。そこをどう渡り歩いたかでその人の価値が決まる。






(kurage0147130:感想:)

 前に読んだときには理解できなかったことが理解できたりした。ちょっとしか読んでいない。つまみ食い。深く、重く、暗く、本質を掴んでいる。染みる言葉があり、働くこと、毎日に必要なことが書かれている。意外にいい本だったんだなあ。前に読んだときは分からなかった。噛み締めると旨み、苦みが、孤独の重さがひろがる。


 自分のエネルギーのほとんどを働くことに費やしているので、この本の重さを感じる。




 リコーダーを久しぶりに吹いた。同じ曲をしつこくやった。久しぶりで感覚がなかった。今日は進まなかった。

 リコーダーのCDカラオケ、バック演奏の人たちに参加しようと吹いた一瞬もあった。

 (prince, purple rain newCD CD3 を聞きながら) 

 

網代(あじろ)織り ( 2017/10/12 修正更新版)/


*網代(あじろ)織り

:2本の糸で織っていく、柄目で先行する糸と後行する糸が交代する。この時端処理するとうまくいく(織り方により毎度でない)。
 四角いマスの柄が交互に浮き出る。同系色だと品がいい地味な柄になり、コントラストの強い色が違う糸を用いるとくっきり柄が出る。


 作業所の先生に織りを習った。網代(あじろ)織りになった。糸の交代が、先生と織りの教室のやり方が違い面食らった。でも、いろいろあるのだなと先生のやり方に順応した。


(2017/10/12) 僕はいま作業所の先生のやり方で網代織りに取り組んでいます。そして、織り教室のやり方を今実行しているわけではありません。僕はへたくそで理解が浅いものです。でも、自分で取り組んでわかったことを共有したく、このページを作っています。間違い、不備はご勘弁ください。



左から右のほうへ見てください(左から右へ向かって経糸(たていと)を張りました)


経糸(たていと)

A(作業所の先生)

(偶数 | 奇数(白を最初に持ってきて、後の並び同じ) | 奇数 | 奇数~)

(茶・白) (茶・白) (茶・白) | (白) (茶・白) (茶・白) (茶・白) | (白) (茶・白) (茶・白) (茶・白)~     





B(織り教室の先生)

(偶数 | 偶数(入れ替え) | 偶数 | 偶数~)

(茶・白) (茶・白) (茶・白) | (白・茶) (白・茶) (白・茶) | (茶・白) (茶・白) (茶・白) | (白・茶)~



下から上のほうへ見てください(緯糸(よこいと)を手前から奥へ向かって織るので)

緯糸A        緯糸B



A(作業所の先生)  B(織り教室の先生)

(続く)


 白
 ・
 茶
  」
          
「            
 白  3.           (続く)
↑ 」          
―――            「
「               白
 白  2.            ・
 ・              茶  3.
 茶  1.          ↑ 」
  」            ―――
               「
「               茶  2.
 白              ・
 ・              白  1.
 茶               」
  」         
               「
                茶
「               ・
 白              白
 ・               」
 茶            
  」            「 
                茶
「               ・
 白              白  3.
↑ 」           ↑  」
―――            ―――
「              「
 白              白  2.
 ・              ・
 茶              茶  1.
  」              」

「              「
 白              白
 ・              ・
 茶              茶
  」              」

「              「
 白              白
 ・              ・
 茶              茶
↑ 」           ↑  」 


注意:

3.の所で柄目が変わる。織りの区切りになっている。柄目が変わると、先行する糸と後行する糸が交代する。

1.2.3.が端の処理の糸で、2.3.は同じ糸。2.3.の同じ糸でこのやりかたで端処理するとうまくいく。

(2017 10 12追記)緯糸A(作業所の先生)のやり方の場合は、柄目が変わるときの2回に1回端処理する。1回は普通に織れる。
 緯糸Bは柄目が変わるときの毎度の端処理だと思う。
 緯糸Aの1.2.3の場所を変更しました。たぶんこれで正しいと思う。たぶんというのは、僕の理解が浅いためです。


今日の織りはこれをやっていなかったので、先生からクレームがつくかもしれない。また煙たがれるか。
僕はミスが多い。




↓端処理の図

:四角のの部分が端処理している

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/kurage0147130/20171010/20171010202616.jpg


(挿入10/8 Sun): 僕は、昨日の機織りでAの経糸に、Bの緯糸のやり方を採用し、先生に今日の修正を要求された。(糸をほどいた・時間がかかり無駄だったが、楽しくもあった)

 網代の模様が出ないらしい。A経糸にはA緯糸をやらないとだめだと今日気が付いた。間抜けだった。先生に昨日確認を取ればよかったのに、怪しい気もうっすらしていた。僕はボケました。

 作業所は冷たくなりましたが、僕は失敗して覚えられて、やり直しのほどきも経験できて一石二鳥でした。なんのこっちゃ。





 これをやるのに時間がかかり、時間内に終わらず、明日先生がたまたま見えられるので便乗して、明日も出席することにした(作業所の休みの日を変えてもらった)。


 作業所の先生の指導を受けながら、ストールを軌道に乗せたい。まだ、途中で終わってしまったので。先生がいないと軌道に乗らない。教えを受けます。よろしくお願いします。



☆☆・ 作業所で、一昨日くらい、織りながら、自分の感覚をこの裂き織りにぶつけていいのだなと、ふと思った。自分の感覚や考え方を織りに反映させていいと。自分の考えを具現化させていいと。この感覚が僕にとって画期的で、こうしなきゃとか、正しいやり方をやろうとしてきた僕には別次元の感じ方だった。

 この感覚が、交通費助成の申請書の封筒書きの時に蘇った。文字をどう書くか、自分の考え感じ方を反映させていいと。文字が小さくなり、よくなった。いままで、バランスとか、こうしなきゃとかに縛られてきた。


・あと、集団のみんなについていくように作業をしようと。集団のみんなを意識している。

・そして、自分のからだを、朝の公園のゆっくり歩くで親和性を得ようとしている。



 まず、ヨガを習いたい。そして、ロルフィングを受けたい。ヨガで、身体と良い関係を築き軌道に乗ったら、首が潰れているこの姿勢をロルフィングで直したい。と思った。まだ実現しない頭の中での考え。





・ボディワーク入門 ロルフィングに親しむ103のテクニック、小川隆之・斎藤瑞穂、朱鷺書房

 この本、情報が書かれていて、正しい情報が書かれていて、それに触れる喜びがある。
人体のことが出てきて、骨とか・筋肉とか、たぶん入門的な情報なのだろうけれど、僕にとってはちょうどいいレベル。
ひとつずつ情報を与えられて、ロルフィングなるもの、人体なるものに近づく楽しさがある。組み立てる楽しさ。


・トラウマをヨーガで克服する

 この本も正しい情報と新しいやり方・考え方を紹介されて、それに触れる楽しさがある。

 身体との関係を変えるにはこの2冊結構重要になってきている。



 坂本のメディア・バーン・ライブ を聞いていて、集団(坂本達ミュージシャン連中)に所属される楽しさがあるのかなと思い始めている(まだ薄ぼんやりだけれど)。参加するというのか。集団の一員になるというのか。拍手も入っているし。

 今は明るいことが書けています。ありがとうございます。




菊川多賀 ひとつの記録 の僕のよりいい写真があった。

菊川多賀 - Google 検索

元データ・ブログのリンクです。

guthries.exblog.jp

05 雑記

10 5 Thu

・ 作業所は、裂き織りが終わった。80センチ出来上がりを82センチ織った。最初の2センチのとこに、失敗があり、(経糸・たていとをきちんと緯糸・よこいとに通すのを飛ばしていた。間抜けた出来になっていた。)工作したが失敗とすぐ分かり隠せなかったので申告した。ギリギリセーフでミスとならなかった。その部分を縫う人に・テーラーSG氏に、カットしてもらう。何とか切り抜けた。

 今日も出来上がりに、スタッフに褒めてもらった。僕は失敗ばかりして、褒めてもらうのは初めてだ。いつも睨まれて作業してきたので、ありがたかった。

 ボスの布選び、先生の織りの指導、ボスのエンジ色を少なくするという指定の下でうまくいった。

 今度もストールを織ることになった。すぐに仕事が回された。ちょっときついけれどそういうことになった。糸は、どうでもいいような、僕にとっては変な糸だった。キャメル経糸、キャメルと黒の縞になった緯糸になる予定。明日先生の指導が入り決定される。

 今日はボスもスタッフも機嫌が良かった。僕にとっては珍しいことだ。



・ある貴婦人の肖像、ニコールキッドマン、ジェーン・カンピオン監督 を1時間昨日見た。

 カラーパープルのような女性の成長かなと思ったけれど、キッドマンなので、大人の戦争人間関係みたいなのらしかった。息詰まる進行がなされている。不穏な空気が流れ、よい映画なのかわからない。直感でこのDVDを見ることにした、選んだ。



・親の老いの本を何冊か注文した。

1..優しくしたいのにできない―親の「老い」と上手につきあう知恵と工夫

2...親の「 老い 」を受け入れる ~下町医師とつどい場おばはんが教える、認知症の親をよくする介護~

3....介護のススメ!: 希望と創造の老人ケア入門 (ちくまプリマー新書)



交通機関では、ボディワーク入門 ロルフィングに親しむ103のテクニック、小川隆之・斎藤瑞穂、朱鷺書房

を読んでいる。あまりに真面目な本で、教科書のようだ。

 
・トラウマをヨーガで克服する

 を昨日寝転がって読んだ。だいぶ進んだ。最初のほうの、トラウマの医学的な説明はよくわからなかったけれど、そういうものかと思った。暴露法から最近ではボトムアップの身体の感覚を、自分の身体と仲良くしトラウマの自分の身体を戦場にしてしまう自己疎外に対抗する方法へ移り変わってきたらしい。

 公園でのゆっくり歩くは僕が自己疎外と戦うのにすごく役立っているのかもしれない。
カウンセリングの先生の、僕の心の骸骨男とのコミュニケーションが今になって効いてきたのかも。EMDRはもちろん効果があると思っている。

 自分の身体と仲良くなりつつあるのか、他の人を愛そうとか、そういうのを通して自分を愛そうとか、
作業所のみんなについていこう。みんながいるから付いていけるとか、そういう流れは、最近の僕が変わりつつあるのを感じる。他の人や自分に対してオープンになりつつあると思う。

 カウンセリングの先生に性のことについて話題を取り上げてもらって、そのこともすごく大事だと思っている。僕は少しずつ自分の身体が安全になってきているのかもしれない。すごくありがたい。

10-05 (Tue)

追記
 ひよっこ、の安部米店の娘、みつおの恋人になる 伊藤沙莉 が好きだった。お笑い路線を超えるくらい面白く、キャラクターに惹かれ、配信のトランジットガールズもみたいと思った。





 午前中は割と作業所で動けていたと思う。

 皿洗い中に調子が悪くなり、ノロノロになった。

 作業を始めても、皆についていこう、皆を目標に頑張ろうで乗り切ろうとした。帰りたい気持ちも出ていたけれど、やる気はあった。それで何とかついて行った。

 テーラーSGさんの目には、僕はやる気なしに映ったらしく、あいつダメだとスタッフに言ったみたいだった。それはテーラー氏には当然の行動だったろう。テーラー氏は、いつも全力で、皆の先頭を走っているから。

 僕は走ろうとする必要はあった。


 収穫は、皆についていこうとしたこと。集団のみんなを目標にしようとしたこと。一人で走ろうというより、皆を目標にしたこと。だったら、皆を目標に走ればいいのかもしれない。言葉尻のうわ言か。まだ現実味がない言葉だけれど。だから、全く駄目だったともいえない。


ホロヴィッツ 1966年カーネギー・ホール・コンサート 2枚組、ヤフオク! 中古黄色くなったの格安で購入

 2枚目:1:スクリャービン ピアノソナタ第10番作品70

 この曲はすごかった。2枚目の3曲しか聞いていないけれど、ピアノが叫び吠え、かき鳴らす 抽象的で キチガイに通じる狂気のような演奏で迫力があった。聴衆の拍手もすごかった。痺れた。

 オーベルマンの谷、というのもすごいらしい。アマゾンレビューに書かれていた。

youtu.be


・裂き織りで: ミスも2日前にあったけれど、今やっているところは、いいと感じるよと言われたりしていい気になった。でも、僕はへたくそで、素人というのは変わらないので、いい気になるのを取り消した。

 ボスにエンジの着物を裂いた緯糸(よこいと)を何本も渡さないで1本くらいにするようにと言われた事と、先生に一回の横糸を2回渡すくらい巻くと良いと杼(ひ)に巻き取る方法をアドヴァイスされた(実際は、一色3列くらい)のが、成功につながったらしい。

肌色・茶色、
青・縞、
エンジ、
灰色、
青だけれど灰色に近い、

の緯糸(着物)を使用している。色の選択は、直感を頼りに行っている。これしか芸風がない。苦肉の策。

菊川多賀(画家) 写真掲載/ ×10-02 Mon/01/他者を愛する・

〇菊川多賀:菊川多賀展 生命の群像、北海道立近代美術館、1987
(日本の古本屋で入手可能)


 37 ひとつの記録(菊川多賀)、昭和52年(1977) 180.5×281.0 第62回院展東京大空襲の様子を描いたらしい

菊川多賀 ひとつの記録



 52 道標(菊川多賀) 昭和59年(1984) 180.5×187.0 第69回院展:上の絵がモノクロで掲載されていたので、カラーのものも載せてみた。本当は上の絵のカラー刷りが見たかった。

菊川多賀 道標


他の人のブログで、僕のよりいい写真もあった。

guthries.exblog.jp



10/02 Mon

 今日は調子が悪いという口実の(自分内)楽園に逃げ込み、ノロノロやった。皆の不興を買ったと思う。スタッフもまたかとおもわれたろう。

 作業所の一員としての自覚がなく、周りに甘え、依存しているのかもしれない。自分が集団内の一人をやり、その一人を責任を持って任されている、その気持ちがないからか。

 見るべきところのない、迷惑をかけただけの一日だった。



10/1 Sun

 裂き織りは見るべきところなく、全くのどん底だった。失敗フォロー小細工もしてみた。地べたを這いずり回った。

 掃除機、箸洗い、ゴミ捨てはその分頑張ったつもりだったが、どうだったのか。
 
 直虎、虎松の日の本一の草履番はよかったな。そうこなくっちゃ。一番低いところから、工夫と努力で登っていくのだろうなと想像した。

 自分の抑圧を愛することは、他者を愛することにもつながるかもね。妄想かもしれないけれど。自分のいろいろな部分、自分の中の他者を嫌っちゃだめなんだろう。まだ他者を嫌うところがたくさんある。精進しなくっちゃ。




「ワラジムシ君の友達なんだよ」


 ワラジムシと戯れていたら、鳥さんが頭をコツンコツンと叩いた。痛いなあと言ったら、気のせいだろうという。お前が叩いて痛いのだから、気のせいなんかじゃないと言ったら、文句を言うなと鳥の野郎に説教を噛まされた。あの鳥野郎と悪態をついたら、空まで飛んで来いよという。

 それで羽ばたいてみたら、宙に浮くんだな、これが。バタバタ羽ばたいて、鳥の頭を拳でこっぴどく叩いてやったよ。この石頭、お前の頭は硬いなあと言ってやったんだ。空の上からワラジムシに手を振ったら、ワラジムシ君、笑っていたよ。僕も微笑み返したんだ。僕とワラジムシ君は友達なんだ。君と一緒に空を飛びたいな。ワラジムシ君も空においでよ、と呼びかけても、笑って足を振っていたよ。イヤいいんだと。

 空の太陽は暑く僕の羽を焼き、首に日焼けができた。どんどん羽ばたいて太陽に向かっていこう。どこまでも羽ばたいて、身体が焦げるまで太陽に向かっていくんだ。熱く暑く、こんがり丸焼きになるまで飛んでいこう。僕の丸焼きは、ワラジムシ君の胃袋を満たすだろう。ああ、僕は焦げて丸焼きだ。おいしい、肉の塊さ。ああ、僕は焦げていく、落ちていく、消えていく、どこへ行くのか、わからない。ぼくは消えてなくなる。ワラジムシ君、君は僕の親友だったよ。忘れないよ。ああ、友よ! 僕を覚えておいておくれ。僕の味を、僕の旨さを。忘れないでおくれ。君が覚えていてくれれば、それでいいんだ。君は友達さ。

(解説:たぶん性欲だろう。太陽に向かっていくのだから)






平成29年9月30日 土曜日

〇(自分の中の他者を愛することは、自分を愛すること)

 作業所で、女性のことを嫌だなと思った。伝わったと思う。傷ついて僕を嫌ったかもしれない。当然だけれど。



 僕は、自分の中のその女性を否定していた。それは、自分の中のその女性という部分を否定する、自分を否定する行為だ。他者を否定しているようで、自分を嫌っている。

 僕は、自分の中の他者を好いたほうがいい、好きになろうとしたほうがいい、と思いついていた。


 けれど、このことを考えながら地元を歩いていて、他者というのは、僕の考える架空の他者ではなく、利害関係のある他者を愛することではないのかなと思った。




 詳しく利害関係のある他者を言うと、僕を嫌いな人、僕を攻撃したいなあと思う人、作業所の人、親、歩く・交通機関で僕と触れ合う人、そういう、好き嫌い憎しみなどを伴う、直接の関係者を愛そうとすることが、自分を愛することにつながると思う。利害関係があるから難しいけれど、それができないと、僕は自分で自分をスポイルし続けることになると思う。

 他者を愛せないのは、自分を愛せないことにつながると思う。





・作業所の裂き織り、もたもたしながらもセッティングを終え織り始めた。格好良くなく、ボロッちかった。





 今朝の公園でのゆっくり歩くは、お腹に違和感があり、それを愛そうとした。そこから他者を愛するというのも生まれた。お腹の違和感は異物だ。排除したい。でも、自分のものだから愛するしかない。逃げることも誤魔化すこともできない、徹底的に向き合おうとするしか解決策はない。逃げることは滅ぶことだ。

 作業所で、ちょっと違うなと思い、自分の頭をペニスだと言おうとした。そしてちょっと違うと思い、お腹の異物をペニスだと思おうとした。そうすることで解決しようとした。どちらも成功せず。

 お腹の異物をペニスと思い愛そうとする手しか思い浮かばない。抑圧に対しては。

9/30 Sat

平成29年9月29日 金曜日


 作業所の今日の昼飯当番の女性が配膳で味噌汁をこぼした。皆に当たらなくなった。その方は仕事のできる人で皆に信頼されている。テーラーSG氏も積極的に許していた。僕は少しなんだあ、となった。


 それは僕にその女性の失敗を抱きしめる余裕がなかったためだと思った。周りの僕に対する否定も弾き返したいと思っていた。ちょっと思って、それは僕に対する周りの否定も、周りの攻撃も、その女性の失敗も僕に抱きしめる気持ちがないからだと思った。繰り返しているけれど、僕の側に否定や許容度が低いためだと思われた。なんでも抱きしめてやればいいと。


 父も高齢で身動きが利かなくなってきたけれど、父が僕にしたことをおいといて、父にやさしくする、父を抱きしめてやればいいなあと思う。





・ 作業は、僕は裂き織りの実施に早くならなければいいなあと思っていた。逃げ出したいなあと。そう、僕は仕事をしていながら楽園に逃げ込もうとしていた。僕が逃げるための楽園への逃亡を考えていた。


 僕は、作業所の裂き織りを背負って立つ、作業所の中での裂き織りの人を担おうという姿勢が大事かなと思った。自分で役割を担い、背負って立つ。ちょっと格好良すぎるので変換すると、責任を持って自らやろうとすることです。それが理想かなと思った。そういう姿勢を持てればいいなあと思った。


 本当は家でも生活も、そこを中心に考えられるようになれればいいなあと思う。裂き織りの本を読んで勉強するとか。そこをしないなら僕の思っていることは嘘かもしれない。虚飾の、戯言(たわごと)。




・ 僕は自分を慰める、onanist, masturbatist という特化した、自分で満足する存在をしばらくやったほうがいいかもしれない。この精神状態だと。

28 Thu

/作業中、テーラーSG氏の仕事ぶりを見ていて、自分も振り返った。

 作業をどう進めるかは全部任されている。裁量は全部自分にある。だったら工夫するようにしたらどうだろうと。

 いままでは、正しいやり方を見つけようとしていた。正解を探そうと。そして、上からやらされているというか、上からの仕事だから、上の命ずるままに、命令に従うように隷属しなければならないと思っていた。

 それが裁量が自分にあるということは、どう進めてもいい、ただやるからには良いものを作る必要はある。工夫する裁量も任されている。

 どうやるか試行錯誤する裁量も任されている。権限が、ある部分自分にあるという発見。





・孤独な人が認知行動療法で 素敵なパートナーを見つける方法

 を読んでいて、孤島に流されても、課題はあるし楽しめると。一人でいることを楽しめないのはおかしい、人の中で楽しめないから、恋人とも楽しめないとなるだろうと、というように理解した(曲解か?)。一人で楽しめることが、他の人とも、恋人とも楽しめることにつながると。一人でいることを楽しもうと。


 恋人、夫婦の交わりが最高ではなく、慰めでも楽しめればそのこと自体は格下でも、中途半端でも、代用でもないのかもしれない。慰めを一人で楽しむことは大事なのかもしれない。




・みんなのXES、橋本治 

続きを読んだ。二人の人間のぶつかり合いが、交合だと。そのためには個人に内面の力が必要だと。そのための準備ができない人には早いと。僕は子供だからまだ早いかもしれない。準備は整っていないかもしれない。本の中ではもっと素晴らしい文章で、素晴らしく描いている。僕の要約は魅力がない。

ボランティア・カウンセリング・集団の中の自分

ゴッホ(vincent van gogh)
の絵あった。拡大できる。

草むらの中の幹(Boomstammen in het gras)、1890、クレラー=ミュラー美術館(kroller muller)、
krollermuller.nl





平成29年9月27日 水曜日


・ 動物愛護団体ボランティアに行ってきました。

 前回、きちんと掃除せず帰ってきたので今回は猫を封印して奉仕のみに特化した。

 一緒にやった女性ができるひとで突っ走っていた。僕もついていこうとした。今回のコンセプトは、ボランティアはプレイルーム付の喫茶の仕事の中核の仕事だ(営業中ではなくてセットアップとして)、それをきちんとまわしてボランティアは担(にな)うのだ、との掛け声を勝手に自己内に作りやろうとした。


 今回ボランティアきつかった。終わったらどっと疲れていた。今まで慣れようとしてきたし、遊ぶことを中核にしようとしてきたのを作業が主で、猫遊びはなくてもいいとしたので、作業中心だった。これからも猫盛り上げ、人間活動の作業が中心、喫茶のための貢献、喫茶業務の中核だ、と作業中心でやっていきたい。


 ここまで書くといい人みたいだけれど、前回小物を倒して、今回掃除したら猫のしっぽの折れたのが落ちていた。僕が壊したやつだ。今回謝らなかった。次回謝るかも。僕は商品を壊していた。次回以降も作業中心で喫茶業務の下支えをしっかりできるようになりたい。僕は雑用を通して、店を回すという経験をしている。この滅多にない機会で学びたい。それを通してしか、猫しっぽ折りの償(つぐな)いはできないと思う。






・ カウンセリングをしていただいた。カウンセリング中、僕の「おんな」を読んで頂いた。感想はもう少し技術がないとみんなには読まれないだろうという正確なものだった。ただ、僕が性を中心にとらえようとしているのは、性を描けるようになったのは前進だったと認識を共有した。


 カウンセリングの先生には、男の僕と性について話すという負担をかけ、僕の性のことについて話題にして頂くという、僕のための時間を作って頂いた。


 先生の見解は、女性に性的に興味を持ち、盛り上がるのは健全だと。石鹸天国はNGという僕と同じ意見だった。でもこれ、僕は選択肢として含んでいたけれど、先生は除くことを望んだ。搾取、金の流れ、女性の隷属があるからという考え。僕も賛成した。


 彼女を作れという、でも今の僕は成長途上なので、女性と付き合うのは早いかもと、猫ボランティアくらいがちょうどいいだろうという意見だった。




 性のことについて話していただいて、聞いて頂いて、橋本治:ぼくらのXESを僕が持ち出した。健全な本だろうと。持っているけれど読んでいないといった。帰ってから読んだら、よさそうな本だった。正面突破の健全な性の明るい本みたいだ。性教育がはやったころの本だろうと思う。


 アメリカには、性の健全な部分があるとの先生の意見だった。日本は暗いと。僕も、インターネット検索の商業・性は暴力、男性優位、攻撃、虐待を含んでいて参考にならないと思っていた。先生は、写真集(明るい内容のもの)などを媒介にして、想像力を使い、健全な性を育むのがよかろう、女性に性欲を持つのは、純粋な場合よろしいだろうというような意見だと理解した。




 僕は、ノルポ(暴力)と性がゴチャゴチャで、健全な性という発想がなかった。女性に性欲を持つということ自体に後ろ暗さを持っていたけれど、それも性についての明るい発想がなかったのもあったのかもしれないと、先生の明るい性を聞いて思った。


 今日のカウンセリングは、認知の転換みたいな内容らしかった。EMDRはいっさいなく、必要もなかったろう、僕の考え方を導いてもらった。先生には扱いたくない内容かもしれないけれど、強いてしまった。




 昨日見たクローズアップ現代リリーフランキー障がい者の性についても少し話した。映画のモデルのNPO代表の方の、障がい者も性欲を持つという当たり前のことを、声に出して社会に開こうという活動、健全さには、カウンセリングの先生も賛同したらしかった。テレビを見て、皆普通の人で、信頼できるなあと感想を持った。性について悩んで、実践して、もがいて、苦しい問題だけれど大事なことなので軽んじられないと思う。


 カウンセリングの先生に性について僕を扱ってもらったのは有難かった。ありがとうございました。(!読まれていることを意識して)

 






・ ユニクロでグレーのシャツを買ったのだけれど、チェックというか格子のグレーのもあった。どちらにしようか迷った。着たいのを買った。グレーのシャツ。

 迷ったのは、格子のものは社会・作業所の中で皆に軽く僕を認知してもらえそうだったから。気安く思ってもらえると。グレーのは外出着として着たいという格好つけの部分を含んでいた。グレーなので作業所で着るのに当たり障りないとは思うけれど。


 何を言いたいかというと、皆の中での僕を格好つけるか、気安い存在として扱ってもらおうという、皆の中での自分という立場、どちらが大事でどちらを取るかという問題。今回は格好つけた。


 自分にこだわるか、皆の中の気安い自分を取るかという選択。カウンセリングの先生ならどう考えるのだろう。僕にとっては難しい問題。こういう発想が出てきたこと自体、前進だとは思う。


 集団の中で、気安い存在として出現していこうというのは悪くない発想だと思う。これが僕のこれから目指すべき方向かもと思う。でも、格好つける、自分に執着する気持ちもまだ残っている。


 少なくとも、集団の中で、自分は捨てる方向も大事だと思う。チームプレー。フォア ザ チーム。この辺の問題、普遍性があってどう考えればいいのだろう。僕はどうしたいのだ。集団の中でやっているのだから、気安いを優先するのは正解だと思う。
集団の中では気安い、をやって個人としては格好つければいい。割り切り作戦もありかなと。そうすると、衣装バックパックが必要。かもしれない。



 でも、自分に執着するのも古いかも、とも思う。それだけ、集団の中の自分という発想が大きくなってきているかもしれない。皿洗い、ゴミ捨て、掃除機かけ、ボランティアと、成長させてくれるアイテムを手にしているので、続けていけば回答はおのずと出るかも。



・ 昨日ゴッホの検索かけて、画像がいいのがあったので、乗っけた。

vangoghmuseum.nl



ゴダール の ブルーレイ 買うのはいいけれど、攻撃をどうとらえるか。男の特権みたいに執着するのもどうかと。キューブリックも暴力を中心に据えていた。共通性はある。と思う。

 ゴダール、買わないで卒業という手もある。

・孤独な人が認知行動療法
素敵なパートナーを
見つける方法

デビッド D.バーンズ:星和書店


 先生の本をまた読みたい。(途中で投げ出していた) 

つぶ貝・道近代美術館

ゴッホ 草むらの中の幹 - Google 検索


菊川多賀の ひとつの記録 画像わからずこれで代用
菊川多賀 - Google 検索



平成29年9月26日 火曜日


25 Mon のこと。


 織り教室に出かけた。ランチョンマット、裂き織り、よこいと・着物の白、たていと、緑色。鋏で着物をカットした折り返しを引っ張りだしアクセントになっている。着物のプリント、松とトラが少しアクセントになっている。全部先生のアイデア。やらせてもらったのが終わった。かがり縫いも習った。



 帰りに、さっぽろオータムフェスト2017 西6丁目でつぶ貝2個500円を食べた。たぶん格安。新鮮だった。だけど、初めて食べたのでおいしいのかどうかわからない。僕にとっておいしいという部類ではなかった。全くの新鮮。海の塩味より、しょうゆをかけて食べたかった。

 つまようじが挿してあり、中身を引っ張り出して食べた。帰って母に言うと食べれない部分があるのじゃないかと。僕も食べていてどうかなあと思ったけれど、全部食った。クチャクチャ貝を食った。繰り返すけれどうまくはなかった。でも、年に1度は食べてもいい。中学生の時に、父と利尻礼文に行ったとき食べたかったのを言えなかった。金がかかると思い。それに父も内向的な雰囲気だったし。(その時は外交的な人だと思っていたけれど、閉じていたのは確か)

 生まれて初めてつぶ貝を食べた。おもしろかった。



 出店は、働いている人が、狭い中、全部の注文をさばくという過酷さを感じた。来ている人も、どこの人だかわからない危(あぶ)なさはあった。調子の悪い時は絶対寄らないイベント。けれど、おもしろかった。ゴミ箱に、丁寧に後始末した。





26 Tue
 

 ゴッホ展を見に近代美術館に行った。開館15分オーバーで行ったけれど、すごい人並。真面目に見る気はなかった。そもそもゴッホをまじめる見る気はなかった。

 最初がすごい人だかりなのでカット。中盤を見た。後半もみた。前半は最後まで近寄れなかった。

 変態的な色遣いと、ひまわりや糸杉っぽいタッチは見られた。ゴッホだからというのはなかった。もともと有難がろうと思っていなかった。



・ タラスコンの乗合馬車、に立体的なものを感じた。好き。
・ 男の肖像、目の表情がいい、というか印象的。
・ 渓谷(レ・ペイルレ)、しつこくこれでもかと入魂してグリグリ。
☆ 草むらの中の幹、1890、クレラー=ミュラー美術館、これが最も好きだった。僕が見た中で。木の幹の色遣いが好き。

・ 感じが良かった、気持ちよかったのは、最後の、ポプラ林の中の二人。


 混んでいて、息がつまりそうで、人いきれで、嫌な場所だった。(絵を見るのはいいことなので、半分くらいの気持ち)

 写真より実物はいい。

 
 終わってからの感想:自分と向き合って絵を描いていたんだなあ。絵という行為はは地味だ。色遣いが変。




・本命:近美コレクション 2017/08/26-11/07

 北海道美術50 名作の秘密を探る


 こちらは見る予定がなかったけれど、見ていた人4人だけ。あとは職員のお姉さん。だから空いていて、フリーで見られて、スペースが多くて、静かで本命になった。格上げ。


 こちらはよかった。谷文晁、蠣崎波響、中原悌二郎、と怒涛の始まり。知らない人がほとんど。
木田金次郎、青い太陽、迫力あった。良かった。気持ちがいい。ゴッホと同格。
神田日勝、室内風景。新聞紙にうずくまる男。人形が置かれている。ものすごく斬新。最初は小学生の時に見た。3回目くらい。



☆本題は、菊川多賀、ひとつの記録、1977

 これ僕にとって別格。東京大空襲の女たちが、左を向き、右に髪をなびかせ、多数逃げ惑っている。すごかった。初めて見た。



☆2番目:2回の陶磁器の部門、流政之、ナガレバチ、1988、大理石

 格好いい、攻撃的、エッジが効いていて、すごい。ロックみたい。僕はミーハー。後ろにも回ったけれど、よかった。


 砂澤ビッキ安田侃の良さは僕にはわからず。見識低いか。

 良いのばっかりだろうけれど、僕のフィルターが普通なので掬い取れない。


 書き終わって:僕はやっぱりアホか。かいていることが月並みだ。

24 Sun:雑記 / 本:

24 Sun 下のほうに、☆☆あり。


・ 今日小耳にはさんだのですが、作業所の別の部門の女性が、作る以外仕事と思っていないとか、その女性のことが思い当りました。(このときは誰のことを言っているのか?だったのですが、自分なりに推測してあてはめました)
 そのニュアンスは、作ること以外を馬鹿にしているという意味だと思った。

 僕は皿洗いをしていて、女性が割り込んでくること4回くらい経験した。そのいつもの女性。この間は話しかけ、向こうの洗面台ではだめなのですか、と問いかけると、使っているとのこと。
 今度割り込んだら、手を洗ってあげましょうと言い、洗剤を上からかけ、お湯を流してやろうかなと思っていた。

 けれどこの小耳にはさんだ話だと、その女性、病気か、まだ子供なのか、作る以外を馬鹿にしているらしい。僕は皿洗いをいつもしているし、ゴミ捨ても始めたし、格好のばかにできる対象だ。昨日は、ゴミ箱を雑巾で拭いていたら、その女性隣のゴミ箱にごみを捨てにきて、上から覗き込んでいた。たぶんバカにしていたのだろう。


 ということで、目には目を作戦はまずいとなった。僕のやっていることを理解できない状態の人に、ちからで対抗するのはまずい。悪い印象で、敵対してしまう。ある程度懐(ふところ)に抱いて、許容するのがよかろう。ぼくのせっかちで、気持ちの小さいのが災(わざわ)いを生むところだった。小耳にはさんだのはよかった。いい情報だった。(面白くない話で、嫌気がさしましたでしょうか)


教訓:いろいろな立場のいろいろな状態の人がいて、力に対して力で対抗したり、嫌がらせに嫌がらせで対応するのはまずい。柔軟に、受け流すくらいの気持ちが良いらしい。どんなことが降りかかっても、むきにならず、柔らかく、機転を利かせ、抱いてやればいいらしい。勉強になった。





・テーラーSGにジュースをあげる話は、やめにした。どうもテーラー氏は僕を仮想敵国としたいらしいみたいだし、それを敢えて、懐柔(かいじゅう)するみたいなのはまずい。競い合う、反目する、ちょっと敵対っぽい関係でもいいかなと思った。この間は、テーラー氏がゴミを捨ててくれたけれど。(ちょっとテーラー氏ってお茶目?♡ ((カマっぽくハートにしてみた。ウォー。))皆に好かれる人だけれど。)

・明日から3連休もらった。ありがたいです。作業所の上の人には頭が上がりません。休ませてもらいます。





☆☆・母が頼りなくなりつつあるような。僕を含めて、死や病気、老いは静かに確実に進行している。表に見えなくても、それが止むことはない。常に裏側で動いている。僕や父母の生と同時進行で動いている。見ていなくても感じていなくても、忘れていても、誤魔化そうとしても、確実に進行している。止めることはできない。覚悟しないとだめだ。(覚悟できない。誤魔化している)


飛行物体も飛んでいる。いつ落ちてくるかわからない。死もよけられない。そんなバカな! では死にたくない。せめて覚悟の上、犬死したい。自分の命が終わっても、ああ終わりだな。やはり来たか、で死にたい。僕にはまだ覚悟はない。なくても来るときは来る。覚悟しない僕が悪い。犬死だったな、で死にたい。戦争、他殺、病気、事故、覚悟の上死にたいと、覚悟の決まらない僕は吠えた。ワオーン。わん、わん。

 




23 Sat

・トラウマをヨーガで克服する、デイヴィッド・エマーソン、紀伊国屋書店



・ボディワーク入門 ロルフィングに親しむ103のテクニック、小川隆之/斎藤瑞穂、朱鷺(とき)書房


 を読み始めました。


 ヨガも習ってもいいやという気分です。公園でゆっくり歩くをやっているので、これらの本を読んでも身体に興味が移ってきました。

 僕の身体を診てくれる人が札幌にいないので自分でやるしかないのかということになってきました。ゆっくり歩くでは、身体との対話が始まってきたか、というところです。自分の身体とコンタクトをとろうという、小さな盛り上がりになってきた。抑圧への最短距離かもしれないという下心もある。

難しい、自分にとって厄介な部分に踏み込んできている気もする。ゆっくり歩きは、感触のある日もあるので力が入っている。

 昨日睡眠剤飲んで寝た。久しぶり。毎日になるのか? 1/4錠で効きます。それ以上飲むと寝小便する。布団にでっかい日本地図を描いて、新聞紙の上に寝る羽目になる。

おんな

平成29年9月22日 金曜日


 きみのお尻、かわいくてsexualでたべちゃいたいよ

 そう、そんなにほしい? あたしのお尻、ほしい?

 もちろん、きみはかわいいよ、ぼくはこんなにほしいんだ。

 あなた、いまだけわたしがほしんでしょ。ずっとあいしてくれる? ずっとじゃないでしょ。すぐに色あせるのよ。うつりかわって。あたしが更けたら別の女に手を出すのよ。
 
 そうかもしれない。的を得ているよ、きみのいうことは。僕はきみに今、勃ちあがっているんだ。ほしいよきみが。どれだけほしいかわかるかい。

 あなたに抱かれるのは簡単よ。でもいっときのことは嫌。あなたはえいえんのひとじゃない。去る人よ。だからいや。

 こんな僕をどうにもしないなんてひどいじゃないか。どうすれっていうんだ。こんなにもりあがっているのに。



 あなたはいやなの、さよなら。(手を払いのけ立ち去ろうとする。男が手をつかんで、女の腰に手を回そうとするのを、強引に振り払って女退場。男は取り残される。一人部屋でマスするのか。男は見透かされた。女を愛する人ではないのを男は分かっていた。一人で盛り上がり、一人萎(しぼ)んだ、男にとっての真の女は立ち現われるか。



現れる時は、女を正面から個として見て、女の一生を照らし伴奏する覚悟を持ち、醜さ、厭らしさ、不快さ、挫折をも背負って人生を女との個人としての道を孤独に歩む覚悟のできた時だ。男も個人として存在の暗さを正面から捥(も)ぎ取り、おのが栄養として生命の流れの一部となり朽(く)ちていくところまで覚悟しなければ、死ぬまで添い遂げることはできないだろう。女に覚悟はあった。男にはこのときまだただの欲望だった。


 あなたじゃないのよ、
 おんなはひとり吐き捨てた。




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