父とどうやって対決したらいいのか? でななくて、率直な物言いが大事?

EMDRの先生に読んで頂いて、父問題ではないのではないかと言われた。率直に言う訓練のアサーティブ?(アサーション?)ではないのかと。確かにそうかもしれない。強引に父に関連付けすぎているのかもしれない。鼻が利かないもので、どちらをどこまで進んでいるのか、自分ではよくわかっていない。
 次回から、アサーションをやって頂けることになりました。よろしくお願いします。


先生、よろしくお願いします。

・ 施設の同僚先輩、掃除機(仮名)さんについて取り上げます。
 掃除機先輩は、掃除の仕方を僕に4回くらい教えてくれました。専用バケツでのモップの絞り方、モップバケツのポジション取り、床の刷毛目に対してのモップの使い方、等でした。この施設で教えてくれたのは、前任の上司と掃除機先輩だけです。

 そして今回取り上げたいのは、この掃除機先輩の人に対しての接し方です。
 掃除機先輩は、人に対して文句も言います。言いたいことは言います。僕の調子の悪い時に殴ってやる、で来て、この野郎と思ったこともありました。しかし、掃除機先輩は裏表のない人です。言いたいことを言っているだけであと腐れがありません。その時だけだとわかりました。
そしてその掃除機先輩を、皆愛していることを知りました。思っていることをぶつける掃除機先輩は愛されているのでした。
 それと比べるのもなんですが、僕の態度は、周りの様子を窺い合わせる、と言う距離感です。だからか好かれません。僕は委縮し、合わせることを習慣としてきました。そういう態度しか知らなかった。でも、掃除機先輩と接し、その掃除機先輩が愛されているのを知って、僕の価値観も変えていいのだと知りました。僕が掃除機先輩のようになる必要はありませんが、人に本心をぶつけるというのは学びました。
この部分は掃除機先輩から盗み、僕も自分を運営するうえで変えていきたいと願うようになってきました。
 現在僕は施設で、月曜金曜の調子の悪い時、上司を含めまわりに「くたばれ」と思われ接して僕に来られるのが常識になりました。施設の糞野郎どもめ。
くたばれ、と思われ、露骨に態度に出し、接してくるのは我慢がならない。そんなやつ、僕の方でもくたばれだ。
でも、周りの態度は変えられないし、しばらくずっと続くだろう。僕は仕事では一応手抜きをしないで一生懸命やっている。時間を余して終えられるようになり、その余った時間、他の仕事を割り振ってもらってこなしている。やっと人並みになりました。これはカイロの先生のおかげです。
 掃除機先輩には教えられてばかりです。でも、掃除機先輩の本心をぶつけると、僕の本心をぶつけるは違う気がする。僕の場合まだ男を抑圧している。


・・ EMDRのカウンセリングの先生に、本を次から次へと読み切らないでしまっている、取り組みも次々変わってしまっている、とだいぶ前に指摘されました。そのときはそうだけれど、特に気に留めなかった。
 でもいま、流しに皿が積み上げられ、部屋が汚く、これを変えるのに、「やり切ること」の大事さを思うようになった。途中で手を離したり、移ったりするのはADHDの特徴だと思うけれど、これを本当に理解しADHDとしてやっていくには、この弱点をわかったうえで、それに対して「やり切る」という姿勢を持ち実践することのみが改善策だと思うようになった。今まさにわかっているのにやっていない状態です。だから歯切れが悪い。それでもやり切るという、に取り組まないと何も進まない。中途半端は僕の弱点です。

・・・ 税務署で教えてもらいながら思っていたことは、母は、年90万以内で僕に残したはずだけれど、そんな通帳あるか? という話です。母は、相続の時に僕がどの通帳で90万以内でもらったかわかるようにはしなかった。それは、僕の相続段階をイメージできていなかったから。母が分かってやっていればいいと考えていた。僕は母の残した通帳全部、税金を払うことになった。母は、相続の肝心な点を理解しないで通帳をつっていた。
 僕が言いたいのは、なにごとも本質と肝心な点を掴んでいないと的外れなものになるということです。こういうことは良く起こります。自分で取り組んでいて失敗するのは、完成形とか本質をつかんでいないために失敗するということ。手芸施設での僕の失敗は全部この手のものだった。長さが足りなかったマフラー、端がほつれる裂織、みんなよくわかっていないことから来ていた。社長の要求をことごとく失敗した僕は、嫌われた。


〇〇 自分史:父は自分の本心を覆って隠した。父の父親(僕から見て祖父)があまりいい人ではなかったと思っている。:::

 父は鍋を囲むときも、例えばはんぺんが一個残ったとする。父は食べたいと本心では思っている。そのとき父は絶対食べたいと言わない。食べていいという。半分こしようとも言わない。くれ、とも言わない。食べたいと思っているのに、絶対食べない。
 これってものすごく屈折している。これは祖父が何らかで父に影響を与えた。と思っている。僕の知っている祖父は温厚な人だったが、父の知っている祖父は全く違った面を見せていたのを父の祖父を語る言葉から窺い知れた・うかがいしれた。
 父は祖父との関係でかなり屈折した人になったと思っている。それは父の兄弟を見ても分かる。父の兄弟もいじけている面が見られる。父の兄弟は皆屈折してしまっている。僕はこの父の態度の元育ち、僕も本心を出せないで育った。いまだに引きずっている。
 男を抑圧したのは、父と僕との関係かもしれない。と踏んでいる。父が大嫌いだと言えたら少しは自由になるのだろうか、わからないけれど。それは施設で、皆にくたばれと言う態度を調子の悪い時に取られて、こちらも怒るけれど何も言い返せていないから。まだはっきりしない。ここにも父に対して男を抑圧している影があるのではないかと思っている。父に対して俺は男だと正面切って言えていないところがあるのは確かだ、情けないけれど。父と正面からぶつかってがっぷり四つ・よつになっていないと思う。どう避けて・よけて いるのだろう。男でぶつかるというのは、父を倒す、というのを含むのではないのか? ::こころの父のことだけれど::