目の前の一歩だけにフォーカス::首を絞める見方を壊す

 僕の取り組み方の特徴の一つ、全部やらなくちゃならないやつのうちの一つをやっている、という見方。

 たくさんやらなくてはならないものがあって、これが大きな集合、この中の1つをやっているという見方。   

 これカウンセリングの先生に話すと、私もその見方だったら潰れちゃう、みたいなことを仰った。だから僕が取り掛かれないのも当たり前だった。たくさんやることがあって、それのうちの一つに取り組むという、自分の首を絞める見方を僕は採用してきた。

 先生が言うには、英単語も表に貼って覚えたけれど、たくさんあると圧倒されるというのはあるらしい。だから先生は単語帳を使ったとか。一つおぼえた。もう一つやろう。そしてもう一つやろうと繋がっていったとか。
 僕の単語帳は、単語帳にたくさん英語を書いて、それをひとつひとつおぼえなくちゃという、たくさん覚えるのがあって、そのうちの一つをやっているという、またしても首絞め方法を採用してきた。

 僕は視点の置き所が間違っている。間違ったのは、親が強制したから。全部やれみたいな。
 そうではなく、自分で取り組む目の前の1つに全力で取り組み、それが終わったら、次の1つに全力で取り組むという、やはりカウンセリングの先生のように、一つを次ににつながる見方のほうが成功しやすい、というか唯一の成功へとつながる方法だと思う。

 僕の人間に対する見方も、全部の人と付き合わなくちゃという、全部の中のその一人の人という、潰されてしまう見方のためにプレッシャーなのかもしれない。
 一人の人その人とだけという、眼の前の人との付き合いにフォーカスして、それを別の人に繋げていけばいい。たくさんの人とうまく付き合わなくちゃ、と人を全部の中の一人の代表者とする見方は、やはり自分を潰すと思う。

 僕は潰れるべくして潰れてきた。辞書を覚えるのも、全部覚えなきゃ、になりプレッシャーを背負うのでやりたくなくなる。一個の言葉をめくって見てみて、その言葉とかかりきりになり、出来たら次へ移ればいい。目の前の1つだけに集中する。全部やらなくちゃ、全部の人と付き合わなくちゃ、はとりあえず捨てる。その方が健康的で成功しやすいと思う。

 書いてみて、よく僕は生きてこれたなあと思う。こんな潰れる方法だけでやってきたのに、全滅しなかったのだから。成功する見方、方法というのはあるのかもしれない。

 この古い見方に関して言えば、目の前の本のブックエンドの山。30冊くらいある。これ全部やらなくちゃと目の前に置いてある。これも方法を変えて、5つに絞って、他のものは脇に持っていった方がいいかもしれない。逐一引っ張り出す方式。やらなくちゃとたくさんの山を作るけれど、それは潰れる見方。だから、5つに絞って。あとは別に置いて、そこから一つ引っ張って置いてみる。その一つだけに集中する。これを繰り返す。

 大きな山を作って全部やらなくちゃ、という潰れる方法を一回捨てればいいし、採用しなければいい。
 カウンセリングの先生に、掃除も一か所だけやってみるというのを勧められた。なぜ実行できなかったか。全部いっぺんにやろうとしたから。部屋全体。そうではなく、一つに絞って、そこにフォーカスして、そこだけやる。その一個に絞り、一個集中終わらせ、方式が僕の脱出する方法かも知れない。