やっと仕事するまでに辿り着いた。明日から始まる。

 やっと明日から仕事と言うところまで漕ぎつけました。休みは長く、きつかったです。どこにもつながっていなかったので、余計重たかったかも。今日は走りに出かけなかった。明日からあるし。

・らくらくお掃除 新津式 汚れ落とし術、新津春子、産業編集センター

 これを休みなので読み始めた。まず最初に、朝起きてからの生活を描き、その生活の中での、生活によって起きる汚れのつき方・状態を描いている。ドアノブを回して:皮脂汚れ、パンを食べ:パンくず みたいに生活のいちいちをあげ、どういう汚れがどういう生活でできるか描く。

 僕は掃除はしなければならない、と考える頭の硬い人間だけれど、このように生活の中での汚れという描き方だと、どうしてそういう汚れはできるか、どうやって汚れるか、どのような汚れの状態になるか:埃が舞い上がって箪笥の上に落ちるとか、生活に付随する汚れ、と捉えることができる。
 だから、掃除をしなければならないではなく、生活と一緒に汚れも発生し、生きている証として汚れも起きてくる、と思える。

 この本硬い本で、イラストで進める本もあるらしい。けれど僕はこの本、素晴らしいのではないのかと思えてきた。教科書的と言えばそうだけれど、生活と一緒の汚れと言う捉え方はフェアな気がする。

・ 心の疲れを取る技術、下園壮太朝日新書
位置No.1879
引用「

 人はお互いペースを合わせながら生活している。それが信頼というものだ。ムラのある人は、その信頼を裏切る。周囲の人は、「やる気がない、責任感がない、性格が悪い、能力がない」と評価し始める。その評価は本人も感じ、自分でも何とかしようと思うが、ムラをコントロールできない。
 すると今度は、自分自身に対する信頼、文字通り、「信頼」がなくなるのだ。


引用者:kurage0147130:調子の悪くなる僕は、ここで描かれているように、ムラがあって周りに迷惑をかける。おまけに早退しないのでさらに迷惑が及ぶ。

 この本は鬱の話が多かった。インスピレーションと言うか影響を受けた個所もあるけれど、部分的だった。鬱というものの発生過程が、多忙な仕事・残業など、と言うのは僕は知らなかったのでタメになった。別人化、という言葉も、鬱の進行状態が深くなってきた、第2期?第2ステージ?に起こると書かれていて、第3だったかな、よく覚えていない、とにかく、別人化というところまで進むと、復帰するまで時間がかかるし、大変だ、とも書かれていた。鬱の全体の様子が分かる良い本だった。

・英語耳、アスキー出版
 は、前は先へ進もうと、たくさんやろうとした。けれど今回、1つの発音を、繰り返ししつこくやり、少しわかった。そう、僕は量を求めて質がなかった。僕にとって必要なのは、ゆっくりやること。ものすごくゆっくり、しつこく繰り返すこと。よく理解すること。子どもの自分に(自我)、ゆっくりでいいんだよ、ゆっくり理解しながら、しつこくすこしずつやろうよ、というようなことを言いながらやった。

 これは、NARMカウンセリングの先生に前回言われた、肩身が狭い、と言うのは子供の部分だと言われた。
 そんな必要はないよ、委縮する必要はないよ、ゆったりすればいいんだよ、みたいに自分の子供の部分に言ってやるといいと言われた。施設で作業しているけれど、僕の倍くらいのペースで仕事する人に、僕は肩身が狭い思いをしていると言ったときに、先生が仰った言葉。肩身を狭くする必要はないよと、子供の自分によく言って聞かせる必要があると。
 
 森永の「おいしい低糖質プリン」を食べるけれど、おいしいのはわかっているけれど、よく味わわないで食べることが多かった。きょうは、先生に言われたように、子供の部分に、おいしいプリンだね。いいつも頑張っているご褒美だよ、おいしく食べようね、みたいに言って食べた。すると味わえて食べられた。画期的だった。僕は子供の部分に話しかけたり、大事にしてやることがなかった。
 清掃の時の、いっぱいいっぱいやっている、と言った時も、子供の自分にいっぱいいっぱいだね、少し休もうか、みたいに言うとよいみたいに言われた。まだこの部分は消化できていないです。今度の時によく聞いて、仕事中に使えるようにしたいです。