::zatsukki::


 サカナクションの真似

 愛は証明され、愛は証明され、
 I'm a 小便垂れ、I'm a 小便垂れ


 ということで、仕事の、作業の、小便器磨きをしてきました。もちろん大きいのもです。糞がこびりついていたのも剥がしてこそぎ落として来ました。
 今日は調子が悪く、先輩を怒らせたりした。
 まあ、上司からトイレットペーパーの補充を仰せつかり、各階をくまなく補充して回ったのですが、トイレだと思ってノックして入ったのは僕たち清掃グループの休憩室・作業部屋でした。ドアを開けて一瞬みんなの顔があって固まりました。トイレだと思って開けました、というと、皆笑ってくれたようです。僕もおかしかった。作りが同じ階で構成され、その中で割り振られて部屋があるので、気をつけないと違うドアを開けるということになr。

 僕もいつまでこの施設にいられるか不透明になった。ちょっと腹立たしかった。一年はいようと思ったのに、いつ辞めるかわからないなんて。帰りの交通機関はケチをつけたそうなそぶりのやつらばかりで、反撃してやろうと思っていた。最後は、ドアを開けて、自分で挟まれて、糞ッとなり、後ろ蹴りをドアにブチかまして、ドアが回った。たまたま人がいなかったので、避けたのか? 、怪我をさせないで済んだ。ラッキーだった。

 家について欅が届いていて、2017,僕たちは付き合っているまでみた。この段階では、平手の独唱赤色スーツルックのパフォーマンスが見どころだった。尻が良かった。他のメンバーは今のところアイドルらしい曲と振り付けに満足している顔をしていたが、平手は個人として見どころがあった。

 そう、アイドルっぽい展開で見るところがなかった。いまのところ。お宅の声は全く気にならなかった。男だからあんなものだろうと思う。
 暗いダークな振り付けを見たいと思って購入したので、早く出てこないかなと思っている。今のところ見どころはない。

 仕事として彼女たちが振り付けをこなして、アイドル然とした売りで、これをやらせているオヤジたちはしこたま儲けたのだろう。こういう仕組みのビジネスを施設し収益を上げるという、成功例。カメラの切り替わりも全く気にならなかったけれど。金を払ってみているけれど、いまのところ、backはない状態です。暗い振り付け待っています。

ACT,
関係フレームを読んでいます。哲学の演繹法と似ている。そこがアイデアなのではないのか。ここでは本の説明はしません。な~んだ、でしょうが、僕の体力は今はありません。演繹法を教科書で散々読んだけれど、よくわかっていなかった。関係フレームで見えてきた。人間の特性を示している。人間の理解の仕組み。にゃんこという名前を提示して、写真のクマを指さすと、にゃんこがクマになる。クマの写真を示して、ニャーという鳴き声をすると示すと、クマの写真はニャーと鳴くという関係が成り立つ。ここから、にゃんこはニャーと鳴いて、それはクマのすることだとなる。
 クマの名前はにゃんこという逆の関係も成り立ち、ニャーという鳴き声はクマという逆の関係も成り立つ。
 こういう結びつきの結果、にゃんこというクマはニャーと鳴き、ニャーと鳴くクマはにゃんこという名前をしている。まるっきし演繹法みたい。

 これが出てきたところで、たぶん、僕は追いつめられると怒るという特性があるが、そこを変えよう、というになるのではないのか。追い詰められると笑うとか。笑顔を振りまくとかに変えようではないのかとか。まだ読んでいないのでよくわからないが。
 難しい本ではないけれど、理詰めできている。