雑記:アドラー含む:被カウンセリング

作業所で僕はいつも最初に来ている人に挨拶して、事務所であいさつする。
 後から来る人(1便から4便まであり送迎されている)には挨拶しない。それが昨日は自然に挨拶できた。自分の口から自然に挨拶できた。だから調子がいいと思い込んだ。
しかし、


作業所では、戸棚を閉める音で僕に対して死ねを女性にやって頂きました。わかりやすくいうと、女性が僕にくたばれとやった。
それまで調子がいいのかと思っていましたが、昨日は調子が悪かった。帰りの交通機関でも圧力があった。臨戦態勢を敷きました。

 作業所の女性にくたばれとやられたので、その女性の首切断のイメージを相手に向けました。どう感じたかはわかりません。

 この女性2回目の僕に対するくたばれだったので、女性自身にも欲求不満がありそうだと思った。夫婦関係かなと想像した。


奥居香 現在 岸谷香 のラジオを聞いていて、プリンセスプリンセスを聞いてこなかったけれど好きだったなと思った。バンドブーム全盛で抑圧者である僕は女性が好きだと表明できていなかった。だから聞いてこなかった。ラジオから流れる奥居の声に(現在の岸谷)プリプリを聞きたいと盛り上がってしまった。全集を買ってしまった。


アドラーを読む 共同体感覚の諸相 岸見一郎、アルテ、2014
p114 第八章 勇気づけ 教育と治療
p134   小見出し: 他者に関心を向ける

 引用「アドラーは、うつ病の患者の「間接的治療法」の一つとして、どうすれば他の人に喜びを与えることができるかよく考えれば、二週間後によくなると提案している ~ 別の著作には、次のようにこの提案について書いてある。「毎日どうしたら誰かを喜ばせることができるか考えるようにしなさい」。これがどういうことかわかるかとアドラーは読者に問う。「うつの患者は『どうすれば誰かを悩ますことができるか』という思いで頭は一杯である。答えは非常に興味深い。 ~ この他の人を喜ばせることを考えよという提案には狙いがある。「私は関心を他の人に向け変えたいのだ」 ~ 

 この文章、まさに黄金ですね。金でできています。ぴかぴか光ります。どうしたら他の人を喜ばせることができるか、これを考えていたら、自分に執着する必要もないし、自分の問題も関係ないし、外へ、他者へ開かれている。こんな 黄金・おうごん 黄金・こがね な言葉はない。薬以上の、革命だな。


カウンセリング:

 作業所の女性にくたばれ、死ねとやられたと僕は思った。そこをカウンセリングの先生に改善の余地があるのではないかと指導を受けた。
 I・アイ ステートメント という解釈のやり方みたいだ。アイ マイ ミー ・I my meの。自分はどう感じるかどう解釈するか。そこに僕の弱点も指摘された。父は自分を守ろうと躍起になった。僕も同じだと指摘された。全く正しい指導を受けましたが、僕の側が頭が固いので、理解するまで時間がかかりました。また、ツボでもあるのが理解できました。弱点。死ね、くたばれ、やっつけてやるが僕のウィークポイント。相手と同じ土俵に上がっていると指摘されました。

 カウンセリングを振り返って:攻撃を受けた時どうしたらよいか:

 作業所の女性が僕に向けて、くたばれ、死ねで扉を閉めた。作業所の女性はうるさい音を立てた。そこに僕は死ね、くたばれとやられた。と主観を持ち出した。僕は、相手の扉の音に死ね、くたばれとやったと解釈を加えて、その相手の音に色を付けた(死ね・くたばれと言う解釈の色)。死ね・くたばれは僕のウィークワード。これが通ると僕は存在できないと思うので躍起になって反発する。僕は他人に殺されたり暴行を受けるのが怖い。最も恐れている。自己が存続できなくなることが一番怖い。殺されたり暴行を受けたら終わりだと思っている。

 作業所の女性がバタンとものすごい勢いで戸を閉めた。僕はその音に殺してやる・くたばれの音を聞き取った、独自解釈した。僕は死にたくないし暴行を受けるのが怖いので、その女性にイメージで攻撃した。それは、やられたら困るから、力を拮抗するためだった。イメージで首を切断したのは、その女性のほうが強いと恐ろしいからだ。相手が強いとその力に弱い僕は被ってしまう、負けてしまう。相手が自分より強いことを恐れている。自分が存続できなくなるのが、負けるのが、相手の力をかぶるのが怖い。自分の死とか、負けを被るのが怖いってどういうことだろう。自分がいなくなるって、暴行を被って毀損されてしまうって、どこがこわいのだろう。弱いとひたすら受け身になって相手のなすが儘になるのが怖い。自分にコントロール感がなくなるのが怖い。主権がないのが怖い。相手主導が怖い。弱いのが怖い。