父の通夜

 なぜかこの日は、DVDの「梅切らぬバカ」を見る気になってみていた。静かな良い時間を過ごしていた。見終わったらスマホが鳴って、出ると父の後見人さんが、「たった今、父が亡くなった」という。それで、葬儀場に直行した。

 部屋に父が寝ていて、面食らった。父のお顔は安らかで安心した。看護婦さんが回って気が付いたらしかった。誰にも看取られずに静かに息を引き取った父。父らしかった。たった一人で逝くなんて。

 次の日は、父関連の電話しなきゃならないところに電話しまくった。母の喪服を届け、その途中に足りない黒のブラウスを買った。僕は白を買おうとしていたが葬祭は黒だと教えてくれて黒を買うことができた。ちょっと高かったが、購入した。黒の下着も買った。

 葬儀は、父が誰とも付き合っていなかったので、親戚のいとこが一人来ただけだった。母方の親戚から電報をもらった。葬儀は母と僕の2人だけで行った。寂しいと感じたし、思った。

 僧侶が来て、父の弔いをやって頂いた。鉢と木魚を叩いて、お坊さんの良く通るだみ声でお経を唱えて頂いた。僕は成仏するように手を合わせて祈ったりした。お経の時間はとても楽しく感動的だった。般若心経と南遍照金剛?(なむへんじょうこんごう)だけは聞き取れた。とてもありがたかった。これで、父の迷うことなく成仏してもらおうと思った。
 父のお顔は、死化粧をして頂いて、よそ行きのお顔になっていた。母も葬儀に参加したけれど、心にわだかまりを抱いているのを感じた。僕は、この間、父の病室で大泣きして吹っ切れたけれど、母は体験していないからかなと思った。あとで聞くと、タブレット面会なら行かなくてもいいんじゃないかと施設の人に言われて参加しなかったらしい。ちょっとかわいそうだった。

 本当は父と一緒に泊まるらしいけれど、僕は家に帰った。着替えも持ってきていなかったので。世間知らずかもしれないが。死人と泊まるのはぎょっとしないし、家だとよく眠れるのでそれも含めて僕の選択だった。
 母と向かい合って食事するのは何年ぶりだった。二人だけで食事した。みそ汁がついた。父の唇は少し普通の状態から変わっていた。たぶん死んだからだろう、死後の変化らしかった。いとこは葬儀に参加せず、用事があるからと帰って行った。着て頂いただけで有難かった。お顔は見たらしい。

 通夜の朝、一句ひねった。
・タクシーで 駆け付け父の 抜け殻よ 穏やかなる顔 安心しました

 葬儀場の父の顔が、死化粧をする前のお顔がものすごく穏やかないい顔で安心したのを詠みました。短歌のようなものです。母は見ることができませんでした。

 僕は葬式まんじゅうをもらおうとしましたが、母にもらわなくていいと言われ、止めてしまった。もらっとけばよかった。告別式には貰おうと思う。卑しい・いやしい 僕。

<終わり>