サカナクション ミュージック +追記追記+ 父母像の接ぎ木(こころの父母像に、新しい父母像を創造して付け足していく) +追記あり

最終追記:

サカナクション ミュージック

を計 5回歌った。

結局のところ母への憎しみがないとこの曲は僕にとって成立しない。80%の出来。ここまで持ってきた。昨日は歌に完全に負けた。だから今日は8割まで持ってきたのだから上出来だった。

スカイプの母との会話だけれど、僕の対応が問題がある。

 母が服はいらないんだから要らないんだって、と言った。何言っている婆。せっかく送ったのだからありがたく着やがれ糞婆。このニュアンスで母と対峙できるのがベストだと、サカナクション ミュージックを歌ってわかった。偉そうに御託を並べるな。服を送ってもらったのだからありがたいと思いやがれ。僕の行為を全否定する母には憎しみの感情を向けるのが一番だと思う。もちろん父にも。

 父母に対する憎しみの感情を表現できるというか、抽出出来たら歌は格段に良くなるだろう。糞父母に対しての憎しみ。ここが課題だ。




追記追記
 スカイプで母と話して、夏の始まりにベルーナで買ったTシャツとかの7枚のうち、2枚しか着ていないとか。イラナイって言ったらいらないからね、と言われた。勝率3割。僕としてはまあ成功だ。母は僕が買ったものに対して、いらなかったんだからねと言うニュアンス。
 この物言いだから僕は自尊感情が持てない。だって、僕は気持ちとして母が服を着られる時間は限られていると踏んでいる。母の趣味じゃないから着ないのだろうけれど、服を送ってくれてありがとう、せっかくもらったけれど2枚しか着てないよ、と母は言わない。僕の気持ちや行為を真っ向から否定する。これが母の物言い。ひどい。バカヤローだ。しかし現実の母はこんなもので、これ以上期待できない。だから本の声かけ変換のように、違う物言いの母を僕の心に作って、それに言わせる治療が必要だと思う。だって、母の僕に対する言い方はひどすぎる。現実の母は僕の心にあまり必要ないし、いい影響を与えない。だから、仮想の母に、僕にやさしい言葉をかけ汲んでくれる母を構築する必要がある。

 youtube藤田真央のモーツァルトをバックに、心の母と会話をしてみたい。

 こころに母に、服を送ってくれてありがとう、みんな着たいけれどまだ2枚しか着てないよ。もったいなくて。本当にありがとう。うれしかったよ。馬鹿モモヒキ―(僕の仮名)に大事にされて、母さん嬉しいよ。スカイプではなくて本当に会えるといいけれど、コロナが流行っているからね無理だね、また電話頂戴、ありがとう。じゃあ。

 このうち、最後のありがとうは、現実で母と会話できた部分。後は僕の創作。現実の母より、仮想の母を大事にしたほうが僕の心にとって栄養になるし、自信になる。本当の母は脇に置いておいて、仮想の母をしょっちゅう呼び出して僕の言葉で喋ってもらって、僕の心に栄養を与える仮想母を育てたい。本当の母は害がある。距離をとって付き合いたい。仮想母を育てれば自信がつく。




ヨガを木曜日の18:30から19:40まで受けました。前の日に睡眠を十分とっておいたので楽にできました。ヨガ自体は負荷もかかり、疲れます。魚のポーズという初めて聞く変なのも教えてもらいました。僕はヨガを通して、体の伸びがよくなったり、ポーズが決まったりの小さな変化を先生に良くなったね、と教えて頂いていますが、自分の小さな変化を軽視する傾向があります。でもこの小さな変化を自分がどれだけ大事にできるかが幸せへの切符の気がします。

発達障害&グレーゾーン子育てから生まれた 楽々かあさんの 
 伝わる! 声かけ変換、大場美鈴、あさ出版、2020

 を多分新聞広告で見ていて、本屋で見つけたから買ったと思うのですが、ものすごくいいです。

p57~

step13 気持ちに共感する

声かけ017 キホン

before 痛くない、痛くない

変換

after 痛かったね

point 感情と感覚は否定しない

そしてp58で、声かけ018 アレンジ そんなこと言うもんじゃないよ⇒そうか、イヤなんだね(ネガティブな感情も否定しない)

また、p59で、声かけ019 応用 そういうのは、昔からよくあることだよ⇒許せん! そんなヤツ、(ここは僕の言葉:殴ってボコボコだ!!) (理不尽すぎる経験には、一緒に泣いて怒ってヨシ)

感想:ここの一連のページ項目を解説も含めて読んでみて、僕の子育てって、beforeで育てられたと思う。全然僕の感情を受け止めてもらえなかった。Point でもあるように、感情と感覚は否定しない という鉄則ではなかった。僕の感覚をないがしろにされたから自分の感覚感情を大事にするという回路がうまく回っていないと思う。

Youtube 反田恭平 のショパンは良いです。耳の悪い僕が聞いてもよいのだから、良いに決まっているぞ!! こころと感情が表現されている。何かが表現にある演奏になっている。

 父母は僕を全く受け止める人ではなかった。自分のことで精一杯で、ひとの感覚に気持ちを添わせることなど、できる状況ではなかった。だからこれからは、僕の心の中に新しい父母像を創造したい。その父母は僕の感覚を否定せず受け止めてくれる、そういう父母を僕の父母にしたい。本当の父母像を否定したり、上書きではなく、これから接ぎ木・ つぎき するという感覚だと思う。心の父母像に新たな父母像を書き足していく。前の父母像はそのままにして。そこは否定しないほうがいいと思う。これからの父母像を大事にしていけばいいと思う。
 だから新しい父母は、今までとは違う言葉を口にすると思う。新しい言葉を発し、新しい態度をとる。その父母像をカウンセリングの先生と協同して作っていきたい。

評価の高い、辻彩奈 のヴァイオリン、シャコンヌyoutube には何も感じなかった。

 この新しい父母像が形作られたら、僕は自分の感覚を大事にできるようになると思う。古い父母像が居座って否定しているのから、脱出できるのではないかと夢想する。
カウンセリングの先生の助けが必要です。お願いします。


 金曜朝には、○○一周をしました。朝ラン。今日はけっこう普通っぽく走った。他の人より段違いで遅いけれど、僕の中では最高速度。遅い中での速かった。ちょっと進歩した。
いまのところ、登り歩き、下り平地走り。

 台所コンロ、洗面台トイレ掃除は、続いていますが、直近はやっていない日もありました。

 Youtube反田氏のあとの藤田真央のピアノは良かった。レビューも高評価。勝手に再生されていたのを裏で聞いていた。反田氏の演奏だと思って聞いていた。

 この本は解説を読んだけれど(まだ一つ)、すごくいい、必要とされている本だし、売れると思う。夢のある本だ。
 こういう声かけを母親が実践すれば、子供が救われるだけでなく、母親も一緒に救うと思う。母も子供と一緒に成長していくと思う。最初は演技だったとしても、形から入って、実がなると思う。やるとやらないでは雲泥・うんでい の差ができると思う。


追記:beforeの父母像って排他的で、硬直していて、交流がないと思う。上から目線で、子供を押さえつけようとしている。子供を管理するという立場でコントロールしようとしている。子どもの気持ちに寄り添うという視点がない。高圧的で否定的。柔軟性がない。親の立場に自分を固定するのは子供を苦しめると思う。この本の前に読み終わった、「助けて」と言おう、奥田知志 氏の本のホームレスへの炊き出しで、元ホームレスが食事を渡す側に固定して、並ぶホームレスを施しを・ほどこしを 受ける側に固定している、と並んだ人に指摘されて、立ち位置を改善したという話が出ている。この本は読み終わったし素晴らしかったですが、この固定した視点は害悪で交流を阻む硬直化した立場だと思う。これが一番問題がある。相互的な視点が必要だ。する側もされる側も入れ替わるような。子育てなら、子供と親の立場が逆転するような柔軟な視点を親が持てるかというのは重要だと思う。