spotify ビートルズは歌詞を読みながら聞けました。ボタンあり。(一番下の右の方)歌いながら聞ける。
僕はネジ曲がった人間だと思う。歌詞があっても、全部覚えようとか、きちんとできるようにとか、昨日の、失敗を恐れるタイプだからだろう。非常に委縮していて、硬直もしている。
radioheadのbendsでも、歌詞を読みながら歌えた。
2016/10/04火曜日
こちらのブログで活動しています。
002016/010/03(Mon)
僕は玄米を炊いている。母は基本的に玄米を食べたい。でも母の実家がコメを送ってきてくれた。そしたら、協力してくれないから、実家のコメを食べるという。
それって、家族は横並びに同じ行動を取るのが当然という考えで発言したのではないのか。僕は黙ったまま聞いていたけれど。僕は玄米を食べ続けるつもり。横並びはする気もないし、食べたいもの食べていいと思っている。我慢するのはうんざりだ。
nuno-zoriは他の人の編んだzoriに、鼻緒を付けてきた。
着物は赤いのが終わった。手縫いだったので楽だった。裏張りありだけれどきれいに剥がれた。
spotifyでは、sex pistolsを聞いている。います。いるんです。
2016年10月2日(日)
・図解 自分の気持ちをきちんと<伝える>技術、平木典子、php、2007
(引用)
p73
「 ~「論理療法」の創唱者A.エリスの「A-B-C-D理論」~
A(~)=ものごとを引き起こすような出来事
B(~)=信念、思い込み
C(~)=結果、問題、悩み、症状
~
~
つまり、問題や悩みの起こるプロセスは、A→Cではなく、A→B→Cなのです。
たとえば、誰かがあなたを嫌いだと言った(A)ので、あなたは落ち込みました(C)。
一般的には、嫌われたので落ち込んだ(A→C)と考えますが、エリスは、嫌われたということは落ち込むような出来事である、という信念の影響を受けて落ち込む(A→B→C)というプロセスになっているといいます。 ~ 」
(kurage0147130): これを読んで、自分を思った。幼稚園の時、母に食って掛かって(僕の側の攻撃)、人のせいにするなと攻撃(p27)で言われ、僕が自分を完全に自分をひっこめて非主張的になった。この時、幼稚園の僕に何ができたとは思うけれど、非主張的にならずに、黙りこむという信念(B)ではなく、母の攻撃を無視もしくは却下するようなふてぶてしさがあったらなあと思った。
親のいうことを聞かなくてはという、常識の眼でもこの件を処理したと思う。親の前では従順ではなくてはならないという信念(B)を受けて、黙り込んだ(C)。
母のいうことを、まともに受け取らないくらいの覚悟はあってもいいのでは。
・ 母には、僕の行動・判断をことごとく否定、攻撃されてきたというのを思う。
5年くらい前、リュックを買った時も、気に入っていたのに、重いなと言っただけで、返したらと言われた。一流メーカーではないドイターなんだと言っても、一流のにすればいいじゃない返品すればと言われた。
僕の判断や行動はことごとく無視され否定されてきた。何なんだこの婆さん。おかしいよ。
僕は、突っぱねたり、却下したり、幼稚園の時のように食って掛かる(攻撃)するのではなく
払いのけるという手もあるよなあ。
人のせいにしないで(母)→何言っているの、僕は主張したいんだ、どこまでも言いたいんだ、かあさん黙ってよ。
母と父に傷つけられてきたと思う。さんざん。僕の行動・判断は、無視され、否定され、無き者になされた。僕の行動の主体性は否定されてきた。
先生にEMDRして頂けるなら、治療してもらいたいです。
・ 今日、母に抵抗するつもりで、母の料理に塗り固められるのではなく、食べたいものを作って食べたい、僕だけ別メニューでもいいじゃあないかと、食材を買った。
昔の一人暮らし時代のメニューが食べたかった。豚もも薄切りを折りたたんで、その間ににんにくのすったのを塗る。小麦粉を塗り、卵を通してパン粉を付ける。カツフライ(?)というやつです。金がかからないやつ。貧乏メニューでおいしかった。
今日作ってみて、おいしかった。母も食ったし、父も食った。なぜか付き合ってきた。要らんというのかと思った。