作業所 ・右往左往



2014/9/10(Wed)



・ 2か月くらい前、作業所でキーカバーの型抜きをやらせてもらっていた。結局僕は試させてもらって、製品の品質を作ることはできなかった。

 そのあとスタッフに、ブレスレットの型抜きの製品をいきなりやらないかと勧められた。僕は実力がないので辞退した。けれどやりたかった。練習させてもらえればと思った。キーカバーも、結局は無理でも、練習したいと思った。もうちょっとやってみたいと。でもその時、どうすればいいのだろうと思った。


 その時スタッフに、製品をいきなりやらないかではなく、練習をやれせてくれればいいのにと、不満を持った。それがこの間の突き上げにつながった気がする。
 箱の本を読んで、僕はどこかで箱に入ったと思って、このことを思い浮かべた。それで、革を買って持っていこうと思った。カナリヤで1050円の、25センチ50センチくらいのフニャフニャ皮を買って、持って行った。やり方を習うことを頼んで、革を作業所に置かせてもらった。明日から習うことになっている。




・ 年配の女性がハンガー布巻きの赤色(4種類の布を巻いていく・デザインは僕たちに任されている)をやりたいらしかった。女性は青色をやっていた。僕は赤色をやっていた。その年配の女性に、どうやったらそんなにうまくできるの、うまくいかないみたいに、心を開かれて聞かれた。僕は心を閉ざし、左右対称にやればいいと答えた。僕はその女性が下手だと思っていた。

 その女性の助け舟を出そうと思いスタッフに、年配女性は赤布ハンガーをやりたがっていると言ってみた。

 そして今日、僕は青布を巻き、女性は赤布を巻いた。僕のやってみての感想は、青布はメリハリが利かず難しい。上手くいかないことが分かった。下手とかいうより、最初からやりづらい色だった。

 そのことを女性に言ってみた。年配女性は、そうでしょう、と言われた。スタッフに言ってみたのも、本の影響の、同僚に助け舟を出すというのを実践してみた。心に背いて助けないのは、自己欺瞞だとあったので。

・ 日常生活を送るのも難しく、臨機応変に自己を欺かず、自分の気持ちを生かすべく、面倒や煩わしいこともやらないといけないらしい。



・ 今日は作業所は、午前のメンバーと僕の属する午後のメンバー合同でやった。午前の年配女性に話しかけられ、僕は劣等感の箱に入っているのかなと思った。下を向いたりするし。

 本で重要だと思ったのは、他者も自分と同じように要求があり、希望があり、気持ちがある、その気持ちを自分の気持ちと同じように扱うというのが印象に残った。


・ マフラーをあげた女性を避けたのは、僕が、父が癲癇と言った時、嫌われたと思い込み、決めてしまったのもあると思う。交流が改善されることを望んでいる。



・ シネマ歌舞伎、法界坊、ツタヤレンタル、は大喜利までの芝居は粗すじを現代芝居でやり、最後の大喜利の一番締めの部分を歌舞伎でやるという、僕みたいな初心者向けのものだった。現代芝居は中だるみでつまらなかったけれど、筋(すじ)が分かった。大喜利の歌舞伎は、迫力があり、格好よく面白かった。

悪霊のエネルギーは強く、調伏できないくらい暴れ、まわりを撃退する、ものすごいものだった。悪が栄えるという表現がおもしろかった。決まっていた。




2014/9/9(火)


・<実践>自分の小さな「箱」から脱出する方法、アービンジャー・インスティチュート・ジャパン、大和書房、2008



 これを読んで、僕は女性に対して箱に入っているのではないかと。この作業所に来て、美人の女性を気にしたけれど相手にされなくて、マフラーをあげた女性が格好悪いことを言ったので、僕も言ってみた。拒絶されず受け入れてくれた。それからこの女性とは交流が続いてきた。

 けれど、最近僕の調子が変わってきて、僕はこの女性に対して箱に入っているのではないかと。また美人の女性の方を向いている。フラれたのに。

 マフラーの女性は、僕の父が癲癇だと言った時に僕に対して興味を失ったように感じた。けれど、向こうから話しかけてきたり、向こうは変わっていないのかもしれない。
僕の側が箱に入って、よそよそしくしている気がする。その女性に興味が失われている。そのこと自体が箱に入っているのか、自然なことなのかわからない。でも、ずるい気がする。
人間として女性を見ていない。
やはり僕はずるいだろう。

利用したのか?

 どこで箱に入ったかわからない。