07 Tue /母上

07 Tue

 家に着くと、母は薬を机にぶちまけてずっとやっていた、と言った。混乱した頭で薬の1週間をやろうとしたらしい。母の命により、ダイソーへとりあえずの薬のカレンダーを買いに行き、写真入れ50枚のセロファンを買った。これで整理はできるようになった。使いづらかったけれど。僕はアッシー君です。

 腹が減ったまま薬を整理はじめたので、腹が立った。バナナを食べたら収まった。

 1時間も黙々とやった。殺伐としていて、引っ越しの時のようだった。最近の家の状態はそんな感じだ。


 動物愛護ボランティアを休むことにした。削れるところから削った。守りも入れてみた。カウンセリングは行く。休みだけど、作業所にも寄ってみたい。

 昨日は、エレファントカシマシの男は行け(?)を聞いた。若くて元気がいいなと思った。

youtu.be

 行くときは、近所の人から圧力を受けたが、帰ってきたら近所の人(別の人)から善意を受け取った。

 母は、玄関ポストからビニールひもが出ていたというが、僕が行ったらそんなものなかった。母は、超常現象の中を歩いているらしい。境界が曖昧だから、ユングの玄関ベルがガンガン鳴ったみたいなことなのかもしれない。それはそれでいいんだ。それだけだから。発症の、男が隣に寝ていたというのも、母にとっては事実らしいし。

 なんかわからんが、代変わりなのかもしれない。僕にバトンが移ってきたのか。
 
 今の父母は頼りない。
 明日は1時間遅く起きます。休みだし。みかんや冷凍食品を買ってきた。

06 M
 ばばあは、今日もすんなり寝てくれない。今日はおもに薬の整理をゴチャゴチャゴチャゴチャゴチャゴチャゴチャゴチャやった。しつこいぞ。僕の睡眠が削られる。くそばばあよ、早く寝ろ。うんこ垂れ、の僕より愛を込めないで終わる。




平成29年11月6日 月曜日

 作業所に行っている間に、母は病院へ行ってくれていました。

 もらった薬は統合失調症のもので、僕が飲んでいた、もしくは飲んでいる薬です。1週間分もらってきました。来週も通院です。

 母は帰ってくるなり、介護をさせようとしている、とか、あれはどうだこうだ、被害妄想みたいなことを言っているが、病院につながって薬をもらってくれた。服薬してくれれば徐々に収まると思う。ありがたやカエル先生、お薬様。(ハハ―と平伏すところ)
 



 作業所を休んでいたので、休みの日にでも白い恋人もって作業所に届けなきゃダメかなと思う。





 作業所は、午前中は突っ走ったが、お昼、午後とペースダウン。ノロノロだった。格好悪かった。眠かった。
 いつもの明日こそは、のフレーズになってしまった。

 眠いのでシャワー浴びて寝ます。ありがたや、母上、父上。ここはヨイショ。
 糞っ垂れ、ここは貶(おとし)める。


 着物の糸を取り除く、通称:着物ほぐし をやっています。2着目で、慣れてきました。とうぶんやりそうです。がんばってやります。みっちり仕込まれているので、どんな着物だってやってやるわいぞー。任せておくんなはれ。::ここは胸を張るところ

トキワのメールを買ってみた。あまり役に立たなかったが、手稲病院はどうかなと思った。鈴木病院とか。これくらいしか、手駒がない。








 昨日、寝る前に、

・稲森和夫 働き方 三笠書房
・今を生き抜く(幸せに働き、喜んで生きるための36章)、コープ出版

 をパラパラした。おもしろかった。

 今日の作業所は、まともにやったつもり。


 家に帰ると、母が夜、救急情報センターに行くかもとか揺さぶりをかけてくる。イライラした。それで、母を患者と見ることにした。僕は主治医で、母は患者。だから、まともに聞かない。距離を置いて聞く。

 変な相談番号を持ってきてみせるから、ご自由にと言って部屋に引き上げた。あとで皿洗いをする。今はしたくなかった。

 リトル・ブッダを少し見たい。

 母は、人の足元を見たうえでやっているのかもしれない。あいつは子供で、父も子供で、僕はいつの間にか親になったのだろうか。逆転関係の生活になっている。そのくせ、ばばあは権利を押し付けて、行使しようとする。

 明日行かないなら、母のために100、200使うからなと捨て台詞を吐いて、トキワ精神保健事務所と契約するかもしれない。水曜日がリミットだ。延び延びになるけれど。この腐れ患者は鬱陶しい。甘えているのではないのか。100円のをまず買うのがいいのか? サイトの販売ページ。3つあった。携帯もっていないけれど読めるか?

4 Sat 雑記

追記:リトル・ブッダ は、少年がシッダールタの物語を学んでいくところを見ている。王子は城の外に出て、老いを見る。少年は東洋の仏教の世界に惹かれていくところ。43分くらいまで。案外、導入部分は長いんだな。そこはよかった。


 老いて死んでいくところは、人間は、悲哀があるんだろうな。抱きしめて、愛して。老いと死を慈しむ(ではなく切迫の中やむを得ず進んでいくのだろう)。割り切れなさ、無念、絶望、哀切、慟哭、受け入れ、死に就くのかもしれない。僕にはまだ荷が重いが、いずれ時は来るのかも。まっすぐ歩いていけるかな。





・織り教室に出かけた。かがり縫いをやったのだけれど、忘れていた。織りの房の処理なのだけれど、これをやると玉結び(?)をやらなくて済む。切るだけでよくなる。きれいにできるし。

 これのやり方を忘れていたから、先生に手取り足取り習った。そして、少し裂き織りをした。ワイン色の経(たて)糸に紺色の着物の緯糸(よこいと)。女物を狙った。

 家の中が滅入るので、一時のオアシス、清涼の気分転換になった。新しいことを習うのは楽しい。技を覚えるのも楽しい。いつかWebでやり方を公開したい。そうすれば自分も覚えていられるし。楽しかった。2時間の、終了5分前に帰ってきた。ありがとうございました。


 


・ 母は、朝からマイナスのエネルギーをまき散らし、こちらはイライライライライライライライライライラした。月曜は病院へ行くように釘を刺した。

 帰ってきたら、屋根裏を見た。ピチッッと言う音が連続したらしく、何か建築屋か泥棒が仕掛けたのではないかという、母の探索願いに付き合った。脚立が短く登れなかった。でも、何もなさそうだっだし(懐中電灯で照らしては見た、 はなから何もないとわかっていたのに母の被害妄想に付き合った。母も登れなかった。足腰が硬そうに見えた。2段登って母はギブアップ。これで一応満足したと思う。

 本当に月曜に行くかは未知数。理屈をつけるかもしれない。その時は、トキワ精神保健事務所で散財することになる。僕の手には負えん。母は今は落ち着いているように見える。おとなしい。


 帰ってきてから、2時間くらい寝てしまった。すっきりした。疲れはあるけれど。



・ リトル・ブッダベルナルド・ベルトルッチ、おもしろそうなの、Blu-ray Disc 485+送料アマゾン、届いた。格安だった。物もよかった。今日、少しみたい。最初の所に興味がある。運命を受け入れるところ。141分もある。長い。
 ユニクロでは定価で買ってしまったが、これは格安だった。
 少年がどうやって運命を受け入れ、突き進むか。見どころだと予想しているけれど。


・ 今日の交通機関は圧力がかからなかった。狙うやつはいたけれど、最低の日ではなく、普通の圧力。らくだった。


・ youtubeYMOをかけながら打っています。この家は母の構想では、父は介護施設へ、僕はグループホームへ、母は介護してくれる将来的にはの所へ行くという計画で、僕も支持する。皆齢を取ったし、分解していいと思う。一家離散が計画されている。

20年前の調子が悪く苦しかった、ichiroを見ていたころが楽しかったな。
ichiroは、走って盗塁、打ってヒット、守ってファインプレーという、見どころ満載だった。
相撲も朝青龍、ボクシングは徳山昌守と、あのころは見ていたなあ。日馬富士の駆け上がる、正面からぶつかる姿勢には脱帽していた。懐古してしまいました。

3 Fri /2 /1 /母の問題。

追記追記

株式会社トキワ精神保健事務所にメールしておいた。

押川剛さんのところ。本で読んでいた。テレビも見ていた。

最後はここが頼みだ。月曜日がリミット。

www.tokiwahoken.com



追記:母にぶつかっていって、病院行こうとか、(僕と)  やりあったが、母は拒絶ばかりして、僕を受け止めない。それも滅入った。母は僕を結局拒絶していて、僕はいくら母にぶつかってもどうしようもないと、これも、諦めにつなかがった。家を出たいとも思ったけれど、今家を出るのは、逃走だから、そこはやめておいた。最低な家の中。さいてい。dead.





03 F ☆あり


 家に帰ると母が、またもやだれがどうした、こうだから失敗した、あれはああだ、とはじまっていた。そもそも、金曜日が祝日だったのが分からず、予定していた病院行きが潰れて、またもや元の木阿弥(もくあみ)になってしまった。

 いい加減にしてくれ。一家3人、虐殺されてもしょうがないじゃん、そんなにグルグル思考の堂々巡りをしないでくれ、と言ったからか、父がぶっ殺すみたいな顔でこちらをみていて、こいつはどうせこんなやつだからどうしようもないんだな。母も、グチャグチャ病院行かないでこんなに繰り返して、どうしようもないやと、口を利くのも嫌になって、黙って、自分の部屋に引き上げ寝てしまった。

 起きたら父がいつものように、お漏らししていて、四つん這いになって起きよと、指導して起こして(父は病気のせいで、起きる方法を忘れわからなくなって、いつまででも床にいたりする)、また寝ようと、今パソコンでこれを打っている。






☆・作業所マフラーは、目を飛ばしたのを、ボスの指導の下、手伝ってもらって、両側から糸を寄せ長めにとって糸を切り、同じ色の糸を結んで横に通して、さらに別の色糸を横に通して完成した。3色使いなので、2色糸を使わないと、目を飛ばしたのが直らないらしかった。

 実はこの作業、「かけはぎ」、に似ている。ツタヤの宅配レンタルか、NHKのオンデマンドだったかで、プロフェッショナル「かけはき」を見たことがあったので、とてもノリノリで直した。楽しかった。僕は「かけはぎ」が好きだと思う。やってみたいなあ。地味で裏方で、もうかりそうもないけれど、やってみたいなあ。通信教育もいいなあと思った。

 よくある通信教育は、一昔前、もうからないのに、儲かるとうたい、生徒を募っていた。僕は貧乏になっても、やってみたいなあ。大阪に専門店があるんですよ。プロフェッショナルの舞台になった店。雇ってもらえないかなあ。いつか。

 

 僕のマフラー「かけはぎ」は、糸が太く、目も粗いので、僕みたいな初心者には打ってつけだった。

 男ものなのでフリンジは付けずに完成。6センチで完成となった。そのあとは、着物のいとほどき(ここでは着物ほぐし、という)をまわしてもらい、やっている。これもここでみっちり仕込まれた。一生懸命やりたい。

 前半、中盤は頑張った。こうはん、着物ほぐしになってから少しペースダウンしてしまった気がする。久しぶりだったので、慣れなかった。






・けさ、自転車でゴミ出しに行き、3個も持っていて、落とせばいいのに踏ん張り、ハンドルを切ってしまい、転んだ。その時の足を挫(くじ)いたのが、作業所帰りに痛み出して、引きずった。寝たらよくなっていた。

・調子の悪さは、帰りの交通機関で、なくなっていた。変な目で見るやつはいても、危険信号は消えていた。僕はかなり楽な状態で帰ることができた。ありがたい。昨日は、最低だった。明日はお休みです。織り教室に行く予定。


 家の中はグチャグチャ(家族関係、母のこと)、楽しくないし、疲れるし、またどうなるんだとも思う。最近の色は、ブルー。





11/2

 作業所へ出かけた。最初頑張り、中だるみ、最後本気でやった。そういうふうにできた。

 マフラ3色青色糸使いできた。3本、縦ライン目を飛ばしていた。緯糸を入れないといけない。ボスに失敗したと言った。あした、どうなるかわかると思う。今日は、捨て織りを終えて、織り機から外して判明した。かっこうわるかった。

 みんな本気で、命を懸けてやっているのが、自分がやってみてわかる。


 
 行きの交通機関で、隣に座った男が、肩と肘、身体右半分で、ぐいぐい押してきた。ほとんど暴力。押し返した。こちらは負けるとやられるので、押すのをやめるまで押していた。あれは暴力だった。暗い目をした、58歳くらいの男だった。黒いいでたち。

 朝からバカヤローだった。調子が悪かったのが、帰りにわかった。帰りも狙われていた。朝のゆっくり歩くも、一人怪しいのがいた。

 ろくでもない日だけれど、楽しい日だった。(マフラー完成) あとは、フリンジをつけて終わり。

 帰ってきてからも、雑用で終わった。もう寝ます。朝も早いし。おやすみなさい。






11/1(Wed)
 作業所へ出かけた。もう休めない。母は金曜日に病院に行くことになっている。作業所は平和だった。







追記:そういえば、物を持って行ったところの秘書はきれいな人だったな。60歳くらいで、美人ではないけれど、その人の華があった。僕はいいなあと感じた。



2017/10/31 Tue
母の主治医向け文書::
患者の息子Aより::



 母がこちら側に帰ってきました。話も通じます。被害者意識は強いですが、安定しています。ここ何日かで受診してくれそうです。意思疎通ができます。

 先生の診断を差し置いて恐縮ですが、母は統合失調症だと思うようになりました。
 
 母の投薬をよろしくお願いします。ありがとうございました。


 昨日は、母はもちを焦がしていました。少し家事をこなして、ほとんどやらずでした。

 
 今朝は味噌汁を作ったり、完全にこちら側にいます。安心しました。





kurage0147130:



 今日も有給をもらっていたので、家の問題をやった。上の文章にもあるように、母は急性期を脱して普通に戻った。

 金の問題をやりたいというと、急ぐことではない、自分がやる、みたいな話だったのでそれは止めた。母の心配事の一つ、周りの樹を切った。全部で1時間半もやっていないと思うけれど、慣れない作業でてきぱきとやった。(変な文だけれど、こんな感じだった)

 あと、自分の部屋の整理をした。せっかくの時間なので片づけた。病院に朝予約を取り3:15の約束だった。それまでの時間でやった。
 2:10くらいに出発し、2:45くらいに着いた。


 先生に会って、文章を渡して、こちら側とはどういうことだ、と聞くので普通の状態ではなかったのが普通に戻ったと言った。急性期だったと思っていると言うと、先生の顔色が変わった。険しくなった。

 先生が喋らないので、運転免許のカギを隠したけれど、いつごろから運転できますか。というようなことを聞いたら、
 そんなの会わないとわからん、そもそも運転免許の話を持ち出したのはお前だ、みたいなことを言われた。確かに、先生に免許のことを聞いたり、答えさせようとするのは変なので、すみませんと頭を下げ、ありがとうございました、と出た。何か言われるかなと、最後は思ったけれど何も言わなかった。


 この話にはおかしなところがある。こちら側と聞くまで、先生は母のことを急性期と見破っていなかった。老化くらいに思って、軽く見積もっていたのかもしれない。でも、僕は確かに、男が隣で寝ていると母が言ったし、その前後の状況も書いておいた。見破れない医者は誤りを犯していたのかもしれない。僕はえらい大変だったぞ。

 今日は、Horowitz in concert : recorded at his 1966 Carnegie Hall recitals の

 Debussy: L'isle Joyeuse  ドビュッシー:喜びの歌 を聞いた。ものすごくよかった。

あと、

椎名林檎:闇に降る雨

を聞いて溜飲を下げた。くそじじいとくそおっかあに振り回されえらい疲れたぞ。糞喰らえ。といったところだった。

 こんなことをできたのも、日常に復帰できたからだった。日常はいいぞ。非日常はつらかった。


 あとは、約束させた金曜日に母が主治医の所に行き、服薬してくれることを望む。母がしたように、やなないなら、僕は家を出ると言った。とにかくホテルに行くし、そのあと、アパートを借りて出て行ってもいい。立腹するぞ。
 
youtu.be

音が悪いです。CDはなんぼいいかわかりません。

バカヤロー。

一応叫んでおかないと収まりがつかない。完全に穴に落ちて、日常に復帰できた。

簡単に穴に落ちるし、他人事というのは世の中にないのが分かった。他者のやることは自分に関係している。それを切るのは誤りだ。他者の経験は全部自分とつながっている。なんでもやってくるし、何でも起こるし、どうなるかわからん。苦渋を飲んだ。
 
 かなり揉まれて、磨かれた。自分直しには良い経験だった。財産にはなった。僕も別のステージに立ちつつある。日常に戻れないかと思った。母は、呆けていて、ずっと向こう側で、ずっと介護が始まるのかと思った。どうなるのだと思った。金の問題も重くかかって、一時はかなり暗かった。暗い目になった。僕は幸せな、おめでたいやつだ。戻れるという、ラッキーをもらった。

 死ぬ気で生きないと、この世はいけないらしい。そういうものらしい。テーラーSG氏に見習わないといけない。初代唯一無二の影響も大きい。



youtu.be
 
これも、CDいいぞ。spotifyにはあるのかな? あるならそちらのほうがbetter butter だろうね。


お前は、カエルの置物をおいているからダメなんだよ。えっ。

これで溜飲を下げたい。

Father and Mother task 僕はこれを回している。

平成29年10月30日 月曜日

 今日は作業所から有給を頂いていました。


 まず、メールしておいた病院から電話連絡が来て、それで母がどうしたのだと聞くので、病院を変えようかと思っていたんだ、と嘘を言った。母の相談のメールだったのだけれど、病院名を聞いて母は不審に思っていた。前に病院を変えたいと僕が言ったことがあったのでこの嘘はばれなかった。母の頭脳の働きを感じた。



 つぎに、受診を勧める、動悸・ストレス・睡眠不足に効くみたいな文章をでっち上げた。本物のホームページ3行くらいに、後は僕の創作文章で受診を勧める内容にした。母に読み上げたが心に響かず、お金の処理をしないといけないと、それで手いっぱいだという。それどころではないと。


 だから、とりあえず、お金の処理に励んだ。先方に電話して、改善すると伝えた。代金を言ってくることになっている。物もそちらに持って行った。家で持っていたものだけれど先方が必要なものなので。

 この問題の道筋はついた。







 あと残っているのは親戚のお金の問題。母は返せばいいというわけではなく、どう流れたが、父がどうしたかきっちり確かめたいと言っている。僕も流れを知ったうえで対処しないとおかしなことになりそうだ。それを意識の低下した母と話して道筋をつけることが明日の課題になった。



 物を持って行って、帰ってくると焦げ臭い。もちを焦がしていた。食事も冷たいまま出していた。洗ってもいない。


・ 母は建築業者に筒抜けで、その人間が家にやってくると真顔で言う。完全に統合失調症の患者だ。病人だ。どうにか投薬につなげたい。

 地元の病院にメールしておいた=電話がかかってきたところにもメールで返事をして説明した。こちらからも攻めたい。お金処理でも攻めたい。明日も有給を頂いている。これで何とかしないと復帰できないよ。
 

 映画リトルブッダを注文した。チベットの僧になるというけれど、こちらは華々しい宿命だけれど、それはそれで全(まっと)うする凄さがあるだろう。僕は借金問題と、父母の問題をやる運命にある。


 穴に落っこちたりしたが(問題のこと)、今日はまあまあの一日だった。少し進んだ。明日はどうなるだろう。今のところは楽観している。先方の言う額をどうやって証明するのだ。その道筋を母はわかっているのか。この問題がある。僕は解明しなくても払えばいいと思っていたけれど、道を見つけられるなら、そこに全力を注ぎたい。今日は変な疲れではなかった。


 父のおかげでここに住めるけれど、

父はバカヤローで、尻拭いばかりさせて、非常識で、コノヤローだ。


明日も頑張ろう。最近睡眠剤を飲むようになった。変に緊張して突っ張らかっている。眠りづらい。
母に語ってもらって、証明を取れるか。

mother 5 : I love

追記:
家に帰ると母は、建築屋は怖いよみんなわかってしまうんだと言った。介護も怖いよと言った。嫌な記憶なのだろう。被害者意識が強く、孤立していた母らしい言葉だった。




平成29年10月29日 日曜日 ☆あり


 今日は病院とか休みで作業所へ出かけた。復帰できるかとも思ったけれど、織りと雑用をこなした。あまり織りは集中できていなかった。雑用もいまいちだったけれど、回した。



 帰りにジュンク堂


・ケースワークの原則(援助関係を形成する技法)、バイステック、誠信書房、2006



 を買った。パラパラめくり、最初のほうに、



引用:

p19
~クライエントが具体的あるいは物質的サービスを求める場合であっても、ある種の不快な感情がクライエントの中には存在している。~

p20
~クライエントが共通にもっている人間としての基本的な七つのニーズから生じている。~
(1) クライエントは、ケースとしてあるいは典型例として、さらにある範疇に属する者として対応されることを望まない。彼らは、一人の個人として迎えられ、対応してほしいと望んでいる。





引用者:kurage0147130:

 ここまで読んでというか、ここだけ読んで購入決定。母がホテルに行って、見守ってやる、みたいなのやめてよね、と抗議した気持ちが書かれていた。母は、僕の母を認知症のくくりで見て保護しようという態度が気に入らなかったとわかった。

 そして僕が家事とか周りのことをやっても、反発する気持ちはどこかにあると。これは、僕自身がそう言う気持ちを持っているのでわかる。


 今日は、出かける前に母に豚大根作ってくれると頼んでおいた。家に帰るとできていた。しょうゆを垂らす母のセンスもきっちりしていて、おいしいのができた。
朝作った目玉焼きのフライパンは洗ってあったけれど、ご飯は釜の中に入りっぱなし、皿は朝も昼も洗っていなかった。全部食べっぱなしだった。

母は正常と、ずれているところが共存している。



 車の検査証も持って来いという、僕が金曜日に取り上げたのを覚えていて、返せということ。明日のケアマネージャーの訪問もキャンセルしたいと言った。水曜日か木曜日に延期すると。役所の相談に、お金のことで出かけるらしい。まだ責務を背負っている。この辺は正常だ。もう寝た。


☆☆明日はケータイに興味を持ったと言って、マッサージ師の電話番号と名前を聞き出して(触って情報を抜き取る)、出張して来てくれるかの切り札にしたいと思っている。

母は家でするのは嫌だと言っていたけれど、疲れているから乗るかもしれない。そのマッサージの人が気に入っていたし、そうなれば訪問診察をしてくれる病院があったら、お医者さんもマッサージの一体としてカモフラージュしてもらって診察するという運びができるかもしれない。我ながらいいアイデアだと思うけれど、実際はアレンジが必要かもしれない。母はお医者さんが来ることを嫌っているだろうから、ごまかしたい。





 でも、母は、病院に連れて行かれるかもしれないと言った。薄々感じているらしい。自分がズレているのを。悲しい。幸薄い母さん。本当に報われることのない人生だった。母は、社交ダンスに打ち込んでいたころが一番輝いていたと思う。膝が悪くて断念した。

 障がい者は幸(さち)が薄いよ。世間の人はホテルで楽しんでいた。母はバイキングを朝食べたそうだけれど、夕食は遅く行ったので変なところで食べたとか言った。

迎えに行ったとき怒ったけれど、今朝は迎えに来てもいいと言ったよねと、僕が言っていないことを勘違いして、拡大解釈してこちらに水を向けてきたっけ。本当に俺ら割を食ってるよなあ。でも不満じゃないんだ。認識なんだ。ただそれだけのことだ。まだ戦っていくぞ、と思う。ギリギリのところを歩いて。




 本は、アマゾンレビューで最初の所が大事で何回も読んで使えるようなことが書かれていたので、どれだけ読めるかにかかってくるかもしれない。母との関係を黄金しておけば何かと回せると思う。

mother4

追記



 母は、父の借金の返済は役所の弁護士に相談してからにすると、そこだけはしっかりしていて安心した。料理を作ったり、父の薬を飲ませるのをやらなくなったが、損なわれたところはあるが、まだ使えた。頼むよ母さん。

 昨日は母の意識が低下していた。

 母が車の証書を僕が取り上げたのはどうしてだと聞いたので、はぐらかした。車のカギはどうしたと聞くので、男がとったのではないかというと黙っていた。今日は少しはましみたいだ。


2017/10/28(Sat)

 昨日ホテルへ行くとき、駅までタクシーで行き、そこで乗り換えたいと母が言ったのは、全部漏れ聞こえていて、男に筒抜けだからそうだ。男は夜の、この間母と寝た気持ちの悪い男で、その男はちょくちょく人のいない間にやってくるそうだ。


 今日は、昨日から泊りに行った地元のホテルに母を迎えに行った。母は、金魚の糞みたいについてくるな。守ってやるみたいなそぶりが気に入らんなど、僕を非難した。嫌いだみたいなニュアンス。僕の頭がおかしいというニュアンスだった。別々に帰った。


 家に着いて、母が昨日から言っている電話の話は皆に聞かれている、みんな私を認知症のように扱うとか、非難するなどと言った。車証を取り上げたのはなぜだと迫った。僕は運転されたら困ると思い、母が銀行へ行ったとき取り上げておいてある。前にも書いたけれど車のカギは皆隠した。販売所にも電話して合鍵を作らないよう頼んだ。


 昔の母とは明らかに違う。損なわれてしまった。もう昔の母には会えないのを感じる。輝きが消えたように。母は違う国へ行ったかのようだ。

 母はずっと父の介護をしてきて、家を出たかったのだと思う。だからホテルへ行った。秘めた願望だったと思う。旅行もしたいよねえ、皆がうらやましいよねえと僕に振ったので、僕も行きたいなあ、うらやましいなあと答えた。これは僕の願望だった。


 母は僕が冷たいと責める。いたたまれない。母といるのは苦しい。僕は、作業所でいじめられて悲しいとうそを言った。それは通った。母は信じているようだ。母は被害者意識がものすごく強い。父と似てきている。楽しいわけがない。でもここが正念場か。今日は午後、家の雑務をこなした。

M3

 高齢者支援センターに行った。考えてくれた。僕には物足りなかった。

 父の借金の親戚が来た。車で貸金庫に行き、母の言うところの財産を預けた。親戚は車をぶつけ、その代金の請求が来そうだった。

 母は地元のホテルに行った。明日は朝早く、ホテルに駆け付けたいが入館は9時。電話連絡してくれるように頼む予定。

 食事を作り、母の挙動に振り回される日だった。僕は踏み込んでいるつもりだったが、親戚の車に乗り込んだのは失敗だった。甘かった。

 介護の泥沼にはまり込んできた。ポンコツ一隊の僕は隊長だ。

 生きていると感じる。苦しいというか息苦しいが、どうなるかわからんが僕はいま生きている。作業所には復帰できそうもない。介護をするのは家族みたいだ。世間のいろいろが肩に乗ってきた。僕には回せる自信がある。その基礎はあるはずだ。でも、潰れるかもしれない。世間に疎い僕が世間のやることを皆やろうとしている。揉まれている。

 母は医療につながらない。父も結構ぼけていることが今日わかった。すごく遅かった。僕はここでも間抜けだった。母は親戚を信じている。ここがネックだ。僕は母の嫌われ者になりつつあるが、親戚の株は高い。ここは問題だ。



youtu.be

これでも聞かんとやってられん。

mother 2 :

 弁当を食べて、僕の部屋に母の言うところの財産を持って行けという。僕が眠たいというと、寝るとすきを突かれて盗られてしまうらしい。起きなきゃダメだと母は言う。


 母は玄関の窓に黒いビニールで被せて見えなくしろという。なんでそんなことに付き合わなくちゃいかんのかと思うけれど、セロテープを持ってきていい加減に貼ったら、そういうことだから (僕の名前を呼んで) はダメだという。きれいに貼らされる羽目になった。そしたら母の評価がついてきて、ちょっとダメだと点検がついて直そうとしたが合格らしく、この件は終わった。


 そして、母のベッドに寝ろという。そこは昨日男が母の隣で寝ていたところで、なんでそんな母の嫌がるところを押し付けるのだ、僕はどうでもいいんかいな、と思えた。男と間違われて刺されたら困ると思い、頭と足を逆向きにして寝た。眠りに落ちようとしていたころ、ここで寝たらダメだと母は言う。母の言うところの財産のある僕の部屋で寝るようにとのこと。


 9-0時まで眠られた。3時間寝たら母に起こされた。今度は母の言うところの財産を父の押し入れに埋め込んだ。母は何とか財産を守りきらなければならないという使命を持って全精力をそれに注ぎ込んでいるらしい。母は僕の寝ている間起きていたらしかった。寝ていないという。寝なきゃダメだという。


 居間で寝るのは嫌がっていたのに、僕の敷いた布団を吹っ飛ばして部屋の隅に追いやっていた、それに寝ることになった。隣で寝ろという。0:30頃のこと。添い寝した。小学生のころ以来久しぶりだった。母はこんなになったが、もう後戻りできないかもしれないが、母の隣に寝ることになった。

 2:00ころ、眠れないだろう僕はこれを打ち込んでいる。母は、睡眠剤を半錠飲んで眠りに1:30頃落ちた。いっそ倒れてくれたら医療につなげるのにとも思う。

mother

追記 そういえば朝、自分の薬を飲まずに出かけていた。交通機関で不利な最低の日の調子だった。それで飲んでいないのを疑った。水で持ち合わせを飲んだ。1時間後くらいに楽になった。

 教訓:最低の日も薬を多く飲めば乗り切られるのか。僕の主治医に相談してみる価値ありと思った。世紀の大屁(発)見。これもくだらない話題か。






 作業所を休んだ。世間知らずの僕は、母の妄想を受け、役所へ介護申請に出かけた。介護はなじまないと言われ、精神科の主治医に相談するといいと言われた。

 母の主治医の所には、カエルの置物が置かれ、緑色、やはりあったかという思いだった。単なる偶然を神秘的に解釈した。

 母の主治医は高学歴エリートで自信がありそうだった。いい背広とシャツを着、モンブランらしきペンで手書きで書きこんでいた。高齢になってきている。僕の作成文書は1枚目だけ読んでいた。ビジネスライクに、連れてこないと何もできない、強制入院ではなく、本人の同意が必要だと言われた。これはこの人の立場で、僕はこれ以上言えないので頭を下げ退出。この舞台は終わった。

 あしたは、9:30に高齢者支援センターの方と話し合うことになった。父のケアマネージャーの方も同席されて意見をくれるらしい。母の立場は宙ぶらりんでどこにもつなげられない。明日もどうなることやら。倒れるしかつなげられないのか? ちょっとひどい制度だ。悪用を防ぐためか、本人保護のためかわからん。

 父のケアマネージャーさんが一番今日僕がつなげた中で親身で親切だった(同じ言い回しを続けた)。身動きが取れなくなってしまった。午前2時くらいから寝てないよ。今日は寝られるのかな?

 作業所へは明日も休むと伝えた。



当院への3提出版最終カット これを+して母の主治医の所に行った。

 2017/10/19(木曜日)

 午前2時ちょっと前、階下でガタガタ聞こえたので、核上性進行性麻痺の父が倒れているのだろうと、トイレに起きて横になったばかりの僕は下に降りた。

 母の声が聞こえたので部屋に入ると真っ暗で、母は押し入れの中に入っていた。ハンガーや衣類が引っ掛かり引き戸が開かなくなっていた。誰かが入った、注射を打たれたとか言っている。部屋の衣類は散らかり、警察を呼んでくれという。お金を渡せばよかったと、親類とのお金のトレブルを予想する発言もしていた。電話線を切られたとかも言っていました。

    夜間精神救急センター(?)に電話すると、母をできれば連れて    クリニックを受信してくれとのことでした。今日の予約を取っていたことを話しました。

 母は、警察に電話したと僕が言った・嘘・時間経過だけははっきり認識しています。2時から5時だから3時間とか、曜日は木曜日とか。

 母は、前の日はご飯をといて炊飯セットしてくれていました。きちんと炊けていました。


 母はありありと、ベッドの隣に男が寝ていたと言います。気持ち悪いと。もうここには住めない。引っ越す。お金も貸金庫に預けると。
 警察は来てくれない、信用できない(僕が電話したことになっているので)、何か仕掛けられているのではないのか、と言います。
 
 介護申請をして、暫定利用しようと思っています。
 誠に勝手ながら、主治医の意見書を書いて頂きたいと思っております。お忙しいのに勝手なことばかり言って申し訳ないのですがよろしくお願いします。

ボ+カ :ランティア / ウンセリング

追記追記:当院への文章2提出版あり(たぶん誰も必要ない)

追記:

 カウンセリングの時言ったけれど、父と僕は時計仕掛けのオレンジの主人公に似ている、と思えた。

身勝手で、いいかげん。汚さと、直進(突っ込んでいこうという攻撃性みたいなもの)を持っている。

僕はあの主人公が嫌いではない。好きだと言える。行動では非難される内容を含んでいたが、そういうのを除いて僕はあの主人公の身勝手さが、自分を投影させる。僕に非難する資格はない。

映画の没落のシーンも社会的な意味と身勝手さの責任を考えると当然だと思う。









 ボランティアに出かけた。猫のブローチを壊したと告白すると、そういうときはすぐ言ってください、と言われた。
 
 帰りに弁償しようとすると、お金はいいですと言われた。どれが壊れたかわからないと。結局、壊れたのはあったのだとおもけれど、不問に付してくれたのだと思う。感謝します。ありがとうございました。壊してすぐに言い出せなかった。タイムラグでの告白だった。僕は結構汚かった。


 カウンセリングに出かけた。母の認知症話題と、僕の性の話題となった。

 母はここのカウンセリングをすっぽかして、地元の所に別の日に行ったのだけれど、今日の地元のカウンセリングもすっぽかした。僕は無責任だとは思わない。社会的には機能しなくなったが母はたぶん病気だ。社会性が低くなる病気なのだろう。本人は、ダメだとか言ったりして気落ちして自信を無くしていると思うが、気にすることはないと思う。齢も取ったし老化もあるだろう。

 僕の性は、社会的性という集団の中での性のことをブログを引用してレポートに書いた。

youtu.be

この曲好きだなあ。バックでかけている。

 
 男性というときの僕は、男としての責任というか重さを含んでいたらしい。格好いい意味ではなく、息苦しさも含めて。
 テーラーSG氏のこともレポートに書いた。命懸けで作業しているという話。僕もそれをしないと、作業所での立場が悪いと。





 ここでカウンセラーの先生が、心理療法家に見えた。感じられた。

 たしかに、命懸けでテーラーSG氏を目標に頑張るのもいいだろうけれど、その時は、僕のペースで僕の目標のため、比べたり追いつこうとするのではなく、僕にとってのパーソナルベストのための命懸けでいいのではないのかとう、そういう意味での内容の話をされた。





 たしかに、僕にとっての男というのは、息苦しく、テーラーSG氏を目標にするのも背伸びや頑張り過ぎを含んでいる。

 だから、僕の頑張りというのは、僕にとっての男というイメージは、自分の中でのできる範囲での頑張りで比較ではないのが望ましいのだろう。それは僕にとって優しいし、本来の取るべき距離感だと思う。僕にできる限界というのもある。テーラーSG氏にはなれない。その必要もない。過渡期ではあると思う。何とか乗り越えようとして欲しいとは思う、自分に言っている。
 

 
youtu.be







別冊付録:特別号 特典としてacampuserバッグ付き




     先生
                        作成:2017 10/23・24・25

 母、     がお世話になっています。息子の です。よろしくお願いします。


2017 10/24 Tue :僕のブログより

・ 母を認知症とみたわけですが、母は、今日は落ち着いていて以外なことを言いました。自分が周りから見放されているのは、お金の問題もあるけれど、自分に都合のいいことばかり言って、周りから呆(あき)れられた、ということだったと言った。

 僕がそれをカウンセリングで話したらと言ったら、そうしたいと言っていた。

 案外母は本人の言うとおり認知症ではないのか? そう感じた。パニックになり、支離滅裂になり、ノイローゼのようになっただけで、痴呆ではないのか。ぼくはここでもやはり見誤ったのか。


2017 10/23 Mon

 母は、最近親戚とのお金のトラブルを一人で取り組んでいます。
 家にいることが多く、外出することも稀です。母は調子が良くなればいろいろできると言っていますが、僕から見て



① パニックだと2日前まで言って調理も手につかない様子でした。今日は収まっているようです。お金のトラブルが浮上してから1週間くらいそのことを頭の中でぐるぐるしていたようで、独り言はトラブルのことばかりでした。



② 1年くらい前に雪道で転んで頭を打って、そのことを気にしていましたが頭に白い影が病院で見つかり癌で死ぬのではないかと思い詰め、持ち物を大量に処分し、毎日死ぬ覚悟を固めようとしていました。病院で白い影が小さくなって、やっと収まりました。



③ 役所などから送られてくる法的文章の処理が苦手なようです。お金のトラブルも母はやろうとしていますが処理能力が遅いです。



④ 以前はなかったことですが、洗った皿を所定の位置に戻すことを間違えます。全然違う場所に置いてあったりします。食器を戻すことはやりたがらないです。今日はやってくれました。皿洗いもやりたがらないです。(以前は毎日していました)/ 訂正:10/24 Tue 母は皿洗いも食器戻しもできました。
/ 追記:10/25 Wed 冷凍してあるパンが、冷蔵室に入っていました。全部解凍されてしまっていました。



⑤ 料理を焦がすことが増えました。丸焼きではないですが、焦げることがあります。以前はほとんどありませんでした。/ 24 Tue : 今日の卵焼きは焦げませんでした。




⑥ 1年くらい前まで母は、脳トレ、麻雀教室へ行っていたのに、家の整理が忙しいといって行くのをやめてしまいました。また行こうとしていましたがお金のトラブルもあるし、調子が悪いので(僕はこの調子の悪さは治らないと思っています。2週間くらい続いています)行けないでいます。ずっと家に引きこもっています(お金のトラブルの手続きや通院で出かけるのは週1くらいです)。

母は父の介護をずっとやってきました(父はデイサービスに週2で通っています)、それが理由なのか家に引きこもっています。



10/25 Wed
 母は、カウンセリングに予約を取っていましたが、2回連続ですっぽかして(寝てしまって開始20分前だった。風邪を引いていた。)、カウンセラーの先生に愛想を尽かされてしまった。

 最近の母は遂行力の低下のせいか、お金の問題のころから・ダメだ、を連発していました。最近は言わなくなりました。

 社会活動(今回のカウンセリング、脳トレ教室、麻雀教室)をできなくなり、お金の問題でも人間関係から孤立し、引きこもりのような状態になっています。

社会能力のようなものの低下を感じます。父の時もそうでしたが、齢を取るとよく寝るようです。母もそちらに移行してきている気もします。


10/23 Mon

・ 僕が母を認知症と判断したのは、洗濯をしていて(母はいつも取り込んでくれていましたが、その日はやってくれていませんでした)、その間の料理が全然進んでいないことでした。料理の処理能力も落ちていて、どうも違うなと思いました。そんなはずはないと。 / 追記 10/24 Tue 料理はしたくないと今日言っていました。もともとあまり好きではないようです。嫌々やってきたというところがあります。



 僕の判断は勝手なものですが、母は認知症を否認しています。今日当院へ来るのも反発を受けました。認知症と診断されると父の時みたいに業者がたくさんやってきて、母に言わせるとお祭りみたいだ、となるのが嫌みたいです。
( 僕の希望としては、デイサービスは嫌でもお薬を処方してもらいたいです。できればひきこもりも治ればと思っています。 )/ 追記:10/24 Tue いまは、母は認知症ではないのかもと思っています。/ 25 Wed 今日は認知症かもと、傾きました。

( 母とどう関わればいいかアドヴァイスを頂くか、主導していただけないでしょうか。)突然やってきて不躾だと思いますがよろしくお願いします。早いほうがいいと思って訪問させていただきました。
 読んで頂きありがとうございました。             息子:

情けない奴=ぼくのこと。カエルのパンツを穿いたようなものだ。

情けない内容です。

・ 作業所では、今日は走れるなという感触がありました。走ろうとはしましたが、走れていなかったと思う。午前が終わり、ご飯を食べ午後に。

 テーラーSG氏とH女史に、走ることを通して追いつこうとしました。追いつかない。どうしてだろうと思ったら、このtwotopは、命懸けで作業している。僕はお遊びだった。命を懸け、命を削って、振り絞って走っている。お遊びの僕が追いつくはずもない。

 言い訳をすれば実際僕は調子の悪い時はある。でも、お遊びで、命を懸けてなどいなかった。天と地ほどの差があった。25歳のころ、命懸けで歌っていた。音程、リズム、素養、どれをとってもでたらめだったけれど本気だった。でも、仕事は遊びだった。清掃作業をしていたけれど、本気ではなかった。ずっと仕事は遊びだった。自分の手を染めるものに、命を懸けていなかった。逃げを打ってきた。言い訳をしていた。

 僕は、このtwotopを間近に見る機会をボスたちから与えられている。これは、giftなのだろう。僕は優遇されている。こんなチャンスをもらって、遊び気分だった。2人との差はものすごく離れている。僕は根本から誤ってきた。仕事は命懸けでやるものだ。それを実践しているのが2人で、僕は見る機会をボスたちから与えられている。これはものすごいプレゼント。


・ 母の認知症ですが、母は今日は落ち着いていて以外なことを言った。自分が周りから見放されているのは、お金の問題もあるけれど、自分に都合のいいことばかり言って、周りから呆(あき)れられたということだった、と言った。

 僕がそれをカウンセリングで話したらと言ったら、そうしたいと言っていた。

 案外母は本人の言うとおり認知症ではないのか? そう感じた。パニックになり、支離滅裂になり、ノイローゼのようになっただけで、痴呆ではないのか。ぼくはここでもやはりバカなのか。

 ゆっくり歩くは、23(Mon)に社会的な性というのでペニスを捕まえようとしました。前にも唱えたことはありましたが、ペニス・ペニスとこだわるより、自分に執着するより、社会的な性であるペニスを持っているという、集団の中での自分の性というとらえ方でした。
 これは、ゆっくり歩いていてバランスが悪く、何とか安定させようとする中での言葉です。

当院へ提出する文章:お医者さんへ

    先生
                        作成:2017 10/23(Mon)

 母、     がお世話になっています。息子の です。よろしくお願いします。

 母は、最近親戚とのお金のトラブルを一人で取り組んでいます。
 家にいることが多く、外出することも稀です。母は調子が良くなればいろいろできると言っていますが、僕から見て

① パニックだと2日前まで言って調理も手につかない様子でした。今日は収まっているようです。お金のトラブルが浮上してから1週間くらいそのことを頭の中でぐるぐるしていたようで、独り言はトラブルのことばかりでした。

② 1年くらい前に雪道で転んで頭を打って、そのことを気にしていましたが頭に白い影が病院で見つかり死ぬのではないかと思い詰め、持ち物を大量に処分し、毎日死ぬ覚悟を固めようとしていました。病院で白い影が小さくなって、やっと収まりました。

③ 役所などから送られてくる法的文章の処理が苦手なようです。お金のトラブルも母はやろうとしていますが処理能力が遅いです。

④ 以前はなかったことですが、洗った皿を所定の位置に戻すことを間違えます。全然違う場所に置いてあったりします。食器を戻すことはやりたがらないです。今日はやってくれました。皿洗いもやりたがらないです。(以前半毎日していました)

⑤ 料理を焦がすことが増えました。丸焼きではないですが、焦げることがあります。以前はほとんどありませんでした。

⑥ 1年くらい前まで母は、脳トレ、麻雀教室へ行っていたのに、家の整理が忙しいといって行くのをやめてしまいました。また行こうとしていましたがお金のトラブルもあるし、調子が悪いので(僕はこの調子の悪さは治らないと思っています。2週間くらい続いています)行けないでいます。ずっと家に引きこもっています(お金のトラブルの手続きや通院で出かけるのは週1くらいです)。

母は父の介護をずっとやってきました(デイサービスに週2で通っています)、それが理由なのか家に引きこもっています。


・ 僕が母を認知症と判断したのは、洗濯をしていて(母はいつも取り込んでくれていましたが、その日はやってくれていませんでした)、その間の料理が全然進んでいないことでした。料理の処理能力も落ちていて、どうも違うなと思いました。そんなはずはないと。

 僕の判断は勝手なものですが、母は認知症を否認しています。今日当院へ来るのも反発を受けました。認知症と診断されると父の時みたいに業者がたくさんやってきて、母に言わせるとお祭りみたいだ、となるのが嫌みたいです。
 僕の希望としては、デイサービスは嫌でもお薬を処方してもらいたいです。できればひきこもりも治ればと思っています。
 母とどう関わればいいかアドヴァイスを頂くか、主導していただけないでしょうか。突然やってきて不躾だと思いますがよろしくお願いします。早いほうがいいと思って訪問させていただきました。
 読んで頂きありがとうございました。
                               息子: 

ボスに相談した:


リコーダー吹いたら、気持ちが少し晴れた。文部省唱歌 春の小川、茶摘みとか吹いた。稲森和夫先生に見習った。






 こんにちは。

 今日は帰りに本屋による予定が忘れました。地元の図書館で、

認知症と診断されたあなたへ、小澤勲/黒川由紀子、医学書院

を借りました。ささやかな一歩です。

 

☆ 作業所では、ボスに相談しました。ボスの回答は、母が通っている精神科の主治医に僕が会って話をして医者につなげるというアイデアでした。僕には浮かばなかった。ボスのほうが社会経験があるので良い回答をもらいました。そうしたいです。




 くじけそうな気持も出てきました。母に支えてもらっていたので、僕の出番が回ってきました。これからが僕の人生です。試されています。どう動くか、できるか、任された。

 認知症の家族をやったり、母が患者になったり、僕たちの人生が新しい形で始まった。僕たちが回さなければならない。




・ユマニチュード入門、イヴ・ジネスト/本田美和子、医学書院

持っていたけれど読み切っていないのを交通機関でよんだ。ほぼ終わった。とても良い本だ。介護の人は面白と思う。僕が読んでも有益な感想を持つ。ポジティブにかかわり、認知症の人との関係を明るくする、そうしたいと望む本だと思う。イバラノ道かもしれないが一歩ずつ踏みしめて大きな道にするための本だと思う。



 やるからには明るく照らしたいと誰もが望む、その方法を説いていると思う。僕が暗く照らすか、明るくできるか、今はまだ暗くしかできていない。学習したい。




 僕の生活で雑用は増えた。息抜きも必要だ。効果的にできればなあ。リコーダーとかどうだろう。最近吹いていない。




 多くの先人が歩んだ道だ。僕も後続のものとして加わらせてくれ。家族会とか患者会に入れれば、その気持ちがあったならもっと強くなれるのだろう。僕は人間として弱いので、立場が弱いので、首が潰れていたりとか、そういうのを後ろ向きにしないで、攻められればなあ。今は敷居が高いと思っているけれど、俺も仲間に入れてくれれば、

 明るく照らせなければ、何のための人生だ、

YMO Yellow Magic Orchestra - Solid State Survivor (Full Album) (Remaster) をyoutubeで聞きながら:

 もっと人間として揉んでもらわなければ。自分で歩む道だ、