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雑記 

(本題あり↓)

2016年6月14日(火)


 作業所では、白羽の矢が立ち、nuno-zoriの編むのをやらないかとなり今日から習った。


 今日は全くダメだった。時間をかければなんとか格好がつくようになるだろうと思う。


 この作業所には裏方で来ているので、何でもやろうと思う。正直、機織りがしたいのだけれど、いまもとめられているのはこれなので、こちらをやった方がいいだろうし、求められるのをやることは必要だし世界も広がるので消極的にならないようにしたい。



 玄米も全粒粉パンも母には好評だ。意外にすんなり適応している。そういうのが好きな人ではあるが。僕もパンはうまいと思う。お菓子はもらい物以外食べないようにして、全粒粉パンを食べている。玄米はうまいとは思わない。味に慣れてきたけれど。昔1人暮らし時代に食べていた。

 豚汁つくった。


(本題)


・ 今僕の中で一番優先しているのは、太極拳。DVD太極拳『超』入門・陳沛山老子のもの。円運動しかできない。でも、これをやると気持ちがいい。この気持ち良さが大事だとはあまり思っていなかった。でも、


・がんが自然に治る生き方


 を読んで、第8章自分の魂と深くつながる で、重要性を教えられた。


p319よりちょっと前、ジョンオブゴッドの前で、あなたを許しますと全ての人に言いなさい、と、ネガティブを手放して、生き直す場面がある。この言葉は偉そうに言ったのではなく、文脈では自分の偏った人間観をやめて、新たな地平へ進むために自分の否定的な部分を塗り替える場面で言われたものです。

 僕は、このところまで読んで、僕も、父のペニスを切断するとか書いているけれど、(そういう意識で、自分の攻撃性を、抑圧しているエネルギーを掴もうとしているけれど)その反面、僕は父を許さなければならないと思う。父に執着するのは良くない。攻撃のエネルギーを自覚する反面、父を許す気持もないと潰れると思う。



・ p331リー・フォートソンのすべてを愛するためにという目的のために生きているという自覚。この部分にも影響を受けた。


結局僕は何をゴチャゴチャ日常を生きているかと言うと、

愛に満ちた世界、日常を送りたいという人間欲求のためにいのちがあると思う。ここが核だと思う。そのためにグチャグチャな日常を泳いでいる。太極拳のシンパシーと愛と言うのは同じ心の使い方の気もする。
思い込みか?







2016年6月13日(月)


 作業所は着物のほどき、内張りしてあるのをやった。器用な腕の立つ人が作っただろう、細かい縫いで埋め尽くされ内張りなのでほどくのが面倒だった。


 内貼りを剥がしていくうちに、どこをやっているかわからなくなってしまった。ただ必死にほどいていた。おわったらぐったりなった。

 前にも書いたけれど、ここの作業所は打ち込んでやらないと格好付かないところで、作業所っぽくない。職場に近い感じになっている(職業に就いている人は、お前は甘いと言われるだろうが。)ので、必死に打ち込んで取り組むようにしている。


 エンジンがかかりずらいときは、何かしらコンセプトを立てている。今日は、昨日の歌で気付いた、父のペニスの切断という、エネルギーの矛先をそちらに向けたやり方でモチベーションを上げようとした。