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29(モリモリンな肉の日・木曜日) / 28(Wed:___」 / 27(T)差別とあるがまま / 26(Mon) / 25(Sun/(systems)day) あるがまま / 24(Sat(sit)down)・あるがまま、はからい / 正常人への挑戦(といきたい・願望)。

2016年9月29日(木)

あるがまま


 作業所で、

☆女性に男として見られていない、
☆僕は関心を持たれていない

というのを感じた。最初は何で男として機能しないのだ、彼女ができてもいいだろうというノリだったのが、あるがままで感じると、このようになった。現実的に、僕は作業所では男として扱われていない。

 そして、帰りに、


☆僕はちっぽけな作業所で、
☆ちっぽけな一員(作業所の)をやっている


と感じた。これも、あるがままで感じようとするとそうなった。


 要するに自分が縮小され、より現実の等身大として関わることになりつつあるのだろう。

 裏を返せば、もてない男、平凡なオヤジとして、この国のこの地域でやっていくという、積極的な意味も現れてくる。あるがままで現実を受け入れられれば、より自分が機能する結果になると思う。












2016年9月28日(水)


カウンセリングを受けてきました。

・ この間の食事会で、惨めで、孤独で、寂しくてというのを(マイナス)あるがまま持って、保持するというところから、僕は目標として、ボロッチイ人生でもいいのかなと。サイゼリアのかたつむり・400円くらいのを食べて、僕の人生、小さくてもいいかなと少し感じていたのが、僕の人生自体がちっぽけでもいいかなと思うように傾きつつある。


 カウンセリングの先生にも、スーパーマンをめざし、木村拓哉すごいとなっていたのが、こういう展開をしたのはすごいねと言われた。僕は、ブログでいつもいろいろやっているからと答えたが、確かに方向性が変わってきた。

あるがままである帚木蓬生氏の森田療法:『生きる力 森田正馬の15の提言』を読んで、

そしてカウンセラーである先生の治療を受けて、こういう方向になったのだと思う。(カウンセラーの先生が、このブログを読まれているかもしれないので、ちょっと意識しています)



 確かにずいぶん、自分に対する期待、目標が低くなった。これは先生に言われたようにすごい事なのかもしれない。

・ カウンセリングも短くしていいのかもしれない。EMDRは終わっているし。先生にはもちかけられたが、まだ長い方がいいと言って断っていたので、方向転換が望ましいのかもしれない。甘えてもいられないだろう。と思う。



・ ボディスキャンというのでしょうか、身体の感覚を、肩、胸、胃、太腿、足裏、首頭と順々に感じて行って、どう感じているかチェックしながら身体感覚を持ち、身体と心のつながりを意識して活性化? しようというのをやってもらった。

 一人でも面倒がらずにいればできそうだとは思った。僕は身体感覚が弱い。



・ 現実を直視し受け入れる、あるがまま、は大事だと思った。これからの課題で、これができれば僕の人生は重荷が半分に減る気がする。










2016年9月27日(火)


「差別とあるがまま」


・ この間の食事会で、3000円くらいの靴を履いてきた女性がいた。僕は差別意識をもった。安い靴を履いてと。それが態度に出た。まずいと思った。なぜこうなったか。僕は、7000円くらいの靴を履いていた。なぜ買ったか。僕にとっての高めの靴を買おうと思ったから。


構造: 
 
 あるがまま:あるがままを思ったとき、靴についてもわかる。

 あるがままなら、7000円の靴を買ったのは、余剰の金があったから、ウォーキング・ファスナーが欲しかった。前よりは靴に金を出してもいいという、一人身、懐があったかかったから。


 女性が3000円の靴を買ったのは、家族がいる。靴に回す金がない。まずは自分の出費を抑えようとした。ただ余計な金がなかっただけ。靴に金をかけようという気がそもそもなかったとか。
 あるがままで見るとシンプルになる。差別意識を持つ理由はない。




/ GUで服を買うも同じように説明できる。服に金をかける気がない。お金の余剰がない。安くていい服なので満足していて利用しやすい。ユニクロ・GUという別意識がない。欲しい服がある。
 ここにも差別が入り込む余地はない。
 

 僕は、あるがままではない、ネジ曲がった見方を肥大させ、目が斜めになっていた。素直ではなかった。すいませんでした。僕はネジレテいました。
 



・ 織りは、疲れた。階段を降りるとき、息切れした。動悸が激しくなった。負担になる。ただ織りをやっているだけ。疲れるし、貧乏くじを引いた気分もある。やりたいことではあるが、始めてしまえば同じで、疲れる分だけ重荷になる。


 鶴の恩返し、みたいに自分の身を削り衣服を織っている。仕事だから、前に織り機があるからやっているだけ。他の職業と何ら変わりがない。微調整が得意だから向いているかな、くらいのもの。逃げ出したくもある。これは織り切るけれど、他のもやるのは負担だなあと思う。



00:

 根性+気合いだ、という感覚で織った。すべてぶち込む、全力だった。その割に最後は上の空にもなった。


・ Nuno-zoriと着物の糸ほどきもやった。今日はあまり調子がよくないのを感じた。











2016/09/26(月曜日)

・ nuno-zoriをやった。前回の分をやり直した。少しましになった。
 
・ 着物のほどき、冬物の緑色、新しめのをやっている。普通に終わりそう。

・ 織り、前回やったところ、もじり織り部分、パクヒスイの棒を刺して織るところ、パクヒスイがはじけてそのまま織ってしまい、ねじりが入らないまま織った可能性あり。もしそうなら、不良品を作っている可能性もある。怪しい話。

 エネルギーを織りに全部吸い取られた。すごく疲れた。


根性、


という言葉しか織っていて思い浮かばなかった。
 

・ 交通機関での読書、帚木蓬生、「生きる力 森田正馬の15の提言」を読み直している。すごく良い本だ。実践できるようになりたいと思いながら読んでいるつもり。難しいかもしれないけれど。







2016年9月25日(日)

・ 作業所の食事会に誘って頂き、サイゼリアでかたつむりを食べてきた。フライドポテトをご馳走になった。(初めてフライドポテトがこんなにうまいのかと思った・田舎者か?)

 かたつむりは貝みたいな感じだった。油に浸かって、何かと一緒にオーブンで焼かれたのが出てきた。おにぎりを持っていたので、主食は頼まなかった。ケチった。ケチだった。こういう安い店があるのだと知った。(初めて入った。外食をほとんどしない。)
 
・ Nuno-zoriは、あまりうまくいっていない。今日は、主に、着物の糸ほどきと織りをやった。急ぎの糸ほどきだったけれど、遅くなっていて、今日終わった。(割とていねいにできた)

・ 先生の整経と糸張り(本当は何というのだ?)で準備してもらったのを、ただ織るだけの作業をやっている。デザインは先生。

 もじり織りという、アフガン針とアイヌの祈り(パクヒスイ?)で使うような道具を使って織っている(名前を覚えられなかった)。

 完璧とは言えず、はじっこの処理が甘い。ミスもある。頑張っているが、今一歩。

 エネルギーが吸い取られ、咲き織りの機械に全エネルギーを賭けるという格好になっている。ものすごく今日も疲れた。

 僕が織りで唯一誇れるとしたら、微調整ができること。僕、シール貼りもそうだったけれど、微調整大好き&得意 だと思い込んでいる。



・ 食事会では、新・唯一無二と話してきた。誘って頂いた方。熱い方です(熱血漢)。顔を見れて良かった。



 食事会でも、惨めな感じがしたけれど、保持して、少し味わってやった。そのままにした。

☆あるがまま

 あるがまま、になれるようにしたいと思う。孤独で、みじめで、障がい者で、恋人いないマスターベーション歴何十年、作業所暮らし、弱い男というののままやっていければいい。










2016年9月24日(土)


「 あるがまま はからい 」


 森田正馬のあるがままを思っている。前回のカウンセリングで、僕がブログからの文とした印刷を渡して読んでもらったけれど、作業所の皆に袋叩きだったと書いたとき、先生は何も言わなかったけれど、曇った気がした。

 前回のカウンセリングでは、あるがままというのはまったく実現されていなかった。はからいだらけだった。こうしたい、こうだろう、こうだという決めつけ、こうありたいという、はからいだらけだった。

 今日は自分の調子に余裕があったので、あるがままというのを意識して織り教室で過ごした。孤独で、みじめで、さびしくて、むなしくて、若い女に自分の肉欲を焦がし(ほぼ50男がだから、気持ち悪いか?)、自分の織りの技術のなさに・よくわからなさに・ちょっとさびしい気がした、などネガティブな感覚に覆われた。これを変えようとせず感じていた。受け止めていた。


 ここでも作業所でも、日ハム解説・ガンちゃんをそのまま認める発言や、GUへ行くという発言は、僕の家族ではNGだった。それがこの人たちは、あるがまま認めていた。家族の一員である僕も否定していたけれど、世間ではそうでもなかった。あるがまま認めていた。

僕の家族はあるがままの正反対だ。はからいだらけ、はからいで埋め尽くされている。だから僕があるがままという感覚を理解して実践するのは難しい。すぐ、はからいになってしまう(自分の感覚を否定し変えようとか、自分の感じることよりこうしようと、感覚を捻じ曲げたり。僕の家族はネジ曲がっていて、特殊で、間違っている。参考にならない感覚で溢(あふ)れている。



 僕の若い女の肉体に焦がれる感覚は、深く、根源的で、抉(えぐ)れていて、焼けるようだ。それが僕だ。


 あるがままとはからいを実践することは必要なことだ。それがなされていないので苦しんでいる。不快、嫌な感じ、みじめをあるがまま受け入れ、自分の中に認め、保持できれば、僕はかなり救われていると言えると思う。

今日の織り教室で、不快な感覚を動かそうとせず、不快なまま保持し受け入れていたことは、前進だったと思う。












2016年9月23日(金)



22(木)の図式はこうだった。

☆父・母=ダメだ→(抑圧=僕=↓ダメだ(男、ペニス))





これを踏まえ今までの周りとの関係

☆周りの人間・否定→(→僕=↓(否定の内面化)僕)



今日の周りの否定と僕、との図式はこうしたかった。
①のあと②へと返す動きが続く

☆①周りの人間・否定→(→僕↓=否定(受け取りたくないけれど受け止める))  意識は外へ向かわず自分の内側を見つめる

★②否定=周りの人間(あなたの否定でしょ)←(←僕(受け取った否定を当人へ返してやる)) 受け取った否定を内面化せずredirect、リダイレクト=向け直す してやる。


 要は、否定を周りから向けられ内面化して、自分の内側を見つめるという、不健康・頭の悪い・今までのやり方ではなく、

 向けられた否定をそのまま当人へ返して、送り返してやる。否定を僕の持ち物にしないで、あなたの持ち物にする。


 僕の側からあなたの側へのエネルギーの向きを作り、僕のエネルギーをあなたへキッチリと向ける。

 常日頃、僕からあなたへという向きを維持できるようになりたい。正常人への挑戦。

 
 ☆           人々        
             ↑   
       人々 ←  僕 → 人々
             ↓
            人々



(ということでした。)










2016年9月22日(木)

「抑圧を父母へ返す。」

我が社を取り巻く環境:

 3日ほど前から、週刊誌による我が社をバッシングする記事が数誌に掲載された。我が社は今まで通り邁進しようとしていたが、環境が変わり、バッシング対策を迫られている。バッシングは、我が社の内部の人間 間でも行われ、その他、交通機関のつり革広告、歩道のディスプレイでも流され、これらは当分やみそうもない。来年3月まで続く可能性もある。まともにこれらに対処し続けると、鬱状態のような深刻なダメージとなり、暴露した我が社が暴走してしまう危険性もある。誹謗、中傷、傷害、否定的告発、ダメだという拡声は、止まるところなく我が社にダメージを与え続ける可能性がある。一刻の猶予もなく対策を迫られ、このレポートになった。



スーパーバイザー・カウンセラー:Nancy Korn

Nancyが我が社をカウンセリングして導いて数カ月がたつ。そのあいだ、かなりのアドヴァイスと導きを頂き、いい方に我が社も来ていた矢先のバッシングだった。バッシングが今年の11月から来年3月まで行われるという情報は入っていたが、実際受ける立場になって、抜本的に対策を練る必要に迫られた。対外対策と当社内対策の2本柱の目線は必要と思われる。このままいくと我が社は倒産というのは見えている。この火急(かきゅう)の時に大鉈(おおなた)を振り下ろして、逆に土台から組み直し、勢い付けたいというのがこのレポートの本当の狙いだ。

 Nancyは、我が社の担当が読んでいた、極東の島国の本、「自分でできるスキーマ療法ワークブック Book1・2」、伊藤絵美星和書店にも出ていた「マインドフルネス」を、実際に我が社の社員に施して頂いた。そして効果があることが分かった。




 しかし我が社の環境は変わってしまった。バッシングの力は強く、毎日、執拗に、四方から攻め続けられた場合に、マインドフルネスの悠長なやり方が本当に通用するのかが疑問となっている。平時にはマインドフルネスが有効なのはわかっている。しかし、否定という執拗なものを撥ね返せられるのか、我が社の体力も考慮に入れなければならない。我が社は社内情報の通りバッシングを11月から3月まで受けねばならない。待ったなしでバッシングを受け続ける。そのバッシングがお前はダメだというメッセージを含んでおり、それが我が社の臍の緒である弱いところを突いてくる。




まずはマインドフルネスで見てみよう:

 お、否定しているな、ビリビリ破いている、咳も来る、社内の空気が否定に染まる。マインドフルネスでは、Nancyの指導の通り、否定しているなと、ツルツルとしたガラスの上を滑るように流れていくように、身体から離して、客観的に見、転がすように見て行って、離してしまう。しかし、バッシングを受ける我が社の調子では否定を受けてもガラスの上を転がすように引き離してみていることができない、被(かぶ)ってしまい、否定に塗りつぶされてしまい、この外部の否定により、内部の否定が活性化され過剰反応して、ガラスの上を転がすように引き離すことができない。よって、感情に流れてしまう。コノヤローとか。外部の否定と内部の否定が共鳴し合い、内部否定が活性化される。外部の否定に負けるというより、内部の否定の声に塗りつぶされ内部ダメージを受けてしまう。外部も内部もダメだというのが基調になっている。要はバッシングによって我が社はおちょくられている。弱いところを見透かされ、突かれているだけ。内部の否定、矛盾が整理されれば、どんなに外部で否定されても何も困ることはない。外部のバッシングは置いておいて、内部否定を見てみよう。
 


内部否定:男、ペニス、父、母、トラウマ、抑圧

 ☆ 父・母=ダメだ→(抑圧=我が社=↓ダメだ(男、ペニス)) ☆
 

 我が社の否定を、父母に返すことは可能か? これもひとつのやり方。

 どうも我が社にある否定は深刻な気がする。かなり食い込んでいる。というか、我が社に居座っている。抑圧としてか? そうだろう。抑圧を自分の問題として、内側を見続けるのか。それとも、父母から来たものとして外部に帰すのか。 これも先のやり方からきている。

 結局、抑圧を対外のモノとして扱うと、父母のモノとして取り組むとスッキリ、シンプルだ。内側を見続けることは不健康だ。これが正しいかわからない。わかりやすい。

 我が社の内側を見て、何かあるかのように思い続け、内側から掘り出そうとする、頭を打ち続けるやり方は不健康だ。

 今日の我が社の対外対応は失敗だった。対外を悪者とみた。これは、対外が我が社に対してバッシングが有効とみた、その目印となり、続ける動機を自ら与える結果となった。失策だった。それ故、このレポートを作ることの必然性が出来上がってしまった。




対応:

 周りの否定を、父母の否定として父母イメージに返し、あるがまま、周りの否定を見続ける。嫌な感じを受けるけれど、感情に流されず、父母イメージに返し続けること。まわりの否定を父母イメージの否定だと父母イメージに返す。まわりの否定は受け取らず、マインドフルネスに流し続ける。

(今回ここまで)