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100(低迷をカウントして、100になった。)

(映画について)


廣木隆一監督 軽蔑」

 廣木隆一監督の軽蔑のアマゾンレビューは賛否分かれている。僕は見終わった後、嫌な感じが残り嫌いだったけれど、時間が経つといい経験だったと思える。破滅的な男女というストーリーだけれど、だから嫌なのだけれど、それがだから好きなところもあると惹かれるに変わってきた。
 人間を一面的にとらえなければいい映画だった。突っ込んでいく主人公はそれくらいの覚悟がないとこの世は渡れないと思う、という参考に変わった。流れが悪くて、デッドエンドなのが嫌われるのか?

ゴダール アルファビル」

 ゴダールのアルファビルが良かったので、女は女である、男性・女性、軽蔑のアマゾンレビューを読んだりして見た。書いている人は頭の硬い人が多いと思った。

 僕がアルファビルが良かったのは、低予算そうで、主人公が個人主義的な冷たい態度で一貫されていて、全編に緊張感が漲(みなぎ)っていたから。個人が生きていくうえで必要な距離感が画面に出ていると思えた。フランス人の個人主義はあんな感じなのかなと、ボケている僕は思った。

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2015/09/08(Tue・therr・トゥヤー(武術の技を繰り出す時の一緒に出す声))


 今日は偉い方が来られた。席も離れたところに陣取られ、意識することなく終えそうだと思っていた。みな針を使っていた。僕がhangarnunomakiに移ったら、針を貸してくれと偉い方が言う。どう使ったかわからないけれど、えらい方は糸を通す時に唾をつけただろうかと、妄想が膨らんだ。

 その針が戻ってきて、僕のnunomakiが終わって、針を共用ピンクッションに戻した。なぜ間接キッスをしなかったか。それはもちろん立場が違うというのはある。

 一番大きかったのは、昨日のドラマ思考のススメの影響。えらい方は社長夫人をされていて、子供もおられて、僕たちの子守もされている。えらい方にはえらい方の人生の主人公で、僕は従業員という以外にクロスすることはない。別の人生を歩みます。僕は僕の人生の主人公で、社長夫人とは別の人生を歩いていく、道をつけていく。だから、針などに関わる必要もない。

これはもちろん綺麗ごとで、女性が欲しいという根源的な欲求は強く深く僕を支配している。



・ この本のように、僕が僕の人生の主人公の道を歩むなら、作業所で皆が話し、僕は黙っている状態、これはなぜか。僕が僕としてまだ登場していない。僕が登場するときは、他者もまた登場するときだ。僕は父母の影響のもと、かなり抑圧的に育てられた。僕は抑圧的な性格だ。僕が登場するためには、僕は僕の人生の主人公として、抑圧的な生活を脱しなければならない。
 そのために、


・間違いだらけの生き方、ウエイン・W・ダイヤー、パシフィカ、1977 (3分の2、読んだ)


・自分を創る、ウエイン・W・ダイアー、三笠書房、1983
(まったく読んでいないと思ったら、4分の3読んでいた。でも全く覚えていない。読んでみよう。)

の影響を受ける必要があると、今は思っている。