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カウンセリング 2017/02/15(Wed) 母を正しい見方で評価する責任がある

2017年2月15日(水)



 「去勢」ということで捏造したものを書きましたが、カウンセラーの先生にそれは違う方向だと教えてもらいました。



 「去勢」の中で、僕は男になり切れないと書きましたが、それは母子関係が原因だという臭わせかたでした。その辺を突き詰めてもらいました。

母の前で男になれない。母に僕の決定権が移っているというか、母に僕がモノを買った時「そんなに本を買って」、出歩いていることを「フラフラして」みたいに言われる。僕は自分の行動や決定に自信を持っていいはずなのに、グラグラしている。そんなに母の言うことを気にする必要はないのに、否定的なニュアンスを気にする。




 ここのところでカウンセラーの先生に母が僕を否定的に言うのは、僕を否定するためではない、僕は母の否定を気にするけれど、それは母の心の持ちようだからだ。

僕が気にする仕方の問題を指摘される。


 母は、父と僕の○○家に嫁いできたが、待ち合わせの時に、母が来る前に帰られ、三越の前で3時間近くも待って、父の家族の家に行ってみると「待っていたの」と、自分たちの責任をまったく持たないで、母を軽くあしらってしまうというひどさを見せつけた。

母が結婚して父の家族に会った時からあまりいい印象を持たなかったみたいだ。それはずっと今まで続いている。



 父は全く僕の育児に関わらなかったみたいだし、家族の果たすべきことは何もしてこなかったと思う。母がすべて行ってきた。料理、育児、家の管理、全部母が担ってきた。父の職場の書類の処分を3日くらいかけて母が行ったこともあったらしい。





 カウンセラーの先生は、よく母がブチ切れなかったと言っている。

 離婚しなかったのはなぜか。それは母が父と僕に愛情をかけてきたからだと。でも心の安定のため、父と僕には線を引いて、○○家の僕らには関わらないようにすることで心の安定を図ってきたのだと言われた。この辺のことはだいぶ前のカウンセリングを受けたときに、教えてもらって気づきだした。

 僕もなぜ母が離婚しなかったのかは、見返りもなしに支えてくれたのかは、母の愛情以外にないとは思う。僕らに冷たいのは、母のこの家に嫁いだ時からの防衛によるらしいとカウンセラーの先生に教えてもらった。カウンセラーの先生は、まるでドラマのような生活だねと、母の奮闘ぶりを讃(たた)えていた。


 だから、母が僕に冷たいのは、母の気持ちの平和のためで僕らには愛を注いでくれたと言われた。

だから、僕が母の冷たさを気にしたり、僕の言うことは聞かないと気に病んだりする必要はないと。母は精一杯僕達に気持ちを注いでくれていると。


 カウンセリングの最後に、母にどう言いたいか、だったか、母をどう思うか、と聞かれ、母は僕らに目をかけてくれても、何も僕らはしていない。労い(ねぎらい)の言葉があってもよかったのではないか、みたいに言うと、そうだね、みたいにカウンセラーの先生もぴったりくる言葉だと思ったらしかった。





 僕は母の冷たさを気にして、自信をもてなかったり、男なんとか、を持ち出すけれど、母の心の平衡のための態度であって、僕らがどうのこうのではない、父方の家族の冷たさから身を守るためだと指摘され、母の労力に僕らはもっと感謝を持っていい、母という存在の愛に気づくべきだ、みたいなことを僕自身がはっきり持つことを先生に勧められた、まとめておくことをするべきだ、みたいに導かれた。母の苦労に先生は共感されていた。




 僕と父は、母に対して正当な評価と感謝を持っていないことは、母を蔑ろ(ないがしろ)にすることだと気づくべきなのだろう。この辺のことは掘り下げて、母をきちんと評価するようにもっていくのが務めだと思う。このままだとあんまりだろうと先生に諭(さと)された気がする。僕はあまり見てこなかった。母の人生を評価するのは家族以外にはないかもしれない。

去勢(巨星と言いたいけれど、種をもがれた状態)






2017年2月14日(火)



 ご無沙汰しています。低調です。

 作業所で、ボスの親族に対し、嫉妬というのか、anbivalentアンビヴァレントな感情を持っていました。それが表に出て、ボスにも親族にも嫌なやつだと思われたと思います。

 どうしてこうなったかと思うと、ボスと親族との関係性ではないかと。僕は自分を親族に投影している。僕と母との関係を投影して親族を見ていた。




 僕と母との関係で言うと、僕は男を抑圧している。

象徴的に言うと「去勢」された状態。

僕は男として、母に対して去勢されていると。男として独立せず、母に対して男を抑圧しているから、僕は去勢されていると言えると思う。母とどうという意味ではなく、僕が単体としての男として独立していないという意味で使っています。とても歪(いびつ)で格好悪く、気持ちの悪い存在として僕はここにいる。



 親の保護のもと家と食事を保証されて僕はいる。親の支配下の植民地のような存在。親も高齢化し、僕が家を去るのは現実的ではない。でも独立はしないと心理的に脱皮しないと潰れたままだ。





 去勢された僕が男として立ち上がれるのか? というのが課題。去勢というキーワードが浮上してから親族へのアンビヴァレントな感情は解消されつつある。

 男になるには母なしで主張する必要がある。前のカウンセリングの先生とのやり取りでもあったように(導いてもらいました)、これは僕の問題で、僕が男と主張していく必要がある。僕の問題で、母は主張するのに必要ない。僕の男だ。男は僕のものだ。ここが分断しているのが変だ。これ以上今の段階で進めず。




 僕の側に男を見て行く必要はある。僕の男があるなら、僕の側に男を見る可能性がある。自分の側に男というフィルターを通して、男の部分を見つめる必要はある。
僕は長らく、中性として生活してきた。幼稚園以来、男として存在したことはないと思う。

でも、男が僕のものなら、男を自分のフィルターとして使えば、簡単に男を見つけられると思うが楽観か?                    ?                ?






 男を自分に発見できる。発掘できると思う。化石になっていると思うが、少し尾っぽをつかまえることができれば、簡単に引きずり出せる気がする。ちょっと掴みさえすれば、ズルズルと引っ張れると思うが。男がないのではなくて、男を見るのを避けてきた。と言えないか。

疑惑(navy blue)



 今日の作業所は、何人かには少しだけ評価されたようだった。でも、火曜日のほうが頑張った。握力が軽く落ちたので評価は悪かったけれどあの日のほうが走っていた。

 今日の作業の終わりに、僕の手が鈍っていたのをテーラーSGは見抜いたと思う。甘いぞと思ったことだろう。

 愛せない作業だけれど、愛そうというキーワードでやってみた。稲盛和夫の「働き方」はバイブルだ。稲盛先生には世話になる。この方の考え方に完全に依拠して作業している。全部稲盛先生の影響下のものとで働いている。

 昼食が出るのだけれど、出るが故の働かざるもの食うべからず、という言葉を感じる。恐くもある。

 昼に居眠りし、5分オーバーして寝ていた。顰蹙(ひんしゅく)を買った。

 稲盛先生の仰るように、仕事に打ち込む以外に打破する道はない。と思う。火曜日からの、走る、打ち込む、愛するのキーワード、特に愛する(仕事に対する情熱)にフォーカスした。

 (同じことを書いた。)

 今は走れるからいいが、手が萎えたり鈍ったらどうなるのだろう。その時までせいぜい走るように努力したいとは思う。普段頑張っておけば、対処してもらえるかもしれない。





・ お医者さんの診察を受けた。最近気づいた、自分が絶対の立場で周りの人を見ないで、僕自身が過程の途中の人として周りの人を見て、周りの人たちも同じように過程の人と見るようになりたい、という内容のようなのをお医者さんは読んだ。

 それに対してお医者さんは、人間は周りの人との関係で生きたりする、みたいな相対的な存在かもしれないね、と仰(おっしゃ)った。

 (その他にも言われたけれど、今は忘れてしまって書けない。)
 自分の本当にやりたいことは何かを考えてやった方がいい、みたいなアドバイスをくれた。僕が途中の人、相対的な人に関心があったので、決めつけないで、こころの声に従って、一番必要なものにうち込むように助言してくれたのだと思う。


・薬局で女性薬剤師が薬を処方してくれた。2回目の人。この人冷たい感じのする人。たぶんものすごく頭がいいだろうと想像している。

 何が言いたいかというと、この人の読んでいる本はどんなものだろうと思った。僕に本を勧めるとしたらどんな本を選んでくれるだろうと思った。友達に一人こういう人がいてもいいなあと思った。ただそれだけだった。



2017年2月8日(水)



・/・ 本を買うとき、集中して読んで活用して楽しむだろうと思い買う。

 実際に届いて現物を見ると冷めている。こんなものかと。読んでみてもたいしたことないなとちょっとだけ読んだり、投げ出したりする。それは本が思ったより魅力がないからと思ったから。本の側に原因を被せている。

 最近のこの傾向を見ていて薄々気づいてきた。

 
 本に魅力がないからではなく、僕の側の支払いが足りないのではないかという疑惑


 作業所で走ってみて、僕の支払いが足りなかったことを感じている。それを当てはめると、僕は本に対して支払いが足りない。

○能力を伸ばす四つのポイント/立花均/ぺりかん社/2016 の本を4回目読んでいるけれど、
これも読んでみて繰り返し読む効果を感じている。

 向こう側、本の側に責任があるのではなく、僕が愛を持つことが必要だと。仕事が魅力があるとかないとかではなく、とりあえず支払うため走ると。



 本もとりあえず繰り返し読む。まとめる、読むことを繰り返す。僕の側が本に対して身を削って支払う。本の側がどうとかではない。(読みたい本に対してだけれど)


 英語の勉強をしないのも、支払いを拒んでいるのに過ぎない。僕は身を削りどんどん支払わないといけないらしい。支払う額(愛・エネルギー・情熱・打ち込むこころ)によって向こう(本)は応えてもくれるし、応えなかったりする。

○能力を伸ばす四つのポイント/立花均/ぺりかん社/2016 の本のように、サナギが蝶になるようになるまで支払いを続けなければならない。ダメ本でも光るものが一つでもあれば、その辺に支払う必要はありそう。今回は、本の側ではなく、自分の側に原因を求めた。

2/7 Tue / じしゅ

2/7 (Tue)

・ 社長は不問に付してくれた。頭が上がらなくなった。もともと上がっていないが。

 走る、打ち込む、愛する というキーワードを呪文のように心で唱えながら、道行コートなどのミシン縫いをほどいていった。そうでもしないと、ミシン縫いの糸ほどきは心が萎える。

投げ出したくなるのをこらえて、何とか食いつくためには、はなからこれが好きだと思い込み、打ち込んで、走って、食らいつくしかない。それ以外に続けるエンジンがない。

 稲盛和夫の「働き方」に完全に依拠してやっていく以外に、僕が仕事を投げ出さず続ける核が見つからない。稲盛先生に頭を下げて、ついていくしかない。僕は仕事ができない人間なので、これに習い、苦しい時が仕事の始まりだと思い、苦しいをスタート地点にやっていきたい。




・ ギターが届いた。糞重いケースに入っていた。昔のケースで重すぎる。こんなのいらないというのが気持ち。ギター自体はボロイところもあるが、使えるので満足している。

 ヤマハFG200J。ギターでうたおう!! こどものうた の ちょうちょう、ぶんぶんぶんをやってみた。

 D、A7しか使わない簡単なやつ。でもうなく弾けない。指が動かない。痛い。まったくの初心者で、今日から始まった。ぞうさん も歌えるようになりたい。


 今回ギターは嫌いではない。初代、全音のギターは嫌いだった。ミュージシャンになろうとし、高みを夢見たから。今回童謡を目標に、コードが弾けたらよしとするというかなり目標が低くなった。しかも、しつこく繰り返して、コードを一個ずつ覚えようという作戦。今日やった2曲が目標だ。
 
 幼稚な僕が、幼稚な目標を目指して這っていくという、這いつくばり作戦。今回ギターを楽しめたらいいな。たばこくさくない ギターでよかった。






2/6 Mon


 作業所で、お客様外注の仕事の納期となった。

 僕は、自分でやった着物の布の糸ほどき、そのうちの1本切断を怒られると思って隠していた。

 けれど、お金をお客様が払う段階になって、逃げきれないのを思い、スタッフに自首した。

 明日から作業所では僕の場所はないと思っていいと思う。スタッフも冷たく来ると思う。
 
 責任は取らなければならないし、居ずらくなって辞めることになると思う。僕はあまり向いてないのかもなという結論になる。

 走って仕事をするという、教えて頂いて、籍を置かせてもらってありがたかった。弁当も出たし。

 稲盛和夫の働き方を齧り読んで逃げきれないと思った。責任は取った方がいいと。すぐ言っていれば大したことはなかった。それを延び延びに伸ばした。優柔不断、無責任。

 申し訳ありませんでした。


・ ギターを買った。フォークギターヤマハ FG-200J 。汚くてぼろいのが届くと思う。

 あまり期待していない。前に全音のギターをやったときは、弾けなくて失敗している。今回は童謡からやろうと思う。本は簡単なのを揃えた。しつこく繰り返し、わずかずつ進みたい。

 リコーダーは、レッスン7でストップしている。最初に習ったところからやり直している。レッスン7まで辿り着けるか。



 またまた僕は落っこちた。

2/4立春 / ■


 歌いに行った。林の中へ、この間歩いた雪の上を、足跡のわずかな窪みに足を載せ、ズブッと埋まり過ぎないよう、この間踏んだ跡の上に足が載るようにして林の中へ入っていった。

 ben harper , waiting on an angele をこの間の続きとして歌った。2回は慣れるため。3回目力を入れようとしてヘリコプターの音に気を奪われた。
 
 4回目気合いを入れようとしてちょっとエンジンがかかった。でも不発だった。

 5回目、第1パラグラフ 気持ちを入れようとして少し良かった。第2パラグラフ ちょっと不発気味。第3パラグラフ 命を懸けて歌おうとして、まあ歌えた。満足が少し入る。

 命を懸けて歌おうとすれば、歌が応えてくれた。気持ちをぶつければ、全力を入れれば、歌もいっぱしの格好のついた出来に反応した。ちょっと満足した。僕にもまだ歌える力が残っているのを再び再確認できて大きな収穫だった。

 怒鳴るのから、片思いラブソング・フォークみたいなのに路線変更して、僕はこの方向性できちんと出来そうな手応えを感じた。また歌いに出かけたい。

 もちろん、リズム・音程・歌詞表現ひとつひとつ 不十分さ断トツという不出来なのが前提です。

 装備としては、下にヤッケズボン・黒を履き、キャラバンのスパッツを身につけ、スノトレの上に被せている。雪は基本的には入ってこない仕様。少し入った。




今日の活動はこちらで。


GOOD BYE MY FOOLISH , HELLO MY SMART.

kurage0147130.weebly.com

2/1 □  本:はじめてのリンパ /今日の本題:試論・こころみ

2/1 Wed

□・ カウンセリングを受けた。2週間の振り返りを読んでもらい、抑圧と少し関わった。今は出ない。近々出る予定もない。黒くて臭くてヌメヌメして、20センチくらいの球形。僕が公式に認めていないのが抑圧になっている。

 カウンセリングが1週おきに90分になった。先生が他の人も診たいらしい。ダブル受診を実現するためだと思う。向こうの意向だった。

 
□・ 計画支援のサインに出かけた。お茶が出たけれど、端に置かれ、飲むことを想定していないようだった。終わって飲んだら、出涸(でが)らしだった。うまくなかった。前回のお茶を期待していた。一杯食った。手抜いたな。ちょっとさびしかった。女性支援相談員と会うのは半年後になる。

 
□・歌いに寄った。公園で歌った。雪を踏みしめ、埋まりながら道を作り、林の中で、窪地で歌った。

 できは、最初の三回は慣れるため。後の2回は感情を入れようとした。
 実際やってみて、詩のパラグラフ一つは感情が入るけれど、ああ、うまくいったとか振り返って、うまくやろうとすると、次のパラグラフはスカになったりした。波が出た。

 詩に感情移入して気持ちを込めて歌い、詩の世界の中だけに生きようと全力を入れるとうまく歌えるようだった。実際はむらが多かった。

 感想は、けっこう感情移入できたし、感情を込められた。live from mars ,Ben Harper disc2 , waiting on an angel という曲を歌った。前にyoutubeのコピーアップしたもの。 感触はあった。もっと歌えないかと思った。定期的に歌いたい。

 試論、こころみ になったし、怒鳴る必要もないだろう。シンパシーと愛について歌えばいいだろうと思う。こちらもグレードダウン。一段降りる。小さく小回り、力を抜いて、僕らしくなると思う。

 ギターを買おうとしていて検索しているけれど、母の卓上ピアノをもっているので、どうするのだろう。ドラえもんの歌とピアノの本を図書館で借りたけれど、あまり使えなさそう。今日初めて読んだ。歌も習ってみたい。

 リコーダーもいい本をたくさん持っていたのに気づいた。うたも、singing technique, carl hogset というNHKてれび 奇蹟のレッスンの講師だった方の本を、アメリカから取り寄せていた。僕集めるの得意です。活用していません。ちょっとバカです。

この本、cdが付いている。google検索で、stantons sheet music という所で買った。親切に英語のメールで対応して頂いた。バカ英語で交渉した。ちょっとおもしろかった。56ドルくらいかかった。3週間以内くらいで届いたと思った。僕はちょっと間抜けです。



□・ 家にいるときは自分の時間なので、自分でデザインして時間を使えるようになりたい。希望。どうもダラダラ行ってしまうことがほとんどだったので。おバカな僕です。



・ ○能力を伸ばす四つのポイント/立花均/ぺりかん社/2016 を読んでいるので、基本を身につけるようになりたい。願望。





追記

 映画「あん」をBS3・NHKプレミアムで見た。

 樹木希林の最初の店長とのやりとりはおかしかった。

 永瀬正敏、格好良かったなあ。

 餡作りの映像が多く収まっていて、よかったなあ。

 監督の次作はどんな映画なのだろう。



1/31(Tue)

・ ブリュッヘンのベートーベン交響曲第9番Anthony Rolfe Johnson の歌声がよかった。艶やかで張りがあって。テナーというらしいです。

 ユーチューブのはモーツァルトですが、再生回数が多いので良いのでしょう。はじめて聞いています。

17:30秒、右から2番目の男がアンソニーだと思う。


と思ったけれど、載っけるのこれにした。よかったら。


・○能力を伸ばす四つのポイント/立花均/ぺりかん社/2016
を交通機関で読んでいますが、3回目なので頭に入ってきます。僕はぼんくらですが5回繰り返し読みたいです。頭が悪そうで恐縮ですが、よろしくお願いします。押ッス。





・はじめてのリンパ、加藤雅俊、ブルーロータスパブリッシング、2012

アマゾンで、288円くらいで買いました。送料込。本体1円。ブックオフならもっと安いかも。

 この本、リンパのしくみが簡単にわかりやすく書かれ、美容が最初で・毎日のリンパマッサージ・2回くらいやった。

次が、リンパストレッチ・黄色い服を着た写真・これ3回くらいやって、ストレッチになり気持ちがいい・深層リンパ? だったかで筋肉を動かし深いところのリンパの流れを良くするもの? のようなことのためにやる。

リンパストレッチ・赤い服を着た写真・これはまだやっていない。

 実践しやすいし、わかりやすい、中古なら安いでお買い得だと思う。女の本を僕がやる所が味噌。  




●今日の本題:試論・こころみ

 作業所の隣の女が、変なごみの捨て方をする。気になった。ずっと気にしてきた。まずこれが1つ。これの解釈は、この女はこういう捨て方をする女でこういう奴だ。僕は孤独に戦ってきて、これからも孤独に戦うぞ、と思った。

 作業所のなかの(ボスの親族)に対して、どう振る舞えばいいのかわからなかった。その人の立場が微妙なので。その人変だなと思っていた。僕は頑張っているぞと、これが2つ目。

 僕はこういう問題を抱え、ボスからも嫌われようとしだしている。作業所の中での立場が悪くなりつつあるような。

 
 変えようとはしないけれど、僕の中での処理を変えようと思った。



 そこで思いついたのが、僕は試論だと。ぼくは・こころみ・に過ぎないと。僕の立場を一つ落とした。グレードダウン。一つ降りた格好になる。

 ぼくがこころみなら、テーラーSGもひとつの方法に過ぎない。新・唯一無二もひとつの方法論。ゴミ捨て女もひとつの方法論。ボスと親族も方法論。

 みな仮の、試みに過ぎなくなり、とりあえずやっている者の集まりになった。僕はその総本山で、グレードダウン済みになっている。


 ということは、世界は仮にやっている試みの集積場で、試論に過ぎない。絶対も、劣等も認めない。みな、とりあえずやっているものの集合になる。だから僕自身の自由度が大きくなる。僕のやることを絶対とみないで済むし、周りの人間に対しても絶対と見ないで済む。
 すべてがフレキシブルで、寄せ集めになる。だから、僕の自由度が大きくなる。僕は絶対的な見方をしてきたから。

 いろんなことに取り組めるはずだし、発想も自由度が大きくなるし、受け取り方も自在さが出るはず。でも、試論と全てを見て、感じることが前提なので、縛られていたら縛られた見方しかできないので自分の方法を常にチェックして修正し続けなければ自由は手に入らない。

 僕はもともと絶対的な見方をしてきたので、それに流され続ける可能性大。ここを克服して初めて、試論で世界と関われる。


 作業所での肩の力が抜けた。一応最近走っていたので。

26 Thu / 1/25 wed 片岡球子 道立近代美術館

2017年1月30日(月)

・快楽の館 p46/47
黒のランジェリー女アップ。バスト強調。背後に裸女一人写る。

 ランジェリー女は要らない。女を主張する小道具かもしれないが、裸を見たいだけだ。背後の裸女は、壁に寄りかかって、おもしろくないポーズ。
 ランジェリー女は、バストが下着によって強調されているけれど、面白味がない。何だこんなものという感じがする。

 あらぬ方向を見る女3人。裸の女が見たくて買った写真集だけれど、つまらなくなってきた。もう少しで半分だけれど、つまらぬ。払った金の分くらい楽しませてくれ。こんな女の写真より、風景写真のほうが面白いかもしれぬ。

 ちょっと楽しみ方を見つけた。アップ左の女の耳の部分が写っている。ここだけおもしろい。女の耳を見ていた方が、いやされるよ。


・最近低調でした。土曜日は織り教室へ行きましたが、疲れていたので10分早く切り上げた。織りは楽しかった。感触が良かった。機を織る感触を少し楽しんだ。

快楽の館、p48-49

女の尻3個がこちらを向いている。いい景色と言いたいが、つまらない。僕は不感症になったのか。
女の写真集を見ても面白いと思わない。

女という人間の動物の尻を見て、いい景色だとは思うが、すごいとは思わない。景色がいいとただ思うだけ。
女の肉体の重さを見ていて感じる。

快楽の館 p50/51/51-2

 こちらもめくってみたが、女の裸が出ていた。つまらない。今日は女の裸に興味がないのか? 僕は何なのだ。男なのか。子どもなのか。爺さんなのか。

この写真集を見るのは保留になるかもしれない。つまらない。風景が見たい。東松照明とか見たほうが有意義ではないのか?







目次つき

英語を使いこなすための実践的学習法 - 株式会社大修館書店




・快楽の館 p43/44

 見開き一人の女のヌード。アップでうつり、胸しか見えん。顔が怖い。左上から右下への鉄パイプに沿ってポーズが作られ、色気ゼロ。

 女モデルは光をいっぱい浴び、白の背景に濃くプリントされている。女の怖さしか感じられない。商品価値はないと思える。ここのところの写真は面白くないのが続いた。ドスを飲まされたような印象を受ける。女の顔から逞しさは感じる。この写真の意味不明だ。

次もめくりたいけれどやめた。今日はここまで。 




25 wed

 片岡球子 本画とスケッチで探る画業のひみつ 道近美に行った。


 おもしろかった。下手っぽい絵。下手というのは語弊があり、率直、偽りがなく飾らない、真剣に取り組んだと言える。

 絵を描く前に、スケッチ帳で、下書きをしてから、ポイントを掴み、絵の細部を詰めたり、バランスを探ったり、色を探ったり、書き方を詰めたりしたのだろう。絵が詳しくないのでそれくらいしか感じられなかった。

絵を描くことへの真摯さには、好感をもった。僕にもできそう。僕の書き方でもよさそう、と妄想を膨らませた。あのオリジナリティはすごいのだろうけれど。色彩感覚も独特だろうと想像した。

 僕は絵を描くことを投げたけれど、片岡さんはずっと取り組み続けた。そこはすごい。自分のスタイルも曲げていない。





・ 計画支援の場所に出向いて、僕の行動を伝えた。この出向くのがたいへんだ。時間もとられる。今日は休みだけれど。


 今日は雪かきしたり、掃除機をかけた。水槽も掃除した。メダカくん。



・快楽の館 p41-42

 撮影の裏舞台写真。おもしろくない。裸もよく見えない。見開きで女がごちゃごちゃいるだけ。

裸の女の横、後姿には助平さがかけらもない。肉体という物質の重みしかない。

顔の表情も商品ではない。姿勢も商品ではない。ほんとうに、舞台裏の写真。緊迫感と雑多な印象。

女は助平な存在ではないのがわかる。男が助平にしている、見ている。僕のこと。

舞台裏の写真を見ると、写真集は篠山紀信の構築物なのだろう。




・能力を伸ばす四つのポイント、立花均

 を交通機関で、首を低く読んでいると、バカにしてくる奴がけっこういる。放っておいたら、しつこい。しつこいのでそいつの顔を見た。若いころはかわいかった、かわいさを売りにしていて、ちょっと自信のあるそういう女の顔だった。

 バカにされても、大事な本を読んでいるし、そんなやつ、バカにしてもお前らやってろ、という心もちだ。

 どんなにバカにされても、かまわない。僕はポイントを押えている。

 この本、大事だ、僕にとっては。



 

24 Tue / 23 / 01/22(Sun)甘えている僕。 / 2017/01/21(Sat)失礼しました。

24 Tue

今日は、こちらで活動しました。

kurage0147130.weebly.com




23 Mon

・快楽の館 p39-40

 左右見開き違う写真、同一モデル。右の写真は、女の質感、白さ、艶っぽい。色っぽい。この肉体が欲しいと思う。

 背中を反って、尻を突出し、両手を挙げて、女の魅力を引き出すポーズになっている。肩、背中、尻のラインが美しい。

 女の性、丸みが如何なく発揮されたポーズ。


 左の写真は、影の黒、緑の植物、女の白く飛んでいる光を浴びている女の肉体・黒いレースのインナーで成立させている。

 男は女に何を見るのでしょうね。男の願望でしょうか。存在そのものを見られるのでしょうか。僕の目は願望で曇っています。

 女は女のために存在しているというのを意識してみないと願望がかぶる気がする。女の女のための存在って何でしょうね。命でしょうか。生の命。肉体を現在に燃やす、光り輝く若い肉体、人間に生まれた限りある個の放つエネルギー。瑞瑞(みずみず)しさ。老と対になる若さ。一瞬の光。特権を持ってしまっている傲岸(ごうがん)さ。うらやましいな。わかさは。僕は失った。







・働き方 稲盛和夫

 も少し読んだ。この人のすごいところのおすそ分けをもらう。学ばせてもらう。

 垂直の壁を登る覚悟を持っていたらしい(たとえ、仕事の取り組み方)。自分の信念を曲げる気持ちはさらさらなく、壁に当たったら、そこがスタート地点で、やめるなど眼中になく、成功するまで突き進むそうだ。僕はかなり甘い。

この人の厳しさは半端じゃないのだろう。



・能力を伸ばす四つのポイント 立花均

を2回目読んでいる。2回目なので頭に入る。

 レベルを下げた教材で、部分に切り分け、部分を磨く。

・basic grammar in use(north american english) 3rd edition

を触っているけれど、現在形のbe, 動詞を使って表現する。 ここで何を問われているかは、

・新感覚☆わかる使える英文法 4月号 NHKテレビ 講師 田中茂範 2007
の、

 動きや変化が表現されない、状態や感覚・知覚・認識を表す場合、動作を表す場合、習慣や一般的な事柄を表す場合、といった部分に分解できて、その例文というか使い方が出ている。


最初この本を買った時、全部やろうとして失敗した。難しい本。でも、例文を変化させたり、つまみ食いすれば使える。パーツのことが書かれている。部分を磨く材料になる。

教科書は、文がずらずら出て来るだけで、基本形がはっきりしていないので、田中先生の本でパーツ磨きできる。そして、教科書をやればはっきりしてくる。

 部分磨きをし、部分磨きを繰り返せば、能力は一気に昇華するらしい。「能力4つ」の本では、芋虫、サナギ、蝶になる、その花開く方法が書かれている。今すごく大事な本で、交通機関で読んでいる。楽しいと感じ、頭に入ってくる。





01/22 S n

 今日は作業所の送迎バスに乗り込んだ時から、旗色の悪さを感じた。金曜日に僕は失調していた。

 態度で示さなければならないので、走った。できるだけ走って作業した。午前中は走れた。

 それで思ったのは、自分の居場所は自分で作るというあたりまえのシンプルなものだった。走って作業して自分の居場所を保持する。
午後はスロペースからスタートして、徐々に走ろうとして見たけれど、午前中ほどではなかった。走れる状況でなくても走ろうとずっと取り組み続けることは大事らしいなと感じた。





 走ることを通して見えたのは、
「僕はダメだ、孤独だ」というのは甘ったれの言葉だった。自分の居場所を欲しがるばかりで、いじけて、下を向く言葉だった。
 
 たいして重要な言葉ではない。とりあえず走ろうと努力し、手が萎えていても、切らさず走ろうとし続けることはできるはずだろう。
 
 この作業所にはテーラーSGというひともいる。この人はずっと走って作業する。作業所の顔の一人。この仕事に対する姿勢と熱意は、背中を見せてもらい真似しないといけない。

 自分で走って自分の場所を作るという、シンプルでわかりやすい標語が今日は体感できた。

 友達が欲しければ自分で作り、女が欲しければ自分で男をやることを目指せばいいだけなのだろう。この辺はまだ見えない。 





・快楽の館 p37-38

 見開き違う写真、同一モデル二人。黒のランジェリー姿。僕はランジェリー趣味はないので面白くない。裸のほうが好きだ。黒の影が効いている。若い2人なので、お肌がスベスベそう。女に睨まれると怖いな。

 右の写真は、建物が太陽の光の影で黒く塗りつぶされ、黒のランジェリー2人を吸い込んでいる。引いている写真だし。

 おもしろくない写真。

建物の影の黒と光の当たっているところのタイルの質感が面白い。女2人モデルは、建物のおかずになっている。女の意識と肉体は、時間の移ろいのなかでどこへ向かうのだろう。いくのだろう。




 人間が見るから女モデルが成立する。ロボットがこの写真を見ても成立しないだろう。女という存在に何を見るのだろう。僕はおじいさんに移行してきている。この女性たちもおばあさんにいずれなる。おじいさん、おばあさんから見ると、若い時代とは過ぎ去っただけなのだろうか。あのエネルギーやスパーク、怒りは消えた幻だというのか。僕は確かに吠えた。犬のように雄たけびを上げた。

あの時の僕は今はいない。でもあの時は確かに存在した。過去で、おわったこと。僕はおじいさんに移行している。その時々しかないのはわかるが、過去の自分をどう処理するのか。過去は振りかえらず不問にし、今に全力を尽くす、と言うことしか浮かばない。













「村」


 交通機関に乗り込み、端のほうの席、村へやってきた。

 そこにはみな降りてしまった後に、村人Aが座っていた。女性。

 そこへ村人Bになるべく僕が座り込んだ。こうして村は作られた。

 前のほうの席には、3歳くらいの子供3人を抱え、赤ん坊をだっこした村人Cたちが座り、酒宴をもうけた。
 もちろん酒は飲まないが、お菓子をぼりぼり子供たちは齧り始めた。
 村人Cの子沢山(こだくさん)は、今の日本では珍しく、偉い人から表彰を受ける価値がある人たちだった。この頑張りには脱帽するしかない。

 僕の隣の、村長である村人Aは、スマホのゲームか何かをいじりながら、ときおり小声をあげる。僕は気になった。


 村人Cたちの一行は、終点に着く前に降りて行った。がんばってね。子どもが多いのは大変なのか幸せなのかわからないけれど、エネルギーは使うだろう。

 最後に、村長と僕だけ残った。

 村は、運転手が持って行ってしまった。僕は叩きだされた。うう、無念。

 いつか村を再興し、村長の右腕としてまたがんばるぞ! 牛っし(うっし)。






・ 今日は、織り教室へ出かけた。まあ、頑張ったわけです。世間の荒波は厳しく、他者存在は脅威として残っています。この厳しさの前に立ちつくしそうだけれど、前を向いていこうと思う。

 小学生の、身体のデカイ、おねーちゃんがきていた。どう見ても小学生には見えないけれど、喋り方は小学生だった。こういうニュージェネレーションたちが幅を利かすのだろう。僕は老いぼれていく。まあちょっとは頑張った後だけれど。

 他者は恐いよ。どうなちゃうんだろうね。自分の身が守り切れるか。

 ツルツル路面の前に、歩幅を小さく、すり足で歩いて交差点を渡った。

 青空は、あおく、おおきく、がめんいっぱいにひろがり、僕を心を吸い込む箱だった。(芥川賞直木賞 すごいひとたちにあやかりたいものです)

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失礼しました。今回耐えられる自信がない。



(Fri)20/01/2017

下から上に向かって読め!!?


 自分を捨てる手しか浮かばない。

 できるなら、隠れたくない。

 どういう結末が待っているか知らないが、できるだけ表(おもて)でいたい。

 できることは、気持ちを切らさず泥臭く食い下がること。

 あまり希望が持てない。

↑もし続けていたら、皿を割ったかも。

 僕はほとんど皿を洗わず交代した。

 新・唯一無二が遅れ、僕が皿を洗っていた。

 なぜかされなかった。

 皆攻撃したかったろう。

 作業所で握力が落ちた。

 今日は失調した。

○下から上に向かって読め。(ここでは命令口調を使います。上から目線です。)





追記:
 開札で、モタモタしている女の子(女子高生)を小突いた(僕に対するスクリーン・バスケットの技と判断した)。僕は汚い、ズルい奴。不利で攻撃的なことを理由に行った。



2017年1月19日(木)

 帰りは皆、攻撃したそうだった。僕は守るという感覚でもなくなった。攻められて死んでも、しょうがないかと。その辺は覚悟しようと思う。自分にできることと、守り切れない部分は残る。ある意味、自分も切り捨てるところも必要だと思う。
こういうのもまた不調になったので続くのか、それとも、今日だけなのかわからない。



 さぎょうしょでも、頑張っていないと自分の場所さえなくなる所だなとは思う。最後のほうは走ってやったつもり、皆から見たら亀だったかもしれないが。



 作業所の最初の始まったころは休みたいだった。休憩が欲しい。心は休みたいだったけれど、そんな悠長なのは許されないらしい。




 織りの端っこの処理、フリンジのツイストだけれど、これができなくて他の人にやってもらうこと2度重なった。僕の立場も悪くなり、道具を買った。作業所にいつまで通えるかだけれど、立場上買った。金は捨てた気分でいる。





・快楽の館 p35-36

 上半身ランジェリーの女の上目使い。魚眼レンズ。最悪だ。このページは必要ない。壁の丸みを帯びた外壁のタイルがくっきりと撮られている。必要ない写真だった。僕は興味がない。

 女の顔がアップだけれど、よくない。何を狙ったのか。影を写したかったのか。白く飛んで(?)影も写って。

 よくなかったので、次も見たいけれど、縛りの中でやっていく。

カウンセリング 2017/01/18(Wed)  地下室・僕がつくった部屋

追記
カウンセラーの先生は、来週は予約が入っているので無理と言った。僕が峠を越しつつあるので切断への布石か、他の新しい必要とする人に注力するためかわからないけれど、だんだん遠くなっていくのかも。

ベン・ハーパーはカントリーみたいなのを歌うとき弱く歌っているけれど、訴求力や表現力は落ちていない。僕は若いとき怒鳴って表現しようとしていたけれど、弱く歌って表現するやり方も身につけられるのだろうか?? そんなのできたらすごいな。



2017年1月18日(水)




カウンセリングに出かけた。


 料金も高いし、成果が出ないと苦しいなと感じていた。始める前にこれまでの日常(2週間分)をまとめた自分のプリントを読み返した。


 今日はプリントを見てもらったのを踏まえ、僕の母に対する攻撃、怒りの部屋に会いに行く、というコンセプトをしてもらった。






 地下室へ階段を下りていき、踊り場にもドアにも黒く臭い重さを感じていた。カウンセリングの先生のナビゲートによる心の探りが始まった。


 部屋は黒く、道新夕刊・いつだったかの諏訪敦氏の記事・クラーナハ展の父の生首を持つ娘の絵に影響されてか生首が部屋にある気がしていた。



 部屋は生臭く、床にベトベトした粘着質のものが敷かれていた、その感触を感じていて、攻撃・怒りは吸収されているようで、部屋の床に僕の脚が潜り込み始め、沈んでいく。母には投げかけが成立しない、吸収されるという感覚があった。



 この部屋は僕の作りだしたものか、母自身の憎しみによるものかと2回くらいカウンセラーに聞かれた。ポイントらしいぞとは感じたけれど、ちょっとニュアンスが通じなかった。




☆ 僕は飲み込まれようとしていたけれど、攻撃とか怒りを向けたい、機能したいんでしょうみたいな僕の側の希望と先生の確認があり、また同じ質問が繰り返され、僕はこの部屋は僕の側の機能しない、母への怒りが吸収される、僕が作り出した部屋だと先生の再三の呼びかけによる確認をして、ガイコツ男を先生の主導で呼び寄せ助けてもらおうとした。ヒョコヒョコ僕の分身は来て助けてくれ、それから足が沈み込むことが減り始め、足首だけが埋まり、足で立てた。





・ ここで展開されたことは、僕は心の地下室を作り、そこに監禁されたようになり、母への攻撃は吸収された。部屋自体は僕の母への攻撃が機能しない不全感で、僕が作り出したもので、母の憎しみではなく、僕の攻撃が形を取れないで吸収されてしまう、というもがき、不全による僕の抑圧が部屋の成立を許した格好だった。

母の憎しみではなく、僕の攻撃が部屋を作ったという自己確認ができる。僕の側の母への空回り、攻撃を受け止めてもらえない、拒絶されたか、無関心による、攻撃が吸収される徒労感のような絶望が成立理由かも。



 母とは距離を取った方がよく、あまり期待しないことだ。母に人間関係を求めるのがよした方がいい、と自己忠告できる。



 自分の攻撃が吸収される云々(うんぬん)より、攻撃は僕の側にある持ち物だと。攻撃が吸収されるという感覚自体も、母というより、僕の側の作っている印象で、僕のイメージが母に対する徒労感・絶望・攻撃の吸収を生んだ。
母は単なる無関心と、自分に対する興味でいっぱい、というか、人のことまで考える余裕がなく、自分のことで手一杯というのが母の特徴だと思う。



 これからは母に人間関係を期待するより、攻撃したいなら自分の持ち物として向けて使っていけばいい。口攻撃です。言い争い。帰って、さっそく言い争った。まだ途上の段階。

1/17(Tue) / 『男心』

1/17(Tue)

 ゴチャゴチャ偉そうなことを書いていますが、昨日今日リコーダーを吹いた。一番手っ取り早く、やるのにちょうどよさそうだ。歌ったりしたけれど、今日のほうが部屋でやっても昨日よりは良かった。

 今日も調子がよい感じがしなくて、男心というなら、母に対して怒りと攻撃が自分の側にありそうだと目星をつけて、掘り出そうとした。成功しているのかどう何だかよくわからない。

 リコーダーは息の量を減らして低音を吹いて鳴らそうとしたりして、結構楽しんでいる。ゆっくりも吹いたりしている。

 何とかしたいと思いつつ、なんとかなっていないような宙ぶらりんの気もする。もがいている。歯切れが悪く。







hundred reasons を歌いたいけれど、今は無理。リハビリとして、ベン・ハーパーを歌いたい。カントリーみたいなの。







・快楽の館 p33-34

 見開き別の写真。2枚のヌード写真。ついに真打登場といったところで、アンダーヘアーが写っている。

 これだけ女のフルヌードがアップになって見せているわけだけれど、何をそこに見るか。

 若い綺麗なプロポーションの女のヌードは素晴らしい。女のヌード、裸の肉体は何か? 女という女性を担い(男性と対)、子を孕(はら)む性である若さを持ち生物として開かれ、

 女は自分の肉体を持て余していないか? 女の立つ地点はどこか? 女はなにを掴(つか)もうとしているか? よく聞く、受容する存在なのか? 男の楽園は自分勝手だと思うけれど、女は楽園を求めるのか? 命の循環につながることを良しとする存在なのか? 手にとれる身近なところに幸せを見るのか? 女の生物運動=生きもととしてどこを目指して活動するのか、は宇宙の根源=生き物の根源か?、は生まれ、成長し、命を孕み、子を産み、子が育つ、その循環につながることを望むのか、

 女とはなにか? 男と同じ命の橋渡し役の部品か? たぶん男のようには考えないはずだ。人間として生まれ、人間として死んでいく、その過程に自分の命を見て行く、そういう存在なのか? 大きいスパンに重ね合わせ、大きな存在かもしれない。

 僕の妄想でした。


・着物外注、4枚終わった(糸ほどき)。内一枚は、生地の繊維一本を切断した模様、失敗した。その他ミスなし。今日は織りだけやった。平織、普通のストール、明日終わるだろう。4時間織った。背中が疲れた。  


・『能力を伸ばす四つのポイント』、立花均

 読み終わった。最後にこの本を5回読め、とあるので、やさしい本だけれど5回読むことにした。前よりは頭に入る、一度読んでいるから。



☆・作業所で、立場が悪い気がして、どうしようもなく、男として出ていけないかふと思っていた。それで思いついたのが、男心。カウンセリングや自分のブログで書いた話の地下室の男は、ガイコツ男は、僕の男心の部屋の住人ではないのかと。男心を殺してしまったので地下室にいるのではないかと。

 だから、男心を歌えばいいのではないかと。男心を生活で表現すればいいのではないかと。男心を出せばいいのではないかと想像した。僕の中の次の方法を担っていくのは、エンジンにしたいのは、男心。これを育てたい。

 作業所で、男心を思った時、少し開かれる気がして、自分の場所がある気がして、やっていけるのではと楽観した。帰りの送迎車も、安心して乗れた。すごいじゃん。安心できたのだから。外で安心できるのはすごいでしょ。

13 January 2017 ②能力 / 12(Thu) 本:能力を伸ばす四つのポイント、立花均 / 三岸好太郎美術館 2017/01/11(Wed)

2017年1月15日(日)

・快楽の館 p31-32

 原美術館の建物の前で、手を取り合った2人の全裸の女性が立っている。黒いハイヒール以外は何も身に付けていない。

 美しいプロポーションの二人。引いてポーズの2人が撮られ、建物と樹木が大きく写っている。本当に美しいプロポーション

 女性のヌードは丸みを帯び、立派に立っている。健康的な美しさ。屋外で撮影されたからか、健康的な開放的な肉体がある。建物ののおもしろさもあるかもしれない。






13 January 2017

・本:『能力を伸ばす四つのポイント』、立花均




・ ゆっくりていねいに、という例で、著者の知り合いの高校生がいて、体育の成績は後ろから2番目で才能はないと思っていたそう。その人に、動作をゆっくり丁寧に確認しながらやるみたいなアドバイスをしたら、アドバイス通りに練習したそう。

その後の体育の授業で(どのくらいの期間が空いたのか覚えていない)、クラスのサッカー部の人たちから褒められたそう。その後の体育の成績は5になったそうだ。

 高校生活ずっと、ゆっくり丁寧に動作を確認しながらサッカーの練習をしたそう。大学に入り、体力テストで、運動部の人より反射神経のテストの動作が図抜けてよかったそうだ。間違いではないかと2度測っても結果はよかったそうだ。それだけ、この人は能力を伸ばし続けたことになる。

 まあ、サクセスストーリーだけれど、軽んじることはできない話だと思う。

 太極拳のノロい動作も続ければ、能力は向上するかもしれない。

 

・ 僕は、昨日、キクタンキッズ初級編という単語を覚える小学生低学年か幼稚園向きの本をやっていた。circle,diamond,heart,oval, rectangle,triangle,square,star を、CDに合わせながら覚えようとした。

 結果からいうと失敗した。僕は記憶力がすごく悪い。非常に。だから、CDに合わせ順序良く覚えるのに、これだけのことに20分くらいかかった。そのうえ、順番を覚えるという暗記力を早口でやって、プレッシャーを感じて楽しめなかった。

 本の、ゆっくり丁寧にというスローガンを取り入れるなら、まず最初にやるべきは、図形の絵を描いて単語をスペリングしてそれを5回くらいゆっくり丁寧にやって、完全に覚えてから、CDの順番を覚えるのをやればよかった。早口言葉で、苦手な暗記をしようとしたから嫌いになってしまった。ただ、覚えられるのはわかった。やり方は失敗だった。

 早口言葉で覚えないで、ゆっくり書いて覚えればいい。どんだけ頭が悪いの? という話だけれど、苦手だからしょうがない。この分野では亀でいるしかない。早口言葉で覚えるのは僕には向かない。発音を聞く程度にすべき。後は覚えたかの確認と。

 ゆっくり丁寧にというのをいろんなところで試して効果が出るかやってみないとダメだな。こう書くと能力の低さを感じる。
能力が伸びる体験がしてみたい。ゆっくりやることで。これを体験しないと始まらない。繰り返しと、ゆっくり丁寧に。基本をやることで体験したい。


My name is maru-maru.
I'm from Kutchan,Hokkaido prefecture.
I'm 50 years old.
I'm an employee.
My favorite colors are dark-green and navy.
I'm interested in books, music and blog.


2017/01/12(Thu)

・能力を伸ばす四つのポイント、立花均

p103まで読んだ。

 基本を身に付くまでやり、複合問題・連立方程式はパーツに分け、パーツの問題を徹底的に身に付ける。そうすると複合問題はスラスラできるようになる。複合問題を解くためには、レベルを下げた基本を徹底的にやる。

 基本を繰り返すと、ある時、レベルが飛躍的に伸びる。それまで繰り返しやる。ちょっとやってわかったではなく、繰り返し、繰り返し、繰り返す。スラスラできるようになるまでやる。そうするとレベルが上がる。

 同じことを繰り返すのは退屈ではないかという問いだけれど、幸田露伴も学問は繰り返しが大事だと。繰り返すと気持ちよくなる。気持ちがいいから学問をする。気持ちが良いくらいやるというのは繰り返すから起こる。身に付くレベルが伸びるのも、快感になるだろう。

 こういうことを、例をたくさん載せて、もっとわかりやすく、勉強の仕方を教えてくれる。この本、大当たり。落ちこぼれには必要な本。だと思う。思った。感じた。こういう本が読みたかった。



・快楽の館:p29-30

 中庭での、5人の女のヌードでの運動。女の肉体の健康さ、健全さ、朗らかさを感じる。3人の女の表情は笑顔になっている。だから健康的なのか? 肉体自身が放つ健康を感じる。屋外で解放されているせいもある。運動しているせいもある。

 本のタイトルは偽りだな。健康万歳だ。この写真はいい。太陽光のハレーション(?)も写りこんでいる。






・快楽の館 p27-28

 赤い靴底を履いた女が、足を抱え込んで寝ている。色っぽい人。乳房が柔らかく美しい。

 僕にとっての助平は、女を利用しようとするから起こるのだろう。女自体はいやらしくないかも。僕の目がいやらしい。

 まだ、女という存在が見えていない。想像だけれど、女は女のためにいるのだろう。男のためではない気がする。女と関係を結ぶというのは、利用ではなく、共立が望ましいのかも。そういう関係を知らない。








追記:木の枝を切った。イチイは普通の鋸で。松の枝は、スゴワザという鋸で切った。14センチまで切れて、肩の上の高さもOKのものなので、力を入れないで楽々切れた。それでも、雪に埋まって歩いて、木を切ったので疲れた。



2017年1月11日(水) 01/11/2017

兄及ビ彼ノ長女 | 教育庁北海道立三岸好太郎美術館

服が人を着るというイメージ。





道化役者 | 教育庁北海道立三岸好太郎美術館

直接見ると、絵の大きさと、表現力、黒さにに圧倒される。





幼稚で間違った表現満載の英語です。

I went to Migishi-kotaro art museum, forth time in my life .



I watched [Brother and His Oldest Daughter].

This is Clothes wear human, not human wears clothes.

I was impressed Cloths stand. And human live in painting.



I had impressed [Performing Clown ](道化役者).

The[Performing Clown ] has black background. And I think Migishi lived black side in faith and in his life, not live light side. He had strength, energy and talent on painting.

I loved this picture on museum. And this is big size, so I watched go-back.




I think people insist ” This is Rock”. Maybe I think so. I feel he threw straight ball to himself. He was tough on mental.






・快楽の館 p25-26

 屋外での、5人の女による、p23-24の撮影の舞台裏、作っているところが撮られている。女の肉体はいやらしくない。そういうものかもしれない。僕は女の肉体に幻想を持ちすぎてきたのかもしれない。

清潔感溢れ、健康的。これはこれでいいのかもしれない。でも金を投入した意味あいが違ってきた。

 僕はこの本に助平を期待した。それは裏切られたし、その意味では大変な駄作だ。先の意味でなら、成功本になる。女を見る目は変わる気がする。








・能力を伸ばす四つのポイント、立花均

 この本、やはり落ちこぼれの僕向きの本。基本的なことが簡単にわかりやすく書かれていてよいと感じる。交通機関で読んでいる。いまのところ、買ってよかったと感じる。勉強の仕方がわかる。落ちこぼれにとっての。

 僕は勉強の仕方がわからなかったので、羅針盤になる。

1/10(Tue) / 1/9(Mon) 子宮から放り出されて、芥(あくた)に塗(まみ)れ始めた日。

10(Tue)

 
 今日も調子が悪かったと帰りの交通機関でわかった。日中、作業所ではわからず暗くなっていた。

 周りの人を見ていると、人間存在として関わっていた。僕の家族関係とは違うなと思った。今の僕にはできない部分。作業所の人たちは僕の理解できないやり取りをしているらしかった。人間存在として関わっていた。



 父と僕は頭の中に存在しており、人間関係をもったことがない生き物だ。観念の牢獄に繋がれたアホな虫だと言える。何とかここから出られないものか。見えてきたのが救いといえば救いだ。



 いつ辞めなければならないかと、皿洗いをしながら思っていた。皿洗いも、去年の夏のように握力が落ちたらできない。いつまで続けられるか暗雲漂った。ここは気にしなくてもいいところを気に病んでいる。

 茶碗を割らなくてよかった。ちょっと危なかった。紫の着物、糸ほどき、終わりそうで最後までできなかった。まかせてもらえるのなら、後の着物もがんばって糸ほどきをしようと思う。明日お休み。


 明日は、寒い日らしい。寒波が来るぞ、頭を座布団で包んで机の下に潜らなきゃ。足も折りたたんで。それって、地震じゃなかった? 







こちらがお気に召すなら


マイナーなので、興味をもたれないかもしませんが。


1/9 Mon
0

 興味はないかもしれませんが。

・ 僕は50歳になりました。禿げ爺への道をひた歩いているところです。

・ 最近は調子が悪かった。突っ込まれそうなのをかわしていた。

・ 作業所では、マダムが見えられて、1着着物をほどきワンピースとかにするそう。今日もまたお見えになられて4枚の着物を置いていかれた。僕が今のところ担当することになっている。(着物の糸ほどきだけ)
 丁寧に時間をかけていいからやれという指示なので、丁寧にやろうとしてる。
 
 ここ最近皿洗いをやらせてもらっている。茶碗を割らないよう注意しているつもり。終わると、結構ヘビーになる。




 あまり調子がよくなかったので、消極的な毎日だった。こちらでは見ての通りのユーチューブコピーをしていた。


 ACTをはじめる、をseesaaブログでやっているので、格言に習って、自分の人生に期待しないことにした。どういう意味でかと。
 自分の人生をバラ色に、素晴らしいものしようとしないで、惨めったらしく、煩わしく、不快でもいいやという、許容する気持ちに今日はなった。あまりポジティブを期待しない。そういう期待の持ち方は保留していきたい。

 そうではなく、何でも許容する、ネガティブな人生でもそれをよしとするような、期待を持たないスタンスに切り替えていきたい。その方が現実的だし、前向きだし、積極的だと思う。目をそらさないのだから。今の自分に即している。それが僕の人生だと思う。
 

カウンセリング 2017/01/04 不発





bjork

















kate bush



・快楽の館 p23/24

 女が裸でポールダンスや縄跳を屋外でやっているところだけれど、妙に健康的だ。退廃的な方がいいのではないのか。健康的な裸は、女礼賛(おんなれいさん)のようで納得がいかない。もっと不健康に、滴るエロスのような写真が見たかった。荒木経惟に、切りかえた方がいいのか? この写真コラージュだろうと思う、切り合わせた。




4:10からはじまる


2017年1月4日(水)

 カウンセリングに出かけた。僕が交通機関で殴られそうになる、不利なパーツに地下室で出会うという設定。
僕は地下室へ降りていき、ランプがあり、本が積んであり、その本には自分の生活をよくすることが書いてあるけれど、部屋の真ん中に吹きだすものがあった。下から上へ床の中央あたり、よく映像で見る海の水の吹きだすところ、砂が舞い上がっている状態のようなところ。

 これは抑圧だったらしいけれど、僕の今の状態では対決できないらしい。もっとリソース(資源)を整えないと無理だとか。ACTをやればどうだと聞くと、あれは受け入れだから、レーズンの課題とか息を止めてみる課題をたくさんやらないと無理らしい。先生は、「ACTをはじめる」の本を読んでいないので、この本の中身までわかっていないはずだけけれど、受け入れだからどうだろうみたいな話だった。

 でも僕は、マインドフルネスの本とACTをやればかなり改善すると思っている。自分の本当の気持ちにも向き合えるようになると楽観している。

 今回は不発だったけれど、先生に寄りかかってもいられない。自分で切り開いていく。と、調子の良いことを思った。


 来週カウンセリングはない。

2017/01/03 Tue ACTをはじめる / 12/31(Sat) / 29 Thu / 12/28 Wed 美術館・お医者さん / 僕はノロノロ テーラーSGは今日も走り続ける。

追記:ACTをはじめる、seesaaブログのほうは、概略が見えました。重要な個所だった。非常に気持ちの良い内容。

ブリュッヘンのヴェートーヴェン交響曲ボックスセット、Disc2 第2番は、綱引きがあり、演奏が聞く者とのやり取りに聞こえ、とても面白かった。響きが良かった。

第5番だったかDisc1、ジャジャジャジャーンのは、悲壮感のある、打ち下ろしではなく、響きがあり、何度も聞きたい演奏だった。何度も聞いている。

まだ、3枚しか聞いていない。やっと慣れてきたところ。


昼に2時間寝たら、気分が良くなった。ラッキー。♡♡。

このオカマっぽいハートマークが気に入っている。


01/03 Tue


 非常に調子が悪い。外に出かけたけれど、心が硬かった。硬直化している。おめでたい話のひとつも出て来ない。

 借りてきた、ロボットの悲しみ も読んでいない。心の問題にかかりきりになっている。




 ツタヤ配信ビデオは一つ見た。Stand and Deliver 落ちこぼれの天使たち、「やればできる」の研究:本 で紹介されていたやつ。

 勉強して、大学資格試験に数学で合格するというもの。山あり谷ありの普通の青春ものだった。落ちこぼれ生徒が成功を手にするという、そこのカタルシスだった。疑われたりしたけれど。







 www.seiwa-pb.co.jp



12/31(Sat)



 前のほうで書いた、存在を感じるというのをまた感じた。

 ジュンク堂に買いに行ったとき、行きの交通機関で、隣の男が僕と同じような前かがみの姿勢を取り、デバッグ(僕の守りに入ろうとする、境界突破みたいな感じだった、あら探しのよう。パソコンのバグを探すデバッグと似た意味。)しようとしていた。
 いつもは守ろうとする。 今日も、守ろうかなと言う感触だったが、男の存在を丸ごと感じようとした。体験しようと。世界も体験しようと。そうすると、デバッグされるという受け身から、一歩前進した。



・うつのためのマインドフルネス実践、

の、1粒のレーズンを食べるという課題をやろうと思ったけれど、前にスキーマ療法の本ではやったことがある、本の理解のためには先走っているなと感じた。もう少しゆっくり進みたいと。



 それで昨日検索し、

・ACT(アクト)をはじめる、星和書店 

と言うのの目次を見た。この本は、うつのためのマインドフルネス実践、の中の最後のページに広告として紹介されていた。後日買おうと思っていたけれど、前倒しした。

うつマインドフルネスの本は、書き方が平易だけれど、アクトは、めんどくさく書かれているけれど、こちらも細かい指摘があって、必要のように感じる。両方やろうと思う。どっちつかずの、食い荒らしのようで、そうだろうけれど、二股かける。









29 Thu

 今日は年内の今年最後の作業所。食って帰ってきた。
 
・ 帰りの交通機関で、攻撃したろうという感じが漂っていた。僕はいつも危機の時は集中するので、今日も周りの様子に集中した。まわりのことも見えていた。まわりの目つき、視線の感じを見ていて、外れた人をチェックしてブロックしようとした。

 最低の日の割には、最高の日の気がした。悪い割には調子がよかった。矛盾するようだけれど両立していた。まわりの様子がよく見えた。攻撃されるのは恐いけれど、受けて立つしかないので、そのようにしようと思った。

 自分の調子にはありがたさを感じる。よく好位置をキープしているなと。その辺には感謝しかない。悪い日は手の付けられない、防戦ばかりの日があったから。こんなの読んでも面白くないでしょうが、僕の中では盛り上がって、一番近い話題なので書かずにはいられない。


・ 今日は早く帰ったので、カレーを作った。うまかった。

 昨日は家で、キューブリック、バリーリンドンを少し見た。1年くらい前に買って、まだ見終わっていない。キューブリックは好きです。友達だと思っている。何様? という話しですが。



・快楽の館 p21-22

 左右違う写真。白背景の写真。フルヌード。満足した。助平心が満たされた。尻と胸とヘアー。三拍子そろった。
 二人ずつ写っている。

 美しいプロポーションの人たちですね。若い女だから商品価値があるのでしょうね。身体に光をバンバン浴びせて、白っぽくなっている。見たかった写真。本編始まる、と思った。

 でも、篠山紀信のすごさは感じない。p1-2の館へいざなう写真はすごいと思った。





追記:

・ リコーダーを久しぶりに吹いた。病気をよくなろうと躍起になるより、病気にも効く資源としてのリコーダーという見方。

 あまりうまくは吹けなかったけれど、ゆっくり吹いてみた。だいぶ指使いが板についてきた。

 ガリヤルドは、気持ちを込めて、朝日とか、日が昇ってとか、夕方くらいとか、太陽の日の差し方で曲の吹き方を描こうとして見た。自分なりに吹いたと言うことです。すこしおもしろかった。


・快楽の館:p19-20

 なぜか、篠山紀信が椅子に座って登場。3人の女に囲まれている。女はヌードではない。裸だけれど隠している。女の目つきが媚びをうっている。悪っぽい目つき。肉があり、肉が写っている。物質としての肉。

 おもしろくなかった。 
 



12/28 Wed


今日は朝から、うつのためのマインドフルネス実践を読んで、それから診察を受けに行こうかと思って、布団に潜りこんで読んでいた。

 当然のことながら、良い生活習慣を捨てて、病気をよくしよと活動範囲を狭めるのは自分の首を絞めることだと、うつによくないと出ていた。それで、気分が重いから取りやめようと思っていた美術館行きを復活させた。

 道立近代美術館、キャッチ・ザ・カラーズ 色をつかまえろ! に出かけた。12:25~13:00くらいの間、絵を見ていた。その後診察に行った。

青山熊治《アイヌ》 - Google 検索

青山熊治《アイヌ》 が一番良かった。

顔の表情に心が現れ、精神が浮き出ていた。たぶん誇り高いアイヌの表情だろうと思った。焚き木に照らされて、表情や服、動作が赤い色で描かれていて、黒い背景の中で浮かんでいたすごいなあと思った。他にもいい絵はあったけれど、これが絵の展示の最後で、印象深かった。1910(明治43)年の作だそうだ。







・ お医者さんには前回、僕がカウンセリングでは見てもらえるのに、お医者さんには見てもらえなかったなと感じ、不満を持ったまま出かけて、受付の人やお医者さんに伝わったろうし、見抜かれた。

 今回、もう一度お医者さんの立場は、10分間の診察で、僕に薬を処方して、そういう関わり方を通して僕を診てくれる存在だと焼き直して臨んだ。

 お医者さんは、マインドフルネスの本は良いと言った。役立つし、いまここでと言うのが一番いいらしい。もう少し読んだら、アドバイスをくれるそうだ。お医者さんのできることは最善を尽くして僕を診てくれているのだろうし、お世話になろうと思った。診察を切ろうという、甘い考えをやめた。頭を下げて、もう一度仕切り直したい。僕は身勝手だと感じる。

 お医者さんがどういう気持ちで僕に関わってきたのか、理解しないできたからだろう。上辺だけ、目先だけで見ていた。






追記

 今日は他の人が見えていた。優劣、序列、権威などで見ず、存在として見えていた気がする。

 人間存在とはすごいものだと感じた。そこにその人がいるという不思議な存在感を少し感じられた。

 僕と敵対しようが、やさしくしてくれようが、その人の存在に少しだけ気持ちが向いた。
 



2016年12月27日(火)


 作業所で、一生懸命やりたいと頭は考えるけれど、手は動いていない。少しノロノロっぽかった。作業も終わりころになって、テーラーSGは相変わらず飛ばしているけれど、走って作業をしているけれど、僕はノロノロだなと思った。

テーラーSGの動きを感じていた。
もしかしたら、テーラーSGは、苦しいときにも走っているのかなと。


 自分のことを振り返ると、ミシンで縫っていた着物をほどいていたのだけれど、苦しいときは手もゆっくりだった。くるしい、苦しい、クルシイなとのんびりになっていた。

テーラーSGは、苦しい時こそ走っているかもなと想像した。実際そうだろう。


 この作業所は、GRITの本のように、この集団のアイデンティティはテーラーSGに代表される気概だろうと想像される。持てる力をぶつける。走る。そういうスピリットだろうと思う。


 僕は、苦しい時こそ走るべきなのにノロノロしていた。この集団から学ぶことは多いと吸収しようという気持ちをもった。今年の作業は終了。あさっては、掃除して終わり。


 テーラーSGの背中を見て、僕も育ちたい。