カウンセリング 心の父と野球で交流。

2017年4月26日(水)

カウンセリング


 1か月ぶりのカウンセリングでした。今度は2週間後にしてもらいました。感触があったので受けたいと思いました。


 カウンセリングの前の振り返りを僕のワープロレポートを読んでもらって行われました。

 何をしたいかと聞かれ、僕はダメだというのと取り組みたいと言ったら、2種類のどちらの方法を選ぶかで先生が迷われました。




 地下室のやり方が採られました。黒い木の古い階段を下りていくと正面にドアがあり、開けるとゴミ箱があって、父のもののようでした。そこに父がいて立っていました。
この父とコミュニケーションを取っていきます。先生の先導のもと、父が水が飲みたそうなのでグラスの水を2杯飲んでもらいました。その間、実際の父が食事している時、不機嫌な顔をして、おもしろくない顔をしているのを食事の時によく見ることが多いという僕の感想を先生に言ったりしました。


 父は水を飲み終わると少し満足そうでした。父の背中をさすったりもしました。どう行ったいきさつで言ったか忘れましたが、父と僕は似ていると。内向しているところとか、自分はダメだと思っているところとか。僕は良くなりたいと思っていて、父も自分のやりたかったことをやっていれば、僕から見てもう少し顔の見える父自身のための人生を歩めていたのではないかと言いました。


 父は中学校のピッチャーで、2年間くらいやっていた。そして北海道に来てしまいましたが、父は中学の野球部に入らず、高校大学でもやらず、社会人でもやらなかった。レールに乗っかり、レールに乗る小手先の気の回した先手必勝の人生を歩んだつもりだったようです。



 僕から見ると、レールに乗らず、高校でも大学でも補欠で、社会人でもパッとしない野球人の父のほうが、魅力があり顔の見える、僕の父だと言える存在になっていたように思います。父は自分の人生と向き合っていなかったと僕には思える。





 そしたら、先生が、野球をやろうと言ってくれました。9人人間か動物を集め(架空の)、それで野球をやろうと。相手は何でも良かった。父がピッチャー、僕がキャッチャー。

試合を始めると、空振りを取ったりしましたが、ヒットを打たれたり、2塁打を撃たれたりして、結構手痛い目に会ったりする。でも、父は生き生きしていました。

僕の中の、僕自身の父のパーツとやらに会い、交流し、変化がありました。カウンセラーの先生の治療というのを施して頂きました。ありがとうございました。僕は生き返った気がしました。(このワープロを打っていて思った)



 父と交流し直すことができたのは良かった。僕の中の死んだ父が、野球をやって笑い、自分の人生を生きているのが感じられた。僕の中の父は笑顔に柔らかく、前向きになれた。こういうのがあると、僕の中のダメだというのも軽減されていくのかもしれない。



 今回、カウンセラーの先生にいろいろやってもらって、治療というのはこういうものなんだ、自分の中の死んだ父が息を吹き返したり、野球を通して交流できたりする。自分中の父は加工変化可能だという、どうにもでもできる存在だと。ただ、僕の心の成長のためだというリミットの範囲のなかでのことではあるけれど。


自分の中のものは、変化不可能と思えることも、イメージの世界のことだから自由にやっていいことがわかった。この自由度があると言うことを先生に教えてもらって大収穫をさせてもらいました。ありがとうございました。




・ 勢いで、昔1人暮らしをしていた街に降りて、歩いてきた。様変わりしていたけれど、僕が思っていたより、奥行きと広さのある街があって新鮮だった。お菓子を買って帰ってきた。家族で食べた。年老いた僕たち家族が食べた。





追記:

 降りた街では、洋服屋で後ろの女が変な顔をして立っていた。他にもそういう女が多かった。と言うことはやはり性と関係あるか、と当たりがついた。首が潰れているからか、ペニスと僕が向き合っていない可能性は大だと思う。

 明日からの作業所も暗雲漂うな、と思う。真っ暗でも通うつもりではあるけれど、気分は萎えるかもなあ。ペニス関連のイメージ多用でどうにかならないかと目論むがどうか?