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2016/3/5(Sat)  雑記  /   負け人生と向き合っていない。

2016/3/5(Sat)

・ 負け人生と書いたけれど、負けに打ちのめされていていいと思っているわけではない。

負け人生なら、0.1ミリでも動かそうとしなければ意味がない。その0.1ミリに悲喜こもごもがこもるというのが理想だと思う。



・ 最近夜、何もしないで寝てしまっているけれど、今日を入れて2日ほど起きれている。ありがたい。何も夜しないで寝るのは、あまりに寂しい。



・ 作業所の美人女性は唯一無二の顔を見ながら食事するのを楽しみにしているみたいだ。美人に弱い僕は間抜けだな。こうなったので、諦めている。


・ 僕たちは、作業所で便所掃除もしているので、交通機関のおばちゃんのトイレ掃除には親近感を持っている。向こうは、僕のこの打ちのめされた首の低い僕を嫌っているようではあるが。


・ 最近花字(鼻血)を出していない。父の鼻毛カッターが良くなかったのかな。もう怖くて使えない。



・ 石原吉郎 寂滅の人、勢古浩爾、言視舎、2013

 を買った。
 暗い人の本で、僕の負け人生に向き合えるかと思って買った。前から気になっていた本。かなりマイナーな本だろう。まだ、初版本だった。
そして、ハードカヴァーではなく、ソフトカヴァーで値段の割に費用を削っているな。
新聞の日曜の書評欄を切り抜いていた。


・ だんだんじいさんに脚を突っ込んできている。(僕は歳を食いじじいへと変身しようとしている。)
寂しい話だ。掟(おきて)には従うしかない。村人の務めです。







右の 

リンク ― kurage0147130 読書 荘子老子を読んでの感想

の続きになるけれど、



 僕が真の意味で人生を生きるのは、「負け人生を正面から引き受け、負け人生と格闘して、一生の負け人生を生きる覚悟を決める時」なのかもしれない。


 いかめしい内容だけれど、簡単で、僕が負け人生になってしまえ、僕と負け人生は一心同体だ、僕は負け人生そのものだ、となる時から始まっていくのかもしれない。


 まだ、その潔さ(いさぎよさ)はない。勝ち人生に未練がある。