!!!!許す・赦す!!!! (アンガーマネジメント:本の実践編)

Hopkinson Smith cello suites というのを入手した。この方のバッハはゆったり弾いて味わい深い。

三村奈々恵 マリンバ Nanae Mimura  クラシック倶楽部で見た。このビデオは音が悪いが、テレビなので良い音で見れた。マリンバなんかという何も知らない僕だったけれど、楽しんだ。


「許す」

 アンガーマネジメントの本で、「許す」というのを学んだけれど、さっそく昨日は調子が悪かった。

 殴ってやるとか、殺してやるとか、否定してくる感じだけれど(昨日は調子が悪い日ではあったが、最悪の日ではなかったので、程度としては軽めだった)、相手の否定と、自分のやられる側、受ける側の自分の両方を「赦す」という感じで行った。

 僕は攻撃されそうになると、相手を許せん、される側の自分もやれるのは嫌だと、やられるというのを許さなかった。それで怒って、拒否になり、相手も自分も許さなかった。許したら入られてやられると思ってきた。
 それを今回から、否定してくる相手もやられる側の自分も、両方同時に許そうとした。視野狭窄と身構えと硬直がなくなり、ゆったりと緊張しながらも構えることができた。意外と攻撃してこなかった。なぜかわからんが。許すと言っても、がら空きという意味ではなく、顔をあげて周りを見回しチェックはし続けた。ただ、懐が深くなりゆったりと、緊急事態だけれどゆったりとしていた。180度方向転換された。

 やられる自分も許そうとするので苦しいけれど、怒って硬直するやり方は施設を辞めることに直結するし、打開しないといけないので方向転換する必要がかなりあった。これが、本当に苦しい日にも実行できるか未知数だけれど、今までの方法は限界が来ていたので、棘・いばら の道になってもやらざるを得ないという選択肢のない状況でもある。

 そう、父も自分も相手も許すということができない人だった。その意味では父をこの方面では超えたかもしれない。父は怒り周りを非難し、やられるなぞとは考えることもできないようだった。だから周りに暴力を使ったりした。僕も攻撃されそうになると、相手も許せんし自分のやられるのも許せんと硬直怒り否定してきた。もう卒業したい。

 本で学んだことを試せる絶好の機会を昨日は持った。苦しいけれど。