カウンセリング:女の手口

 カウンセリングを受けました。その日は、母に男としてぶつかるという、今週の交通機関でのペニス・母というキーワードで抑圧に焦点を当てようという作戦を実践していただこうと、地下室の部屋に潜る・意識の深層にアクセスする・僕の心の母のパーツに会いにいくという趣向にして頂いた。

 地下室の部屋の壁には、牡鹿の首のはく製がかかってあった。角を大きく生やした男の象徴のようなものだった。こんなのものあるとは思っていなかった。

 そして進めるうちに、僕の普通の心の妄想であるネズミ・ゴキブリ・蜘蛛・蛇のようなのが、黒い小動物が床を這いずり回っているという妄想の蜘蛛が登場した。蜘蛛は、20センチくらいあって、ビロードの毛を身体中に生やして、動き回っているらしかった。撫でてみた。

 そして僕の要望としての、出てきた母、正面にいた母の手にこの抑圧の象徴である蜘蛛を載せてみたいという要望をかなえてもらった。ただ、この母のパーツと蜘蛛もカウンセリングの最初からこの時まであまりリアリティ・感触を伴っていなかった。カウンセリングが終わるころ、少し母の手に蜘蛛が載るというシチュエーションが体験として体感され始めた。もっと早くから現実感があればよかったけれど、最後のほうに少し感覚として感じられたのでそれでよしとしなければならなかった。


 母に対して男を抑圧して、蜘蛛は僕の抑圧の対象で、その2つがセットになるという夢のような取り合わせだったなあと、終わってから思う。この辺の感触が強化されるとちょっと違ってくるかなとはチラッと思う。また先生に同じような趣向をやって頂けたらなと思う。

 今回の趣向は大満足という部類だった。ただ体験が少しだったのがもったいなかった。



・プールに行った。停滞した。前回掴んだコツ・足を蹴って伸ばすにしてから息をするため顔を上げ、顔を上げているときは足を抱え込む・縮めるというのがあまりできなかった。やろうとしたし少しは成功したけれど、前回のような掴んだ、これ!という感触は持てなかった。停滞していたという感覚が強かった。

 ただプールに浸かって、足をバタバタ動かしビート板をつかみながら前進している時の見えるプールの底の水の波紋の美しさははっきりと脳裏に刻まれた。水の粘っこさ・重さみたいな感触とともに。
 水中ウォーキングを前後に入れた。夏休みのせいか、ウォーキングプールは人が少なかった。餓鬼んちょ共は水しぶきを上げながら遊んでいるようだった。若い女の子たちは、3人くらい泳げる人たちだった。





 作業所の女ども:作業所で僕が男として立ち現れつつある中、女を体験し始めている。その女の手口が気に入らん。あんな女ならいらない、という体験だ。女は基本的に、男を誘導する。自分の持っていきたい方向へ誘導しようとする。カウンセリングの先生にそのことを言うと女性は社会的だから:というようなことを言われる。僕はこの手口が大嫌いだ。自分の手にうちにコントロールして飼おうとする、嫌な部分に感じられる。そこの部分としては幻滅を感じる。男と手法が違う。
 違うやり口を使う女性に出会ってみたいと思う。他に女が使う方法にどんなのがあるのだろう。僕が作業に男としてぶつかっていくと、女の手口がくっきりと体験されつつある。女は中高年女性です。

 女は横のつながりが強い。僕がこういう男だというのは、またたくうちに女ネットワークで共有されているみたいだ。そこも厭らしさを感じる。チクショウ、こんな女しかいないのか?
 別のモデルが欲しい。ツマラン。

<おわり>