「動物愛護団体・カウンセリング」 8/9 Wed


2017年8月9日(水)



動物愛護団体・カウンセリング」


前半


 動物愛護団体へ出かけた。掃除機かけやモップかけをした。1Fの作業が終わって、勝手にフリースペースの猫と戯れた。遊ばせてもらった。

 猫は、子猫4匹くらいが膝の上に載って、成猫も触ったりした。


 子猫は、この前、指先に攻撃を込めてしまったので顎の下は撫でず、背中をさすって大事だよと指に込めた。成猫も背中を手のひらで撫でた。皆拒まず受け入れてくれた。子猫は重みを膝の上で感じつつ背中を撫でた。4匹くらいの子猫で僕の身体は猫山になってしまった。成猫は僕が撫でることを許容していて、否定せず拒まず、緩(ゆる)やかに受け入れてくれた。

 猫と戯(たわむ)れ、猫にシンパシーをもって、猫に受け容れてもらって、猫を撫でることを通して僕は動物として仲間になった。猫仲間になった。




 そこのボランティアの僕と同じ立場の女性は、猫を飼っていて6歳で、さらにボランティアをしているという、すごいなあという方だった。この方、すごく仕事ができる人です。そこは尊敬しています。成猫ばかり触っていたから、子猫は撫でないのかと聞かれた。子猫は壊れそうだからといったら、私もだいぶ慣れたみたいに言われた気がする。子猫の喉下は撫でないことにした。でも背中をさすることを自分に許容した。


 ボランティア団体でだいぶ遊ばせてもらったので、僕もだいぶ気が楽になった。あそこにかよっている意義も感じられた。ありがとうございました。お世話になっています。

 猫とこのように平和で相互作用のあるやり取りをさせてもらうことができるようになるとは思っても見なかった。とても意外な展開で、すごく僕の力になっている。





 猫に対する僕の距離感は、チラシ配布・テレフォンクラブという女性とつながる電話の会員制金券・イヤらしい猥雑怪しい をしていた時に(ポストに投函する)、野良猫を見ていて、奴らも僕と同じストリートで生きていて、同じように身を守るものがなくて、生き抜いている同じ高さの動物という距離感だった。

虐待され血を流してウロツイテいる猫を見たときもあった。

ポストに投函するためアパートの廊下を歩いていて、結果猫を追い詰め、ギャーと僕の脇をすり抜けた猫もいた。こいつは僕が加害者だと思ったらしかった。猫の退路が無くなっていた。




後半




 カウンセリングは、毎日をまとめた報告書を見てもらうことから始まった。結果、時間がかかり過ぎてEMDRしてもらえなかった。

 母親に食って掛かって、「人のせいにしないで」と突っぱねられ攻撃を止めた幼稚園の時。僕はこの時の体験が今も引っかかり大事だと先生に言ったら、先生はパソコンを開いて、その時は甚平を買って、一年くらい前で、一回やっていると言われた。(せいかくには、こんなことだったと言われたが、記憶が薄かったので指摘されても忘れてしまった。)

 そうかあと思った。そして僕が引っ掛かっていて大事だと思われたのは、



カウンセラーの先生用文章より:


「・ ヒバの枝を払ったら、ありがとうではなく、母にもっと上の部分を切りそろえろと要求された。」


これと同根だと思われた。どういうことかというと、ぼくはこの話ではヒバの枝を払ったのだけれど、ありがとうよくやってくれたねと、人間としての行動を受け止めてもらったのではなく、さらに上も切れと言われた。ありがとうと、雑草を取って言われることもあるが、それは社交辞令と一緒で、挨拶程度の意味しか持たない。人間としてのコミュニケーションではない。受け止め、行為を抱擁・ホールド・受け入れではなく、ただの機械のように扱われることがほとんどだ。父母はそのことに気づいていない。

 幼稚園の話も、僕が食って掛かって、どうしたんだい、不満があるのか、どうして欲しい、と受け止めてもらえたらよかったが、幼稚園児に人のせいにしないでと、自分の保身のような突っぱねを食らって、そこが同じ同根という意味で使っています。



・カウンセラーの先生への文章より:

「 父は、僕から見て祖父祖母のもと、傷ついて無力感を味わったのだと思う。それを直視しないで、人を憎み傷つけ操作するというやり方を採用したのだと思う。
 母は、祖父祖母から受け止めてもらっていないと思う。スルーされたのではと感じる。



 ここを書いて、先生に言い洞察だねと褒められた。これは、僕が親、じいちゃんの世代から受け継いだ世代間の問題で、大きな問題を僕は越えようとしている、ぼくの一族で初めての行為だと言われた。確かにそうともいえる。そういう見方もあるのかと。でもそんなに大げさではなくても、僕は新しいスタイルを一族のやってこなかった分野に踏み込もうとはしている。親を越えようとしている。
 

 母に受け止めてもらえず、どう感じると言われ、期待しないというと、どういう諦めかと聞かれた。答えると(どう答えたか忘れた)、未練がある諦めだねと言われた。まだ期待している部分があると。まだスパッとはいかない。でも、僕のなかでは、ほとんど父母に期待しない方向になっている。 まだ未練はあると思う。

 僕はいいラインに乗っていると言われた。回復傾向の。楽でしょと言われた。そう、楽50%、苦しい50%というと、そんなに急には良くならないけれど、苦しい時もあったけれど、いまはこう思える、僕にはこういう力もある、まだうまく行かない部分もあると、見られるようになっていく、みたいなことを、この時ではないが、前後して先生に言われた。

 このカウンセリングでできることはあるかと聞かれ、答えに窮した。先生は、卒業を見ているかもしれない。太極拳とか、ヨガとか書いたし。次回は、2週間後です。


 幼稚園の時の、EMDRは必要ないかもしれないと思った。父母に許容されなくても、猫がいるし、太極拳というかマインドフルネスがあるし、僕は成長できそうな気がする。猫パワーか? 
猫様のおかげでごぜえますだ―。あなた様をお祈りするでごんす。わしらを見守って下せえー。頼ん申します。猫様、猫様、ナンマイダー。





先生への文章
転載:
参考までに:読んでもおもしろくない:






7/26(Mon) ブログより


「醤油 伝わる」


 それで醤油にした。醤油のボトルをつかんでかけて戻そうとしたら、僕が好感を持っている人が手を伸ばしてきた。僕のを受け取るという意思の現れた手の出し方だった。僕は相手のほうの机に置こうとして、まだ手を伸ばし続けるその人に(男)手渡した。その人は受け取った。


 僕を拒絶するのではなく、手を伸ばして受け取ってくれた。ここにはやり取りがあった。僕はこの時、相手の意志・否定してくるのではなく認めていた、その手へ伝え渡した。ここには人間のやり取りがあった。



宮沢りえの写真集:サンタフェ / プール・アミティエ の2冊を買いました。



女性の写真集を買ったのは、快楽の館に続いての2・3冊目です。


7/28(Fri) ブログより


・ 父は、コンサドーレが負けたら、ボロクソにこき下ろした。僕が好きなのを知っていて。だからファイターズも同じじゃんと言い返した。ファイターズも負けてばっかりだと。ひどいぞと。父は野球が好きで、ファイターズと一体化しているので、言い返した。そういう、父の僕をまったく尊重せず否定する、そういう、父の僕を傷つけるやり方もずっと続いてきた、(EMDRしてもらいたいと思っています。)いつかお願いします。


 あと、高校時代、深夜放送のテレビを見て、助平を見たかった僕に平手パンチを見舞った父の、その性への衝動を全く考慮しない父の否定さ加減を(EMDRしてもらいたいと思っています。)いつかお願いします。




8/1 Tue ブログより

僕は意識が今まであちこちに飛んでいた。すぐに移り変わって集中できない。次から次へと意識は動きひとつにとどまらない。世間でいうところのダメな奴でバカだ。


・でも今回頭を使い、どうやるかに集中しながらどう進めるか考えながらやってみて、仕事の進め方を考えながらやるのが仕事なのだろうと、薄ぼんやりの頭で思った。判断し、見て、動かし、どう進めるか考えながらやるのが仕事で、没頭するのが仕事らしいと今日は思えた。


☆☆ 皿洗いでは仕事ができていた。全(まった)き者として、僕は皿を洗って存在していた。




8/5 Sat

 前回のカウンセリングで、バスの女の子に手を振ってもらって、手を振り返せなかった時に無力感を感じたとわかりました。

 そういう無力感のたくさんの積み重ねが、僕の中での鬱的なものになり、主旋律を奏でるようになったのだと思います。


本:うつのためのマインドフルネス実践、星和書店
  The Maindful Way through Depression,2007


で、思考を心の創造物として見る:という8章がありました。このとき、思考に対して、何が言いたいのか、何者なのか試させてくれと探索的な気づきを使う、というのがありました。この部分によって、僕の主旋律:思考のクセ:僕の鬱は無力感ではないのか、と気づきました。これで一気に謎が解けました。僕というのが、無力感で作られているのが。


 そのうちの一つが、幼稚園時、母に食って掛かって攻撃していて、人のせいにしないでと言われ、何かを止めたこと。これが今一番EMDRしてもらいたいことです。(よろしくお願いします。)


 この無力感が、思考の大事な主旋律で、僕は大きな無力感でできたオーケストラを奏(かな)でているのがわかりました。自分の正体を見破ったので、解放されました。見切った。
 すぐには良くなりませんが、戦う舞台が整いました。戦略も立てやすいです。

 僕は、母には全く受け止めてもらってきていないと思う。突っぱねられてきたので。父には全否定されてきていると思う。

・ ヒバの枝を払ったら、ありがとうではなく、母にもっと上の部分を切りそろえろと要求された。

・ 高校の時の勉強でも、僕は復習を終えたのに父母に受け止めてもらえず、もっと予習までやってどんどん先へ進まなきゃダメだと、僕の成果は顧(かえり)みられず要求を突き付けられ、この人たちはダメだと思い知らされた。

 父は、僕から見て祖父祖母のもと、傷ついて無力感を味わったのだと思う。それを直視しないで、人を憎み傷つけ操作するというやり方を採用したのだと思う。

 母は、祖父祖母から受け止めてもらっていないと思う。スルーされたのではと感じる。



8 Tue

 ・トラウマをヨーガで克服する、紀伊国屋書店
 Overcoming Trauma through Yoga Reclaiming Your Body

 を買いました。僕は太極拳とマインドフルネスでやって行きたいです。