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カウンセリング 2017/01/18(Wed)  地下室・僕がつくった部屋

追記
カウンセラーの先生は、来週は予約が入っているので無理と言った。僕が峠を越しつつあるので切断への布石か、他の新しい必要とする人に注力するためかわからないけれど、だんだん遠くなっていくのかも。

ベン・ハーパーはカントリーみたいなのを歌うとき弱く歌っているけれど、訴求力や表現力は落ちていない。僕は若いとき怒鳴って表現しようとしていたけれど、弱く歌って表現するやり方も身につけられるのだろうか?? そんなのできたらすごいな。



2017年1月18日(水)




カウンセリングに出かけた。


 料金も高いし、成果が出ないと苦しいなと感じていた。始める前にこれまでの日常(2週間分)をまとめた自分のプリントを読み返した。


 今日はプリントを見てもらったのを踏まえ、僕の母に対する攻撃、怒りの部屋に会いに行く、というコンセプトをしてもらった。






 地下室へ階段を下りていき、踊り場にもドアにも黒く臭い重さを感じていた。カウンセリングの先生のナビゲートによる心の探りが始まった。


 部屋は黒く、道新夕刊・いつだったかの諏訪敦氏の記事・クラーナハ展の父の生首を持つ娘の絵に影響されてか生首が部屋にある気がしていた。



 部屋は生臭く、床にベトベトした粘着質のものが敷かれていた、その感触を感じていて、攻撃・怒りは吸収されているようで、部屋の床に僕の脚が潜り込み始め、沈んでいく。母には投げかけが成立しない、吸収されるという感覚があった。



 この部屋は僕の作りだしたものか、母自身の憎しみによるものかと2回くらいカウンセラーに聞かれた。ポイントらしいぞとは感じたけれど、ちょっとニュアンスが通じなかった。




☆ 僕は飲み込まれようとしていたけれど、攻撃とか怒りを向けたい、機能したいんでしょうみたいな僕の側の希望と先生の確認があり、また同じ質問が繰り返され、僕はこの部屋は僕の側の機能しない、母への怒りが吸収される、僕が作り出した部屋だと先生の再三の呼びかけによる確認をして、ガイコツ男を先生の主導で呼び寄せ助けてもらおうとした。ヒョコヒョコ僕の分身は来て助けてくれ、それから足が沈み込むことが減り始め、足首だけが埋まり、足で立てた。





・ ここで展開されたことは、僕は心の地下室を作り、そこに監禁されたようになり、母への攻撃は吸収された。部屋自体は僕の母への攻撃が機能しない不全感で、僕が作り出したもので、母の憎しみではなく、僕の攻撃が形を取れないで吸収されてしまう、というもがき、不全による僕の抑圧が部屋の成立を許した格好だった。

母の憎しみではなく、僕の攻撃が部屋を作ったという自己確認ができる。僕の側の母への空回り、攻撃を受け止めてもらえない、拒絶されたか、無関心による、攻撃が吸収される徒労感のような絶望が成立理由かも。



 母とは距離を取った方がよく、あまり期待しないことだ。母に人間関係を求めるのがよした方がいい、と自己忠告できる。



 自分の攻撃が吸収される云々(うんぬん)より、攻撃は僕の側にある持ち物だと。攻撃が吸収されるという感覚自体も、母というより、僕の側の作っている印象で、僕のイメージが母に対する徒労感・絶望・攻撃の吸収を生んだ。
母は単なる無関心と、自分に対する興味でいっぱい、というか、人のことまで考える余裕がなく、自分のことで手一杯というのが母の特徴だと思う。



 これからは母に人間関係を期待するより、攻撃したいなら自分の持ち物として向けて使っていけばいい。口攻撃です。言い争い。帰って、さっそく言い争った。まだ途上の段階。