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下積みの役割転換・いろいろな顔。

2016年10月16日(日)


 作業所の終わりころ、おならがブフォっと出た。女性が前でアイロンをかけていたけれど何も言わなかった。僕も顔を上げて女性の方を見たけれど何も言わなかった。その他女性が一人近くにいた。

 屁こき虫meと化した。いつも静かな屁をしているので、どうということもなかった。僕もそれだけリラックスして安心していたのだろう。いい傾向だと思った。(本当か?)





・二流を超一流に変える「心」の燃やし方、野田稔フォレスト出版、2012



引用:p82・83:

~ そのテレビ局では役職定年になると、極端に仕事内容が変わるようです。部長や局次長だった人が、お茶汲みや雑用など一番下の仕事をするようになります。~
~ 自らの役割を変化させ、幸福の基準を引き下げるだけでなく、幸福の基準自体を変えたのです。

 それまでは番組作りで好パフォーマンスを出すのが成功の証(あかし)であり、自分にとっての合格の基準でしたが、後進を世話して、育てることに役割が変わり、仕事の合格基準も変わったのです。~



引用:p93:

~ あなたは自分のために努力しているのではない。組織のために努力をしている。あなたが努力することは、組織のためになる。」

 こういうことを社会規範にすると、プレイヤーは必ずしも成果を出さなくて済む。だから、結果を恐れずに努力を続けられるようになります。

 練習さえ続けていれば、すぐに成果が出なくても、いずれ結果につながる。

 ~

 重要なのは成果をすぐに出すことではなく、努力を続けさせることです。そうすれば、たとえ成果は出なくても、努力を評価することが正当化されます。

~ 

 どこかの段階で、「成果なんて後でついてくるから、努力を続けることが大切なんだよ」と評価基準や社会規範を変える必要があると思います。



(kurage0147130):

 部屋の掃除をするとなると、面倒を一つ背負い込むことになり、嫌だなあと思っていた。作業所で皿洗いを手伝ったこともある。でも、自分の部屋の掃除で、思っていたのは自分の延長としての掃除だった。

そうではなく、役割転換として部屋のマネージャー、部屋の維持に貢献する下積みとしてやればいいと思った。自分がやってやるではなく、役割転換として、自分の中に2役作って、別の役割としてやればいい。



 作業所の皿洗いは、下積みと言う意識はあった。ここの作業所に来たのは、何でもやろうという尻拭いもしますという意識だったので、別の役をやることに抵抗はなかった。でも自分の部屋の掃除だと、自分が主役になっていた。
僕の部屋の維持をするハウスキーパーという役でやればいいんだね。そう思うけれど、実行できるか?



 英語も同じで、主役の自分がやるのではなく、世界のために貢献する、他の人達のバックアップとしての下積みの役割でやればいいのかもしれない。自分の現状より下の役割を自分の中にいっぱい作って、貢献していけばいいかも。これおもしろい。

自分が主役から降りて、下積み役割を増やし、役割転換をたくさん作る。別の下積み顔としていろいろ取り組む。おもろいじゃん。