読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

15(Thu)はからい人生の僕 / まずいパン、着物、カウンセリング(マインドフルネス)

2016年9月15日(木)
・生きる力 森田正馬の15の提言、帚木蓬生、朝日新聞出版、2013

 14章 あるがまま

 ここに、「はからい」という言葉が出て来る。あるがまま ではなく、こうしてやろうという意図の「はからい」。


 僕が女性の肉体に惹かれて欲望を感じて執着する。この執着しているその気持ちのしつこさ、しがみつき、べっとりのままなら、あるがまま。

でも、こうではいけない、こうしよう、何とか不利な立場にならないよう女性への欲望を何とかしよう、というのは「はからい」にあたるそうだ。森田正馬が嫌っていたやり方らしい。




 ここをもってして、僕は森田療法に首を突っ込んでいるけれど、何もわかっていなかったのに気付いた。まるでど素人だった。でも、使い方と、方向性がわかったので良かった。森田療法に近づけるいい機会だったともいえる。

執着をどうこうしない、乗り越えようとか、回避しようとか、うまいことやり過ごそうとかせず、女性の肉体に執着したまま、不利な立場のまま過ごすのが、あるがままで、はからいをしない立場になる。

難しいし、大変だし、逃げ出したいよ。僕は何とかしようと、はからい人生だった。森田の嫌う人生だった。それが僕だ。今までの僕の本体。













追記

・オーガニック ラインザーメンブロート(ライ麦&亜麻仁ブレッド)

というのを らでぃっしゅぼーや で頼んだのですが、パンです。非常にマズイ。写真で見たときから予感していて、その通りのものだった。

 吐きそうになるくらい まずかった。捨てようかなと頭をよぎった。500gくらいの重量がある。

 捨てないで次の日、食べてみようとした。マズイが慣れた。

 次の日、慣れからけっこう食えるな。

 次の日、納豆みたいで、これはこれでうまいかな。

 次の日、少量ずつなら嫌いでもないな、この味の良さもあってうまいかも。

 と、日を重ねるうちにこの原理主義のような食べ物に慣れていった。もう嫌いでもなくなった。

この味の良さに気がついて順応した。


まずいパン万歳!!




・ 着物が届いた。中古、1000円ウール単衣、と 帯 機械織り1500円。税200円。送料込。

Shineiというパソコン検索の上位の店。その時は安いと思ったので選んだ。


 物は安ものだった。けれど、自分で買った2枚目の着物。満足している。鏡に映った自分の姿を見て、やはりけっこう似合っていると思った。やせ形でなで肩でしょぼいけれど、着物は似合う。謡曲とかにも興味あるし、僕はそちら系統かもしれない。日本画も好きだ。


 帯の締め方もわからないけれど、自己流で締めてみた。Youtubeの動画で、やり方を盗みたい。

始まりは金をかけないというのは鉄則だ。徐々にいいのを選べばいい。紬も1枚欲しいという野望がある。(安いのでいい)











2016年9月14日(水)

(  )先生にカウンセリングしてもらって、マインドフルネスがわかりました。
 スキーマ療法の本で読んでいましたが今ひとつわかっていませんでした。僕の理解では、執着するのではなく、モニタリング(用語だったと思った)する、実況中継で感情や身体の感覚を感じ続ける。 


 僕が感じることは執着が多いけれど、そうではなく、消えては浮かぶ水の泡のように次々と感じることを動かしていく感覚と言う理解です。でも、その泡を観察しては手放していく。執着ではなく、手放していく感覚がマインドフルネスなのだろうと思う。



 きれいな脚の女の人がいると、きれいだなと思って、彼女が欲しいなとか、いいなあと思うけれど、ぜひ欲しいと執着するのは僕の今までの感じ方だと思う。そうではなく、きれいだな、うらやましいな、と欲する気持ちを感じながらも、自分の気持ちは女性に傾いているなと認識しつつ、そのこだわりのまま、こだわっているなとやり過ごそうとする立場だろうと思う。欲しい欲しいと執着するやり方ではないと思う。こだわりもモニタリングして、流していく。流れなくても、モニタリングしているうちに、離れていくのに任せるのだと思う。

すごいこだわっているな、つよいな、執着入っているなと理解しつつ、自分の感覚をモニタリングし続け、いずれ離れていくのに任せる。それまで、モニタリングし続ける。そういうのがマインドフルネスらしい。本を読んでもわからなかったのが、今回感覚として理解させてもらいました。




 「  女性の脚きれいだな、欲しいな、彼女欲しいな、すごく執着しているな、白い足にこだわっている、いいなあ、身体は女性を求めているな、あの女性たくましいな、強そうだな、ブイブイしているな、付き合っている人いるだろう、そんなに好みでもないなあ(彼女になってくれればいいけれど、高嶺の花だなあ・という場合もあるだろう)、なんかあの男気になるなあ、あぶない奴そうだな、もう降りなきゃな。  」
           
という具合に、こだわりから自然に離れていくと思う。