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8月29日(月) / 8月28日(日)~8月26日(金) / 僕はできる(スキーマ対抗)、他者も現れるように願い

2016/08/29(Mon)

・ nuno-zori編み今日もやりました。女先輩の監督の元、粛々とおこないました。結果:上達せず平行線。
 
 幅が狭くなったのは、やり直して続けていきました。編みはゆるくなりますが、だいぶ毎回均質になってきています。自分としては、繰り返しますが、善戦しています。
 でも、やはり先輩方のとは比べられません。先輩方のは芸術品のようです。僕のはまだアマチュアで、丁稚の身分です。

 今日は気分的にも余裕を持ってやっていましたが、最後の30分はなぜか苦しかった。何とか終わりまで持ちこたえた。早く終わらないかなと思ったし、向かい風が吹いていた。
 先輩の元、3人が習っています。



・ 着物の糸ほどきは、俺は男だ、というコンセプトの元、やろうとした。割とこのコンセプトで集中してできた。今日は頑張れた。

 前の席の女性が集中して頑張っていたので、僕も頑張りたかった。この作業所は、障がいが軽い人の集まりのようで、頑張っていないと自分の居場所がないような感じになる。集中してやって、やっと一人前です。

 今日のような日が続くことを希望するけれど、また不調になるだろう。その時は、また居場所がないような、不利で苦しい日になると思う。

・ nuno-zoriは、基本的にやらないで済ませたい。苦しいから。けれど指名を受けたし、一人前になりたいし、マスターできるようになりたいと思っています。

 交通機関でもすごしやすかった。いま、能楽囃子を聞いているけれど、裏返ったというのか、心の普段使わない、無意識というのか、裏の気持ちというのか、情念のようなのを使ってやっている。ものすごいものがある。


・英語を制する「ライティング」-知的な大人の勉強法、キム・ジョンキュー、講談社現代新書、2006 

ほぼ読み終わりつつある。ほんとうの最後の部分。読んでよかったとは思う。意味もある。でも、英語本の一つ。影響は受けた。厳しい感じでもある。堅くなく、よみやすいです。
 英語本を何冊も読む気力があるなら、おすすめします。僕にとっては、無駄ではなかった。








2016/08/28(Sun)

・英語を制する「ライティング」-知的な大人の勉強法、キム・ジョンキュー、講談社現代新書、2006 

は、p155まで読んできた。このちょっと前のところは、英語教育は、会話中心と読解と文法のどちらかにブームは振れてきたと。ルネサンス以前のヨーロッパあたりから発している両振り子らしい。
 決着はつかないけれど、著者は読解と文法の勉強が英語を身に付ける最短の流れをくむ方法だと押しているのだろうと思う。(正しいかな?)



/ 北海道マラソンをちょっと見た。生で。トップグループの走りは見られなかった。この大会の最後の最後尾のところがおもしろかった。

 ポイントを通過する最後の時間が来ているのだけど、警察は交通整理をしていた。ランナーはほとんど先へ行ってしまい、遅れた人たちが走っていた。そのうち最後の部分だという車が来たのだけれど、本当はもうランナーは来ないはずなのにパラパラ走ってくる。

 どういうことかというと、トイレに入っていて出遅れた人たちが、走っていたということが、警察同士の会話から分かった。1万8千人くらい(?)のランナーが出場したのだから、出発地点はトイレが混んで出遅れた人たちがいてもおかしくないなあ、と納得した。

 たぶん公式の最後を示すランナーなのだろうけれど、警察?、黒ゼッケンの黒衣装女性が走っていたのも見た。


/ 作業所の出店で、湯呑みをスタッフに値引いてもらい、1000円のところ700円で買った。よくできている黄土色の湯のみ。下の台座(?)もやすりがかけられていてテーブルを傷つけないし、釉薬も透明で、少し割れが入っていてグッド。口の当たる部分のてっぺんの内側にも黄土色の釉薬がかかっていた。

 不満は、湯呑みの内側に白い釉薬がかけられいたこと。透明で土が見える感じのほうが僕は良かった。

 まだ手の中で遊ばせて、こねくり回していないので(手油をベタベタつけて感触を味わっていない)、自分のものという実感がない。1回だけお茶を入れて頂いた。手作りなのはいいね。(さも知っているふりをしたところ)



/ nuno-zoriは、女先輩の元、執り行った。結果、あまりうまくいっていない。どうも編みが緩い。きつく綺麗に編めない。ブワブワとたるみが出てだらっとなる。

 最初の頃よりは格段に良くなっているけれど、先輩の編みに継いで編んでいるので、僕の下手なのがよくわかる。先輩の芸術には及んでいない。下手だけれど善戦はしている。

 最後の30分は握力が落ちてきて、集中力も落ちてきて、広げるところを絞って編んでしまった。明日ほどいてまたそこからやり直そうと思う。

 きちんとやろうとするとキツイなあとも思う。逃げ出したくもある。上達するように善戦したい。ちょっとずつよくなるように改善できたらなあ。今のところ木曜日の時の並行線。よくなっていない。焦るなよな、おっさん。(僕への励まし)









2016/08/27(Sat)


・英語を制する「ライティング」-知的な大人の勉強法、キム・ジョンキュー、講談社現代新書、2006 



/ を交通機関で読んでいます。最初のほうを読んで失敗したかなと思った。あまり内容がなかった。
 第2章のp58ページあたりからおもしろくなる。あとは読んでいるp126までおもしろい。
 
 タイトルのように、ライティングを勉強することが英語を身につけることだと言う内容。英会話を表面的に学ぶより、書くことを通じて論理的に自分で組み立てて、内容のある英語を作ることが、本当の人との交流になると書かれている。流暢な英語より、中身のある大人の英語を目指せと。
5パラグラフとかいう構造を使って書くことも勧めている。



/ 織り教室に出かけてきた。ブックカバー裂き織り終わった。家でミシンをかければ完成。
 今度は毛糸のマフラー、機にかける段階で2メートル50センチをしつこく網代(あじろ)織りでやる予定。(まだ網代織りマスターしていない。失敗し続けている)

/ きょう小学生のドラム教室発表会を一人だけ見た。ドカドカドカドカと左から右へ叩くのを2回入れていた。学習したなと、見学した。シンバルは使っていなかった。


/ 金曜日の作業所は、nuno-zoriの先輩方が休まれて、ぼくもやらなかった。
着物の糸をほどいた。ていねいにやった。
この間の着物は、調子の悪い時に、ちょっと雑にやって破ってしまった。すいません。


/ 僕の住んでいる北海道の地域は晴れていて、気持ちのいい日です。今日は交通機関でも調子がよく、たすかった。まわりから圧力のかかる日が多すぎると滅入ってくるので、今日みたいな日は大歓迎です。

/ 英語の絵本、図書館からも借りているけれど、買ってしまった。1冊は人種問題の
・Voice of Freedom : Fannie Lou Hamer : Spirit of the Civil Rights Movement

本とCDを買った。読めるかわからない。文字の分量も多い。



・ 国語脳ドリル 辞書引き王 深谷圭介

 というのを絶版になる前に買ってあるので、これで辞書を引く習慣を身につけ、英語に進めたらなあと夢想する。今は、ドラえもんの絵のついたシリーズで販売されていると思った。違う本だけれど。

小学生の本だよ~ん。僕っておバカなのよ。ウフフ ♡♡。(気持ち悪い:自己突込み)









seesaaブログより移行:26日分より:日記より始めます)

(kurage0147130): 昨日は、多分に作業所のnuno-zori編みで、自分のレベルを抜かれたくないと意識していたが、自分と他者の同時出現を狙っていた。

 今日思っていたのは、僕もあなたもOKだ、というスタンス。

 父は自分も周りもダメだというのが根幹にある。父の意識では、自分はOKだと思っているだろうが、実際はダメだ、になっている。

 母は、自分はOKで、周りはダメだ、だと思う。

 僕は父と同じ自分も周りもダメだ、になっている。意識的にも、自分はダメだ、になっている。けれど僕の場合、書き換えようとすることができると思っている。自分が出現するためには、自分も周りもOKだ、と言わないと立ち現れないし、ハッピーになれないと思っている。



 そして、あるがまま、ですが、僕は自分を操作しよう、変えようとばかりしてきた。でも不利だったり、苦しかったり、寂しかったり、自分の立場が変だったりするのを変えようとばかりしないで、そのまま受け取り、そのまますごす、「あるがまま」を今日の一時(いっとき)のように日常全体に行き渡らせることができるようになりたい。

自分を偽らず、がんばりすぎず、無理にやろうとせず、そのまま受け取れたらなあと夢想しています。












 新・唯一無二は、亡くなった女性にもぶつかっていって話しかけていた。僕はその女性を避けていた。亡くなられたことを思うと、僕は卑怯だったと感じる。存在しないということになり、僕の消極的な人間への関わりは、僕とその方との逃げの距離のまま残ることになってしまった。僕は人間を避けている。逃げを打っている。






精神障がい者の就労支援の雑誌が出たようです。星和書店のメルマガが送られました。

www.seiwa-pb.co.jp




2016年8月25日(木)



 作業所で、nuno-zoriをやらせてもらった。僕は切られそうな気がしているけれど(nuno-zoriを見限られそう)、前に社長に切られた人(新・唯一無二)が復活した(nuno-zoriをやりなさいと言われた)。他に、鼻緒を作っている最近入った女性も、今日からnuno-zori編みを始めた。




 僕の作業だけれど、火曜よりは良かった。けれどそれほどパッとしない。やはり編みが緩んでしまう。ちょっと汚いところもある。1足目途中はまあまあだったけれど、もう片足途中は疲れたからか、あまりいい出来とは言えないものになった。




 昨日カウンセリングで、僕のスキーマで「しょうがない」と諦めているという話しが出ました。
 
 なので、今日の作業は、「僕はできる」で行こうとしました。うまくいかなくても、諦めず、「僕はできると」お題目を唱えました。肩が開き、前向きになりました。できにはあまり反映されませんでしたが。



 僕が午前中編みをやり、午後に新・唯一無二と女性がやりました。先輩女性に習っています。

 僕はできるという言葉は、万能感ではなく、基本能力があるくらいの意味合いです。エンパワーメントとしての言葉です。僕が不発に終わり、新・唯一無二と女性が午後からやったので、彼らも気になりました。彼らもできるようになります。僕もできるようになります。




 僕はできるという言葉は、僕が立ち現れると同時に、彼ら・他者存在も同時に立ち現れるようにとの思いも含めての言葉です。

彼らに遅れないようにとかの焦りではなく、僕も彼らも同時に現れ、同時にできるようになるという、みんなの力の「僕はできる」という言葉として使っていきたいです。力強い意味が含まれています。