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カウンセリング 僕の逃げスキーマ

2016年8月24日(水)



 カウンセリングを受けに出かけた。


 カウンセリング続きの話で、幼稚園の時、母親に何か食って掛かっていて止めてしまった話。僕は自己主張していて、そのことを言わないでは自分の場所がなくなるという必死の気持ちだった。母は、自分のことに夢中で僕の感情とかにはお構いなしだったろう。

ここまでは母親が悪いという流れで来た。


 何を主張していたか。僕が親に対して自己主張をいかにして来なかったかの流れを見た。例外として、僕はおもちゃを買ってほしいと小学校5年くらいに駄々をこねた。それを先生にも見られクラスの皆に話されてしまった。恥ずかしかった。その他中一くらいの時、ウインドブレーカーのアディダスが欲しかったのを言えないで、アディオスのようなのになったんだったと思った話とかした。ジーンズは買ってもらった。これは自己主張した。


 そのうち、僕は、諦めているという話しになった。幼稚園でもそうだったけれど、「どうせだめだろう」と、それを指摘された。それがいけないと。


 そういえばカウンセリングの話の筋を思い出した。母に甚平を買って見せて、「じいさんみたいだ」と言われて何も言わず、本を買って「よけいなことをして」と言われ、言い返さず。なぜ言わないのかと聞かれた。それは僕が、言っても「しょうがない」と思っているということだった。幼稚園の話もこの話も同じ根幹だった。


 僕は、「しょうがない」ですべて抑えてきた。何も怒りもせず、言い返さず、縮こまってきたことを指摘された。

今度は僕に責任がある話になった。




 この「しょうがない」が、僕のネガティブなスキーマで、これがいかに無駄な自分を殺すエネルギーになっているかを知るためにスキーマ療法の技術は使えるらしいことを言われた。僕が自分を欺き、抑え、無気力になったかを指摘された。


 カウンセラーの先生はこれらをすべてお見通しだった。僕の話の段階を追っていくうちにわかったのかもしれないが、一人では「しょうがない」というのは出て来ない部分だった。
なぜなら自分で欺いてきたごまかしの言葉だからだ。父母と正面から向き合わない、無気力の言葉だからだ。
人のせいにしないでと言われ、「しょうがない」で自分を抑え正当化してきた僕だから、この言葉が自分で見つかるわけはなかった。諦めのフレーズだった。だから怒りは出て来ないのは当然らしい。ずっと抑え込んできたから。


 僕の情けなさが前面にでてきた、しょうもない奴の話となりました。