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2016/07/10(Sun)復調 / 2016/07/09(Sat) 握力落ちる / nuno-zori編み

 ymoを見ていて、2007は、まだおじいさんではなく旬だ。けれど、2012年は、もう皆おじいさんになっている。坂本が1952年生まれで、現在64歳。60歳でおじいさんになっていて、56歳が旬の最後あたりか。

 ということは、僕も56くらいまでは何とかいけても、それ以上は爺さんになっている。現在49歳。あと6年ちょっとくらいしか残されていない。あとは、ヨボヨボ爺ジジイになるだけだ。
 現実は結構残酷で、老けていくのみ。だれも逆らえない。


2016/07/10(Sun)

 作業所で、nuno-zori編みをやった。金曜日に握力が落ちてサボったと思ったろうから、今日が最後のチャンスだろうと踏んだ。今日やらなければ切られてしまう。

 握力ありました。最後のチャンスで少し力が出せた。最初幅広く編めず、失敗と言う出来だけれど、徐々に広げて、なんとか、となれた。最低ラインはクリアーしたと思った。

 明日、最初から編み直せ、となるかもしれないけれど、対応するつもり。

 今日は、最後の方はやめたくてしょうがなかった。気持ちが続かず、何とかつなぐので精一杯だった。最初のほうでがんばりすぎたのか。

 nono-zori編みが出来ても、疲れるばかりで面倒を背負い込むけれど、この機会しか僕の人生でやることもないだろから精一杯やっておきたい。

 僕は食らい付いてついていこうというのが、基本姿勢だと思う。それしか芸がない。


 選挙に行ってきた。

 リコーダーは、先生に、失敗練習を繰り返すのではなく、うまく吹ける速度まで落として、ノーミスで吹くようにし、できるようになったら速度を上げていくという、練習の基本を教えてもらった。今月の課題曲はまだ下手糞だ。ゆっくり進むしかない。

 昨日の、家の餃子は、(母と作った・僕は皮包みだけアシスト、あと雑用ちょっと) ジューシーでうまかった。











2016年7月9日(土)

 昨日は、nuno-zori編みを午後やることになりました。

 握力が落ち、まったく進めなかった。落ちてしまいました。

 今度こういうことがあったら帰らなければなりません、と思いました。周りに迷惑がかかると思った。


 今日は、休みで、織り教室に出かけた。握力は落ちたままらしかったけれど、最後のほうで息をしだした(息を吹き返した)。

 今度の件で、僕の調子が落ちてしまう、下り調子にも目配せしなければならなくなった。下り調子は必ず来ることになっている。こなす必要がある。


 明日からまた作業所だけれど、みなはサボっていたと思ったろう。どうなるかわからんけれど、潰れるまで進んでいこう。









宝くじ、競馬、マクドナルドをバカにしていたけれど、母がガンかもとなったら、そういう分けるやり方はまずいと思った。何でもあるものは肯定して使ってやろうとなった。うさん臭くてもいい、インチキでもいい、信じても、使ってもいいやと。(なんでも信じるわけではないけれど)


2016年7月7日(木)


 Nuno-zori編みを先輩方に習っています(僕より若い先輩)。

 途中まで編んでいたのをやめて、先輩が最初を編んで(最初は結構難しい)、その途中から僕が編んでいくという(途中も難しい・僕にとっては)趣向を提示され従った。

 最初を編んでいく先輩の指裁きを見て、常に闘っている、手前にも引くし、横に編み込む時も緊張状態を維持し、緩まないよう引っ張り緊張させながら進めて行く。先輩のを見ながら、自分の感覚として拡張してみていた。ということで、僕は指の感覚が出来てきていた。だから先輩の指の動きに自分の指を仮託させて技を盗むことが出来た。ドロボーになりました。

 先輩の最初の編みが終わり自分の番となり、闘いながら編んでいきました。目いっぱい自分の持てる力を全て注ぎ込む勢いでやったつもりです。少し良くなりましたが幅が狭くなってしまいました。結果、先輩の趣向に大いに助けられ、勉強できました。ありがとうございました。

 (まだ下手だし、続けさせてもらえるかわからないけれど)

 明日が恐いです。明日も闘わせることが出来るか。がんばろうとは思います。

 着物ほどきもしたけれど、あまり進まなかった。

 今日は作業が終わって、ボコボコ、ヘコヘコ状態になり、ケチョンケチョンだった。
 作業は、奉仕なのかなとも思う。
 


 Youtube, ymoばかり聞いている。演奏に合わせメロディーをリコーダーで吹こうとしたりした。(音を掴み切れずヘロヘロメロディー)