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周りの否定咳は、僕の問題。

 そう言えば僕が今日一番言いたかったのは、僕は身勝手な奴で、とんでもない奴だと自分のことを感じたこと。
 前の作業所を勝手にすぐ辞めたり、ろくでもないことを考えたり、車のドアをバンと強く閉めて不快にしたり、悪いことをしたり。
 僕は自分を善人だと信じてきたけれど、(おめでたい奴と言われるとおもう)、身勝手でとんでもない奴だというのがしっくりくる。正解。善人ぶらなくてよくなってきた。



2016年5月24日(火)


 作業所では、前回の時、休み前、僕に私も織りをやりたかったんだと言った人が念があるような気がして嫌だった。問題があると思ってしまった。


 今日来たら、織りが乱れていた。その人かなと思ったがすぐに直せるので不問。

 僕も自分をしっかりしないといけないなと思った。

 織りだけやろうとするのは問題だ。やはり今までのように、午前と午後ちょっと、着物の糸ほどき、少し織り、が皆が安心するのでいいだろうと思った。入ったばかりの新参者が、良い思いばかりして、みなの気持ちを踏みにじるのはまずいと。



(本題)

 僕は交通機関で周りに咳をされて否定されることが多い。

 この問題の抜本的な解決は、ここ最近の否定の問題で解決できる。他者の否定は、自分の中の否定が問題になっている。



 他者は僕を否定したくて咳をする。僕はコノヤロー、糞っ垂れと思うのは間違い。

他者は咳をする。
僕が問題にすべきは僕の中の他者について。僕の中の否定について。僕は他者の否定については不問にすべきだ。他者の否定と言うのは、実は自分の中の否定が問題になっている。他者が咳をして僕を否定しても、僕の中の否定について問題にするべきものだ。



 休み前の女性が言った、わたし織りがしたかったの。ということについて。その女性は織りがしたかった。僕は念が入ったようでその女性を問題児扱いしようとした。これはNG.

女性が織りをしたかったのは、その女性の人生の問題。
この方が僕を憎んでも、その方の人生。僕は関与すべきではない。

 僕がすべきことは、僕の中のその女性のポジションをどうするかについて。問題児として思うのはNG.
なぜなら僕の中のその女性が問題になっている。その女性は、僕にとってのその女性が焦点になっている。
悪いとか良いとかの問題ではなく、僕の中のその女性を大切に扱うことが和解になる。
その女性が僕を憎んでもその方の人生の問題だ。
僕も、問題は僕の中のその女性を大事に扱うこと。それで、僕にとってのその女性の問題は終わりを告げる。

つきあいは続く。いたってシンプルだと思った。
すべては自分の中の問題を扱うべきだし、それだけでいい。他は周りの人たちの人生なので僕が口出しすべき問題ではない。

 またまた偉そーでした。