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100de名著 風姿花伝 世阿弥、土屋惠一郎

2015/09/23(水曜日) 作業所お休み 昨日は出たよ

 ・100de名著 風姿花伝 世阿弥、土屋惠一郎、2014/01

 第3回 離見の見

 p80
 ~実際に世阿弥は、近江猿楽や田楽など、大和猿楽以外の芸能がやっていることを自分たちの芸に取り入れました。自分の周りで起こっているさまざまなことを、自分とは関係のないものとして考えるのではなく、それも引き込みながら自分の芸能をつくり上げていった。自分から突き放すというよりは、常に自分もそこに関わっていくという態度です。

~ある人の人気が出れば、~なぜそれが人気があるのかを見極めた上で、それも自分の中に取り入れた。~考えてみるとこのクールな世阿弥の視点、すなわち「我見」ではなく「離見」こそ、~



(kurage0147130):
 僕はなんでも関係ないとして突っぱねそうだけれど、世阿弥は、良いところを分析したうえで自分の方に取り入れる。自分にこだわるより、他者の視点で自分を豊かにするところがあったのだと思う。一個の見方・方法論より、他者を取り入れるカオス(混沌)のほうが面白いだろうし、広がりが出て活気も生まれると思う。自分に執着する僕には面白いと思った。



第4回 秘すれば花

p94~
自分をコピーしてはならない

 住する所なきを、まづ花と知るべし。

~一つの場所に安住しないことが大事である、~

世阿弥は、今までやってきてうまくいったのだから、これ以上のことをやる必要はない、同じことをやっていればいい、という心こそがだめだと言っているのです。~

p96
~むしろその成功体験を否定して、「いや、違う方法がある」という人が出てこなかったら、その組織は結局うまくいかないでしょう。新たな方法というものは、それまでの成功を否定するものであるかもしれない。~

p97
~自分のスタイルを壊す~生き残るために他の人間のやっていることは真似しても、自己模倣はしていないのです。

p98
~その生命を持続していくために必要なのは、自己模倣ではなく、自己の更新なのです。

p101
~自己更新していくことの喜びを、生命の弾みとする。



(kurage0147130):
 僕は23歳くらいの時、歌を歌っていた。林の中で深夜一人で。僕はその時自己の感情を表現するという、今までの人生でない新鮮で神秘的で革新的な体験だった。しかもうまくいっていた。それが26歳くらいで陰りが出てくる。歌えなくなってきてしまった。感情表現が出ない。それからは、チラシ配りという成功体験以外何も見ることのない下り坂を進んでいった。

 いまradioheadを歌おうとしているのも、昔の成功体験をなぞりたいという欲求からだ。僕は過去に執着している。ピアノでradioheadをやるなら新しい経験として生きてくると思う。でも歌となると、自分の内面欲求が膨らんで吹きださない限り、昔の栄光を求めているなぞりにすぎないと思う。僕は自己模倣をしようとしている。
 人生に世界に新たな場面を作る、新味の追求のために何かに取り組まないと僕は衰退する一方だと思う。喜びに満たされるためには、新たな呈示のために何かに取り組むことだと思う。僕のカラーを出す新たな視点の提示。このために取り組めたらなあと、妄想した。世阿弥の言葉は痛烈だった。