「 僕の花クソ 」

2015.0/06.0/10.0(water曜日)^


「 僕の花クソ 」




 橋を渡っていた。強風が吹き荒れ、帽子を飛ばされないように強く抑えていた。


きみはここの人間ではないね。


そう向こうから歩いてくる黒いコートを着たおじさんに言われた。僕は目を右手の5本指で押さえた。視界は消えた。目を開いてもおじさんはそう聞いたままの姿勢で突っ立っていた。

おじさん、僕はマンホールの住人ですよ、と答えた。
言っている意味がわかりますか。この地面の下の下水溝の人間です。僕は先祖代々マンホール住人です。そこで靴下を編んで生計を立てています。では。



と言って歩を進めおじさんを置き去りにした。
ポケットに突っ込んだ手は冷たかった。風が冷たい。橋を渡り切ると右に折れて歩いた。右手に握っていたマッチの箱を取り出してみた。


帽子屋トマト と書かれている。


きのう買った店のものだ。まだ使っていないマッチ。使う予定もない。


きみはどこのものだ。頭の中で鳴った。僕は地底人だ。マンホール住人。どこにもいけない。いきようがない。


ためしにマッチを立ち止まって擦ってみた。勢いよく炎が上がりしばらく燃えて消えた。右手の燃えカスのマッチ棒は捨てた。左手の箱を強く握り締めポケットに捻(ね)じ込んだ。たぶんクシャクシャだ。


うつむいて歩いてきて、うつむいて立ち止まり、寒さを感じている。身体は凍えに抵抗している。構えを持って僕は立っている。前を向くと鉛色の空が見える。緑もくすんで陰鬱に立っている。


お前の証明はなんだ。
地面に矢じりを突き刺し、強く突き刺し、引っ掻き、文字を刻む。


abcde.


僕は文字か。溶けて消えるアイスクリームか。夕闇を進んでくる自動車のヘッドライトで視界が奪われた。白く照らされ、何も見えなくなった。しろくしろく視界は塗られた。