料理・樹



・話が通じない人の心理、加藤諦三、2010 を読んでいます。

 父がこれにあたると思っています。父を知ることは、僕が育ってきた環境を知ること。僕の中にも父がいる。(育つ家庭で父の影響下にあった)

 父はナルシストで、僕にもその血が入っている。



 書き忘れましたが、今日思ったのは、僕はイジケていると。心が伸びやかではなく、屈折し、潰れ、イジケている。しばらく、イジケていよう。




2014/11/6(Thu) 木曜日


 こんにちは。


 今日も低調でしたが、昨日の2倍はよくなりました。

 火曜日はプールに行きました。


 最近料理一品、副菜を作っています。本は、

・もっとシンプルに 本格ごはん、ひとりぶん、有元葉子、メディアファクトリー、2001

 難しいレシピではなく、簡単にすぐ作れるものです。

 ここ5日くらいやっていますが、再開したので、最初はコツを忘れてしまい、焦がしたり失敗しました。

 失敗して思ったのは、レシピに忠実になろうとするより、自分で料理の全体像をつかみ、どういう線で成功させるかイメージすることだった。

 炒めるとき、最初の焦がした失敗のものは完全にシナッとさせようとした。そうではなくて、食べるのだから、火が焦がすくらい通る必要はない、生というかシャッキッという部分が残っていてもいい、そのだいたいの火加減をイメージしておいてどのくらいの線で出来上がりするか考えておいた。

 ネギと豆腐のしょうゆの炒めものは、ネギの生感を残しておいた。僕の中では成功した。自分の中でのイメージと組み立てが大事らしいと薄々気づいた。料理をちょこっとすると気分転換でいいです。


 樹にも触ってきた。太い木は長年の年月を感じ、意志すら存在する気がする。樹の太さに比例する、生きてやろう、存在してやろうとする意志のようなもの。樹は喋らないけれど、樹に触っていると、樹の持つ無言というか、生体というか、外へ染み出るようなエネルギーというか、生命体の持つオーラを感じる。

心が和む。樹に会いに行くという感覚。


 リコーダーもたまに吹いているけれど、毎日やらないので上達しない。おもしろいけれど、熱意がない。楽器にはシンパシーを持たないのかもしれない。ただ、音楽に関わりたい。